橋本裕の日記
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2008年01月17日(木) 詐欺師との対話

藤本義一さんは「歎異抄に学ぶ人生の知恵」(PHP出版)のなかに、さまざまな出会いを描いている。そのなかには刑務所に収容中の詐欺師もいる。

北海道のK刑務所には、関東から北のベテラン詐欺師が収容されている。藤本さんはかって詐欺師を主人公にした小説を書くために、そこに何度か取材に行ったのだという。詐欺師には高学歴の者が多かった。そこで、藤本さんはある詐欺師とこんな会話をした。

「あなたも作家という職業だろ。小説を書いて読者を騙しているのではないか。それなら詐欺師と変らないじゃないか」

「読者に喜んで貰えたならという気持は詐欺とは違うだろう。あんたのように善良な人を騙して金を巻き上げるのとは根本的に違うだろう」

「本を売るじゃないか。その小説がつまらなかった読者は途中で投げ出す。ということは、読者を騙して金を巻き上げている行為と一緒じゃないか。いや根本的には一緒だ。詐欺の類だ。ただ、作家、小説家という職業で救われているだけの話だ」

「税金も払っているしな。作家というのは読者に楽しい夢を、楽しい想像を描いてもらおうと思って書いている。あんたとは違う」

「なにいっているんだよ。おれだって相手に楽しい夢を語っている。この土地は絶対に値上がりするとか、この株で損はない、必ず得をするとかいっている。向こうの欲を引き出すわけだ。向こうがそれにのってくるわけだ」

昔、私の教え子で恋愛詐欺にかかった生徒がいた。やさしいお兄ちゃんにたぶらかされ、大阪まで駆け落ちした。そこで男に裏切られ、暴力団関係の飲食店で働かされているところを保護された。しかし、その生徒は自分を騙した男を恨まなかった。

彼女にとって、それはこれまでの人生になかったような、ほんとうに胸を躍らせるたのしいひと時だったからだ。彼女にはその体験こそが貴重な青春の記憶であり、人生の宝だったのだろう。

藤本さんが必死で抗弁したように、小説家は詐欺師とは違うのだろうが、小説に限らず、ときとして書物は人をたぶらかす。私も大いにたぶらかされた口かもしれない。


橋本裕 |MAILHomePage

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