2002年10月13日(日) 図鑑


無趣味だったお父さんに登山という趣味ができたのは、
2年前のちょうど今ぐらいの季節のことだった。
製本組合の中まで「ハイキング部」なるものを作り、
高尾山に行ったのが楽しかったようだった。
それ以来、その中の仲良し中年3人組でハイキングに出かけるようになり、
いつのまにか本格的な泊りがけの登山をするようになっていった。
楽しそうに登山や仲間のことを話すお父さんを見ると、
私まで嬉しくなる。

「今週末、また、すぎちゃんとてっちゃんで山に行くんだ」
先日の夕食のときも、お父さんはにこにこしながらそう言った。
このところ、ひどい頭痛や吐き気が続いていたため、
しばらく登山に行っていなかったのだ。
だからこそ、喜びもひとしおだったのだろう。
「てっちゃんが急いで登ったり下ったりするから、
まわりの風景なんか見てらんないんだよなぁ。
だいたい、オヤジ3人組じゃあ花の名前もわからないんだけどさ」

父はきっとなにげなく話していたのだと思う。
けれど、その言葉は私の中に強く残っていた。
そして、次の日の絵画教室の帰り道、
私は少し遠回りをして本屋さんに立ち寄った。
「野山の草花」「高山植物」「ポケット図鑑 山の花木」
目当ての本は何冊かあった。
どの本も山登りにはおあつらえ向きのサイズで、
それぞれに美しい植物の写真がプリントされている。
値段が少し張るものの、
どうしてもそれをお父さんにあげたかった。

夕食の食卓で「お父さんこれあげる」とぶっきらぼうに手渡した。
誕生日でもなんでもないときのプレゼントはなんとなく恥ずかしい。
だから、がさごそと袋を開ける音だけ聞いて、
「ありがとう」と言ったお父さんの顔は見なかった。

今、お父さんはきっと目的地の民宿で眠っているところだ。
明日頂上に着いたら、またメールをくれるのかな。
あげた図鑑を開いてくれたのかな。
どうか、元気で楽しそうに帰ってきてますように。



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