橋本裕の日記
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小説の取材で刑務所を訪れた藤本義一さんに、そのベテラン詐欺師は小説かも詐欺師ではないかと持論を展開した。読者を作り話で楽しませ、そしてお金をまきあげる手口は詐欺師とかわらないというわけだ。これを横で聞いていた刑務所の所長が怒り出した。
「お前は一向に反省していないな。なんのために幾度もここに服役しているんだ」
「ま、一服しているんですな、ここで。悪いことをしたと反省しているわけではないんですな。今回逮捕された失敗について考えたりしているんですな。次にやる時は、ああいうドジを踏まないようにしようとか……」
この詐欺師は前科七犯で詐欺師の首領格だったという。所長は舌打ちして、「ここにはあいつのようなのが多い。奴のいっていたように、たしかにここに一服しているのかもわからん。ここで新しいダチを作って、出所してからグループを組んで、また詐欺行為をしでかすんだな」と藤本さんに語ったという。
それから30年ほどして、藤本さんは高齢者専用の刑務所で、再びこの詐欺師と再会した。お互いに70歳代後半で、白髪である。藤本さんは声をかけられて、その猫背の白髪男が、かって取材した詐欺師だと気づいたという。
彼の正業は詐欺師で、すでに前科13犯になっていた。老眼鏡をかけ、柔和な表情をしており、かっての精悍さはどこにもない。藤本さんはそんな彼と1時間あまり話し合ったという。
「人間、誰も死にますね。死ぬのは大きく分けて二通りあると思うのですがね、最近」 「二通り……」 「いや、自殺、事故死とは別ですがね」 「その二通りというのは……」 「人間というのは枯れるか、それとも腐るかのどちらかですね」
枯れるというのは筋肉が衰えて自然死していく様子をいう。腐るというのは腫瘍になったり病気に侵されたりして苦しんで死んでいくことらしい。そしてこれは心のありようも関係しているのだろう。詐欺師だった老人の言葉を藤本さんの本から抜き出してみよう。
「今になって、悪いことをしてきたとつくづく思いますねえ。以前は騙される者は欲に目がくらんでいたと思っていましたが、よくよく考えてみると騙した方がずっと悪かったと思い当たるようになったですな」
「もう、ここを出ても働ける身ではないですよね。そういうことですから、これから出ても病気の人の世話をして……。カイゴというのは介抱看護の漢字を略したものだとここではじめて教えてもらいましたがね」
「阿呆な回り道をしてきたものだと思いますが、自慢できるのは、給料なし、休日なし、停年なしで今まで生きてきたことです。これはあんたも同じことかね」
この詐欺師は若い頃は予科練に入り、特攻隊を志願したらしい。しかし、出撃を前にして国は敗れた。国に騙されたと思った彼は、こんどは自分が騙す側に立って生きる道を選んだ。彼もまた時代の犠牲者だったわけだ。
人生の終着駅に近づいて、そのことにようやく気がついた。ずいぶんと回り道をしたが、青春時代のあの純粋な自分を取り返した。そして、残りの人生を人を助けるために介護師として働きたいという。その気持の根底には「このまま腐った死に方をしたくない」という思いがあるようだ。
私の父は67歳で死んだ。糖尿病で、肝臓がんで、脳にも腫瘍があった。いわば体中が腐った状態で満身創痍だったが、心は晴れ上がっていた。母にはいつも感謝の言葉を告げていたという。
最後の数ヶ月間はほとんど何も食べなかった。そして自宅で末期の発作に襲われた。母が救急車を呼んだが、父は母に支えられて玄関に立つと、近所の人たちに挨拶をしてから、自分で車に乗り込んだ。
翌日、病院で息を引き取ったが、その死顔はやすらかだった。まさに父は枯れたように死んで行った。父の死はある意味で断食死である。私もできることなら、こういう死に方ができればと思っている。
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