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- [2004年01月27日(火)] 蒼海に浮かぶ、紅涙の月 第一話
「ぐぅっ」
広い庭に少年の呻き声が響く。そして血の臭い。
「どうしたの? それで終り?」
対する女性は冷ややかな声を少年に叩きつける。
その声に叱咤されるように少年はゆっくりとではあるが、起き上がる。
体中に切り裂かれた傷があり、顔は血を失っているせいかもはや土気色だ。
それでもその両の眼(まなこ)はいささかも意志を衰えさせてはいない。
「ふん。いい目ね」
その声とともに女性の姿が掻き消える。
少年――碇シンジの意識が途絶えたのは、次の瞬間だった。
蒼海に浮かぶ、紅涙の月
第一話「月に叢雲 花に風」
「妹。明日の朝までにこいつ、直しといて」
女性――アルクェイドはボロ雑巾でも扱うようにシンジの身体を持ち上げると、振り返らずに後ろへ投げる。
「いいかげんに死なさい。シンジ君を殺す気ですか」
慌てるそぶりも見せずにシンジを受け止めたのは、髪の長い女性だった。
遠野家当主、遠野秋葉。それが彼女の名前だ。
「殺しはしないわよ。そいつが殺すのは私なんだから」
そのまま森のほう――屋敷の反対側に歩を進めるアルクェイド。
「だからといって――」
「妹」
立ち止まり、秋葉の言葉を遮ると、、顔だけ振り返り秋葉を見やる。
その瞳は冷たい炎をたたえていた。
「私から志貴を奪ったのはアンタ。忘れないで」
それだけ言うと森の中に姿を消した。
秋葉は苦虫を噛み潰したような表情で使用人である琥珀にシンジを預けた。
シンジが目覚めたのは真夜中だった。いつもの目覚めと同じく気だるさが抜けない。
「っ!」
身体を起こそうすると激痛が走る。今日はいつも以上にこっぴどくやられたらしかった。
「まだ起き上がらないで下さい。傷に障ります」
そんな言葉とともに、ひんやりとした手の感触が肩を押さえる。
「琥珀さん?」
「はい」
シンジはゆっくりとベッドに身体を横たえた。
シンジが遠野家にやってきて2年が経とうとしていた。それ以来毎日のように繰り返されてきたこと。
いつもであればこのまま琥珀が席を立ち終わるはずであった。
それは破ったのは琥珀の問い掛け。
「なぜ、そこまでされるのですか?」
「そこまで?」
「毎日ボロボロになるまで身体を傷つけて。一人では起き上がれないくらい疲れ果てて。この家にいなければ、とっくの昔に死んでいてもおかしくはないんですよ?」
日頃の想いが堰を切ったように溢れ出す。
それはかつての想い人に似た面影を持つ、この少年が傷つく様を見たくないからか。
まだ幼いこの少年が、何を想い自分の身体を酷使するのか知りたいのか。
琥珀には分からなかった。そのどちらでもあるようであり、どちらでもないような気がした。
シンジは虚空に視線をさ迷わせる。答えを探すようでもあり、自分を落ち着かせている感じも受ける。
やがて言葉を見つけたのか、一つ一つ確かめるように信じ始めた。
「自分でもよく分からないんです。なんでここまでするのか」
シンジの言葉に、琥珀は黙って先を促す。
「ただ、アルクさん。いつも悲しそうなんです。いつもどこか遠くを見て、僕を見るときも、僕を見てないんです。だから僕を見てもらうために頑張っているのかもしれません」
わけわかんないですね。そう笑うシンジを、琥珀は見ていることが出来なかった。
「琥珀さん?」
俯いたままの琥珀を心配そうに覗き込みシンジ。
「な、なんでもないです。それでは、おやすみなさい」
椅子から立ち上がると、慌てて部屋を出て行く琥珀。
シンジの部屋の扉を閉めると、ゆっくりとそこに背中を預ける。
その頬をゆっくりと涙が伝い落ちる。
「また、振られちゃったんですね」
自分がシンジにかつての想い人を重ねていることはわかっている。いや、この館に住むものは全て。
しかし、かつての想い人に似た少年の想いはすべて、一番過去に囚われている女性に向かっている。
何と言う皮肉だろうっ!!
少年は一番自分の想いに答えてくれない人物を想っているのだから。
少年自体、その想いがなんであるかは気付いてないようではあるが。
「でも、今度は負けません」
琥珀は静かに闘志を燃やす。
報われないと知りながらそれでも。いや、だからこそ。
勝負は勝ち負けが決まっていないほど、おもしろいのだから。
シンジは琥珀の様子に首をかしげながら、それでもゆっくりと身体の状態を確認する。
あれほど深く刻まれた傷は、ほとんど癒えているようだ。
「よしっ」
自分に喝を入れると、そっとベッドを抜け出し窓を開け放つ。
深い藍色の空の真ん中に、ぽつんと淡い輝きを放つ月が浮かんでいた。
星々の光を全て消し去り孤高を保つその様を、シンジはアルクェイドに重ねずにはいられなかった。
彼女は今もあの場所で、独り月を見上げているのだろうか。
そう思った瞬間、シンジは窓の外に身を投げ出していた。
シンジの部屋は三階。そこから落ちれば軽い怪我ではすまない。
しかしシンジは両足で衝撃を吸収し、危うげなく地面に降り立つ。
傷に障ったのか少し顔を顰め、それでも月明かりを頼りに森のほうへと駆け出していった。
果たしてアルクェイドは、シンジの予想通り彼女がいつも過ごす岩場で月を見上げていた。
それはひとつの肖像のように、シンジの心を捉えて放さない。それと同時に胸の奥を鷲掴みにされるような感覚。それが「恋」であると認識するほど、シンジの心は育ってはいなかった。
「どうしたの? こんな夜更けに」
アルクェイドは月を見上げたまま、シンジに問い掛ける。
その声に昼間の激しさはなく、ただ優しくシンジの胸を打つ。
「僕が、僕では志貴さんの代わりにはなりませんか?」
それを告げたのは、ほとんど勢いだった。自分ではない誰かが自分の口を勝手に使ったかのように。
アルクェイドの反応を見ようとした瞬間、別のことでその言葉の重みを確かめることが出来た。
「ぐぅっ」
アルクェイドがシンジの首を掴み、そのまま持ち上げたのだ。
シンジは後悔した。暴力的な意味合いではなく、アルクェイドの瞳を見てしまったから。
その瞳は確かにシンジに向けられていた。他の誰かに重ねて、ではない。他ならぬシンジに。
憎悪、嫌悪、侮蔑。そういった負の感情をありったけ叩きつけられて、シンジは死を覚悟した。
アルクェイドの逆鱗に触れてしまったのだ。
「ふん。アンタ、でき損ないの分際で何様のつもり? 志貴の代わり? ふざけるのも大概にしなさい」
その声はシンジが聞いたことがないほど冷たく、それが尚更シンジの耳朶を打つ。
首にこめられる力がさらに強くなり、意識が途切れかける。
しかしその前に力は緩められ、宙を浮く感覚と、背中を強打する激痛。
どうやら岩場に放り投げられたらしい。
「アンタは私を殺すまで、死ぬことは許されない。
不愉快だわ。2、3日頭を冷やしてなさい」
そちらを見ずとも、アルクェイドがどこかへ去ったことが分かった。
「くっ」
シンジはここに連れてこられ、痛みのためではない涙をはじめて流した。
不甲斐なかった。
愛しい人の力になれない自分が。
情けなかった。
愛しい人の傷をえぐることしか出来ない自分が。
悔しかった。
愛しい人の心の中に住みつく人物が。
「うわああああああああああ!!」
いつのまにか月は雲に隠れ、澱んだ雲が雨を呼んでいた。
ずぶ濡れになりながら、シンジの頬を雨が滑り降りる。
少年の涙をそっと隠すように。
シンジが屋敷に戻ったのは明け方近くだった。
シンジを出迎えたのは琥珀の双子の妹、翡翠だった。
「シンジさん、どうなさったのですか?」
目に見えてやつれ、瞳も真っ赤に充血している。
「いえ、なんでもないです。すみません、少し、眠ります」
言うが早いか、そのまま崩れ落ちる。
「シンジさんっ!?」
慌てて身体を支える翡翠。その身体は思いの外熱を持っていた。
「っ!? すごい熱。姉さんっ!!」
「なんですか、翡翠ちゃん」
「シンジさんがっ!?」
「これはいけませんね。寝室へ運びましょう」
「それで、シンジ君の様子は?」
秋葉はシンジの汗をぬぐっている琥珀に尋ねた。
「わかりません。ただ・・・」
「ただ?」
「魔術回路の著しい低下と、封印が弱まりつつあります。このままでは・・・」
「死んじゃうんだ、ソイツ」
「っ!!」
琥珀は窓のほうを睨む。
そこにはいつの間に現れたのか、アルクェイドが壁に背を預けていた。
「あんまり持たなかったね。もうちょっと頑張るかと思ったんだけど・・・」
秋葉が口を挟もうとする前に、琥珀がアルクェイドの頬を叩く。
「あなたはっ!!
貴方はどうしてそうまでして、シンジ君を縛るんですかッ!?
シンジ君は貴方を想っているのにっ!!
貴方のことしか想っていないというのにっ!!
これ以上何を望むというのですかっ!?」
普段声を荒げることのない琥珀の、悲痛な叫び。
しかしアクルェイドは、
「ソイツは私を殺すためだけに生きているの。それ以上でも以下でもない。ソイツが私のことをどう思おうと知ったことじゃない」
「本当に、それだけなの?」
今まで黙っていた秋葉がぽつりと呟く。
「何がいいたいの?」
「少なくともこの館にいるものは全て、シンジ君に誰かを重ねている、ということよ」
「まどろっこしいわね。はっきり言いなさいよ」
「貴方はシンジ君に兄さんを――遠野志貴を重ねている。そうじゃなくて?」
それを聞いたアルクェイドははっきりと分かるほどの怒気をはらむ。
「妹。いいたいことはそれだけ?」
それは凍てつくほどに凍えた声。凍らさざるをえないほどの激情を含んだ言葉。
その部屋の人間は全て――秋葉でさえも、動けなくなる。そして全員が死を覚悟した。
痛いほどの静寂。それを破ったのはか細い声だった。
「・・・アルクさん、ごめんなさい。僕、強くなるから。もっともっと強くなるから」
熱にうなされたシンジの声。それが呪縛を解く呪文であるかのように、琥珀と翡翠は床に腰を落とし、秋葉も壁に背をついた。
アルクェイドの姿は、もうそこにはなかった。
ただ開け放たれた窓と、風に揺らめくカーテンがあるのみ。
「志貴ぃ、わたしはどうすればいいの?」
金色の吸血姫は、まだ降り止まぬ雨の中で今は亡き想い人の名前を叫ぶ。
紅い瞳から零れ落ちる涙は、雨に隠されていた。
うぃー、むっしゅ。というわけで『紅涙の月』第一話です。つーかこれで打ち止め。
やっぱり最初書いたっきりだったりします。推敲ぐらいしろよ自分。
なんというか、何が書きたかったんだろうなぁ、俺。みたいな感じにさせられます。
まぁ、アレです。
「知ることにより世界は狭まる」といういい見本ですね、この話は。
なんて綺麗にまとめようとしてますが、結局「書く能力がない」ってところに落ち着きわけで(w
一応案はあるんですが、書かないんだろうなぁ。