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色んな思いが交錯する送別会。

昨日の夜も夜更かししてしまって、寝不足は必至。

でも、今日は会社の後に送別会がある。

年末の仕事納めの納会も欠席していたし、仲の良いパートさんも2人とも参加するって言うし、

楽しそうだから久しぶりに出てみようかなと思った。

送別の対象である2人の女性社員には、思い入れはない。

いい辞め方ではないし、働きぶりも納得行かないことが多かった人たちだから。

送別会ってなんか不思議。

それまでどんなに確執があっても、送別会ではみんなニコニコ笑って挨拶して。

もし私が嫌になって会社を辞める場合、送別会はして欲しくないなぁ。

どんな顔をしていればいいのか・・・。

今回辞める女性2人も会社批判をたくさんしてたし、辞めるに際しては

自分達の作った文書やなんやかやを、全部消して辞めていくと宣言していたそうだ。

会社からとんでもなく悪い扱いを受けていた場合なら、その気持ちは良く分かる。

私だってそういう事をしてしまうかもしれない。

でも、客観的に見て彼女達がそこまでされていたとは思えない。

この話を送別会直前に先輩から聞いてしまって、私はすっかり嫌な気分になってしまった。

場の雰囲気を壊したり、彼女達に何か言ったりなんてそんなことはしないが、

彼女達に愛想良くも出来なかった。

なるべく目を合わせないようにしていたかも。(苦笑)

送別会は、明るく楽しく盛り上がった。

みんな単に飲み会の席を増やしたいだけなのかなと思ったり。


会社か終わってからの飲み会、人付き合い、飲酒、食事、遅い帰宅。

私にとって不安のタネがいっぱいの送別会なのだが、

今日は途中ちょっと身体が緊張してしまうこともあったが、

両隣を仲良しの同僚にはさまれていたので、楽しく過ごすことが出来た。

でも、ふと気付くと私は話の割れ目に入ってしまっている。

左の同僚は左にいる人たちと話し、右にいる同僚は右の人たちと話し。

私はどっちの会話にも入れずに、黙っている時がある。

学生の頃からそうだった。私ってつまんない人間なのかなって悩んだこともあった。

今でも、自分がしゃべっていると相手が面白くないんじゃないかとか、聞かせてしまって申し訳ないとか思ってしまう。

今、会社で私の周りにいる人で、聞き上手な人は一人もいない。

みんな自分の話が一番で、人の話なんて聞いちゃいない。

いつの間にか私が聞き役になってる。だから、私が会社行くと喜ぶ人が多い。

みんな話を聞いてもらいたいんだなと思う。

私だって話聞いてもらいたいよ〜。(泣)

でも、そんな人たちも自分以外の人の話を聞いていることがある。

すると、私が話を聞いてもらえないのは私の話が面白くないからかもしれない。

そんな風に思ってしまうこともある。いじけているわけではなくて。

私は人を相手に話をするのにすごく気を使ってしまう。

相手を自分の話に引きつけておくのも申し訳ないなと思ってしまったり。

だから、なるべく話は短く完結にするし、感情を込めて面白おかしく話すというのが出来ない。

しゃべっている間にも、相手の表情や動きをすごく観察しているから、

ちょっとでもつまんなそうな顔をされると、もう話をしていられなくなってしまう。

そういう神経の使い方が辛いので、聞き役をしている方が気が楽なのだ。

だから、私の出来る唯一のおしゃべりは、『ツッコミ』。

短くて面白いツッコミに賭けている。(笑)


飲み会の後、仲良し同僚3人で1時間ほどお茶をした。

2人とも子どもがいるのでゆっくりできなかったが、とても面白かった。

その会話の中で思ったこと。

『自分の意見がはっきりと言えて、人の意見にも異論を唱えることが出来る。』

彼女達はこれを自然にやっていた。

当たり前の事なのかもしれないが、ACな私にとってはこれは当たり前の事ではない。

今日も彼女達に『違うよ。』と言われると、たとえ納得していなくても何となく

『そうかもね。』と話を合わせてしまう自分がいた。

そこで自分も『違うよ。』と言って、その場の雰囲気が崩れしまうのが嫌なのだ。

別に、喧嘩をしているとか言い合いをしているとかそう言う事は全くないのに。

親しい友達が少ない原因も、この辺にあるんだろうなと思う。

自分の意見をはっきり打ち出した方がいいんだろうなぁ。


一度実家に戻って、出たのは23時を過ぎてからだった。

最近では一番遅い時間で、ちょっと胸のザワつきもあったけど、無事に帰宅。

疲れてたけど、明日の朝締め切りの仕事があったので頑張ってやった。(^^)


ほんじゃまか。
2003年01月31日(金)

激太り??

微妙に偏頭痛が残っている。

大爆発はしないが、確実に頭のどこかに奴はいる。

どうか大人しくしてくれよ、また暴れないでくれよとだましだまし過ごしている感じ。

今日もまた、ろくなことも出来ず1日が終わってしまいそう。

ちょっと油断をしているうちにたまってしまった日記を、

1週間分くらい頑張って書き上げたので、それで充分かな。(^^)

最近『痩せたね。』とよく言われる。不思議。

体重は変わってないし、運動をしているわけでもない。

でも、いくら食べてもお腹が出てこないから『きっと発芽玄米のおかげなのね♪』って思っていた。

他の人から見て痩せたように見えるのは、

きっと歳とともに肌の張りが無くなって来たからじゃないのかな。

20代前半の頃の顔は、パンパンに張っていた。

私は頬骨が高いので、笑うとその頬骨が顔を持ち上げて、目が無くなってしまうくらい。

写真をとれば、色白も手伝って顔が光りをすべて受け止め、膨張して見える。

しかも上半身デブなので、顔と上半身だけを見ているといったい何キロあるんだろうって感じ。

でも実際は他の人が想像しているほどには、(たぶん)太ってはいないのだ。

その証拠に(笑)スカートを履いたりして足を出すと、『足細いね。』と言われる。

私の足は特に細いわけじゃない。

流行のブーツで、ふくらはぎが入らないものがある。

そこで私が思ったこと。みんなの心の中。

『上半身を見ていて想像していたほど太くないね。』=『意外と足細いね。』ではないだろうか。

きっと上半身を見ている限りでは、すんごく太い足を想像していたに違いない。

そんなに激太りなわけじゃないんだぞ〜!お腹だってそんなに出てないんだぞ〜!

『スパスパ!』に出てる視聴者より、まだましなんだぞ〜!!

って言ってみても虚しいのであった・・・。

今日久しぶりに体重測ってみたら、増えてたし。(▼▼メ)


ほんじゃまか。
2003年01月30日(木)

これは仲直りなのか?(o'-' o)?

夜中までケンカして、目が覚めたらもうお昼近かった。

だんなさんは、まだグーグー寝ている。

ちょっとやそっとじゃ起きそうもない。

私は一人でゴソゴソと起き出して、ネットをしている。

パソコンは寝室にあるので、横にだんなさんが寝ているのが見える。

なんかくやしいので、たまに蹴っ飛ばしてみる。

う〜んと言って少し起きるが、また眠ってしまう。

蹴っ飛ばして、う〜ん、蹴っ飛ばして、う〜ん、を何回か繰り返した。


お腹が空いたのでカップ焼きそばを作る。

カップにお湯を入れているとだんなさんが起き出して、ごそごそと着替えている。

何をしているのかと思っていたら、風邪の病院に言って来るという。

何を言っているんだか、もう午前中の診療は終わって午後は3時からだよと言うと、

何言ってんの、そんなの誰が決めたの?と反抗的な態度。

診察券を見てやっと分かったらしく、ふてくされたようにソファーに座っている。

出かけるしたくのまま。ダウンジャケットを着たまま。

ふと見るとそのままの姿勢でまた寝てやがる。

寒いのか両手を袖の中に交互に入れて、漫画に出てくる中国人のよう。

焼きそばが出来上がったが、なんか1人で食べるのも悪い気がして昨日買った肉まんをふかしてみる。

出来上がった肉まんのお皿をだんなさんの顔にくっ付ける。

寝ぼけまなこのだんなさんは、『くれるの?ありがとう。』と言ってもしゃもしゃと平らげ、また寝た。


私は車を点検に出すのに掃除をしなければいけないので、1人で駐車場へ向かった。

ずーっと前から片付けなくちゃって言ってるのに、だんなさんはまったくやりゃ〜しない。

風がビュービュー吹いてすんごく寒かったが、頑張って片付けていた。

トランクの扉が、風にあおられて降りて来て頭にぶつかりそうになる。当たるとすごく痛い。

ぐちゃぐちゃになったトランクと格闘していると、だんなさんが何してるの?とやって来た。

そして片付をちょっと手伝おうとしているので、扉が風で降りてくるから危ないよと言ったのに。

『ご〜ん!』と見事に脳天に直撃。また不機嫌になっている。


捨てるためのゴミをまとめたビニール袋が切れてしまって、ちゃんと口を結ぶことが出来ない。

だんなさんは、別の袋を持って来ればいいやと言ってすぐあきらめてしまう。

私は何とかなるんじゃないかと思ったので、それを取り上げて結びなおしていた。

『そういうところが、ムカつくんだよな。どうしようもない事をなんとかしようとして。』

珍しくこんな憎まれ口をきいただんなさん。

でも、この言葉には深い意味があるんじゃないかと考えれば考えるほど思えてくる。


だんなさんはそのまま怒ったように病院に行った。

帰ってきた頃には気分転換をして、少し普通に戻っていた。

それから買い物に出て、夕飯を買って、とするにつれてだんだん雰囲気も戻ってきて、

何かをきっかけに笑った所から、

実は笑うきっかけが欲しかったんだとだんなさんが言い出して、普通どおりの二人になった。


昨日は、1日中大変な上司と一緒でいっぱい嫌な事があったらしい。

でも、次の日がスロットだという事をココロの支えに頑張った。

そして、お店の下見もして狙う台も決めて、

しかも明日に役立つ本が出ていて、一所懸命勉強してた。

頭が痛いと言っても、転げ回ったり寝込んだりしている訳ではない私に対しての気配りが出来なかった。

自分の事で精一杯だったらしい。

そこへ私が文句を言い出したから、どんどん不機嫌になって行ったのだろう。

普段だったら、私の方もそんなだんなさんの気持ちを察することも出来るのだが、

昨日はあまりにもひどい頭痛で、とてもじゃないけどそんな余裕が無かった。

私はPDだったり不安障害だったりするけど、

まったく寝たきりで何も出来ないという事はほとんどない。

だから、こんなに苦しんでいる時くらい優しくしろ〜!!という気持ちが爆発してしまったのだ。

納得行かない、こんな冷たい人だったっけ?とムカムカしていた。

わがままなのかなぁ?


お互いに余裕がなかったから、久しぶりにあんなにひどいケンカになってしまったんだと思う。

健康だったり、ちゃんと休息が取れていたり、ココロに余裕があれば人にも優しく出来るんだなぁ。

元気になることは、自分だけでなく、自分の大切な人の為でもある。

いつも笑って過ごしていたいなと思う。


ほんじゃまか。
2003年01月29日(水)

激痛に苦しみながら夫婦ゲンカ。

朝起きた時はそんなにひどくなってなかった。

今日は今までの睡眠不足を補おうと、お昼近くまで寝ていた。

そして夕方からのカイロのために、よっこらしょっと仕度を始めた。

『偏頭痛(片頭痛)』の起こる仕組み・・・。

☆ストレスや緊張状態などが続く。
☆筋肉や血管が収縮して緊張状態をキープ。
☆原因となっていた生活や仕事が一段落して、身体がリラックスする。(睡眠や休息を取る)
☆収縮していた血管が弛緩して膨張する。
☆血管の周りに張り巡らされている神経に触れる。
☆激痛が起こる。

とても省略して簡単に書いてしまったが、だいたいこんな感じ。

なので、首の後ろなどが凝って起こる『筋緊張性頭痛』とは違って、

頭痛の原因となっている事が起こっている時ではなく、

それらが過ぎ去って楽になった時に置き土産のように起こる頭痛なのである。

対処法としては、膨張した血管を収縮させるために頭などを冷やすといい。

筋緊張性頭痛とは逆の対処が必要。

私は今日ゆっくり寝たことによって、血管が緩んだのだろう。

そして、カイロに行って頭から肩、背中にかけてもみほぐしてもらい(これがすんごい痛かった。)

背中をあっためてもらったためにますます緩んだために、

カイロから帰ってきてから激痛が襲ってきた。

片頭痛の時はカイロに行ってはいけないのかもしれないと今日分かった。(苦笑)

動く度に、心臓の鼓動に呼応して破裂しそうにバクバク痛む。

じっとしていても、吐き気が襲ってくるほどの痛み。

こんなにひどいのは久しぶり〜。

それでも、横になったりしてなんとか少し復活した所でだんなさんが会社から帰って来た。

私が頭が痛いことももちろん知っている。

少し良くなってきたから、食事の仕度をしようと台所に行く私。

だんなさんは今買って来たスロット雑誌に見入っている。

具合悪い人間が動いてるのに、『手伝おうか』もないのか〜!!とまず爆発。

やっと少し手伝わせるが、どうも腹が立つ。

その後は普通に食事をして、一足早く私の方がお布団に入った。

冷たいタオルを持ってきてもらったし、

用事もやってくれているがイマイチだんなさん態度が良くない。

なんかめんどくさそうに、不機嫌に動いているようにも見える。

そこから私のイライラが最高潮に達して、頭が痛いので横になりながら文句を言い続けた。

『優しさと、思いやりが足りない〜!!』と。

今週は休みが1日になっちゃって、ほんとはその休みは私のために使うと言っていたのに、

スロットに行けなくてがっかりしているのが可哀想で譲ってあげた。

それなのに、会社で嫌な事があったからとか、今日スロット行けなくてがっかりしたからとか、

明日のスロットに大切な情報が本に載っていたからとかそんな理由で、

頭痛で苦しんでる妻の事が思いやれないなんて許せん!!


結局だんなさんもキレて、ケンカは収集がつかなくなって結論の無いまま終了。しかも明け方。

こんなに頭痛いのに、こんなことしてて良いんだろうかと思ったが、

腹が立って眠れなかったのでだんなさんも寝せず。(笑)

だんなさんは原因不明の咳が1週間も続いていて一向に良くならない。

明日はスロット止めて病院に行くように言うと、

唯一の楽しみを奪われてますます機嫌が悪くなってしまい、

ケンカもますます収集がつかない。

もう離婚だ〜くらいの話になってる。

明日スロットに行けなくなったのは私のせいじゃないもん。

病院に行かなくちゃいけないからでしょ〜!!


ほんじゃまか。
2003年01月28日(火)

ぐずってから出勤。

寒かった。眠かった。疲れてた。頭痛かった。会社行きたくなかった。(泣)

以前の私だったら、『調子が悪いんだから無理しないで休もう』と、

明日に延ばしていたと思うが今日は違ってた。

明日に会社をずらすと、明日予約していたカイロに変更の電話をしなくてはいけない。

確かこの間もドタキャンしてずらしてもらったんだった・・・。

明日はだんなさんも休みだし、どうせスロット行ってしまうにしても私も休みにしてたいなと思った。

『よし、行こう。』

ここからは不思議に無理はしてなかった。

寒さで動きが鈍ってたから、仕度はノロノロでいつもよりも家を出る時間が遅くなってしまったが、

具合の悪いまま無理をして不安なまま家を出て、ドツボにはまるという感じではなかった。

途中からはあまり余計なことも考えず、自然に身体が動いていた。

でも、やっぱり風は強いし寒そうだし、HPの日記に『行きたくないよ〜。』と愚痴って、

ちょっと心が軽くなって出かけた。

家を出てから少し経った時、お友だちからメール。

日記を読んですぐメールしてくれたのだった。嬉しかった♪ありがとう〜。(^^)

それでまた元気付けられて、大きな不安も無く運転していた。

すると今度はだんなさんからメール。

『明日出勤になった。』

!Σ( ̄口 ̄;;明日のスロット、新装開店だからすごく楽しみにしていたのにかわいそう・・・。


1日中、とにかく寒かったけど仕事も無事に出来たし、実家でも苦しくならなかったので良かった。(^^)

昨日から出てきている偏頭痛がひどくなってきて、ちょっと集中力が減ってきていたけど、

帰りの車も問題なく、普通に生活できる幸せをかみしめた。

平凡が一番・・・。

明日カイロに行ったら、頭痛治るかな。


ほんじゃまか。
2003年01月27日(月)

びっくり体験。

今週は日程的にちょっとツラい。

土曜日に出勤したから、今日を1日はさんで明日も会社。

中2日あけないと、ちょっと疲れるなぁと思う。

ここ最近は実家も落ち着いているので、夕食を付き合って9時頃までいる。

それから帰ってくるので、帰宅は22時半から23時くらい。

明日もたぶん寄って来ることになるんだろうなぁ。

代休の間も特別に何かをしたわけではないのだが、夜更かししたり少し出かけたりして疲れた。



先週、ふと思いついて保温ポット(1.2L)を2本買ってきた。

私がいつも自分で煮出して作っている健康茶を実家に持って行ってあげようと思ったのだ。

ポットはちょっと高い買い物だし、出勤する日の朝に40分間お茶を煮出すのは大変。

こんな事をしても、親が喜んでくれると言う保証も無いし。

どうしようかなぁと、だんなさんに相談してみた。

すると彼は、

『やってあげるんならいいポットを買って、中途半端でなくて徹底的にやった方がいいよ。

それから、感謝されることは期待しない。今までたくさんがっかりして来たんだから。

それでもやってあげたいと思うなら、やった方がいいと思うよ。』と言った。

うん、今までの経験から言ってウチの親は、

親のためになにかしろと言う割にこっちが良かれと思った事をしても簡単には喜ばない。

喜ぶどころかいちゃもんをつけたりする。

それでがっかりしたり、傷ついたこともたくさんあった。

感謝を求めるのは間違っていると思う。

でも、せめてこちらがなぜそういう事をしたのかという心情くらいは汲んで

文句を言うのは我慢してくれてもいいのに、

自分の気に入る通りのやり方じゃないと許さないなんてと思った。

でも、今回はそういうことは一切期待しないで出来そうだった。

自分の気持が純粋に『やってあげたい』と思っていたし、

もし気に入らなくて断られたとしても大丈夫な気がしていた。

父は大病をしているし、母も最近花粉や体調不良があるそうなのでこのお茶がいいんじゃないかと思ったのだ。

2本買っておけば、1本ずつ持っていったり持って帰ったり出来るし。

そして先週、父が家にいたので詳しいことは何も言わずに身体にいいお茶だから2人で飲んでねと置いていった。

その日の帰りに再び実家に寄って驚いた。!Σ( ̄口 ̄;;

母が、そのお茶を持っていた事を喜んでいた。

こういう親なので、喜ぶと言ってもそんなに表現はしないのだが、第一に『文句をつけなかった』。

そして、美味しいと言って飲んでいた。

まさか値段が書いてあるとは思わず付けっぱなしになっていたラベルに、ポットの値段が書いてあった。

それは定価だから実際はもっと安いのだが、そんな高いポットを買って作ってきてくれたのが嬉しかったらしい。

これは私にとって驚きだった。今までにあまり経験の無いことだから。

無欲でやったことだから、気持ちがまっすぐに伝わったのだろうか。

今までは親がうるさくて、やれと言われて親のために動いていたことが多かった。

でも、最近そう言う事が少なくなってきて、改めて自分のやりたい事をやってあげられたのが良かったのかも。

ポットは1本では足りず、今度から2本まとめて持っていくことになった。

なので、今度は2本分がいっぺんに入るポットをもう1本買って行こうと思う。


ほんじゃまか。
2003年01月26日(日)

人として。(金八?)

代休があったため、出勤をずらして珍しく土曜日の会社。

土曜日は他に車で出勤する同僚がいるため、会社の駐車場には停められず近くのコインパーキングへ。

私は電車通勤扱いとなっていて、交通費は運賃を実費でもらっている。

それを自分でコインパーキング代やガソリン代に充てている。

その同僚は近くに住んでいるのだが、仕事でも車を使うことがあるということで車通勤が認められている。

そして、会社で契約しているガソリンスタンドで入れることが出来る。

社長の承諾も得ているし、それ自体はぜんぜん問題無いと思う。

社長の友だちでもあるから仕方ない。

でも、なんだか腑に落ちないことがあるのだ。

会社は今経営が大変で、経費節減のために私たちも努力している。

しかし・・・。

その同僚(女性・50歳)は会社から車で10分位の所に住んでいるアルバイト社員。出勤は週に2日。

仕事で車を使うことはほとんどなく、あっても近所まで出かける程度。

なのに、2時間近くかけて週2日通勤し、

その他の日もだんなさんが車を使っている我が家よりその人のガソリン代の方が

高いんじゃないかと思うくらいの状態なのだ。

その上、洗車まで会社経費で落とす。

その待遇を条件として働いているのだから、社長が何も言わない限りいいのだろう。

でも、それだけの待遇を受けていながら、何かあると

『私はバイトだから。』と言って仕事の責任を逃れようとしたり、

『なんでここまでしなくちゃいけないの』と文句を言っている。

パートやバイトというのは、会社の方には経費の問題があったり、雇われる方も収入に上限があったりして、

双方が合意の上で取っている勤務体系だと思う。

もちろん社外的な対応は社員がやらなければいけないこともあるが、

バイトだからといって責任が軽くなるわけではないのだ。

現在経理を受け持っている女性はパートだが、責任ある仕事をしているし、

本人もとっても真面目で一生懸命。

むしろ社員よりも忙しいんじゃないかと思う。


また、その同僚は他の社員からこんな事も言われている。

『あの人は、プライベートで遊びに行く前後に会社でガソリン入れて行くね。』と。

人からこんな風に言われてしまうなんて、みっともないんじゃないかなぁ。

人間的な美意識として、なんか許せない物を感じる。

なるべく自分が得をするようにいつも計算しているみたい。

その割に仕事は出来ないし、文句は多いし。

この辺の経費節減を考えた方がいいのに〜と、鈍い社長にちょっとイライラ。

でも、私達が社長にどうこう言えるものでもないんだなぁ。


ほんじゃまか。
2003年01月25日(土)

夜更かし。

明日が休みだ〜と思うと、なんか嬉しくなる。

昔から、土曜日の夜が一番楽しかった。

なんか解放されたような、幸せな気持ちになる。

土曜の昼間に学校から帰ってきて『笑って笑って90分』や『お笑いスター誕生』を見ている時、

夜になって『8時だよ!全員集合!』や『オレたちひょうきん族』を見ている時。

いい感じだったなぁ〜と思い出される。

日曜の夜に『サザエさん』を見ながら感じた、切なさとは対照的だ。


昨日だんなさんが帰ってきてから、たまっているビデオの鑑賞会をしてしまった。

ウチには保存版も含めて、ビデオテープが100本近くある。

いつも帰りが遅くてテレビが見れないだんなさんのために撮った物もあれば、私の趣味で撮ってあるものも。

昨日は昔撮った『笑う犬の冒険』と3年前の春に撮った『NG大賞』。

だんなさんは『ちらりと見える素の部分』が好きな人なので、NGで見せる芸能人の素顔を喜んで見てる。

そんなこんなで気が付いたら夜中3時を過ぎてしまっていた。(;^_^A


案の定、今日の朝は起きられず1日の半分がつぶれてしまった。

午後からのんびりちょっとしたドライブでも行こうということになって、家を出た。

特に目的地を決めず、走っていて気持ちのいい道路を選んで走る。

だんだん田舎へ向かって走ることになるのだが、

そうするといい感じに古びたパチンコ屋さんがあったりする。

家を出てから1時間くらい。

ちょうどトイレに行きたかったので、1軒のパチンコ屋さんに入った。

そのお店はガラガラで、スロットには1人しかお客さんがいない。

私は『ハクション大魔王』というスロットに座った。

1台目、あんまり手ごたえが良くない・・・。2台目へ。

2千円でBIGを引いて、しばらくちょこちょこ当たっていたがあまりいい台ではないようだ。

そのお店は、コインを持っての台移動自由。だんなさんとのコインの共有もOK。

私はコインをもって3台目に移った。

そこでもBIGを引いて、その後『つぼつぼチャンス』というコインが増えるゲームを引き連チャン。

あまり出ていなかっただんなさんに変わってもらって、他の台も打ってみた。

すると、次に座った台もその次に座った台もすぐに当たる。(サンダーVと猛獣王を打った。)

お店的にはそんなに設定を良くしている感じではないので、

私の運だったと思うが、さすがにこんなに出ると気持ち悪い。

『もしかして明日死ぬのかも。(大ゲサ)』なんて考えたりして、イマイチ喜べなくなって来たが、

最後に打った台がチャンスゲームに入らなかったのでちょっとほっとする。(笑)

気が小さいから当たったら当たったで、心配している。ほんとに苦労症だなぁと自分にあきれる。

結局大きく勝って、ここ最近の負けをちょっとは取り戻せて、良かった〜。


でもかれこれ4時間くらい経っていて、外に出たらもう真っ暗。

もうどこにも行けないな〜と、帰ることに。

しかしこれじゃああまりにもつまらないということで、帰り道にある『バッティングセンター』へ寄った。

だんなさんと2人で2ゲームずつやった。

バットには当たるんだけど、か弱いからボールが飛ばないわとお友だちにメールしたら突っ込まれた。(笑)

家の近くのとんかつやさんで夕食を食べて家に帰り、またまたビデオ鑑賞。

充実していたのかいなかったのか分からない休日でした。


ほんじゃまか。
2003年01月24日(金)

お留守番。

火曜と水曜は通常の休み。

それにくっつけて、2日間の代休(一部)を取る。

今日はその1日目。

だんなさんがごひいきのスロット屋さんは木曜日がイベント。

今日も早起きして、楽しみに出かけていった。

私はお留守番。明日はドライブにでも連れて行ってもらおう。

特にやることもなく、時間が過ぎていく。

やりたいことややらなくてはいけないことはいっぱいあるのに、

気持ちだけが進んでしまって行動がついていかない。

焦ってもしょうがないんだから、少しずつやっていくしかないね。

だんなさんが24時ごろに帰って来たので、それからビデオを見たりしてのんびりした。


ほんじゃまか。
2003年01月23日(木)

何てことない休みの日。

今日は休み2日目。

のんびりとドライブにでも行こうと思っていたが、2人とも疲れていて起きれなかったので、金曜日に変更。

特にだんなさんは、スロットを打ちに行く〜っていう日以外は、だらだらしてなかなか起きない。

それだけは、どう〜〜〜しても納得行かないのだ。

だんなさんは、自分の行動はいつもと変わりないと言い張るが、

私と出かけるという日は9時になっても10時になってもなかなか起きないくせに、

今日はスロットの日!っていう時には8時半には起きて、

9時前にはもうパチンコ屋さんの前に並んでいるのだ!

いつも言っているが、いつかビデオカメラを買ったら、それぞれの日の旦那さんを撮影して見せてやる。

片方は倍速、片方はスロー再生したくらいに、動きが全然違うんだから。

だんなさんは素直なだけに、そういうところもストレートに出てしまって隠せない。

これだけは、どう〜〜〜しても納得行かない。


膀胱炎が治らないので、午後から病院に行くことに。

午後の診察は15時から。

その前に宅配便を受け取って、お昼ご飯を食べて。

病院の後にディスカウントショップへ行って、軽く買い物。


通りすがりに見つけたラーメン屋さんに入って夕食。

おやつを買って、テレビを見てゲームをして、なんてことない1日を過ごしてしまった。

そして、21時頃からだんなさんは明日のスロットの下見に出かけて24時帰宅。


だんなさんの帰りを待っている間に、なんか息苦しくなって不安になった私は、

せっかく沸かしたお風呂にも入れず、なんだったんだろう〜今日1日。

金曜にはもうちょっと楽しめるかなぁ。

また朝起きないんじゃないのか、旦那。ゆるさん。


ほんじゃまか。
2003年01月22日(水)

お仕事とスロットと実家と。

だんなさんと2人で家を出て、会社&実家へ向かう。

今日はゆっくりと出勤して、早めに帰る予定。

まずは母を迎えに行って、お昼ご飯を食べた。

相変らずの弾丸トークに脳みそがワンワンした。

食事が終わったところで、2人をパチンコ屋さんに降ろして私は会社へ。

いつもより早く仕事を終わらせて、後で合流する予定。


最近の会社は楽しい。

一時期の人の入れ替わりが少し落ち着いてきていて、気心知れた仲間になっている。

この1月でまた2人ほど辞めるみたいだが、ひとまず人員の補充はしないらしい。

人件費の削減にはなるが、それをフォローしていく社員も大変だ。

これから忙しい時期に入るのに、営業が少なくて大丈夫なのかなと思う。


馬券を当てた同僚がいて、みんなに飲み物とお菓子をごちそうしてくれた。

各自に何が欲しいか聞いて、パートさん2人と買いに出かけた。

2人とも私より5歳くらい年上だがとても若くて、

きゃっきゃと飲み物やお菓子を選んでいる姿が可愛らしかった。


仕事を終えて、だんなさんたちの待つパチンコ屋さんへ向かった。

去年の10月に母の誕生日のために3人で出かけて、

帰りに過呼吸発作を起こして大変だった記憶があって、

今回の久しぶりの集まりに、不安感があった。

胸から胃にかけてだるいような、苦しいような、まっすぐ立っているのが辛い感じ。

どんどん不安な気持ちになっていく感じ。

そんな記憶をなるべく思い出さないようにしながら、『大丈夫。大丈夫。』と自分に言い聞かせていた。


合流して、スロットをやっていると時折だーっとダルくなったり、気分が悪くなったりする。

とても気になって心配になるんだけど、その度に心配し過ぎないように気をつけたり、

ちょっと場所を変えて休憩を取ってみたりしながら。

終わった後に食事に行ったので、実家に戻ってきたのは23時を過ぎていた。

それからなんだかんだで実家を出て家に向かったのが24時前。

道路が空いていたので1時間ほどで帰って来れたが、私もだんなさんもお疲れ。


特にだんなさんは、私のいない間に母の相手を一生懸命してくれたらしい。

今日の母は、だんなさんに対して嫌な態度とかをほとんど取らなかったようなので良かった。

久しぶりにみんなで遊べたから、喜んでいたのかもしれない。

これくらいの適度な距離を保ちながら付き合っていければ、無理がなくていいなぁと思う。


ほんじゃまか。
2003年01月21日(火)

大ボケしまくり。

ほんとは今日会社に行こうと思っていたんだけど。

明日からだんなさんがお正月の代休で4日間休みだし。

久しぶりに2人で実家に顔を出してもいいかなと思っていたので、会社を明日にした。

明日はだんなさんに連れて行ってもらって、ちょこっと仕事をして。

その間に、だんなさんと母にはパチンコに行っててもらおう。

母のお守りは大変だけど、パチンコがあれば何とかなるっしょ。(^^)


という事で、急に出来たお休みだけど、家でやるお仕事があった。

社長と打合せをしながら、振込みの手配。

今日のは無事に終わってほっとした。

しかし・・・。

実は先週の水曜日。

前の日の火曜日に会社に行って、段取りを済ませてきて。

水曜日(会社も定休。私も休み。)に、やらなくてはいけない仕事があった。

相手先との約束で、水曜日が期日だった。

1日中家でのんびりして、ネット三昧して、やれやれ〜と一息付いた午後9時。

!Σ( ̄口 ̄;;仕事忘れてた。

1人きりなのに、声に出して『やば〜い、やば〜い。』と叫んでしまった。


すっかり忘れてた。まったく忘れて、のんびり休日楽しんじゃった。

慌ててやってみたものの、相手先への到着は明日になってしまった。

これは正直に会社に言ったほうがいいものか・・・。

病気になっちゃってできませんでした〜!って言おうか。

頭の中を言い訳がぐるぐるまわる。

下手したら信用問題になるようなことだ〜。わ〜。どうしよう・・・。


ふと、以前そのお客さんが『ウチはちょっとくらい遅れてもいいけどね。』なんて言っていた。

う〜〜〜ん。

結局、会社の先輩には報告しなかった。

向こうが何も言ってこないことを祈りながら。

言ってきたら大変な事になっちゃうんだけど。報告する勇気も無かったの・・・。


でも、あんなにすっきりと忘れてたのは久しぶり。

いったい、私の頭にはその時何があったんだろう?


あれから1週間近く経つが、未だに相手先からは何も言ってこない・・・。


ほんじゃまか。
2003年01月20日(月)

ぐうたらマンボ。

とうとう家に食材が無い。

ということで、今日は久しぶりに家の前のスーパーに行って来た。

栄養をつけないと膀胱炎も治んないし〜と思い、今日はポークソテー。

ブリのあらが安かったので、ブリ大根。

昨日あんなに疲れてた割には、料理するなんて(≧∇≦)ъ エライ!〜と自分を褒める。

発芽玄米を食べ始めてから少々食べ過ぎても太らなくなってたから、

今日も調子に乗って食べ過ぎてしまったら、体重がしっかり増えていた。

やはり限度という物があるらしい。(笑)

自分で料理をすると、つい食べ過ぎてしまう。いいのやら悪いのやら。


日曜日の雰囲気は好きだけど、あっという間に時間が経ってしまう。

だんなさんはお休みじゃないから、たいてい1人で家にいるんだけど。

一日、だらだら〜っと過ごして、はいおしまい。

こんなんで良いんだろうかと思いつつ。

でも、無理に動いても疲れるだけだし。

大体、部屋の中が片付いてないと何かをやろうという気持ちも起きないよ〜。

まずは片付か?うーん、それも面倒くさい。

いっぺんにやろうとするからいけないんだろうなぁ。

1日1品片付ける!!とか。


どうも性格的に、やる時はどばーっと、やらない時はぞべーっと。(うふ。)

そんな感じで1週間が過ぎていきます。

会社に行っている時以外の私は、とんでもないぐうたらですぅ。


ほんじゃまか。
2003年01月19日(日)

誰か私を止めて〜。

運動不足なんだろうか。すんごい疲れる。

今日は13時からカイロだから、その前にランチでもと思いちょっと早めに家を出た。

お気に入りの喫茶店がまだ営業してなかったので、カイロの最寄駅まで行って、イタ飯屋へ。

土曜日のお昼時はカップルや家族連れがいっぱい。

混んでいるお店の中に1人で入っていくと、壁際のちっちゃ〜い席に通されるか、

1人なのに4人席を使っちゃって肩身が狭いか。

なので、昼真っ盛りの前にお店に入っておくに限るのだ。

そうじゃないとなんとなく入りにくくて、結局ファーストフードになってしまう。

周りが高校生や子どもばっかりの落ち着かない時間帯のファーストフードは嫌。

だんなさんや友達と一緒だったらまだいいんだけど。


おなかが空き過ぎて調子が悪いのか、席に座ってもちょっと落ち着かない。

足をぶら〜んとたらしておくことが出来なくて、なんか力を入れてふんばっちゃってる。

こんな風に無駄な力が入ってしまう時って、精神的に落ち着いてないんだなぁ。

でも、気にし過ぎないようにしよう。ただ、足が下に付かないのが嫌なのかもしれないし。


スパゲッティを頼んだ時、土曜日だからランチとかは無いんだろうなと思って単品で飲み物を頼んだ。

食べ終わって、それを飲んでいるとお店の人がにこやかに。

『コーヒーか紅茶がサービスになりますけど、いかがですか?』

おいおい。F(^_^;)なんで最初に言ってくれないの?

でも、店員さんには何も言えず、お友だちにメールで愚痴る。(笑)

同意してもらって嬉しかった。(^^)


カイロ終了後、デパートの化粧品売り場に。ファンデーションなどを購入。

よだれかけのようなケープをかけてもらって、試しに塗ってもらった。ちょっと照れくさい。

それから家電量販店にプレステのメモリカードとソフトを買いに。

そこから電車で10分ほどの駅へ移動。

頼んでおいた喘息の薬をもらった。

ここで、体力的な限界が。

側にあった喫茶店に入ってアイスティーとチーズケーキ。

あまり食べたくなかったんだけど、なんか食べといたほうがいいかと思って。

これから文房具を見に行きたかったのだが、どうしよう・・・。

身体はとっても重く、そのためにちょっと不安にもなっている。


疲れた時は休めばいい。

元気になったらまた動けばいい。


動けなかったらタクシーで帰るといいよ〜というお友達からのアドバイスをもらって、少し気が楽になった。

どうやら歩けるようになったので、ひとまず表に出てみる。

『行ってみようかな・・・。』

疲れや不安な気持ちより、行きたいという気持ちの方が勝ったのだ。


あまりゆっくりは見ていられなかったけど、お目当てのペンをゲットして帰る事にした。

一駅だし、乗れるかなと思って電車のホームへ向かう。

私の乗る線は改札を入ってからとっても遠い。

発車間近の電車があって、それに乗りたかったので走って行った。

まだそんな元気が残っていたのか〜と驚いたが、

何分も電車を待つよりもとっとと乗ってしまいたかったのだ。


いや〜、今日もずいぶん頑張ったなぁ・・・。

最近、マゾ化してないか?と思いつつも、

要所要所で励ましてくれたお友達みんなに感謝なのです。

1人っきりだったら、乗り切れなかったかもしれない。(〃⌒▽⌒〃)


ほんじゃまか。
2003年01月18日(土)

おふぃすわーく。(笑)

なんて横文字にするほどかっこいいものでは全然無い。(笑)

暖房の効きが悪い事務所で、女子社員はみんなレッグウォーマーとひざ掛け。

足元暖房が壊れているので、私なんぞはひざ掛けを腰にグルグル巻き。

一応お客さんから見えない位置に座っているが、

ちょっとコピーを取りに行くくらいの時は巻いたまま。

暖房も付けられない貧乏な会社に見えてるかもしれない。実際貧乏だけど。;;^^)

足元にあったちっちゃい安い温風器も、壊れてるのに社長に『買って。』って言えないし。

冷えって絶対良くない。

今回の膀胱炎だって、細菌のせいとか身体が疲れてたからとかあるかもしれないけど、

会社や、会社の行き帰りの車の寒さが関係してると思う。

特に、車のシートはとってもとっても冷たい。

以前はムートンのクッションを引いていたけど、それを引いてしまうと

せっかく疲れないように設計しているシートの意味がなくなっちゃうと

ディーラーに言われて、止めてしまった。

だから今回は、カイロをお尻の下に敷いてみることに。これはGOODだった。これからこうしよう。(^^)


ところで去年の終わりから、家計簿をつけるのを止めてしまった。

付けてても月末に絶対合わないし、めんどくさくなってしまったのだ。

帳簿付けとか、光熱費などのグラフ作りとか大好きだったのに、そういう根気がなくなってしまった。

どこに行っちゃったんだろう?根気。

今までの経験を元に、すごーくアバウトにお金使ってる。果たして大丈夫なのか?

もうそろそろチェックしてみないといけないなぁ。

通帳が赤い文字になってたりするんだろうなぁ。(;^_^A


昨日の外に出たくない病を引きずって、今日は大丈夫なのかなと思っていたが、普通に家を出れた。

ただ、いつもは朝食を抜いていくのに今日は少しだけ食べていったからか、

運転している間中、とっても気持ち悪くてオエオエ。

これはヤバいかもっていうくらい気持ち悪かったし、不安もやってきたりした。

普段なら会社に着けばおさまるのに、今日はなかなかおさまらない。

ちょっとフラフラするような感じもして、心配になったが徐々に徐々におさまってきた。

ちょっと食べてしまった事で、胃酸が分泌されてしまったのだろうか。

胃の中がじわじわとシミるようで、気持ち悪かった。


朝、実家に誰もいなかったので寄らないで会社に来た。

昼過ぎに『会社に来てるよ。』と母に電話。

調子はどう?って聞かれたので、気持ち悪くて大変だったよと言った。

夕方になって、もしかして母が張り切って夕飯の仕度をしてるのでは?

と心配になって父に聞いてみたら案の定。

せっかく作ってくれても、調子が悪かったら食べられない。

それも悪いなあと思って電話掛けたけど、時すでに遅し。


夜ご飯食べてから帰ると調子悪くなるからいらないよって言って、

あまり食べないようにしていたのに、だんだんまた母のペースになっている。

せっかく作ってくれたんだからと、具合のいい時は食べるようにしたらもうそれが普通になりかけている。

毎回朝家に寄るたびに『夕ご飯はいらないからね。』って言わないとダメみたい。

もういい加減分かってくれよ〜って思う。

今日なんて、調子悪いって言ってたんだからますます夕飯食べないかなって思ってよ。

せっかく作ったのにあんたが食べないって言うから・・・ってプレッシャーかけないでよ。

自分がやってあげたいって事よりも、相手の事情とか調子を考えて欲しい。


作ってくれたのに、『食べない』っていう方も辛いんだから。


ほんじゃまか。
2003年01月17日(金)

おさぼりな1日。

先週の怒涛な忙しさから日月と休みを取り、火曜日に会社。

でも、水曜日はまた家にいてずいぶん休養を取ったはずなのに今日は家から出たくなかった。

年末に薬無しでなんとか治したと思っていた膀胱炎が復活したのか、新たにかかったのか、

どちらかは定かでないが、また辛い症状が出始めている。


ほんとなら13時から大学病院の呼吸器科、17時からまったく別の場所でカイロの予定。

でも、なんか家から出たくない気分大爆発で両方止めてしまった。

呼吸器科の先生は患者さんが多くて大変らしく、私のようにたまに軽発作しか起こさない安定した患者は、

ひどくなった時とか今よりもっと期間を置いて来てくれれば良いとの事。

薬さえもらえれば他の病院でもいいのだそうで。

先週行った心療内科の薬局で私の使っている薬を仕入れてくれるそうなので、呼吸器科はしばらく行かない。

また初診扱いになってしまう前に行けばいいかなと思っている。

カイロは土曜日に変更してもらって、今日はずーっと家にいたのだった。


以前だったら外に出たくない自分を責めて気にしていたが、それは止める事にした。

誰だって出かけたくない日はあるさ。

いつもいつも、気持ち良く張り切って出かけているわけじゃないんだって。

辛くても頑張って頑張って身体を壊してしまう人がいる。

でも、私はPDを持っているおかげで前もって無理しないように出来る。

身体を必要以上に痛めつける事にならなくて、返って良いのかなって思う。

それに、前は家にこもっているとどこにも出かけられないような気がしていたが、

また出ようと思う、出られる日が必ず来るって思えるし。(確証はないけど。;;^^)

身体や心より先に、頭で結果を決めつけるのは止めようって思う。


明日は会社。

きっと行ける。何も考えなくていいんだ。

まだまだそういう考え方をしようって心がける、リハビリ中だけど。


ほんじゃまか。
2003年01月16日(木)

逆ギレの理由。

昨日はお互いに仕事だったので、今週の2人揃っての休みは今日だけ。

なのに、いつの間にか流れでだんなさんがスロットに行くことになっていた。

いや、別にそれでもいいんだ。

私も何日か前からスロットOKな態度を取っていたし、実際それでいいと思ってたから。

でも、でも。

だからと言って、私に対して一言もなく当然のようにスロットに行くのはどうだろう?

今週は君と付き合えなくて悪いんだけど、スロット行ってもいいかなぁ?とか、

なんか一言あってもいいんじゃない?って思ってた。

いつも私が前もって手を打ったり気を回したりしてしまうので、

だんなさんはそれにすっかり慣れてしまって、

私の方から何も文句を言わなければ、それでいいと思ってしまっている。

だからそれはいいの。

私も自分でそういう行動を取った時は、文句が無いからなの。

ただ、一言欲しかっただけなんだ。


昨日の夜、『私のための休みはつぶれちゃってるんだけど、

それに関して何も言わないねぇ。』と言ったら、だんなさんはとたんに切れた。

むすっとして黙りこくってしまった。

それからはこっちが話し掛けても、怒ったように返事をするだけで

『今話し掛けないで。』って言う。

こういう時にしつこく話し掛けていると、プチ切れて大喧嘩になってしまうので、

私はぶちぶち言いながらも、なるべくしゃべらないようにしていた。


10分くらい経って・・・。

『悪かったよ〜。』とだんなさん。

『君にそう言われて、あまりにも図星だったから悪いなと思って。』

で、自分自身に対してむかついたのだそうだ。

だんなさんの怒りの仕組みが良く分からないが『明日はスロット〜♪』と楽しみにしていた気持ちに

水を差されたような気持ちがして嫌だったんじゃないの〜?と思いつつ。


今日はルンルンとスロットに出かけていったのだった。

私はお留守番。


ほんじゃまか。
2003年01月15日(水)

断薬。

会社に行って来た。

なぜだか・・・ほんとうになぜだか分からないのだが、最近の私には会社に行く時の不安が無い。

厳密に言うと『不安が無い』のではなく『不安があっても気にならない』という感じ。

不安が起きたり、具合が悪くなったりするのはもちろん嫌だが、具合が悪くなっても何とかなるし、

なったからといってその先の自分の行動が制約される事は無い。

また必ず調子が良くなって、動けるようになる日が来る。

長い長いPDとの生活の中で、こんな風に思える日が来るとは思わなかった。

まだPDが治ったわけではない。

不快な症状も不安感もまだまだいっぱいある。

小さな階段かもしれない、でも、その1段をやっと上がれたような気がするのだ。

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『ちょっとの変化じゃないですよ。』と主治医は言った。

『そう思えるようになってきたのは、大きな変化だと思いますよ。』

先生にそう言ってもらえるのはとっても嬉しい。

2001年の6月に、大きな発作を起こして自分の運転する車で夜間診療に飛び込んだ。

発症は1984年。

大きな発作を繰り返していたが、救急車を呼んだり病院へ行く事は無かった。

それから17年、もうPDとの付き合い方がある程度分かってきていたと思っていたので、

この出来事はとても辛かったし、また初めて病院へ行ってしまった事で、

私の中で保っていた『大丈夫、自分で何とかできる。』という想いが、崩れてしまった。

そして心療内科を探して通い始めた一件目が今の主治医だった。

パニック障害を得意として、600人以上の患者さんを受け持っている人だったが、

全然偉そうな感じが無くて、病院以外で会ったら普通のサラリーマンに見えるような感じの先生。

温和で、落ち着いた話し方、患者に圧迫感を与えないように少し視線をずらして話す。

長年1人でPDと戦って来た事で症状をこじらせたり

不安感を余計に刻み込んだりしてしまったのでしょうかと私が言うと、

『でも、自分なりに付き合い方を学んで来たのは、必ず財産になりますよ。

よく頑張ってきましたね。』と言ってくれた。

医師のこんな一言で、どれだけ患者が嬉しい気持ちを持つか、

当の医師本人は分かっていないかもしれない。


それから抗不安薬を飲み始めたが今まで薬を飲まないでなんとかやってこれたので、

薬の効果は良く分からなかった。

でも飲んでいるという安心感と、いつもは無理してしまいがちな所を

セーブするようになったので、それは良かったと思う。

薬を飲み始めて半年後、私はもう早速減薬をしたいと主治医に申し出た。

やはり長い間のみ続けるのは抵抗があったし、

頓服も一度も飲んでいないくらいの状態だったから。

(実は飲まずに我慢してしまうこともあったのだが)

それに、子供を産むことになったらという懸念もあった。

(実際に子どもを作るかどうかは決めていなかったが)

主治医の意見は、『減薬はゆっくり過ぎるくらいゆっくりと』。

今1回1錠日3回飲んでいる薬の内、まずはどれかを1/4錠にすることにしたが、

これでもまだ早いと言う。

ほんの一かけずつでもいいくらいだと。

そんなにちょっとでも変化って分かるものですか?と聞くと、

『そうなんですよ。』とおっしゃる。


まずは1日3回のうち1回の薬を1/4錠に。

それを何週間か続けて、調子が良いようだったら今度はもう1回を1/4錠に。

それも、朝昼夜の内自分の大丈夫そうな時を減らしていく。

私の場合は、昼は家にいても会社に行っていても気が紛れていることが多いが、

特に会社の行きと帰りが心配なので、昼から減らしていくことにした。

そうやって徐々に減らしていく中でも薬が原因かははっきり分からないが

調子の悪い時があって減薬足踏み状態になったり、去年の秋には、

また大きな発作を起こして病院へ駆け込んだりして、後戻りすることもあった。

とうとう完全に薬を止めようと思った月には、母との事で大きなストレスがかかり、

ストップしてしまったこともあった。

無理して止めてはいけない、また大きな症状がぶり返してくるかもしれないから。

減薬、断薬は精神と身体が自然に受け入れる状態で進めるのが一番大切だと思う。


そして減薬を始めてから1年後の去年、2002年12月1日。

とうとう完全に薬の服用を止めることになった。

まったくと言っていいほど、無理はなかった。

精神的にも肉体的にも安定していた。

1度断薬に失敗した時は、風邪や生理やストレスも重なり非常に調子の悪い日が続いたが、

今回はそういった事は何も無かった。

今まで私の心の中に、いつも重くのしかかっていた母に対しての気持ちが、

少し整理出来始めていたのも良かったようだ。


とても忙しかった年末、年始の仕事始め、遊びすぎた時期・・・。

その時その時で、体調が悪くなったり精神的に不安定になったりしたが、

休息を取る事でなんとか乗り切れている。

PDという病気は、はっきり『治った』というのは難しい。

私もまだ不安発作を起こす事もあるし、遠くへ行けるようになったわけでもないし、

長距離の乗り物に乗れるようになったわけでもない。

ただ、自分のテリトリーの中では割と安定して暮らしていられるというだけである。


でも、母の主治医が、

『乗り物が怖かったら、乗らなければいい。旅行が出来なかったら、しなければいい。

苦手だからやらないっていう事があってもいいでしょ?

朝ちゃんと起きて顔が洗える。近くのスーパーなら買い物に行ける。

それだけで十分だと思っていいんじゃない?いきなり旅行なんて高望みしないで。』

と明るくおっしゃってたのを思い出した。

無理して出来ない事をする事はないんだ。

出来る事を幸せにやっていければいいのかもしれない。

そんなココロの余裕が、今の安定した状態を生み出しているのかもしれない。


日々、普通に、落ち着いて暮らせるのが一番の幸せなのだ。(^^)


ほんじゃまか。
2003年01月14日(火)

不安に逃げ込まない。

昨日はゆっくりしようと書いたが、ゆっくりしようではなくてゆっくりしか出来なかった。(笑)

一昨日、クリニックの後遊んで帰ってきてその夜中、寝ようとするとドキッとして目が覚めた。

あれれ〜、これはもしかして〜と思ったら、そのとおりだった。

朝起きると、肩から背中から腰までバキバキで、動くと動悸がするのだ。

身体を伸ばしただけで、ドキーン!バクバク!

さすがにハードスケジュールで疲れたんだろうなと思った。


以前の私は、動悸が始まるととても滅入ってしまった。

そして、何で動悸がするんだろう、普通の人はならないのにと思って、

動けない自分を責めて、ムリヤリ動こうとしていた。

動いては動悸がして不安になって、でもまた動いて動悸がして、

最終的には動くのが怖くなって、じっとしている感じだった。

そういう時でも、めったに眠ったりしない。

なぜだか分からないが、具合の悪い時には眠りたくない。

これからこの状態がどうなっていくのか、見届けたいという気持ちがあるらしい。

眠ってしまって意識や感覚を失う事が怖かったのかもしれない。

(気絶するとかそういう事ではなくて、眠る事に対して)


私が眠るのは、頭痛がして吐き気がしてどうしようもなくなった時だけ。

この時は不思議と眠気が来るのだった。

ほんとに具合が悪くなったら、人間って眠れるように出来てるんだなぁ。

なんて思っていた。PDでも、ほんとに具合が悪いのに。(笑)

頭痛の時は、起きていられなくて横になるから自然と眠れてたのかな。


でも、今回は不思議と動悸をそれほど恐れていなかった。

ドキッとして、ぐわ〜っと不安になっても、不安が治まっていく。

そして動悸の原因も、身体のコリが原因だと思えたので、

あまり心配していなかった。


私の不安感には理由がある。

訳もなく不安になる事はほとんどない。

最近はそんな風に思えていて、不安感が起きた時に以前よりは慌てなくなっている。


なので、昨日はもう観念してネットを少しとプレステで時間をつぶし、

出来る範囲で洗濯と家事をこなして、身体を休めるようにした。

プレステをやっていると、身体が緊張してあまり良くないかなと思いつつ。;;^^)


そのおかげで、夜になるにつれて動悸は軽くなっていった。

だんなさんが帰ってきた時も、夕飯を作ってあげることが出来たし、

ただ、寝る時はちょっと苦しかったけど、いつもの調子の悪い時ほどは辛くなかった。


そして今日、朝起きてみたら動悸がほとんど治まっていた。

なんか嬉しかった。

当たり前の事なのだが、休めば治るんじゃん!!って思ったのだ。

普通の人が聞いたら、何を言ってるんだろうと思うかもしれないが、

その当たり前の事が、今まで出来なかった。

普通の感覚とか反応という物が、私には無かったんじゃないだろうか。

だから、発作が起きそうになっても対策を練ることをせず、

ますます不安に飛び込んで行ったりしていた。


苦しいんだから洋服を緩めればいいのに、辛いんなら車を止めて一休みすればいいのに。

不安がちょっとでも顔を出した時点で、思考が混乱して不安を止める事が出来なかった。

でも最近は、そういう事がだんだん出来るようになっている。

会社帰りにパチンコ屋さんに寄ってトイレ休憩をしたり、

苦しくなりそうな時は前もって飴をなめて気を紛らわしたり、

渋滞がひどいと分かっている所は、迂回路を探したり。

むやみに恐怖や不安に突入していく事が少なくなった。

だんだん普通の感覚が持てるようになっているのかな。


今までは、ちょっと調子が悪いと全部PDのせいにしていたけど、

ただ単に体調が悪い時もあるさって思える。

でもまだ、不安を不安としてはっきり感じて認識してから、

思考の転換をして、落ち着かせている状態。

自然に考えないようになっている訳ではないから、

たまにもう嫌になって、不安へ逃げていった方が楽かも!なんて思ってしまうことがある。

あんなに嫌がっている不安の方へ。


それは、私が不安に走る事で何か利益というか、得な事があるからかもしれないと

友だちに言われた。

これは友だちが、私の事を批難して言っているのではなくて、

ほんとに嫌な物だったら、そっちへ行きたいなんて思わないという事。


そう言われてみると、私には『元気になるのが怖い』という気持ちもある。

元気になったら、社会に出て行かなければならない。

人とも付き合って、何でもやって、どこへでも行って。

完全に回復した状態では、そういうイメージは気持ちのいい事になるのだろうが、

今の私の中途半端な状態では、元気になるのは嬉しいが、

元気になって動いてる自分を想像するのは怖い、という感じなのだ。

だから、不安に逃げ込めば外界との接触の無い安全な世界にいられる、

というイメージが私をそちらへ走らせているのではないだろうか。

それと、一つ一つの不安に対処しているのが疲れたとか。


これは、ほんとに徐々に気持ちを健康にして、いいイメージを持って、

不安に逃げ込まないようにしながら、リハビリしていくしかないのだと思う。


ほんじゃまか。
2003年01月13日(月)

街を楽しむ。

昨日は今年初めての心療内科。

今まで行っていた大学病院から先生が異動したので私も一緒に異動した。(笑)

現代社会では誰にでも、かかり付けの心療内科医か精神科医、カウンセラーが

最低1人は必要だと言う話を読んだ事がある。

ココロのケアは、普通に暮らしていても必要なものなのだという。

だから私は、もしPDが治っても、先生からは離れない。(笑)

一生、私の主治医でいてもらおうと勝手に思っているのである。(^^)


今度は個人経営のクリニック。

カイロとはまた違った大きな駅にある。

パチンコ屋さんはたくさんあるし、お気に入りのお店も多いし、

月1回ペーストはいえ、お金使っちゃいそうでちょっと心配。;;^^)


11時半の予約で、呼ばれたのが12時過ぎ。

一人一人の患者さんの話をじっくり聞く先生なので、相変らず待たされるが、

大学病院の頃に比べたら1/3の時間。

1ヶ月ぶりに会う先生はとても元気そうで、大学病院がかなりキツかったという事が伺える。

病院はビルのワンフロアーにあり、中はシンプル。

しかし、病院のあちこちに細かな気配りを感じる。

待っている間に患者さん同士や受付の人などと、あまり視線を交わさなくていいように、

イスの向きや感覚が考えられていて、圧迫感がない。

あまり病院!って感じの雰囲気もない。

院長先生が、その辺をとても考えてくれている方のようだ。

だから私の先生も、ここを選んだのだと思う。

お気に入りだから言うわけではないが(笑)

私の主治医は、『医者は儲からなくていい。』という考えの人で、

熱血漢ではないがかなりポリシーがあるようで、

自分が納得できない所では、きっと働かない人。

奥さんはけっこう大変なのかもしれないなぁと思ったりした。

しゃべっていると、ぽわ〜んとした雰囲気のボクトツな先生なのだが。

次回は3週間後に予約をして帰ってきた。


案の定、スロットに行った。

月・・・会社
火・・・カイロ&スロット
水・・・スロット
木・・・スロット
金・・・会社
土・・・クリニック&スロット

馬鹿みたいなスケジュールである。

スロットといっても、一日中打っている訳ではないし、

ちゃんとご飯も作ってお仕事もしています。(笑)

でも、動こうと思えば動けちゃうのでまたまた嬉しくって調子に乗って出かけている。

今にPDから、『オイッ!』って突っ込まれるかな〜と用心しつつも、今日も動いてしまった。


結果的にはとっても負けてしまったのだが、朝10時過ぎに家を出てクリニックに行き、

1人でハンバーガーのお昼を食べて、スロットに行って、たこ焼き屋さんでたこ焼き食べて、

大手電気店に行ってコツコツためたお金でプレステ2を買って、

重いのを頑張って家まで運んだ。

帰ってきたのが17時半過ぎ。

朝家を出てから7時間あまり。

疲れているけど、PD関係の不安は出ないまま過ごせていた事がとても嬉しかった。


今日はゆっくりのんびりしよう。


ほんじゃまか。
2003年01月12日(日)

自分を苦しめる人間関係。��

私は会社の大変さが分かっているし、

社長はお給料を未払いにするような人ではないと思っていたし、

なによりも、こんな時だけ私を利用しようとする先輩が許せなかったので、

私からは、資金繰りに苦しんでいる社長にそんな事言えません。

しかも、退職金の事まで話したら、それこそ社長が怒って大変な事になるし、

第一、そんなお金今の会社にはありませんよ、と。

やんわりとその申し出を断った。

先輩はそれ以上押す事もなく引き下がった。

それから、私に年賀状を作って欲しいと言った。

会社にいる頃は、毎年作ってあげていた。

何人かの社員は、会社のプリンターで印刷させてもらうのだ。

その辺は、社長も大らかで自由にやらせてくれていた。

この時、私は年賀状を作るという打ち合わせの電話を、

自分からすると言ったか、向こうからの電話を待つといったか、忘れてしまった。


するとまた何日かして、電話がかかってきた。

クリスマスプレゼントを渡したいと言う。

その日はちょうど会社の側まで用事で来ているからと言う。

でも、私の出勤は午後からのことが多いのでたぶん間に合わない。

用事が終わって、だいぶ待つことになってしまうだろう。

悪いので、もし私が遅かったら待たないで下さいね、と言うと、

ちょっとむっとしたような雰囲気が伝わってきた。

結果的に、私がプレゼントを拒否したような形になってしまったから。

でも、私はプレゼントなんて欲しくなかった。

利用するために、物を使う。

恩を着せて、自分の頼みごとを聞かせようとする。

いつもそうなのだこの人は。

そういう先輩の態度に、みんな気付いている。

とても恥ずかしい事だと思うのだが、本人はそのみっともなさに気付いていない。

これも、私の母と同じだ。

プレゼントをもらうために、早めに出勤するなんて絶対嫌だ。


それから私は怒涛の12月後半に入った。

仕事は山積み、プライベートでは伯母が入院手術、それに伴う親戚問題、母のフォロー。

会社の年賀状、皆の年賀状、最後に自分の年賀状。

いつの間にか先輩の事はすっかり忘れていた。

電話もそれっきりかかってこなかった。


会社が冬休みに入ってから、年賀状を書いていてふとその事を思い出した。

そういえば、先輩の年賀状どうなったんだろう。

私は一応先輩に年賀状を出した。


新年が明けても、先輩からは年賀状が来なかった。

会社で聞いてみると、あれだけ目の敵にしていじめていたパートさんにも、

ほとんど付き合いのなかった方のパートさんにも、来たそうだ。


私が連絡をすると言って、忘れてたんだろうか?

プレゼントをありがたくいただかなかったからだろうか?

理由は分からないが、怒っていることだけは確かなようだ。

しかし、大人げない事をする人だ。


でも、これでやっと関係を断ち切ることが出来るかもと思った。

こういう事でもなければ、私は自分から無視するとか出来ないし、

向こうがこちらを切ってくれれば、その方がありがたい。


私と先輩には、共通で仲良くしている関係会社の女性がいる。

歳は先輩と同じくらいだが、先輩とは逆で温和でとってもいい人だ。

その人と私と、先輩と3人でご飯をなんて話もあったみたいだが、

どうやら今日の昼、2人だけで食事をしたようだ。

私が会社に出ている事を知っていながら、先輩は私を誘わなかったらしい。

その関係会社の女性には、これからも私と仲良くして欲しいので、

それとなく先輩と私との付き合いはなくなったという事を話しておこうと思う。

どこまで話すかはこれから考えよう。


今年は自分を苦しめるような人間関係から脱出して、

もっと自分を大切にしてあげなくては。


結局、社長は約束通り年内に未払い分を振り込んでくれた。

退職金はまだ払っていないようだ。

このままだと、先輩が法的処置に出てくる可能性もある。


ほんじゃまか。
2003年01月11日(土)

自分を苦しめる人間関係。

最近は、会社に行く時の不安感がとても減ってきている。

以前だったら、いくら調子の良い時でも車に乗り込んでからしばらくは不安だった。

今日は大丈夫かな、調子はどうかな、と自分の身体やココロに神経を集中させ、

確認作業を行なっていた。

電車の発車確認みたいな物である。

でも、ほんとに極最近なのだがそれをしなくなっている自分に気付いた。

『調子が悪くっても、何とかなるさ!』

『調子が悪いのはPDのせいじゃなくて、ただ体調が悪いだけ!』

そんな風に感じている。


でも、完全に安心しているわけではない。

自分が不安を気にしているかどうかという事さえ気付かなくなったら、

その時はもっと喜んでいいんじゃないかなと思う。


調子のいい日が続いて嬉しくて、

『もしかして、もう治ったのかも?』

なんて喜んで何度も裏切られてきてるので、

もう簡単には治ったなんて思わないぞ、という気持ちも大きい。


ただ、今回が今までと違うのは

『不安が起きてもなんとかしのげる。』

と思えていることかもしれない。

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去年会社を辞めた先輩の事については色々とあって、日記にもたくさん書いた。

まるで母親に振り回されるように、その先輩にも振り回され、

その先輩のわがままさや勝手さとは別に、私自身がそういうタイプの人に弱いという事も分かった。

その事はとてもいい経験になった。


先輩が辞めて何ヶ月か経ち、私の気持も生活もやっと落ち着いてきたと思ったら・・・。

また先輩から連絡が入るようになったのだ。

辞めていく時、とても無愛想に、もう私とは何の関係もないという顔をしていたのに。

一緒にお昼ご飯でも食べない?なんて言う。

その理由は分かっていた。

ウチの会社は今、しゃれにならないほどの経営困難で余裕が無い。

退職金に関しても、はっきりとした規定がないも同然だし、

今まで10年以上も勤めて辞めた人の前例もない。

だから、この先輩の退職金もちょっと待ってくれるように言われているらしい。

先輩は、夫の収入もいいし、年金も入るから社長も安心しているようだった。

しかし先輩は、このままだとウチの会社がつぶれて退職金がもらえなくなると思ったらしく、

私に社長へそれとなく言って欲しいと思って連絡してきたようだった。

先輩とは事情が違うが、私にもちょっと待ってねと言われているお給料の一部があった。

先輩は辞める前から、それを払ってもらったか私にしつこく聞いていた。

最初は心配してくれているんだと思っていたが、実はそうじゃなかった。


先輩は、私がもらうべき分も、早く言わないと今年(H14)中に払ってもらえなくて、

そのままなしくずしにもらえなくなっちゃうかも、

と私を脅かし、もし自分が法的機関に駆け込んだら、会社つぶれちゃうかもよと脅し、

彼女らしいやり方で、自分の退職金の事も私から社長に言わせようとした。

いつもそうだった。

まるで相手のためと思わせて実は自分の要求を通そうとする。

母親と同じ手口。

彼女はこれを自分の子どもにもやっているんだろうか。

そうしたら彼女の子供達も、りっぱなACに育っているだろう。


ほんじゃまか。
2003年01月10日(金)

GIVE AND TAKE。

今日は完全オフ。

カイロは火曜日に行ったし、カウンセリングは予約を入れていない。

呼吸器科の診察は来週だし、心療内科は土曜日だし。

最近、会社か病院かっていう生活をしていたので、平日が1日ポコっと空くのは久しぶり。

何をして過ごそうかなぁ。

午前中はHPをいじって、昼から郵便局の用事。

そして通り道にある行きつけのパチンコ屋さんへ・・・。

今年初の来店。(笑)

途中まで負けていたのだが、私が密かにひいきにしている店員さんが、

すごくおいしい台を打たせてくれたので、トータル浮きで帰ってきた。

18時。

いつもだったらお弁当を買ったり、インスタントで食事を済ませてしまうところだが、

今日はなぜか料理に燃えていた。

健康的な食生活を送らなきゃっていう気持ちになっている。

ここ半年ほど、食事をだいぶおろそかにしていた。

続けていたのは健康茶を煮出す事と、発芽玄米を食べる事。

これでかろうじて健康を保っていたのかもしれない。

毎年高脂血症と言われていただんなさんが、今年は検査に引っかからなかったのが不思議。

毎日遅くまで仕事をして、食事も不規則。

私がもっと気を付けてあげないといけないのだが、そこまで手が回らなかった。

これからは出来るだけやってあげないとなぁ。

今日のメニューは、カレイの煮付けとほうれん草・アスパラガス添え、納豆・豆腐のお味噌汁。

納豆の中にはしらす干しとすりごまとちょびっとの砂糖(健康にすごくいいらしい)。

ご飯はもちろん発芽玄米。(白米1:2発芽玄米)

なんてヘルスィーな食事。

こんな食事を毎日続けていれば、健康になるしダイエットにもなるだろう。

さて、いつまで続く事やら・・・。(笑)

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母の考え方。


母は、私も小さい頃から可愛がってもらってる知り合いのおじさんに、

『私(うぃん)から』と言って、おじさんの好きなお菓子などをあげていた。

しかし、最近母と色々もめてきた中で、そういう事は止めて欲しいと言った。

私がやってもいない事で、人から感謝されたり、いい子だと思われたりするのはおかしい。

それは私の本当の姿ではない。

私はそんなにマメじゃないし、気がつくわけでもない。

そして去年の終り頃から、母は私の名を使ってのつけとどけは止めた。


先日母が、おじさんから預ったと言うお年玉をくれた。

『○○円入っているみたいよ。』

封を開けていないのに、金額まで知っている。

母は、お年玉が去年より少ない事と、おじさんが恒例の忘年会をやろうと言い出さない事から、

『最近おじさんはおかしい。』と言い出した。

『私があんた(うぃん)から止められて、お菓子をあげなくなった頃からおかしい。』と言う。

せっかくおじさんに気に入られるようにしてやってたのに、という口調。


でも、私はそれは違うと思っていた。

去年、おじさんはめずらしく私に電話をくれた。

そして、『最近お母さんとあまり会ってないんだってね。』と言った。

私は批難されるのかと思って、思わず嫌な気持ちがしたがそれは違っていた。

おじさんは言った。

『俺は、早くそうした方がいいと思ってたんだよ。

親は優しくすればするほど我ままになって、子どもに甘えるから。

○○ちゃん(私)も、身体大変なんだし、自分がまず元気にならなくちゃなぁ。

私はとても驚いた。

こんな事を言う人だとは思っていなかったから。

ACから回復するために、親を遠ざけようとしていた私。

世間的に見れば親不孝以外の何物でもない。

でもこうやって、家族とは別の人から言ってもらえるととても嬉しい。

おじさんも昔、奥さんの親に色々やってあげたが、

感謝されないどころかますます我ままに振り回された経験があるらしい。


こんな電話をくれるおじさんだから、今回忘年会に誘わなかったのも、

せっかく母と離れようとしている私の邪魔をしてはいけないとか、

親戚問題で母がバタバタしていたからとか、

そういう理由なのではないかと私は思っている。

おじさんとの電話の内容は母には言っていない。

言ったらとっても怒って、おじさんに文句を言い兼ねない。

だから、母が『おじさんの様子がおかしい』という言葉にも、

『そんな事ないと思うよ。』としか言えない。

母は、『親戚問題が起こる前からおかしかった。私は気が付いていた。』と言い張っている。


だんなさんとこの事について話していて、2人で気づいた事がある。

母は、

『物をあげたから、人がこちらを良く思ってくれる。』

『物をあげないと、人から悪く思われる・嫌われる。』

と思っている。

GIVE AND TAKE な考え方。

何もあげなくても、何もしなくても、相手からの愛情を得られるとは思っていない。

(特に他人に対して)

母の生い立ちにも関係していると思うのだが、母もACだから『そのままの自分』が

人から愛されるという事を体験できていないし、信じられもしないのだと思う。


母は私に誕生日プレゼントをくれる。

義母は私に誕生日プレゼントをくれた事はない。

でも、私は義母が好きである。

物をくれなくても、義母が私を想ってくれているのが分かるから。

物をくれるくれないは、人に対する愛情をはかる基準にはならないのだ。

私は母に、何をして欲しいとは思わない。

何もしてくれないから私は母を疎んじているのではない。

私に対して、干渉や依存をし過ぎるから嫌なのだ。

母が母の人生を勝手に楽しんでくれていれば、それで私も嬉しいのだ。


ほんじゃまか。
2003年01月09日(木)

思いは伝わる。

天気のいい日の広々とした道路をドライブしたくって、おでかけしてみた。

まずは年末に頼んでおいた、だんなさんのスーツを取りに。

そしてガソリンを満タンに。

それから頼まれていたネコのエサを買いに。

実家には私のネコと母のネコがいて、エサやトイレの砂代は折半なのだ。

そうこうしている内に、なんかドライブって気分でもないなぁと思い出した。

月曜の仕事始め、昨日のカイロ、スロット、今日の買い物。

腰が重いし、車の座席に座っているのがちょっと辛い。

なので、無理に遠出するのは止める事にした。

そしてスロットへ・・・。(スロットのイスは腰にいいのか?笑)

3時間ほど打った。出たのは出たんだけど、トータルでは負け。

その後久しぶりにお好み焼きやさんに行って、もんじゃとお好み焼きを食べた。

家に戻ってきたのは20時半頃。

これくらいに帰って来れれば、ちょっとゆっくり出来る。

いつもはパチンコ屋さんの閉店までいるから、帰ってくる頃にはもう夜中。

すぐ寝る時間になってしまうので、なんとなくつまらなくてもったいない気がしていた。

テレビを見たり、各々好きな事をして過ごした。

ちょっとまったりした休日だった。

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人を想うという事。


自分の周りの人たちのことを想う気持ち。

めったに会えない人も、いつも会っている人も。

夫・親・兄弟・友だち・・・。

日常生活を送る中で、ふと想うことがある。

『どうしてるかな。元気にしてるかな。』

『具合が悪いって言ってたけど、大丈夫かな。』

電話出来る時は電話。

手紙やメールをする時もある。

会うこともあるだろう。

それがココロを表現する、伝える手段。

でも、それが出来ない時もある。


毎日の生活に追われている時。

仕事をしている時。

出かけている時。

夜、布団の中で。


『どうしてるのかなぁ。』って思うだけの時もある。

最近連絡していないなって気になる事もある。


でも、きっと伝わる。

会わなくても、話さなくても。

『あなたを想っているよ。心配しているよ。』

そんな気持ちは、相手に必ず伝わっている。


そして、誰かが私を想ってくれている事も、伝わっている。

毎日何事もなく、幸せに暮らしていられるのは、

誰かのそんな気持ちが私を支えてくれているから。


『人は必ず誰かに愛されていると信じたい。』

私の好きな歌詞です。(^^)


ほんじゃまか。
2003年01月08日(水)

強気に出る。

昨日会社へ行く前に、実家へ電話をした。


実はここ最近気にかかっている事があった。

母が父方の親戚の集まる法事に出なさいと言う。

昔から身体が弱いのと人見知りなどで、父方の親戚との付き合いを避けていた母なのに、

自分の親戚があんな事になり、また年をとって来て自分の死んだあとの事などを考え、

『あんたにしっかりやってもらわなくちゃいけないんだから』なんて言い出す。

先日そういうことを電話で言われた時は、

『あなたに病気持ちで一人っ子のプレッシャーが分かるか!』

と、怒ってみたりしてはみたものの。

初打ちの時に、法事の事考えてみてねなどと念を押されてしまった。


私は今、電車に乗る訓練を全くしていない。

カイロに行くのに5,6分乗るだけ。

せっかく調子が落ち着いてきているから、無理はしたくなかった。

法事に行くためには、電車で30分、乗り換えて10分ほど。

当日チャレンジしてみて、できそうだったらそのまま行ってみようかと思っていたが、

2,3日考えているうちにどんどんそれがプレッシャーになってきて、

しかも、母の勝手な言い分にも腹が立ってきて、憂鬱になっていた。

だから、きっぱり断ってみようと思った。

そうしないと、具合が悪くなりそうだったから。


家を出る前に電話すると、母は病院へ行く直前でバタバタしていた。

『やっぱり今度の日曜日、行けないわ。』と私が言うと、

『あ、そう。』と言ってさっさと電話を切ってしまった。

ちょうどいい時に電話したかもしれない。

ひとまずほっとして会社に向かった。


夜、実家に寄って母と話をした時、法事の話が出た。

私は行きたくないとはっきり言った。

電車も怖いし、今せっかく良くなってきているのを崩したくないからと。

車で来ればとも言われたのだが、私が行きたくない理由はそれだけではなかった事に気付いた。

自分の都合で、私の行動まで決めて欲しくないのだ。

親戚と距離を置いて付き合ってくる生活に慣れていたのに、急に変えろだなんて都合が良すぎる。

『私は私の出来るやり方で、法要も親戚づきあいもやっていく。

私が病気なのをきっとおじいちゃんも分かってくれる。』

母に対してかなり強気に言えている自分に驚いた。

そう出来るようになってから、だいぶ気持ちが楽になっているのは事実だ。

ひどい子供と思われてもいい。自分に無理をしてはいけない。


母は私の事を、『いつ怒り出すか分からないから怖い』と言う。

私も母に対して同じ事を思って来た。

怖いくらいに思ってくれてた方がいい。

子どもだからって馬鹿にして、なんでも言いなりにさせようとするのが間違っているのだから。

いくら自分が産んだ子どもだといっても、親と同一ではない。別人格なのだ。

それを意識的にせよ無意識的にせよ理解しながら付き合っている親子はうまく行くと思う。

時にはわがままが出たり、けんかをしたりする事があったとしても、

それが、子どもを支配するための物でなければ大丈夫だと思う。

私もいつか親になる日が来るのだろうか。

自分の子どもを、苦しめたりしないだろうか。

そうならないためにも、今私は色々と考え模索しているのだ。


ほんじゃまか。
2003年01月07日(火)

仕事始め。波乱の幕開けか?(笑)

今日から仕事始め。

久しぶりの出勤でちょっと緊張していたのか、いつもより早めに目が覚めた。

道路が混んでいるのかと思ったら、まだどこも本格的には動いていないのか、とても空いていた。

最近は昼過ぎ、ひどい時には13時近くの出勤になっていた私。

今日は実家に寄らなかったので、11時過ぎに会社着。

ほんとはいつもこれくらいに来なければいけないんだな〜と反省。


仕事始めの日は、みんなで神社へお祓いもらいに行って、お札をもらってくる。

その後事務所内で御神酒を飲んで、軽く食事をする。

普通はそれで解散だが、私や他2,3人はその後仕事をする。

ちょっとお酒を飲んで、ほろ酔い気分でお仕事したりして。

他の人が酔っ払って馬鹿な事を言っているのを聞きながら仕事するのもなかなか楽し。

結局みんな帰ってしまってからも、私を含めて3人で18時まで仕事をしていた。


飲み会の時に社員旅行の話になった。

ウチの会社は割と仲が良くて、1年に1,2回は旅行をしている。

もちろん私は入社以来7年間、1回も参加していない。

一緒に行きたいね、行ったら楽しいよ、と誘ってもらえて嬉しいのだが皆での泊まりなんて無理・・・。

今回も、近々温泉に行きたいねなんて話になっていた。

すると社長や同僚が、『今度は○○さん(私)の行ける所に行こうよ。』

なんて言ってくれて、『どこなら行ける?』と聞かれた。

うーん、どこも行けないんだけどなぁ。

『○○さんの家の方の温泉にしようか〜、でもそしたら夜家に帰っちゃったりして。』

なんて冗談も飛び出しながら。

『新幹線なら大丈夫なんでしょ?』

新幹線なんて第3位くらいにダメだ〜。(1位と2位は同率で飛行機と船。笑)

私はただ、行けないんですよ〜、すみません〜。と笑いながら謝るだけ。

PDだとは言ってあるが、普通の人にはなかなか分からないのは仕方ないしね〜。

一緒に行こうよって言ってくれるのは嬉しいなぁ。嫌われてないって事だもんね。

ほんといつか行って、楽しんでみたいな。

だんなさんの実家(九州)にも行った事がない私。

本州から出てみたい。


仕事が終わり、実家に寄った。

母は病院へ行くために久しぶりに外出したそうで、疲れて寝ていた。

私が行くと起きて話をしていたが、マイナスな話ばかり。

母を居間に連れて行って父と3人で食事。

最初は気を使って話していた父も、お酒が回るにつれて口数が減って来る。

飲んでうるさいほどしゃべる時と、黙る時がある。

黙った時にあまり話し掛けると、うるさそうに怒り出す。

今日は黙っている日で、私が伯母問題について父にもっと動いて欲しいと言っても

聞いているのかいないのか、あやふやな態度をとる。

目が座って来ていて、いつ怒るか分からない感じもする。

母が、『家にいると気が張って具合が悪くなるから、早く帰ったほうがいいよ。』と言う。

父に対して『あんたがそんな態度だから、この子の具合が悪くなるんだ』言いたかったようだ。

『早く帰んな。』と言われる私の身にもなって欲しい。

もっと他に注意の仕方があるでしょう。

私にとっては、父よりあなたを扱う方が大変です。


母は、『私には家族なんていない。』と言った。

これだけ周りに心配をかけて、気遣ってもらってるのにそんな言葉を平気で言う。

ほんとうに失礼な人間だと思う。

母は、『寂しい』とも言った。

『周りの人たちを見ていると、子どもや孫に囲まれて楽しそう。あんたは会社の日にしか来ないし。』

あなたの子どもは病気です。それを分かっているんですか?

あなたは子どもが会いたいと思うような親ですか?


人間にとって寂しさは避けようのないものだと思う。

どんなに自分の周りに人がいても、どんなに優しくしてもらっても、

『寂しさ』は必ずどこかに存在している。

だからこそ、人間なんじゃないだろうか。

だからこそ、1人じゃない喜びも感じる事が出来るのではないだろうか。

母にも、その寂しさとちゃんと向き合って欲しい。

いつでもどんな時でも、周囲の人間が自分の思い通りに動いて盛り上げて、

機嫌をとってくれなくては満足しない母。

そして、それを与えてくれない私に攻撃をしてくる母。

寂しさをしっかりと感じていないから、一人じゃない事の素晴らしさも分からない。


PDになって、ほんとに孤独な時期があった。

でも、それがあるからこそ今の自分がとても恵まれていると感じる。

自分はいったいどうしてしまったんだろうと思い、

発作に耐えながらただひたすらに手探りで進んできた日々があるから。


実家ではご飯をどこに食べたのか分からず、

新年という事でちょっとサービスして、21時半近くまで母の話し相手をしていた。

帰りは胃が気持ち悪くなって辛かったが、パニックには結びつけず済んだ。

今日が仕事始めと知って応援してくれるメールがお友だちから届いて励まされて、

家の側までたどり着いた。

しかし、実家と車が寒かったので背中から腰にかけてすごく緊張していて、

そのせいか家に着くちょっと前に動悸が始まった。

負けるもんか〜、これをPDに結び付けたりしないぞ〜とファイト。

なんとか家にたどり着いた。

ほっとしてお腹が空いたので、カップラーメンを食べて疲れた〜とボーっとしていた。


また頑張り過ぎる悪い癖が出たかな?;;^^)

でも、心地よい疲れです。


ほんじゃまか。
2003年01月06日(月)

転職?

今日から自宅での仕事を始めた。

休みと仕事の区別をつけたくて、昨日までは仕事をしないようにしていた。

家で仕事をしていると、プライベートとの境目があやふやになってしまって、

のべつまんべんなく(笑)仕事をしているような気になってとても疲れることがある。

しかも今は、仕事もプライベートもパソコンの前にいる事が多いから余計かもしれない。

とりあえず、明日までにやらなくてはいけなかった仕事は終わったのでほっとした。

明日は今年の初出勤。道路混むんだろうな〜。でも、ドライブのイメージはいい感じ。(^^)

年始恒例の社員一同での神社参拝、お祓いに間に合うかな。(;^_^A

さっきから、歩くとお尻がすごく痛い。股関節脱臼っぽいぞ〜。


友だちから、年齢が『7』の倍数になっている歳は、

転機だったり大変だったりするらしいよと聞いた事がある。

確かに、友だちも私も心当たりがある。

その言葉どおり、4月で35歳になる私の2003年は思いっきり変化の年になりそうなのだ。

言葉には出来ないが、自分の心の中で考えている事もちらほら。

大変な事も多いと思うが、どんな風に自分が変化していくかという楽しみもたくさんある。

実現できそうになったら、日記にも書く事にしよう。(*^^*)

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だんなさんが転職するかもしれない。

辞めた上司が勤めている会社から誘われている。

社会人になってから7,8念経ってくると、仕事に対しての考え方も変わってくるらしい。

就職してから最近までは、絶対に自分から会社を辞めることはしないと言っていただんなさん。

ちょっとでも今の仕事に疑問をもったり否定したりしてしまうと、

全てが崩れ去ってしまいそうだと言って、私がだんなさんの会社の批判をする事も許さなかった。

まだ若い今の会社の中では古株に入ってしまうだんなさん。

サービス残業、サービス休日出勤、毎日帰りは夜中。

嫌な顔せずに仕事を引き受けてしまう性格もあって、仕事はきつくなる一方。

私としても、身体の事が心配でどうにかならないかと思っていた。

それでも、だんなさんは真面目に働き続けていた。

しかし、ここ1,2年の間に会社も変わってきてしまった。

社長と、出資先からくる出向社員との折り合いが合わなかったり、

元からいる幹部との確執があったり。

仕事で大変というよりも、人間関係でのゴタゴタが増えてきているらしい。

また、社長が自分の付き合いで入社させる中途採用の社員がロクでもなく、

そんな人がたまたまだんなさんの直属の上司になったりして、

嫌な思いをいっぱいしているのだった。

自分の出世や体裁のために、平気で部下を怒鳴ったり利用したりする上司。

社員をまとめていく力もなく、自分の身を守るために出向社員に媚びを売る社長。

だんなさんにとっては、上司や同僚のいい加減さよりも、社長の情けない態度が我慢できない。

こんな人の下では働く気になれない、というのである。

私の会社の同僚も言っていたが、

いくら経営が厳しくてお給料が安かったりボーナスがなかったりしても、

社長に『今は苦しいけど、楽になるまでみんなで頑張って行こう!』

という気持ちがあれば着いていけるという。

社長が自分の事ばかり考えて、社員の頑張りにねぎらいの言葉もないようだと、

みんな離れていってしまう。

私の会社の社員が長続きしないのは、そんな理由なのだ。

お給料や仕事の大変さだけで辞めていく人は、意外と少ないのかもしれないと思う。

やりがいを感じていられれば、けっこう頑張れるものなのかもしれない。

だんなさんなんかは典型的なそういうタイプで、滅私奉公型。

やりがいさえあれば、お給料なんていらないよなんて言い兼ねないタイプ。;;^^)

そのだんなさんが転職を考えているくらいだから、相当会社の雰囲気が悪いに違いない。

可愛がってくれていた上司が、社長の陰謀で辞めざるを得なくなって転職。

その会社へ来ないかと誘われているらしい。

今の社長よりは、その上司の元で働く方がいいと思っているみたい。

身体も心も辛い会社にいて体調崩したりせっかくの穏やかな性格が変わってしまいそうになるくらいなら、

自分の納得した会社で働いて欲しいので、私は転職には反対していない。


転職直後の生活は不安定になってしまうかもしれないけど、仕方ないかな。

大学を出て、最初に就職した会社が九州勤務だった時も、

自分の人生を後悔して欲しくないから反対しなかった。

それでも今はこうして幸せにぼちぼち暮らしていけているんだから、

これからもどうにかなるでしょ。(笑)

ほんじゃまか。
2003年01月05日(日)

自分を大切にする。

去年の30日に買い物に出て調子が悪くなって以来、久し振りに近所へ買い物に出た。

特に気負いもなく、買い物を楽しむことが出来てほっとした。

14時からチャットの予定があるので、それまでにお昼ご飯を食べようと思い、

中華丼と鶏のから揚げを買って帰って食べた。

中華丼はまあまあだったが、鶏のから揚げはその前に揚げた物の匂いが付いてる感じで

イマイチ美味しくなくてがっかり。

このスーパーは大手チェーン店なのだが、お惣菜はあまり美味しくない。

年末は買って帰ったお寿司に、髪の毛が付いていたし。

こういうのって、これから気を付けてもらうために言った方がいいのかなぁ。


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自分の付き合っている友だちの性格に嫌な部分があって、ちょっと困っている。

ただ、全体的にはその友だちはとってもいい人なので、友だちを止めたくはない。

しかし、その性格のおかげで自分に少しプレッシャーがかかる感じもある。

放っておくと、私自身の中にその友だちに対する不満が溜まっていってしまう。

そして、こんなに自分が辛かったり嫌な思いをするのはその友達のせいだと感じる。

最終的には相手を恨むような気持ちまでもってしまうことになるだろう。

でも、それは相手には責任のない事。

こちらははっきりと相手に『嫌だ』と伝えたわけではないから。

そして相手に、『性格を変えろ』という権利もこちらにはないのである。

人から『変われ』と言われて簡単に人の性格が変わるものではないし。

本人が心から変わりたいと思って始めて、人間は変化をはじめるのだと思う。


では、いったいどうすればいいのか。

嫌なら付き合わなければいいという考えもあるだろう。

でも、わざわざこちらから人間関係を切るなんて事はしなくてもいいのである。

要は、『自分の好きなようにすればいい。』のだ。


こう欠くと、すごく自分勝手で冷たい人間のように思われるかもしれないが、そんな事はない。

今自分の得ている人間関係は大事にしたい。

でも、その人間関係を維持するために自分自身をすり減らすのはおかしいと思うのだ。

たとえば自分は今日は出掛けたくないなと思っているのに、相手から誘われたとする。

『行きたくない』この言葉を言うのはとても難しい。

私なんて、親にもこの言葉を言えずにずいぶん苦しんだ。

でも、言っちゃっていいのである。

行きたくないのに我慢して、出かけて行って、

具合が悪くなってしまったり、お財布落としてしまったり。

『ああ、やっぱり行かなければよかった。』なんて思う。

誰が悪いのか?

行きたくないのに、無理に付き合わせた友達のせいにしてしまったりしないだろうか。

友だちは悪くない。出掛けたかったから誘って、こちらがそれに応じただけ。

行きたくないといっているのに、首に縄をつけられて引っぱられた訳ではないのだ。

こんな風に恨まれるのなら、はっきり

『行きたくない』って言ってもらえた方がいいと思っているかもしれない。

もちろん、行きたくないのに行ってもいい。

たとえば相手が落ち込んでいて、気分転換にどこかに行きたいという。

自分は出掛けたくなかったけれど、相手の事を励ましてあげたくて付き合ってあげようと思う。

これは全然問題無い。

行きたくないと思ったら、必ず断らなければいけないというのではないのだ。

この場合は、自分が『付き合ってあげたい』という気持で動いている。

だから、たとえ疲れてしまったとしても相手に対して恨み言は出てこないはず。

自分がやりたくてやったんだから。

相手から感謝の言葉が出なかったり、

喜んでくれなくて面白くない思いをする事があるかもしれない。

それは自分が心から『付き合おう』と思ってやったのではないんじゃないかと思う。

心のどこかで見返りを期待していた事になる。

自分の思ったような反応が返ってこないからといって相手を責めるのはおかしい。

やりたいからやってあげたという自分自身の満足感だけで十分だと思う。


行きたくないと相手に伝えた時、その場の雰囲気が悪くなって嫌な思いをするかもしれない。

でも、それは仕方のない事だと受け入れよう。

そして、もし万が一それで相手が自分との関係を切ってくるようならそれは仕方がない。

そういう相手との付き合いは、この先続けていても、自分ばかりが苦しんでしまう関係になるだろう。

しかし、こういったこちらの態度は相手にとっても必ずなんらかの収穫をもたらすものなのだ。

『誘いを断られた』という事実を、相手がどう受けとめてこれからの生活に生かしていくか。

それはイヤイヤながら相手に言うことを聞いてもらっていた頃よりもずっと、

その人にとっていい経験になる。

『なんで自分は断られたんだろう。』

『断られないためにはどうしたらいいんだろう。』

『なんで自分は断られた事で、腹を立てているんだろう。』

『なんで悲しい、寂しい気持ちになっているんだろう。』

そんな風に思いをめぐらす事ができる機会が、相手にも与えられたのだ。

そして、

『相手が行きたくなかったんだから、断られても当然なんだ。』

『断られたからって、自分の人格が否定されたり、嫌われているという事ではないんだ。』

という思いにまで達する事が出来たら、これからのお互いの関係はもっと素晴らしい物になる。

こちらも、『なぜ自分は断る事が出来ないんだろうか。』と考える。

『嫌われたくないからなんだろうか。』

『いい顔をしたいだけじゃないのか。』

『断るって、そんなに悪い事なのかな。』

『自分がもし断られたら、やはり怒るんだろうか。』

などと考えてみたりする。

たかだか『断る』という行為一つで、これだけの思いをめぐらせる事ができるのだ。

自分を殺して、嫌なのを隠して付き合っていたのでは、これらの物は得られない。


友達関係だけではなく、母にも言いたい事が言えなかった私。

でも、最近嫌な事は嫌だというように頑張っている。

今までストレートに断られた事のない母は戸惑っているに違いない。

しかし、何回かそういうことが続いていくうちに、母もどうやったら私が言うことを聞くか、

どういう頼み方をすれば自分の頼み事が聞いてもらえるか、考えるようになった。

言葉の最初に『悪いんだけど』とか『お願いがあるんだけど』と付けるようになった。

これまで有無を言わせず、『親の言うことは聞くべきだ』という態度を取られてきた頃と比べれば、

私の精神的な負担はずいぶん軽くなっている。

母が勝手な態度ばかり取る原因の一つは周りにもあって、

私達がいいなりになっているから母は自分の態度が間違っているという事に

気付く機会が与えられていなかったとも言える。

私が正直に振る舞う事で、母もまた成長できるチャンスを得たのだった。

子どもだからって、夫だからって、なんでも自分の言う通りになる訳ではないと。


自分の気持ちに正直にふるまう事は、わがままだと思われがちだが、そんな事はないのだ。

自分を大切にしよう、自分の気持ちを殺さず生きよう。

それが相手を大切にする事にもつながると信じよう。

自分自身も、そういう態度をとる事によって嫌な思いをするかもしれない。

でも、それは生きていく上で仕方のない事として受け入れよう。

みんなが自分を大事にして生きていけば、きっと幸せになれる。

自分が嫌だと思う事はやらない。自分を苦しめない。


ほんじゃまか。
2003年01月04日(土)

だらり〜ん。

毎年、年の始めになると『よ〜し、今年はこれをやるぞ〜。』と意気込んでみる。

でも、そういう意気込みはあっという間に消え去り、

いつもと同じような日常になっていく。

今年も、新年から早起きするぞ〜という緩い決心が元旦から崩れ去り、

お正月3日目にしてすでに普通の生活に戻っている。

いつもより速いペースで。(笑)

子どもの頃から、夏休みの始めにスケジュール表を作成するのが好き。

1日のタイムテーブルまで考えて、綺麗に表にして。

1度たりともその予定通りに行動できたためしはない。

私は予定を立てるのが好きなだけなのだった。

最近でも、手帳に予定を書き込んでシールを貼ったりするのが好き。

さすがに子どもの頃とは違って、会社とか病院とか、

予定通りに動く事が増えたが、相変らず予定通りにできない事も多い。

昨日の実家へのお出かけで、ちょっと疲れていたがなんとか9時過ぎには起きた。

最近昼寝をしないので、寝不足になっていることが多い。

もう4日間も外に出ていない。

今日は朝から寒くて、粉雪も待っているから外に出る気もしない。

一日中パソコンをやったりテレビを見たりしてのんびりしていたが、

ココロのどこかに落ち着かないものがあって、完全にのんびりはできなかった。

何かやらなくてはいけないんじゃないか、

ぼーっとしていては時間がもったいないんじゃないか。

そんな考えが浮かんできている自分に気付く。

ゆったりを存分に楽しめるようになるには、もう少しココロのリハビリが必要かな。

だんなさんが19時過ぎには帰ってきたが、

もう1週間以上もスロットを打っていないので禁断症状で泣きが入っていた。

昨日私がスロットに行って、状況報告をしたので余計に打ちたくなったのだろう。

スロットに行きたそうなだんなさんに、

『テレビ見よう!』とか『行かないで〜。』(寂しそうに)と言って、いじめる。

だんなさんは、行かないでと言うと『分かった。』と言っているのだが、

ほんとは行きたいんでしょと言うと、『そんなことないよ。』と言いながらも、

小鼻が赤く膨れて今にも笑いそうな顔をしている。

気の済むまでからかってから、スロット行っておいで〜と送り出した。

本を読みながらお風呂に入っていると、今から帰ると言うのでお弁当を買ってきてもらった。

正月3日目から買い弁・・・。;;^^)

そう言えば、昨日は私が出かけていたからだんなさんには外で食事をしてもらった。

何を食べたのかと思えば、牛丼。

1月2日に牛丼屋さんで夕食を食べている姿を想像すると悲しい物が。

明日は手作り料理を作ってあげないといけないなぁ。


ほんじゃまか。
2003年01月03日(金)

新年恒例、初打ち。

今日もだんなさんの出勤には起きられなかった。

昨日寝ていないからしょうがないと言うことにしておこう。

それに出掛ける日は早く起きてしまうと、夜まで持たないことがよくあるから。

私の行動時間にはカラータイマーがついている。(笑)

出掛ける予定があって緊張していたのか、

夕べ遅く寝たにもかかわらず早い時間からちょこちょこ目が覚めていた。

しかし今日は自分で運転していくんだし、

寝不足のまま出掛けるのは心配だったのでムリヤリ2度寝した。

もうそろそろ起きようかなと思っていたところ、父から電話があった。

最近は本人も気をつけているらしく、口調が柔らかかった。

私の体調はどうだ?今日は来れそうか?という事と、

母が具合悪いから今日無理そうだなんて言ってるぞ、という内容でそのあと母に変わった。

母は夢見が悪くて、寝起きにどよーんと具合が悪かったという。

私もそういうことがあるので、気持ちは良く分かる。

明け方に悪い夢を見ると、起きた瞬間から具合がめっちゃくちゃ悪い事がある。

そういう時は、もう一度寝るのが一番いい。

そうでなければ精神が覚醒するまで気長に待つか。

それでもなんとも言えない嫌な感じは引きずってしまうものだが。

母の夢は自分の母親に優しくしてもらえなかったという夢。

母だけが父親が違うという事で他の兄弟からの風当たりが強くて苦労してきた(と言う)母。

祖母が亡くなる時も、兄弟の中で孤立して寂しい想いをしている自分の事を心配して欲しかったのに、

祖母は生涯独身を通している母の姉の事を心配していたらしい。

自分の苦しさを親に分かってもらえていないという辛さが、今でも母の心に残る。

今日の夢も、それを追体験するような夢で、夢を見ながら泣いていたそうだ。

母もれっきとしたAC。

私がそれに関してアドバイスしても、母はなかなかそれを自覚できない。

親だけでなく異父兄弟へ向けての憎悪もあるためか、自分の問題を絞りきれないでいる。

今回の親戚問題で、少しでもそれが整理されてくるといいと思う。

こんな問題が起きてしまったことは辛いかもしれないが必ず物事には2面あって、

悪い出来事だと思っていたものが、別の面から見れば素晴らしい出来事だったりするのである。


父からの電話は、母を思いやっての物だった。

最近ふさいでいて家にこもりがちな母を、父は父なりにフォローして気を使っている。

(本人には届いていないようだが。(;^_^A )

私が遊びに来れば、母も元気が出るんじゃないかと思ったのだろう。

母は無理しなくていいよと言ってくれたが、私は行ける所まで行こうと思った。

最終的な返事は出発ギリギリまで保留にしたが、とりあえず仕度を始めた。

ちょっと頭痛が残っている。

最近の頭痛は1日では終わらない。

今日の夜になったらまたひどくなってくる可能性が高い。

なんとか帰ってくるまでもって欲しいなと思う。

準備が出来たら、なんとか大丈夫そうだったので車に乗り込んだ。

『行けるとこまで行ってみるよ。』と電話すると、母は嬉しそうだった。

無理はしない。でも、出来そうな気がした。

車はとても混んでいて、実家に到着した時には13時を回っていた。

以前だったら『こんなに遅く来てもしょうがない』などと言っていた母だが、

最近は気弱になっているのでそう言う事はない。

まずはファミレスで腹ごしらえをして、恒例初打ち大会。

最近は不況のせいもあっていい店が少ないので難しい。

結局夜21時まで打って、2人とも3万円くらい負けた。

旅行も出来ないし、病院以外にお金を使う事もない2人のレクリエーション費。(笑)

それからおすし屋さんへ行って、食事。

最初はお腹が空いていたような気がしていたのだが、

出てくる料理の量が多いし食べてるうちに気持ち悪くなってしまったので

握りはあまり食べる事が出来ずに終わってしまった。

気持ち悪くなった時点でとても不安になったが、

『これは胃の不調だから』と自分に言い聞かせて乗り切った。

母も寝不足と薬のために眠くなっていたので、家に着いてすぐ帰る事が出来た。

ただ一つ気がかりなのが、再来週一緒にお世話になっているお寺に供養に行こうと言われたこと。

先日の電話で『これからはあんたに守ってもらわなくちゃいけないんだから。』と言われ、

『一人っ子で病気持ちの私のプレッシャーが分かるのか!

プレッシャーかけないでよ!』とキレてしまった私。

母は今まで自分も身体が弱いし、そう言った付き合い(父方の親戚が熱心)を避けていたのに、

自分の方の親戚がこんな問題になったりして気弱になり、

優しい言葉をかけてくれる父方の親戚に心が動いたり、

年を取ってきてしかも具合が悪いという事で、

自分の死んでからの事まで心配し始めた。(昔からそうだったのだが)

私がお嫁に行くのを反対したのも、

自分達のお墓をみてもらえないかもしれないと言う心配が一番だったようだ。

そんな心配しなくても、私はちゃんとやるから心配するなと言っても聞かない。

お寺の供養に一緒に行こうとしつこく言う。

私は嫌なことは嫌だとちゃんと言おうと決めたので、はっきり行くとは言っていない。

体調が良ければ行く気なるかもしれないので、今のところ保留にしてある。

今、私は電車に乗るのを最低限に抑えて不安感を忘れようとしている。

今回の供養に行くには、少なくとも1時間半はかかるだろう。

今まで乗っていないものを急にそれだけの距離を挑戦するのは無理だと思う。

一緒にお寺に行こうという母の言葉を思い出すと、すごく嫌な感じが襲う。

当日は嘘をついてでも断る事になるかもしれない。

私には私のペースがある。

家を出たのは22時半。

所々道路が混んでいたので、帰ったら24時だった。

さすがに疲れてネットをする元気がなかった。

寝たのは2時頃。

よく頑張った〜。(^^)


ほんじゃまか。
2003年01月02日(木)

あけおめ!ことよろ!

年末番組で岡村君が言っていたのを聞いて、気に入って使ってる。

今年からは早起きして、せめて会社に行くだんなさんをお見送りしてあげようと思っていたのに。

1日目から挫折。

気が付いたらだんなさんはすでに会社へ行っていた。(;^_^A

昼近くに起きて、特に見るテレビもなく、掲示板に書き込んでくれたみんなのおめでとうを嬉しく見る。

レスをしたり、年賀状を見たり、なんだかんだしているとあっという間に1日は過ぎていってしまう。

1人だとお正月気分もあまりしないし、いつもと変わらないような感じ。

午後になって、ちょっとお酒でも飲んじゃおうかしら〜と思い、買ってあった梅サワーを飲む。

すると、まだ少ししか飲んでいないのに妙に頭がグラリンと揺れた感じ。

いつもの酔いとはちょっと違う?すぐにビビってしまうのが悪い癖。

それでも大丈夫そうだったので、残りも少しずつ飲み干してネットをしていた。

しかし、段々と不快な症状が出てきた。

頭が詰まったように重い、手足がむくんだ感じ、中途半端な痛みもある。

今までもたまにこういった症状はあったが、ひどい血行不良のような症状だ。

身体が重い〜(太っているからではない。(笑))目も辛くなってきた。

とうとう耐え切れなくなって、横になって気晴らしに携帯ゲームをしていたらだんなさんが帰ってきた。

さすがに元旦だけあって帰りは早く20時過ぎ。

私はけなげにも(笑)起き上がって、だんなさんにお雑煮を作ってあげたのだった。

そして一緒にテレビを見ながら食べた。

お雑煮には大して具が入っていないし、夕食としては中途半端になってしまったので、

その後、だんなさんの好きなカリカリベーコンと目玉焼きを作って納豆と共に食す。

これで今日の夕食は終わり。全然元旦じゃない。

夜がふけるにつれて、さっきの症状がピンポイントでひどくなってきた。

ひどい肩凝りと頭痛、吐き気。

吐き気が起きると不安が出てくるので嫌だなぁ。

肩と首に湿布を貼ったら少し気分が紛れて来た。

結局は偏頭痛ということなのだろうか。

偏頭痛は、疲れやストレスがピークの時には起こらない。

それを過ぎて、ゆっくり休んだり睡眠をたくさん取ったりして緊張していた血管が緩んだ時に起きる。

ようやく年が明けて、1人でのんびりとお酒なんて飲んじゃったから一挙に疲れが出てしまったのかもしれない。

明日は母との約束がある。

毎年恒例のことなので、付き合ってあげたいとは思うのだがこの調子だと行けるかどうか・・・。

でもなるべく明日終わらせておきたいのだ。面倒くさい事は。;;^^)

あまりにも気持ち悪いし、いつものように頭痛だけが原因とはいえないのでなんか寝るのが怖くて、

吐き気がおさまるまで携帯ゲームをしながら起きていた。(ほんとはゲームしちゃいけないんだろうけど)

やっとおさまって眠りについたのは夜中の3時を過ぎていた。


ほんじゃまか。
2003年01月01日(水)



ひとりぶつぶつ。 / quartz うぃんちゃんのぺーじ
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