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今年を振り返って。

今年も残すところあと1日。

日記はびっくりするくらいたまっている。

来年は1週間以上はためないようにしたいものである。爆。

朝からのんびりモードの大晦日。

だんなさんは、先日作ったスーツを取りに行くつもりらしい。

しかし、私はあまり外に出たくなかった。

やっぱり昨日の調子の悪さを引きずってしまっている。

私の調子の悪さは大体胃から来る。

今回もたぶんその要素が強いんじゃないかなとは思うのだが。

ちといつもよりはきついかな。

年末に入って、食生活が乱れまくっていたかも。

29日の夜は、ご飯の仕度をするのも面倒で夜遅くにピザとって食べたし。

昨日は昼マックで、夜はお酒飲みながら寿司とか湯葉刺しとか餃子とか餅ベーコン焼きとか。

今日は昼はお餅、夜はまたお酒飲みながらちょこちょことおつまみ系の食事して。

夜は鴨そばで年越し。

結局1歩も外に出ないで夜を迎え、だんなさんはイノキボンバイエを見ていた。

私も見てたんだけどなんか落ち着かなくて、

気を紛らわした方がいいかなと久し振りにギターを持ち出した。

少し前に衝動買いしたエレアコ。(アコースティックギターのエレキ版)

買って以来ほとんど触った事がなくて、本格的に弾いてみるのは今日が始めてかも。

保証書を見たら、3年経ってた・・・。;;^^)

先日どうしても欲しくなって買っておいた『スピッツ』のバンドスコアを見ながら

『ロビンソン』の出だしを練習。

スピーカーアンプには繋いでいないけど、アコースティックなので生音も結構大きい。

うー、全然指が動かない。

元々ヘタなのに、長年やってなかったせいですっかり忘れてしまっている。

しかも、指先が柔らかいので弦を押さえているとだんだん痛くなってくる。

いつもやっていれば指先の皮膚が固くなって耐えられるようになるのだが。

2時間くらいやっていただろうか、結局ギターに合わせて歌うと言う夢もかなわぬまま終了。

来年はギター復活を目標にしてみようかな。( ̄m ̄〃)

なにせだんなさんも私も本職がドラムだから、一緒にバンドが出来ない。

だんなさんのギターは目も当てられないくらいの物なので、私が音物に戻るしかないのだった。

子どもの頃ピアノをやっている時から思っていた。

私はコツコツ練習できるタイプではないと。(笑)

バンドを組んでいる時はみんなとの練習があるから何とかやっているけど、

個人的に技術をレベルアップさせるための練習は全然やってなかった。

一つの物を極められない性格。飽きっぽい。

来年はそれをどうにかしなくちゃいけないかな。

23時過ぎ、ナイナイの火くぐりを見る。

岡村君頑張ってるなぁ。感動。

でもきっと、これ見て抗議の電話している人もいるんだろうなぁ、可愛そうに。

牧瀬最高。とってもいい人だ。

日記の題名、嘘書きました。(笑)


ほんじゃまか。
2002年12月31日(火)

ちょっと落ち込み。

金曜日に一応の仕事納めで、土日は家から一歩も出なかった。

言い訳程度の掃除をして、あとはバタバタしている内に今年も残すところあと2日。

本当なら昨日からお休みだったはずのだんなさんだが、急にお客さんとの約束が入り出勤。

今日と明日休んだら、元日から出勤。

会社自体は休みなのだが、仕事柄営業さんが出勤しているし、

お客さんからの電話も入るかもしれないとの事で、

事務所内ではだんなさんだけが出勤している。

結婚前からこのパターンだったので私ももう慣れてしまった。

お正月に出た分を代休として取って、

空いている時にどこかへお出かけするという楽しみもあるからいいかなと思っている。

しかし私たちに子どもでもいたら、やっぱりお正月は一緒に過ごしてあげたいと思うのだろうか。

今年は今までになく開き直って大掃除も料理もしない〜と決めていたが、

さすがに何も食べないわけには行かないので買い物に行くことにした。

今日の内に行っておいて、明日はのーんびり過ごそうと思ったのだ。

やっと書き上げた年賀状も出さないといけないし、

だんなさんのスーツのクリーニングも出さないといけないし、

すべてご近所で済むしいつもは車ばかりの2人だが、

運動不足バリバリなので、たまには歩いて行こうと思った。

車大好き、歩くのめんど臭い〜のだんなさんが珍しくOKしたので、2時過ぎに家を出た。

まずはクリーニングに出す洗濯物を持って、家から300Mほど離れたお店へ。

今日はすごく寒い。家から出たばかりなので余計寒いわ〜と思いながら歩く。

・・・閉まってた。

がっくりするだんなさん。

ここが一番安かったんだけどなあと思いながら、もう一つのお店へ。

開いていた。

そこはウチのマンションのまん前。

始めっからここにすれば良かったのにと思っているであろうだんなさんだが、

貧乏な我が家ではそういう文句は許さないのである。

それから集配もやっている大きな郵便局へ。

大きい所に出せば、遅く出してももしかしたら元旦に間に合うかもしれないと聞いたから。

県内くらいはなんとか間に合うかなぁ。

郵便局はウチから1キロくらいあるだろうか、

周りは整備されて公園になってたりオブジェがあったりするので、

それらを眺めながらのんびり歩いていった。

郵便局はとても混んでいた。年末の支払いや送金があるのだろう。

私も通販の料金を支払おうかと思ったが、

それを払うと手元にお金が無くなってしまいそうなので止めた。笑。

郵便局を出た所に、入った事のないコーヒーショップがあったので入ってみる。

だんなさんはコーヒー、私は紅茶。

飲みながら私の病気についての話をした。

12月に入ってから体調も良く、不安感もうまくコントロールできていたし、

ずっと家から出ない日があっても、自然にまた外に出られるようになったし、

とっても嬉しいんだよねなんて話をしていた。

ところが喫茶店を出て歩き出すと、胃の不快感が襲ってきた。

気持ち悪いようなだるいような、フラフラするような。

調子の悪い時の信号である『手に汗』。

最近でもこういう感じになる事はあったが、なんとかかわして来れていた。

しかし今日のはちょっと時間が長かった。

自分だけだったらこのまま家に帰っていたかもしれないが、

だんなさんも一緒だったし買い物もしたかったのでそのままスーパーへ向かった。

スーパーまでは500Mくらいだろうか。

まだ夕方の早い時間なのに、食料品売り場は人がいっぱいで品物を見るのも大変なほど。

ほんとならゆっくり楽しみながら食材を選びたかったのだが、

フラフラしたままだったためメニューも思い浮かばない。

果物が欲しいと言うだんなさんに、どれでも好きな物買っていいよと言って側で待っていた。

だんなさんも特に時間がかかっている訳ではないのだが、

具合が悪いと待っているのも辛く、『早く選んでよ!』とキツイ言葉をかけてしまった。

こういう時、申し訳ないなぁと思う。

具合が良い時は自分自身にも余裕があってだんなさんにも優しく接してあげる事が出来るのだが、

調子が悪くなるとそれが出来なくなる。

一緒に住み始めたばかりの頃、

PDの調子も悪くてACに関してもまだまだ手探りだった時期はケンカも多かった。

それが段々落ち着いてくるにつれて、

以前なら腹が立っていた事にも怒らなくなって来たし、

笑える事も多くなってきて、今では自然にケンカも減った。

自分が健康である事は、周りの人たちにとっても大事なんだなとつくづく思う。

ちょこちょこっと買い物をして地下食料品売り場を出る頃には、

最初ほどの調子の悪さは無くなっていた。

スーパーに隣接した食料品アーケードを覗き、だんなさんの大好きな鴨肉を探す。

ウチの年越しそばは、鴨肉入りの温かいそば。

ところが年末になると、鴨肉が手に入りにくくなる。

去年もスーパーを何軒か回ったような記憶がある。

結局そこでも見当たらず、家のすぐ前のスーパーに行ってみることに。

調子はまだ完全に良くなってはいなかったが、

すぐにでも家に帰りたいという感じでもなかったのでそのままスーパーへ向かった。

荷物はほとんどだんなさんが持ってくれていたので、

なんかすごい恐妻家の夫婦のようでちょっと恥ずかしかった。(;^_^A

家の前のスーパーで鴨肉を発見し、無事帰宅。

久し振りに調子が悪くなった事でやっぱり少し落ちこんで、

具合の悪さも引きずってしまった。

身体が何となく緊張しているし、すっきりしない。

それでも買ってきた惣菜で食事の仕度をして、

お酒も少し飲んだりして食事は美味しく食べられた。

食事の後はのんびりしていたが、横になってテレビを見ていても、

すぐ首が痛くなってしまったり、何となく調子が悪いなと思いながら過ごしていた。

テレビで今年の総集編という365日分のニュースをやっていて、

それを見ていたら昨日に引続き寝るのが真夜中になってしまった。

こういう生活の乱れもいけないんだろうなぁ。

でも、買い物から帰ってきたのは17時過ぎ。

なんだかんだ言っても3時間くらい徒歩で外出できていたのだから、良しとしなくちゃ。


ほんじゃまか。
2002年12月30日(月)

親戚問題勃発。

先日の伯母入院で大きな問題が起こった。(詳しくはAC日記を・・・。)

元々くすぶっていた問題が、これを機に浮上してきてしまったのだ。

我が家は、母と私の人嫌いと病気の関係で親戚との付き合いはそんなに密ではない。

父方の親戚とは年賀状のやりとり、母方の親戚とは年に1回会う程度。

昔から母に親戚付き合いは大変だ、いい事は無いと言われていたので、

私も親戚付き合いは嫌いだった。

結婚になかなか踏み切れなかったのも、

そういった付き合いが増えることを嫌ったからだった。

よくもこんなに母の言う事を鵜呑みにして生きてきたなぁと思うが15年程前までは、

母は私にとって絶対でかけがえの無い存在だったのだ。

今、だんなさんの方の親戚を見ていると、

年に1回は老若男女集まって温泉に出かけていたりするし、

病気で未だに田舎に帰ることが出来ない私に対しても、

うるさく言ってくる人はいないし、

結婚前に考えていたことは取り越し苦労だったのかなと思う。

でも、これは兄弟が普通に仲良く過ごしてきたからこそできることなのだ。

母の親戚は、それぞれが複雑な出生と生い立ちを持っている。

そしてそのためか、性格的に変わっているし馬鹿じゃないかと思うようなのもいる。

そしてお人よしの両親は、伯母を始めとするその親戚に、

今までに嫌な思いをたくさんさせられているのだ。

そんな親戚とは早く縁を切って、もっと楽に生きていった方がいいのではないかと私は思っていた。

父もそう思っていた。

母も少なからずそう思ってはいたのだが、

これから年を取っていった時に血縁がいないと寂しいのではないかとなかなか断ち切れなかった。

しかしそれが今回の問題を引き起こしたとも言える。

母はひどく落ちこんで、泣き暮らしているし、腹も立てている。

そう言った感情をもてあまして、私に聞いて欲しくてだーっとしゃべり続ける。

私はまたこれをきっかけに母との関係が苦しくならないように、

しっかりしなくてはいけないのだ。


ほんじゃまか。
2002年12月09日(月)

NHKの集金。

2ヶ月に一度、NHKの集金の人が来る。

前に住んでいたマンションは、今のマンションから車で5分程度の所。

ここに越してきた時に、貧乏なのにNHK払うの嫌だなぁと思っていたが断りきれなかった。

集金の人が、前のマンションに来ている人と同じだったから。;;^^)

その上、だんなさんの名前が珍しい名前なので、向こうも印象に残ってしまっていたらしい。

きっとその集金人さんは(Cさんとする)私が嫌がって、

なんとか逃れようとしていたことに気付いていたんだろう。

でも、Cさんは嫌な顔一つせず丁寧な対応を続ける。

そして結局今回も払うこととなった。

Cさんは、背の高いナイスミドルでとても優しそうな人である。

腰も低く、しゃべっていても嫌な感じを与えない人柄。

きっと色んな所で集金拒否にあったり、文句を言われたりしているんだろうなあ。

Cさんはウチのだんなさんの名前が珍しい事と関連して、自分の名前の事も話してくれた。

そしてあだ名も教えてくれた。(笑)

それから、私は2ヶ月に1回Cさんに会うのが楽しみになった。

ウチはマンションの4階。

『NHKでございます〜♪』

ドアを開けると、若いとはいえないCさんはハアハアと息を切らしている。

でも、笑顔。(^^)

支払いを口座振替にして欲しいんだろうな〜と思うが、振替にはしない。

だって、Cさんと会えなくなっちゃうもんね。


ほんじゃまか。
2002年12月08日(日)

入院��

仕事が終わる少し前に、電話がかかってきた。

ちょっとフェイント。

少し急がされて仕事を終え、伯母の家に向かう。

どこに何があるのか分からないので手間取ったが、これでなんとか当面はしのげるだろう。

仕度をしている間も、母はカリカリしている。

こういう時は私が相手じゃないとダメだ。

私は母の性格を知っている。どういう事を言うとめんどくさい事になるかというのも知っている。

母にいくら文句を言っても、こじれるばかりでどうにもならない事も。

しかし父は母とは夫婦だから、母に意見したりしてしまう。

『こうした方がいいんじゃないの?』とか『それはいらないよ。』とか。

その度に母はキーッとなって、『いちいち口出さないでよ!!』と怒鳴る。

私は父と母の間に入って『まあまあ。』とおさめる。

そして、これ以上母がキャイキャイ言わないようにテキパキと仕度を続ける。

入院の仕度をし、病院へ向かい、先生の説明を聞き。

全てが終わって食事をしようと家の近くまで戻ってきた時は22時を過ぎていた。

私の事を心配しただんなさんが、名古屋への日帰り出張の帰りに寄ってくれたので、

帰りは運転を頼んで、安心して帰ってくることが出来た。

とっても疲れているのだろうに、ありがたい。(^^)

今日は嬉しい事に大きな不安感も発作も無く過ごす事が出来た。

いつも大丈夫かな、大丈夫かなと自分で様子をみていたけど。

12月1日から、まったく薬を飲んでいない。

調子が悪くなったらまた飲むつもりではいるが、どこまで飲まずにいられるかやってみる。

この後、この伯母の入院騒動が親戚間に大変な問題を起こすことになるとはこの時点では分からなかった。

ほんじゃまか。
2002年12月07日(土)

入院��

伯母の病状が悪化して、病院を替えることにした。

命に別状は無いのだが、手足の先の血流が極端に悪くなり壊死してしまっている。

今まで行っていた病院が頼りにならず、どんどん進んでしまっていた。

伯母は一人暮らしで今までは自分で通えていたが、とうとう痛さで歩けなくなり母に助けを求めてきたのだった。

そこまで来て初めて、母や私たちは伯母の病状がのっぴきならない物になっていることに気付いた。

辛抱強い伯母は、こんなにひどくなるまで我慢していたのだった。

足に出来た傷が治らないことから始まるこの病気を、最初は皮膚科で看てもらっていた。

ただ消毒をし、包帯を替えるだけの診察。

しかしこの病気は皮膚科の領域ではなかったのだ。

皮膚科の医師も、早くそれに気付いて自分の手に負えないと言ってくれればいいものを。

患者のことは覚えない、他科受診しているのにそちらとの連携は無い。

大学病院に行っている意味が無い。

ネットで調べてみると、これはどうやら循環器科の専門らしい。

最悪の場合は、切断も有り得るとの事。

今まで病院を変わることに抵抗を示していた伯母も、相当痛みが強くなっていたらしく母の言葉に素直にうなづいた。

私は仕事があったので、病院には着いていけなかったが勤務先は伯母の家のすぐ近く。

何かあった場合は動けるようにと心構えはしていた。

しかし、こういったイレギュラーの場合不安感で発作が起きることもあるので、意気込み過ぎないように気を付けた。

幸い、今回は父が動いてくれたのでその分助かった。

途中で母から電話があり、伯母が新しい病院へ入院することになったとの事。

入院の仕度をしたいので私に手伝って欲しいと言う。

まだまだ検査がたくさんあるから、会社が終わる頃になりそう。

そして、父に電話をして迎えに来て欲しいと伝えてくれと。

母は今の状況にいっぱいいっぱいになってしまっていて、まともに話が出来ない。

ちょっとでも自分の言いたい事と違うことをこちらが言うと、キレる。

こういう時は、言うことに『はいはい』と従っているのが一番いい。

父に電話してくれと言われて、私は緊張した。

父に頼みごとをして、キツイ言葉で拒否されたことがいっぱいあったから。

今回も、伯父の車を頼むと言っていた母なのになんで俺に頼んで来るんだと言うに違いないと思ったから。

私は意を決して父に電話した。最大限に気を使いながら母の話を伝える。

『いいよ。俺が迎えに行ってやろうか?』

こちらが言ってくれと言う前に、父の方から気持ち良く言ってくれた。

ほっとした。こんな些細なことなのに、涙が出そうになった。

すごく緊張していた自分に気付いた。

私は安心して仕事に戻る事が出来た。

つづく・・・。


ほんじゃまか。
2002年12月06日(金)

ホームセンター。

昨日は風呂釜のチェックの後、だんなさんとホームセンターに行ってきた。

地元では結構有名なディスカウントストアー。

薬から家電までなんでもある。

ゆっくり見ていたら、2,3時間すぐに経ってしまいそうだ。

だんなさんは買い物が嫌いなので、いつもあまりゆっくり見ていられない。

でも今日は、私に付き合う日だと完全に観念しているので大丈夫だろう。

でも私は時々ふと考える事がある。

だんなさんは昨日1日、好きなスロットを打つ日だった。

だから今日は私のための休みのはず。

買い物って、私だけのためのものじゃないよなぁ。

家で使うものを買っているんだから。

なのに何でいつも私の休みが使われるんだろう。

だんなさんの休みは完全に確保されてる。(o'-' o)?

たまには逆になってもいいんじゃないのかなぁ?

そうは思うんだが、だんなさんが毎日遅くまで仕事をしていて

1週間に1回、それそれは嬉しそうにスロットへ出かけるのを見ると、言えないんだなぁ。

それを取り上げたら、ストレスで調子が悪くなっちゃいそうだから。

早く自転車を買って、少々の買い物なら私一人で行けるようにしなくちゃいけないかな。

でも、自転車買うぞ〜って言ってから、もうどれくらい経つんだろう。;;^^)


ほんじゃまか。
2002年12月05日(木)

風呂釜交換。

昨日私が会社に行っている間に、1日スロットを楽しんだだんなさん。

今日は私の休みに付き合うことになっている。

最近調子が悪かった風呂釜の調子を業者さんに見てもらってから、ホームセンターへ出かけることになっている。


私は人と関わるのが基本的に苦手。

風呂釜の修理を頼む事になった時、いつもなら自分でなんとか不動産屋さんとか業者さんに連絡を取るのだが、

今回はなんかどうしても嫌で、だんなさんに1任してやってもらうことにした。

今日の業者さんの訪問も、だんなさんに出てもらって私は出て行かなかった。

風呂釜は古くなっているので修理は無理で、新しい物と交換になるらしい。

風呂釜掃除も大変だったので、とても嬉しかった。(^^)


この事をだんなさんに頼んだ事で、実はちょっと自分を責めていた。

私って、こんな事も出来ないでだんなさんに頼んじゃうなんてダメなんじゃないか。

嫌でも、頑張ってやらなくてはいけなかったんじゃないか。

でも、そんな時に友だちからこんなメールをもらった。

『珍獣委任発想よかったね。(珍獣とはだんなさんのこと)

困難だと感じる事はしなくていいのだ!

安心してやれるぞと自分が自覚して選択したことの中で生じてくる困難さに取り組む事で、成長のためには十分だからです。』

私はてっきり友だちから、『そのくらいの事は自分でやらなくちゃだめだよ〜。』と言われると思っていた。

それは、友だちがそう言って来るのではという予想だけのものであって、

実際は私自身がそれをダメだと思っているから、自分を許せないから人からもダメ出しを受けると思い込んでいたんだ。

すごく気持ちが楽になったよと返信すると、

『ほんとそうらしいですよ。

そして今回はそれが大変じゃない珍獣も、別の分野では今は人に頼みたいということがきっとある。

「今度は出来るようにならなきゃいけない」為じゃなく、「何が怖かったのかなー」といたわる感じで、

自分を知るためにゆーっくり観察してその内なんかが出てくるっていうのが楽しい人生だと思う。

昔は2人でキリキリして自分を責めてたもんね。

人生って厳しいって潜在意識に刷り込むことは避けてるの。

珍獣にいっぱい感謝して。』

私は誰かにこういう風にいって欲しかったんだなぁと思った。

確かに学生の頃は、この友だちと共に随分自分達を苦しめる生き方をして来たと思う。

出来ないことを頑張ってやって、辛い思いをして、自分を責めて。

こんな事も出来ない、あんな事も出来ない、私って何一つまともに出来ないんだ。

生きていくのって辛いんだ、大変なんだ。私は力不足なんだ。そう思っていた。

そして、母からもそう言われてきた。

私から見ればちゃんと出来ている人たちを見て、羨んでいた。

でも、きっと大丈夫そうに見える人にも大変な事はあるのだし、

自分の出来る範囲でやれる事をやって、気持ちが充実していればそれで十分満たされるのだ。

意識していなかったけど、私の生き方には無理があったということ。

それが身体や心に現れていたのかもしれない。


ほんじゃまか。
2002年12月04日(水)

大丈夫みたい。

今日は薬を飲まずに会社に行ってこれた。

調子は落ち着いているみたいだ。

というか、前回の高速道路での不調の時から、自分の中で少し変わってきたことがある。

些細な事なのだが、私にとっては大きな意味を持つことになったらしい。

うまく説明が出来ないのだけれど、不安を大きくさせないように出来そうだと思ったのだ。

今現在私がPDである事は確かなのだが、発症してから5〜6年の頃とは症状も気持ちも変わって来ている。

当時は何もかもが怖くて、でも若かったから何度発作を起こしてもまたそれに向かっていった。

そしてまた発作を起こして、また向かっていっての繰り返し。

あの時はPDなんていうものがある事も全く分からず、気力で何とかしようとしていた。

でも今思えば、あの毎日の戦いが私にPDとしての思考や意識を叩き込むことになっていたのだ。

それからは、PD自体は少し落ち着いてきて小康状態だったものの、あらゆる事に対する不安はいつもあったし、

最盛期の頃ほどではないにしても、発作を起こす事もあった。

それでも出来る範囲で旅行をしてみたり、電車にも乗っていた。

そしてPDとの付き合い方にも慣れて来て、だましだましなら日常生活もそんなに大変ではなくなってきた。

そしてここ最近。

良くなってきているはずなのに、時たま大きな発作を起こす事がある。

それが不思議で不思議でたまらなかった。

でも、全体的には調子が良くなってきていることから、だんだんと私の中で調子の悪い時の原因がはっきりとしてきた。

それが先日の日記に書いた『胃腸』である。

小さい頃から胃にはずいぶん苦労させられてきた。

自家中毒をやっていつも入院してしたし、気が小さくて何かあるとすぐ食欲をなくしていたし、

小学校の頃から胃酸過多で気持ち悪かったし。

ここが私のウィークポイントなんだなと改めて自覚したのだった。



ほんじゃまか。
2002年12月03日(火)

来年から・・・。

今行っている大学病院の心療内科から、街のクリニックに移る事になった。

場所的にはかえって近くなるので問題はないのだが、今までは呼吸器科と心療内科が同じ病院だったので予約の日を一緒にして、1日で済ますことが出来ていた。

しかし、来年からはそれが出来なくなってしまう。

心療内科は月に1回だし、呼吸器科は1ヵ月半から2ヶ月に1回だからそう不便はないと思うのだが、

カイロプラクティックとカウンセリングと、今は全然行けていないが出来れば続けたいペインクリニックと。

病院の数が5つになってしまう。これには自分でもビックリした。

もちろん病院に行くのが趣味な訳ではない。

むしろ病院はほとんど行かない方だった。

しかし、自分の身体の事を考えてしっかり治しておこうと思ったらいつの間にかこんなに増えてしまっていた。

無駄なものはないはずなのだが、これは少し考えなくてはいけないかもしれない。

呼吸器科の先生は、時折胸苦しさはあるものの大きな発作は10年近く起きていないので、

クリニックに今使っているのと同じ薬があればそっちでもらって、ひどくなって来たりした時だけ、自分の所に来れば?とおっしゃってくれている。

先生も患者さんがとても多くて、困っているようだった。

大学病院というのは、なるべく症状が重い人とか難病の人のために役立てなくてはいけない。

それを考えると、私はいつも大学病院ではなくてもいいのかもしれない。

ひどくなりそうな時や検査を受ける時だけかかればいいのかなと思う。

一つ一つの病院の通院回数は少なくても、行かなくてはいけない病院自体の数が多ければ使う時間も増える。

今、カウンセリングの意味についても考えている最中。

果たして私にとって必要な物なのか。

カウンセリングはやはり人によって向き不向きがあるし、効果が出てくるまでに時間がかかる。

だから、早急な結論は出さない方がいいのかもしれない。

2〜3週に1度なのを、1ヶ月に1度に変えてもらおうかとも思っている。

また、友だちが勉強しているヒーリングにも興味がある。

どちらかというと、そっちの方の癒しを自分が必要としている感じもある。

忙しいからこそ自分のやりたい事を見極めて、それ以外のことに時間を使いたくない。

もったいないという気持ちがあるので、来年はその辺をちゃんとしていきたい。

もう来年の事ばかり話しているので、家の中は鬼の笑い声だらけである。


ほんじゃまか。
2002年12月02日(月)

やっと12月の日記に入りました。(笑)

まったく今何日だと思っているんだろう。(12/19です。爆)

頑固なので、いくら遅くなってもカレンダーに穴をあけたくない。アホ。

いつも来てくださる方には、ずいぶん時差が出てしまって申し訳ないです。


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時間が欲しい。

私の仕事は、10日、15日、20日、25日、27日、月末といくつもの締めを持っているので、

その締めを追って仕事をしていると、1週間どころか1ヶ月があっという間に過ぎて行く。

今年はそれに加えて、HPの開設をしたり様々な出来事があったりして1年間があっという間だった。

人間は年を取れば取るほど、時間の進み方が加速していくというからなんだか怖くなってしまう。

今をじっくり味わって生きていないと、あっという間にお年よりになってしまいそうな怖さ。

そんなものにいつもせかされながら生きているような気がする。

しかしそんな事を憂いていても目の前の出来事をやらなくてはいけない。

ただ、たんたんと日々の事をこなしていくしかないのだろう。

だんなさんはいつも私に、

『目の前の事を楽しもう。先の事を心配して今を楽しめないのはもったいない。』

と言う。

確かにそのとおりだ。

この先には、楽しい事があるなんて思えないで生きてきたから、私の考え方は悲観的。

性格的には楽天的なところも、どーにかなるさ的なところもいっぱいあるのに、

根本的な部分はやっぱりマイナス志向なんだと思う。

『生きてたって面白い事はない。年を取ったら辛い事ばかりが待っている。』

母のそんな呟きを聞きながら過ごしてきた時間が長かったから。

でも、今はだんなさんの超前向き思想を見習って、今を楽しんでいきたい。

12月の抱負&今年のまとめ&来年の目標。(=^ェ^=)


ほんじゃまか。

2002年12月01日(日)



ひとりぶつぶつ。 / quartz うぃんちゃんのぺーじ
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