第一に・・・・・。 わが家で一番頻繁に、出入り口として利用される勝手口が まず鬼門なのである。 人間はもちろん、犬猫もだいたいそこを利用して、 外界へと飛び出していっては、帰還する。
いるんだろうなぁ・・・・鬼。
この家の中に、絶対にいると思う。 渡る世間に鬼は無し・・というのが元の言葉であるというのを 橋田寿賀子が覆してから久しいけれど 渡る世間どころか、家の中にまで鬼がいるだなんて この年齢になるまで考えもしなかった。
しかしだ・・・・。
母・サヨコの愚痴る姿といい、 父・タカシが休日返上で新規に始める事業のことでてんてこまいしている姿といい、 最早、鬼の仕業と考えるしか仕方の無いわが家の空気・・・・。 誰かの所為にしてしまわないことにはやりきれなくて、 あたしは夕食を頬張りながら、愚痴を言う母の隣で泣いていた。
彼女が喧嘩の仕方を知らなくて、不憫だったからだ。
生まれて半世紀、彼女はこの街を出たことがない。 ずっとこの街で暮らしている。 それが、何の相談もなく舞い込んだ3号店のオープンに伴ない この街を後にすることを余儀なくされてしまったのである。 彼女に、相応の居住空間など用意されてはいない。 この街から猶に車で1時間はかかるだろう場所に、店舗を着工してしまった今になって、 設計士やら新設会社やらを交えた会合に1度も参加を許されなかった彼女は、 今、物理的に居場所を追われるハメに陥っているのである。
彼女がもし、喧嘩の仕方1つ知っていれば、 このような事態は免れることが出来たというのが、あたしの意見である。
ものを作るというのに際して、喧嘩はつきものである。
1人での作業でも、プロの仕事となれば 作家でも陶芸家でも役者でも、作品を表に出す段になって 誰かとぶつからなければならない。
父は、プロとして料理を作り、その畑のことしか知らない。 設計や本格的な会社経営に関しては、素人で、更に無頓着なのである。 いくら昔、土建屋をやっていたといっても それは単なる作業員で、もの作りの根源を支えるものではなかった。 こういうのは言い過ぎかもしれないが、 創作を始めたのは、料理に携わってからだと思う。 やっと1つの店を切り盛りし、人を使うということを覚え、 それでも危ない橋を何度も渡り、母を心配させ続けてきた。
母は、かつて勤めに出てはいたものの、しがない会社員でしかなかった。 ものを作る(それを生業とする)ことはしたことがない。 手芸や料理などに長けてはいるものの、プロではない。 たとえ、人目に触れるように発表をしたとしても アマチュアである限り、そこに責任が発生しないわけだ。 創作の面白さを知っているくせに、1つ上の段階を知らずに暮らしてきた。
あたしは、この2人を見ていると、本当に頭痛を催すのである。 2人が素人な故に 設計士や同士(金を出し合っているとかいう)の残り2人は やりたい放題なのである。
それに、あたしがもの作りの本質のことを説明しようにも この2人はあまりに素直すぎるため、あたしとは全くもって交わるところを持たないのだ。
3号店着工のことについて、あたしに話題がふられた時、 既にそれは母の愚痴になっていて、 ものの本質が全く見えないままだった。 しかも、自分の身体の事を厭わなければならなくて 全くもってそれどころではなかったのだ。
大垣に帰ってくることを親たちに迫られて、 とうとう折れてしまったのも、この3号店問題が絡んでいると言っても過ぎてはいない。 店の平図やエレベーションをやっと最近になって見ることができ、 そして、不信なところが満載であることに気づいた時は もう、時すでに遅し・・・・・。
あたしは何のためにここに帰ってきたのか 全くもって理解できなくなってしまった。
近々、父を含めた3人で興した新しい会社で、また話し合いがあるのだという。
もの作りに際しての喧嘩なら あたしは、父よりも母よりも自信がある。
父が踏み込んでいけなかった領域に、あたしなら踏み込んでゆけるし 母が口篭もっていたことを、あたしなら代弁できる・・・・そういう自信があるのだ。
だが、身体を壊した前科のあるあたしに両親はそれを許そうとはしない。
お前が出ていったところで、どうなる話でもない。 そう言いたげに、あたしにはなるべく話を近づけないようにしているのが丸わかりなのだ。
しかし。 12月になれば、この家を母は後にせざるを得なくなるし、 父はしばらく無休状態が続く。 同士である(金を出し合っている)新設会社の残りの2人は 3号店の経営状態に関して、一体何をしてくれるというのだろう? あたしや母に何不自由ない暮らしの保証をしてくれるとでもいうのだろうか。 あたしが、この問題に参戦したがっているのは 決して面白半分でなく 道楽とはいえ、人様からお金を頂いてものを作った経験があることが 自衛手段になると考えたからである。 矢面に立たされることになる父や、それを裏で支えなければならなくなる母を 助ける手段になると考えたからである。
たとえ、微熱があろうとも、 呼吸が苦しくても、 鬼が呪いをかけていようとも、 参戦する義務がある。
それが・・・・・・・家族ってもんじゃないだろうか・・・・・?
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