NY州在住 <旧『東京在住』・旧旧『NY在住』>
kiyo



 観劇の夜 二題

 NYにいるときや、行く前は、お金と時間に余裕があったために本当に何かを「観る」機会を持っていたのですが、最近劇場に行っていないな、と思いました。渋谷を通ることが多かったのは、先日お話ししたとおり。というわけで、渋谷で、映画『デュエリスト』、舞台『白夜のワルキューレ』を観てきました。

※デュエリスト
 『デュエリスト』生まれて初めてお金を払ってみた韓国映画。私の大好きな、女優(唯一知っている、韓国俳優といってもいい)ハ=ジウォンが主演。『神父授業』で一目惚れした私は、やっぱり劇場まで行って韓国映画を観るんだったら、彼女の映画でなくては、と思いました。さて、面倒なので箇条書きでgo。


・あらゆる韓国映画でいえることだが、女の子を可愛く撮る技術が足りない。カメラワーク、衣装、光量などなど。日本のアイドルDVDの現場を20本分くらい、留学すべき。
・スタイル、特にウェストがそれほどくびれている訳じゃないのだから、可愛さ加減をそこで表現しちゃだめだ!
・彼女の演技力は皆無なのだから、笑うか、黙って戦わせるだけのシナリオで十分。難しいことをさせてはならない。怒る演技すら無理なのが分かっていない。
・市川昆監督の影響を深く受けているんでしょう。アジアの雑踏の中、いくつかの音だけをピックアップして強調して表現する手法。無駄を省いた、映像美の追求という点も同様。
・ただ、やはり修行が足りない。もっと光を強くして、強調してもよかったし、無駄がまだまだ多い。剣の音、衣擦れの音、すべて一種類で十分。
・最初と最後の10分に全ての力を注いで、レベル高く作るのは他の韓国映画に通じる。秀逸といってもいい。逆にいえば、残りの、90分はゴミ同然に、雑な作り。時代劇など、高度な時代考証が必要な作品作りをするだけの知識・技術・根性は無い。失敗すれば、陳腐になるという好例。
・映画・小説で最も難しいが、最も必要不可欠なシーン、「恋に落ちる瞬間」についても残念ながら失敗している。こういうことに挑戦する創造性はこの国の映画にはないのだから、はじめから恋人という設置で作り始めればいいだけ。(すると、『猟奇的な彼女』のような成功が望める)
・ジウォンちゃん、がんばれ。演技はもうしなくていいから、笑顔だけ可愛く。

※『白夜の女騎士(ワルキューレ)』
 蜷川幸夫演出の舞台ですね。主演が松本潤・鈴木杏。これも面倒なので箇条書きでGO。


・何度か蜷川作品を観たがやはり、意味不明。
・「世界の蜷川」として世界的に有名だけど、今日理由が分かった。演劇界が伝統的に苦しい状況の中、彼しか食べていけなかった。そして、彼の60年代の時代背景のまま、40年間も頂点として涵養されれば、世界唯一無二になるのは当然。たとえていうならば、誰も近寄らない無人島で、延々と朝鮮人参を育てていたようなものなんですよ。外では、どんどんと流行が変化し、人材やトレンドが流動的なのに、何故か、この国では60年代の旗手が40年間生き残ってしまった。
・というわけで、内容も演出も、60年代そのまま。いわゆる『アングラ』という奴ですね。安保打破、大学解体のように、国家・資本・体制といった堅固なモノをアンチする、そしてその手法は陳腐なものに置き換えて「ほら、みんな同じだ!」って言ってみる、というもの。生きるとは死ぬまでの暇つぶしだ!ダイヤモンドも路傍の石も石!みたいなテーゼですか。勿論、観客の99%は理解不明。

・蜷川で客を呼んではいない。全て松本潤@嵐の客。なぜなら観客の98%は、若い女の子。あとは、つれられてきた彼氏。杏ちゃんヲタク数名。おばあさん数名。びっくりしたことに、韓国・台湾人を発見(特に韓国人多数)。ファッションから観察するに、観光客。(留学生などではない)ま、この子たちも、松本目当てなのは分かるけど。観劇の後、また彼らを見かける。大きな声で、全然分からなかった!と韓国語で会話をしている。心の中で、「分からなかった?安心していいよ。日本語が完璧に習得していても、これは理解できないから。君たちの語学力の問題じゃない。蜷川の問題」
・鈴木杏があれほど舞台が上手だと思わなかった。こんなことなら藤原との『ロミオとジュリエット』を見ておくんだった。ローソンのCMで可愛い可愛い♪と思ったら、こんなに成長していたとは。おとーさん嬉しいぞ('A`)

・蜷川、君の時代は実は70年代に終わっているぞ。ロンドンなりとも行って、「50年もかけて洗練されたアンチ思想・演劇」をするのはいいけど、もうこの国では必要ない。

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2006年05月17日(水)
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