先週に引き続き、国立近代美術館「今日の人形芸術 −想念(おもい)の造形 」展 見に行ってきました。今日は、四谷シモン氏の、ギャラリートークを聴きに。
都営地下鉄の九段下から、北の丸公園内をテコテコ歩いて移動。 生憎の小雨模様でしたが、お堀の土手には菜の花と紫色の花が咲き乱れ、 ツツジやミズキが満開で、桜の時期とはまた違う趣きで、なかなか綺麗でした。
さて、肝心のギャラリートークですが、流石は人気のシモン氏だけあって、 展示会場ではなく、近代美術館内のホールが会場。開演10分前に到着しましたが、 すでに満席。ギリギリでなんとか座れましたが、大盛況です。
今回は、シモン氏と近代美術館館長の対談形式。これがまた微妙で。 質問が曖昧で話が拡散するわ、ちょっと的外れな感が否めない内容で、 せっかく生でシモン氏の話が聴ける貴重な機会でしたが、期待が大きかった分、 物足りなかったかな。館長の微妙に外しつつも一生懸命な感じと、シモン氏の 飄々とした雰囲気の温度差が、面白かったですが。
参加者からの質問時間も設けられたんですが、これも見事にすれ違ってまして。
四谷シモンの人形というと、幻想的で耽美なイメージが強く、女性ファンが多い こともあって、作り手であるシモン氏にも、芸術的でロマンティックな信念や、 作品に対する強い思い入れを、どうしても期待してしまう訳で。 写真や映像でみる、シモン氏の独特な風貌や経歴が、また否が応にも、そういった 期待を煽るような気がするんですけどね。
しかし、シモン氏本人は、飄々とというか、淡々というか、とても自然体な方で、 自身の創作する人形に対しても、かなりクール。 創作活動を、職人的というか、キチンと仕事として捉えているので、熱狂的な ファンが期待するような、熱い主張は、今更特にない。
「ご自身が亡くなられて、一体だけ一緒に焼いてあげる、と言われたら、 どの人形を選ばれますか。」
と聞かれれば、「特にないですね〜。」と笑顔でかわし、
「完成後も、ずっとお手元に置いておきたいと思われた、思い入れの強い人形は ありますか。」
と質問されれば、「仕事ですから、売れてくれないと困るんですけど。」 と、ある意味、爆弾発言。 「創っている時はとにかく苦しいので、出来上がったら、もうあんまり見たく ないですね〜。時間が経てば、反省点を客観的に見ますけど。」 と、いたってクール。
創作途中は自分で作り上げる以上、人形は自分のものだけど、完成すれば、 自分の手を離れ、他人のものになるのだ、という意識が強いのね。
だから、人形の持つ、場の空気を支配する存在感には、強い興味があっても、 どういった状況で、どのように展示するのかは、人形の所有者や美術館側が 決めることで、こういう風にしてくれなきゃ嫌、という主張はないらしい。
自分の創作活動についての質問に関しては、全体的にこんな調子だったんですが、 一番好きだという、興福寺の恵心上人の立像についてと、澁澤龍彦氏に関しての 話の時は、一転して、胸に去来する感情のまま語ってくださいました。
澁澤龍彦氏と四谷シモン氏、澁澤龍彦氏と三島由紀夫氏の交流については、 私が好きなこともあって、何度かこの日記でも書いていますが、奇しくも シモン氏が今回語られた、澁澤氏の思い出話も、三島由紀夫に関する話でした。
三島由紀夫の割腹自殺後のお正月、シモン氏が澁澤邸を訪ねた時の話。 あの澁澤龍彦が、子供のように、おいおい泣いたそうです。
「あの澁澤さんが泣くなんて思わなかったし、後にも先にもあの一度しか 泣いている姿を見たことがなかった。そのぐらい、衝撃だった。」
という話は、人形の話以上に、グッと胸にきました。(それもどうかな)
四谷シモンという人は、本当に純真な人なんだなあ、と感じた講演会でした。 人の思惑など関係ない、自分自身の世界がキチンとあって、興味があることや、 純粋に感動したことを、素直に吸収して、肩肘張らずに自然体のまま表現する ことが出来る人。
質問内容はともかく、いろいろな発見のあった講演会でした。
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