2000年12月12日(火)
「創る」ことをやめた人
 12月11日・・・・・・。

 この日、一人の「創造者」が自らの命を絶つことで、「創る」ことをやめてしまった。
 この日は、私の恩師の命日である。

 彼は私に初めて演技を教えてくれた人である。

 中学・高校と芝居が好きでハマってはいたのだけど、ちゃんとした知識を持った指導者がいたわけではなく、部員・顧問、総素人であたっていて、代々伝わる我流みたいな稽古メニューを先輩から叩き込まれ、それが当たり前だと思っていた。
 そんな畑で育ち、ほぼ奇蹟に近い状況で某N大学の入試を突破した私は、そこで初めて、演劇のエキスパートたちと出会ったのである。
 リー・ストラスバーグがN.Y.のアクターズスタジオで行なっていた俳優の訓練方法を初めて日本に輸入したとかいう、権威みたいな先生とも出会った。この頃もうすでに私から見ればおじいさん先生だったけれど、若い頃は、そりゃあもうすごかったらしい。

 私の恩師はその先生の一番弟子的な存在で、とても繊細でかつ激しい芝居を作る人だった。

 大学では3年次以降になると、実習や卒業制作などで半期に1本、公演をするのだけど、出演者はもちろん、演出・装置・照明・音響・衣装・制作全てを専攻コースごとに学生たちが請け負う。
 稽古場には役者と演出が常駐し、後はそれぞれの現場で作業が進む。
 これは、前々からの常であるのだけど、生徒たちがどんなにがむしゃらに頑張っても、煮つまって身動きがとれなくなってしまうことがよくある。いくら演出が「あーしろ、こーしろ」と激昂しても、思うようなシーンがどうしても作れないのだ。そこへ、ひょいと先生が現れ、一言二言残していく。演出家とは全く別の切り口でのアプローチを、本番3日前くらいにふいっとアドバイスされ、役者全員がものの見事にスランプを解消したこともあった。

 面白いものである。

 この頃から、ちょうど、私も創る面白さに目覚め始めた。

 それが・・・・。
 あんなにもあっけなく、先生は「創る」ことをやめてしまった。
 私たちが大学を卒業した次の年に、先生は急逝した。
 自ら、命を絶った。

 心を病んでいた先生は、自分ではどうしようもないほどに張り詰めていた。きっと、もっと素晴らしい作品を世に残していっただろう人なのに、何ともしがたい状況が続いていたのは、ずっと先生の近くにくっついていた私にもよくわかった。だからこそ、残念でならない。あの人からは、もっとたくさん、「創る」ための技術を学ばなければいけなかったはずなのに、私は何となく1人で放り出されてしまったかのような錯覚さえ覚えた。
 先生が亡くなって2ヶ月経たないうちに、私は自分の居場所を新しく作らなければと躍起になって、この春まで在籍していた養成所(事務所)の門戸を叩いた。ここでもたくさんのものを吸収したのだけど、それでも物足りない感じがしていた。

 3回忌の日。
 私は稽古場で1日を過ごした。
 3ヵ月後にある公演の稽古をしながら、私は思った。

 いい芝居ができる役者にならなきゃなぁ・・・・。

 かつて稽古場で、先生に

「へたくそだな。」
「田舎に帰って子供でも産めっ!!」


そんなダメ出しをくらいながら、同じことを思ったことも思い出していた。

 先生に 「いい女に見えるぞ。」 と言わせるまで、絶対に田舎になんか引っ込むものかっっ!! ・・・・・・そう誓ったものの、それも叶わぬ目標になってしまい、一瞬見失ったこともあった。
 それから、芝居を2本やって、演出家にこの言葉を言わせることもできたが、思ったほど勝利感みたいなものは湧いてこなかった。
 卒業する間際まで、私の顔を見ては 「へたくそだな。」 と繰り返す先生を唸らせることがもう出来ないことを知ってしまっているからかもしれない。

 3回忌の年にやった、芝崎秀子を観たらやっぱり言っただろうか?
 その翌年にやった、立花かず子を観てもやっぱり言っただろうか?

 もう 「へたくそだな。」 さえ聞けないのかと思うと、やっぱり今でも少し寂しい。

 そして少し腹が立ったりもする。

 生きてさえいれば、また何かが創れたかもしれないのに・・・・・
 生きてさえいれば、同じ舞台にたずさわれたかもしれないのに・・・・・
 欲望が昇華を果たすように、消えた先生の命はもう還ってこないけれど、私は切実に思う。

 今、どんなに干されていようとも(笑) 生きてさえいれば、きっといいものに巡りあえる、と。「創る」ことをやめさえしなければ、もっと面白いことが起こる、と。何もかもが嫌になっても、とりあえずは生き続けようと、先生の死はそんなことを教えてくれたのだった。

 この日はいつも、先生の好きだった種田山頭火の自由律な句を思い出す・・・・・。

・・・・・・・・・・・うしろ姿の しぐれてゆくか



あさみ


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