あたくしが考える「美人」は、いつもどこかが似通っている。
今、一オシの美人は柴咲コウで、 ちょっと前までの一オシは中谷美紀であった。
彼女らはとても成分が似ている。 この他に、浅野温子とか岩下志麻なんかも、年齢を経ただけで 彼女たちと成分がとても似ている。
成分が違うところでいうと、モデルの小雪なんかは、 あたくし的にはとても美人だと思います。 仲間由紀恵になると、ちょっと微妙で、 水野真紀になると、またハズれすぎた感じになる。
あたくし的美人の条件というのは「薄幸度数」にかかってきている。 雰囲気的に、薄幸かどうか・・・・・これが即ち、 「美人」かどうかの尺度になってしまうのである。
無論、顔かたちが整っているのは最低条件で、 そこに奇妙なほどの迫力があるにも拘わらず、何故か幸が薄そう・・・・
これが「最強の美人」を作るのだとあたくしは信じてやまない(笑)。 (註:女優の場合)
最近、よくメディアに登場するようになった、柴咲コウ。 彼女の雰囲気は、完成されきっていて、誰も触ることが出来ない。 だから、「バトル・ロワイヤル」でも「空から降る一億の星」でも 「夢のカリフォルニア」でも、 あんな役になってしまうのだ。
でも、すごいことなんだと思う。 自分の空気に、役の方をググっと引き寄せてしまうのだから、 相当のパワーがある。 だけど、そのパワーが何故か薄幸を臭わせる。
浅野温子や岩下志麻も、ド迫力系の女優さんだ。 どちらも、マルチで才能に長けた人だと思う。 でも、どうだろう。 彼女たちがかつて演じてきた役柄は、どうしてか薄幸そうな役が多い。 たまに、柔らかで三枚目風な役が来るけれど、 それでも、彼女らの雰囲気はどこかに一本の芯が通っているようで 揺るがない。
昨今、「癒し系」なんていうのがもてはやされているようで、 それが流行で、ある意味、それが「美」であるような 錯覚を齎しているのだけれど あたくしは、騙されない。 「癒し系」というのは、男性市場でしか通用しないからだ。 優香や乙葉が、我々女性を癒してくれるだろうか。
原節子や吉永小百合は、その「癒し系」の元祖も元祖。 系統は若干違うけれども、男性市場に乗っかった女優たちだ。
じゃあ、どうして、「癒し系」とは呼べない ド迫力があって、パワー満載な先の女優さんたちが 薄幸そうに見えるのか。
答えは簡単である。
華がありすぎて、男性を喰ってしまうのだ。 即ち、男性がひいてしまうのだ。
米倉涼子は、あの肉体が男性を離さない(爆)。 美人だとは思うけれど、「最強」には及ばない。 藤原紀香は論外。彼女は幸せを掴んでしまうタイプだからだ(笑)。 木村佳乃や、水野美紀・・・・彼女らも美しいけれど、 幸せを予感させるものがある。 水野美紀は実に惜しかった。 途中まで、薄幸度数がえらく高くて、あたくしは大好きだったのだけど、 路線を変更してからのブレイクが、 却って、彼女に幸せを与えてしまったため、 「最強美人」への道は絶たれてしまった。
と、あたくしは、常に他人の不幸を観察して、にやけているわけではない。 あたくしの「美意識」が ちょっと偏った方向にむいているだけなので、 ファンの皆様は、怒りその他を胸に納めて下さい(笑)。
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