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Land of Riches
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佐野美術館では何度も刀剣乱舞コラボが行われています。致道博物館の次に回数多い…? ここ数年は自治体(三島市)の観光振興部署が前面に出てきており、今回は市のマスコット 「みしまる」の絵師に刀剣男士のデフォルメ絵を描かせ、グッズを制作しています。
とはいえ、佐野美術館に展示される男士のモデル刀剣は何度も見たものばかり。 そもそも今回の展示は収蔵品展であって、モデル刀剣はリクエストに応えるという名目で 無理やりねじ込まれたもの。当初はスルーするつもりでしたが、ある展示品(not刀剣)が Xでとても評判が良かったため、伊豆高原のじぶんジカン喫茶室や大島渡航との組み合わせも 検討した果てに、新幹線のコラボボイスもスルーしての在来線日帰りで行ってきました。
近隣の江川文庫から協力を得ての古美術展。前半の主軸は坦庵さんこと江川英龍。 伊豆韮山代官として幕末史に足跡を残した彼は何でも自分でやらないと気がすまない、 水戸徳川家で割とよく見かける系統の人間でした。若い頃は文武に渡り一流の教育を受け、 剣友と商人に身をやつし父の領地内を歩き回るという時代劇みたいなこともしていたとか。
また四六時中メモ帳(今回の展示にも出品)を持ち歩くメモ魔でもあり、書かれた内容から たとえば彼が兵糧としてのパンに着目し、安土桃山時代に一度伝来しながら鎖国によって 途絶えてしまったパン食を復活させた張本人と分かっています。詩歌、それを記す書、 絵画(以上3ジャンルの作品多数出展)、武器製造とその運用法(高島平にその名を残す 砲術家の高島秋帆に弟子入り)と才能の発揮も多岐にわたり、西洋式の軍隊運用として 「気をつけ」「回れ右」などの日本語訳号令を作らせたり、多摩の領地でも農兵構想を進め、 農民なのに天然理心流を学んだ人々から後の新選組が出てきたりもしています。
武器製造には製鉄が必要、そのための反射炉を建設したことでも知られています。 ここへの足掛かりとして英龍は刀鍛冶に弟子入り。その師が大慶直胤でした。 直胤と英龍は友人として交流を深め、やり取りした書状も出品されていました。 仲間内で漢詩や和歌を交わしたものも展示されており、直胤が鍛刀バカ職人ではなく、 確たるフィロソフィー(教養)を持って作刀していたと分かります。
その極みが先述の評判高かった文書「利器刀剣類についての考察」です。 刀を使う武士は公に仕える存在、武士が使う刀は技術(切れ味)だけで打たれてはならない。 公僕たる刀剣というイメージは歴史を守る刀剣男士にも通じるものがあります。 私も展示を一度全部見てから戻ってまた見返すぐらい、読みふけってしまいました。
その文中に出てくる四字熟語が今回のタイトルです。ぶんしつひんぴん。初めて聞きました。 文様と布の質が釣り合っている様を示す論語由来のワードで、文武両道とほぼ同意。 日本刀はただの武器ではないという哲学も江戸時代からあったと分かって嬉しかったです。 他にも彫刻が凄すぎる刀剣(凄すぎて穴まで開いているのは初めて見た)や上杉家旧蔵の 能面と収納箪笥、白隠の味ありすぎる絵画などが並び、ボリューム満点の展示でした。
スタンプラリーも三島駅前から始められるのもあり、佐野美術館の前に三嶋大社も参拝して 宝物館(こちらには大慶直胤がガチで奉納した目釘穴1つの刀が展示)も見ましたし、 他のスポットへ行くついでにランチも刀剣ゆかりのメニューを出してくれている昭和の香りが 強烈に残る割烹で食べました。じゅーじゅーと鉄板が音を立てるさまを刀工イメージとした 焼肉定食! ボリュームたっぷりで美味しかったです。デザートも佐野美術館に展示された 雲生をモチーフとした杏仁豆腐とブルーゼリーを合わせた美しいものでしたし。
珍しく伊豆わさびのスナックや静岡こっこなど土産も買ったのに、ほぼ全品、疲れ果てて 熱海から乗ってしまった在来線グリーン車で静岡麦酒のつまみとして食してしまいました。
2026.1.2 writing-completed
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