思考過多の記録
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2008年11月05日(水) |
魂を悪魔に売り渡した男の末路 |
音楽プロデューサーの肩書きを持つ小室哲哉氏が詐欺容疑で捕まった。 小室氏といえば、90年代には「泣く子も黙る」と言われた程影響力のあった人物である。 もともとはTMネットワークというバンド(?)で活動していたのだが、アイドル歌手などをプロデュースし始めてからの方が、皮肉にも有名になり、彼の楽曲は世の中に広がっていった。当時の「小室ファミリー」には安室奈美恵やtrf、華原朋美、そして自身もそのメンバーだったglbeなどがいたが、みんなドラマの主題歌などになってヒットし、僕の知り合いもよく小室サウンドを歌っていたものである。
しかし、そんな彼は10年で犯罪者に転落した。当時の栄華は見る影もない。 そういわれてみると、2000年代になってから、小室サウンドを聴かなくなった。バブル崩壊後のあの10年、ヒットチャートを席巻し続けたというのに。あらためて芸能界の浮き沈みの激しさを見せつけられる思いだ。 また彼の場合はそれが極端である。 一時は20億とも30億とも言われる収入がありながら、今では口座に6000円ちょっとしかないというのである。 一体どういう使い方をすればこんなに金がなくなるのかと思えば、自宅は豪邸、高級外車を何台も買い、自前のレコーディングスタジオを国内と海外に持ち、飛行機もファーストクラス借り切り。 借金を抱え、カードも止められた今になっても。六本木の一等地のマンションに住み、1ヶ月の生活費は数百万だという。 ちょっと、いや、かなり常軌を逸している。
結局彼は、自分には所有権のない自分の楽曲の著作権を売ろうとして詐欺容疑で逮捕されたわけだが、この姿勢を見る限りでは、彼は自分の楽曲を「作品」ではなく「商品」もしくは「消費財」と考えていたのではないかと思われる。 だいぶ前に雑誌「AERA」に小室氏のインタビューが出ていたが、そのとき彼は、 「TMのときには、自分達の曲がカラオケであまり歌ってもらえなかった。どうしてかな、と考えて、もっとみんなに歌ってもらえるような歌を作ろうと思った。」 という趣旨の発言をしている。 つまり、彼にとって自分の曲は一部のファンに「受容」されるだけでは不満で、より多くの人達(マス)に「消費」してもらいたかったのである。 言い換えれば、ファンは「消費者」というわけだ。 消費をすれば、当然お金が入る。彼にとってはそれが一番大事なことだったに違いない。 「曲に込められた思いを届ける」のではなく、「曲を使って(お金に換えて)もらう」。 それが彼の音楽を制作する動機になっていたのではないか。
90年代、彼の目論見は成功した。「消費者」はどんどん彼の楽曲を「消費」した。そして、莫大な富を彼にもたらした。 しかし、彼は一つだけ気付いていなかった。 消費者は飽きやすいということを。 大量に同じ種類のものを消費すれば、いつかは飽きてしまい、別の新しい商品を求める。これは資本主義下の消費社会における鉄則である。 彼は、あまりにも短期間に大量のものを供給しすぎたため、自分自身が消費されてしまったのである。 結果、彼の楽曲は飽きられ、忘れ去られた。 彼がプロデュースしていたアーティストも彼の元を離れたり、芸能界を去ったりした。
そして彼は、消費者が求める新しいものを供給できなかったのである。 僕は、今回のことは、小室哲哉が自らの才能を「作品」のクオリティを高めるためにではなく、売れる「商品」を作ることに使ってしまったことに対する、「芸術」の側からのしっぺ返しだと思えてならない。 「売れること」が全ての芸能界に身を置いた者の宿命かも知れないが、「時代と寝た男」は、「時代」が変わってそっぽを向かれてしまえば終わりだ。 それに対応して自分も変わって行けなければ、消えていくしかない。 だから、時代とともに走り続ける柔軟性と持久力を持つか、もしくは時代を超えて受容される普遍的な表現を探るか、そのどちらかしかないと思う。 そのどちらにしても、自分の作品を「芸術」と「商売」の境目の綱渡りに耐えうるように作り込まねばならない。 一時に何十億という金を手にした小室氏は、それで目が眩んでしまい、自分の才能に酔ってしまったのかも知れない。 そして、二日酔いの頭で周りを見渡せば、もう誰もいなくなっていた。 自分の楽曲も、そして自分自身も、「商品」としての価値を完全に失ってしまったのである。 その後には、借金以外何も残っていない。
自分自身を「商品」として市場に差し出してしまった男の悲劇。 まるで、魂を悪魔に売り渡した男の末路を見るような、そんな思いがする。
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