思考過多の記録
DiaryINDEXpastwill


2009年05月16日(土) 最後の戦いが始まった

 昨日から出版健保の保養施設「おおたいら」に来ている。
 普通の「保養」目的ではなく、「療養」目的での滞在である。



 別のところでは書いたのだが、今週の月曜日から今までとは違う医者に通うことになった。
 その医者は、僕が飲んでいた薬の種類と量を激減させた。
 もともと僕が処方されていた薬は、胃薬から始まって、鎮静剤、導眠剤、抗鬱剤と種類が多く、しかもそれぞれが何種類も出されていた。新しい医者は、
「これでは、どの薬が効果があって、どの薬が足を引っ張っているのか分からないので、薬を整理する」
と宣告し、処方される薬をかなり減らした。
 その状態で2週間様子を見ることになったのだ。
 そしてその医者は、こうも告げたのだ。
「おそらく副作用が出るだろう。具体的には、不眠やイライラしたりすることだ。何かあったら連絡してくれればすぐに対応する」



 そうして僕の新しい薬での生活が始まったのだ。
 昼間に関して言えば、初日は大変調子がよかった。いつもどこかぼんやりしていた頭がはっきりしてきた。
 いろんなことに、正しい判断が下せるようになったようにも思う。
 おそらく、鎮静剤が効きすぎていたのだ。
 だが、2日目からは、今度は体に違和感を覚えるようになった。手が小刻みに震え、力が入りにくい。
 おそらく、煙草や麻薬をやめた人が、直後に感じる「禁断症状」のようなものであろう。
 今5日目だが、その点に関しては、少しよくなりつつある。



 最大の問題は「眠り」だ。
 今までの僕の睡眠は、たぶん鎮静剤によって昼間の活動が低下していても、大量の導眠剤を飲むことによって、半ば強制的に眠らせていたものだ。
 だから、疲れているといないとに関わらず、服用直後にはすぐに深い眠りに落ちた。
 これは、僕のこの病気における最初の症状が「睡眠障害」であったことに起因している。
 それでも、最初に処方された導眠剤は1種類か2種類だったと思う。
 しかし、次第にそれでは眠れなくなっていった。
 そのことを伝えると、前にかかっていた医者は、すぐに新しい導眠剤を追加した。
 こうして、僕の導眠剤は増えていったのである。



 今度の医者は、この導眠剤を一気に2種類まで減らした。そして、量も絞った。
 その結果、その夜から僕は再び「不眠」と戦うことになった。
 まず寝付きが悪くなり、熟睡ができなくなった。
 その結果眠りは浅く、短時間となった。
 それだけではない。その浅い眠りの時に見る夢が、おぞましいものになっていったのである。
 それは、「幻覚」や「幻聴」とぎりぎりのところにあるものだった。
 僕は、ほぼ毎晩のように魘され、目が覚めるともう眠るのが怖くなった。
 昼間、うつらうつらしてしまっても、このおぞましい「幻覚」のような夢は襲ってくる。



 2日目、たまらずに僕は医者に電話した。
 医院長先生が対応してくれて、それを職員(看護師?)の方が伝えてくれた。
 「今処方されている道民剤のうち、1種類を1粒から2粒にしてみてくれ」
という内容だった。
 それでもだめなら、もう1種類も2粒に増やして様子を見て欲しいとのことだった。
 ただし、これをやると、当然ことながら途中で薬が切れてしまう。
 その場合は、病院に行ってまた薬をもらえることになった。
 そして3日目、3粒に増やしたところ、これがオーディション2日目の日で疲れていたこともあったが、かなりよく眠れた。
(それでも、以前よりは早く目が覚めるようになったが。)
 その状態で、僕はこの保養施設にやってきたのだ。



 昨晩は、薬を一粒にしてみた。
 移動である程度疲れたし、温泉にも入ってリラックスできたのだが、一抹の不安はあった。
 案の定眠りは浅かったが、夢はごく普通のものだった。
 ただし、やはり目覚めは早かった。
 そして、朝食後、うとうとすると、またあの「幻覚」のような夢が襲ってきたのだ。
 誰かが部屋の外から激しく扉を叩いている。
 その勢いで、部屋の照明がぐらぐらと揺れているのだ。
 勿論、それは「夢」である。
 しかし、普通の夢は、たいていの場合「夢」であることが自覚できる。
 それに対して、僕が薬を減らしてから見るようになった夢は、夢と現実の境目のような感じなのだ。



 これは、僕が飲んでいた薬が、他の疾病の場合と異なり、脳に直接作用する薬だからだと思われる。
 その量が変わったので、脳が混乱し、誤作動を起こしているのだ。
 勿論、意識的にコントロールはできない。何故なら、コントロールする筈の脳自体がおかしくなっているからである。
 こんな経験は初めてだ。
 たまに「幻聴」もある。これも脳の誤作動だ。
 狂った脳は、のどかな鳥の囀りさえも、誰かの悲鳴に変えてしまう。
 本当に恐ろしいのは、「病」であるよりも「薬」である。
 「薬」は「毒」でもある。
 僕はこの2年間、ひたすら「毒」を飲み続けた。
 その解毒のためには苦しみが伴う。



 とはいえ、僕はこの戦いに負けるわけにはいかない。
 突然、ふとこの苦しみから逃れるために死んでしまいたくなる。
 が、そんなことはできないし、してはならないとも思っている。



 2日間のオーディションで、僕は20人以上の役者さんと役者の卵の人達と会った。
 彼等・彼女達は、僕のオーディションを受けることを「運命」と感じたり、「縁」を感じたりしてくれていた。
 そんな人達を裏切るわけにはいかない。
 彼等・彼女達との出会いを力に、僕はこの解毒の戦いを勝ち抜いていこうと思っている。
 脳の反乱を抑えることはできないが、それでも僕は負けない。
 決して負けるわけにはいかないのである。



 長丁場の戦いになりそうだ。
 これも人生の糧にして、さらなる飛躍のために、そして勝利の日のために、「解毒」という恐ろしい敵と戦っていきたいと思っている。
 決して、マイペースを崩さずに。
 この戦いを完遂したとき、僕はそれまでの僕よりも高いところに立てる筈だ。


hajime |MAILHomePage

My追加