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ぽっかり。

会社が明日にズレたために、ぽっかり空いてしまった月曜日。

家賃の振込みくらいしかすることもなく、一日だらりんと過ごしてしまった。

今、とにかく家の中を綺麗にしたい。

物を減らして、すっきりと住みたい。

このマンションに引っ越してきて3年。

いつのまにか物はどんどん増えてしまっている。

この中にはいらないものがぜったいあるはず。

物は最小限でいい。

ずっと狭くて物の多い実家にいたので、すっきりとした広い空間に住みたかった。

今のマンションは広いはずなのに、なんかごみごみしている。

歩く時、物をまたがないといけないことが多い。

掃除したい気持ちばかり先走って、身体が動かない。

たとえ1日ひとつでもいいから捨てていけば、徐々に綺麗になるだろう。

いっぺんにやろうとするから無理が出る。

小さな事からコツコツと。byきー坊


ほんじゃまか。
2003年03月31日(月)

それはないでしょ〜。

実はずっと腹が立っていたことがあった。

本来月末までにあるはずの送別会が、来月の1日になったこと。

それによって私の出勤予定が変わってしまったこと。

先輩が自分の都合で送別会の日にちを1日に決めていたこと。

しかも、私が『行けないかもしれない・・・。』と言ったら、

恐い顔で『一応出席にしてありますので。』って言ったこと。

その先輩に命じられて、月末の出勤が決まっていたのに。

しかも先輩は、子どもと海外旅行に行くからと、

忙しい時期の月末4日間、ちゃっかり休んでいたこと。

私との仕事の兼ね合いがめちゃくちゃあるのに、

その事を私に言っておいてくれなかったこと。

私の仕事のスケジュールは狂いまくり。

仕方がないので送別会に合わせて、来月1日の出勤にした。

昔から思っていること。

会社で問題ありの人が辞めると一時期は平和だけど、

またその位置に別の人が台頭してくるものだ。


ほんじゃまか。
2003年03月30日(日)

土曜日のカイロ。

予定が合わなくて、カイロが土曜日になってしまうことがある。

土曜日は、通常21時までのところが15時までと、とても短い。

日曜日はお休み。

仕事の都合で土曜日しか来られない人もいるわけで・・・。by北の国から

当然とても混んでいるのである。

私はいつも平日の16時頃に行く事にしている。

この時間帯が、一番患者が少なくて静かなのだった。

主婦は夕飯前で忙しい時間。

会社員や学生はまだ帰って来ない。

マダム(?)の特権、昼間のアイドルタイム。

やはり混んでいる時と空いている時では、治療の仕方が違う。

いつもならもうちょっと丁寧にやってくれるはずのマッサージがちょっと短かったり、

施術の途中で、何回もその場を離れたり。

それに、狭い治療室の中に人がたくさんいて落ち着かないしうるさい。

治療の時は薄い白衣を着、無防備な格好になるので、

患者さん同士が目を合わせたり、かち合ったりしないように

非常に気を付けてくれる配慮はとてもいいと思うけど。

でも、明らかに今日は手を抜いてるなぁって気付くのはやっぱり嫌。

先生達は気が付いてないと思うかもしれないけど、患者って結構敏感なんだから。


ほんじゃまか。
2003年03月29日(土)

人それぞれ。

高校の時、『松田聖子』と『中森明菜』どっちがいいか友だちと討論した事がある。

そして、こういう問題は争っても無駄だという事が分かった。

その人によって好みや思い入れがあるのだから、

いくら自分が好きなものをアピールして相手を説得しようとしても無理。

それが分かった時、私は自分が大人になったような気がした。(笑)

先日、クラシックピアノをやっている人のHPをのぞいた時。

『○○○○は音楽として認めない。』って書いてあった。

何もそんな書き方せんでも・・・と思った。

私は別に○○○○のファンではないけど。

でも、その人の曲を作っている○○○は『歌謡曲』のジャンルの中では一流だと思う。

人の耳に残って、口ずさまれるというのは大変な事なんじゃないかな。

で、その人の好きな歌手・アーティストというところを見ると。

・・・。

私から見れば、え〜?っていう人たちが並んでいた。

もちろんこれも私の好みだから、とやかく言う事じゃないけど。

音楽に対する自分の『目』に、相当自信を持っている人なんだなぁと思った。

同じく高校の時、音大を目指す友だちにビリー・ジョエルを聞かせたら、

『同じメロディーの繰り返しで面白くない。』と一蹴された。

手厳しいなぁ。

人が好きっていってるものをそんな風に言わなくてもいいじゃ〜んって思った。

と、かくいう私も、だんなさんが○○○○っていう女優が好き、とか言うと。

『あんな人、ぜんぜん美人じゃないし、鼻の穴でかいし、性格悪そうだし、

いったいどこがいいの〜っ?』と言いまくっているのであった。( ̄m ̄〃)


ほんじゃまか。
2003年03月28日(金)

月末。

私の仕事が忙しい時期。

3〜8日・13〜15日・18〜20日・27〜月末。

忙しいっていっても、通勤週2日・後は在宅の私にとって、

普通に仕事がある時期という感じ。

ただ締め切りが限定されているので、ちょっと集中して仕事をする事になる。

週5〜6日で会社に通って、仕事をこなさなければいけない同僚に比べれば、

ずいぶんと恵まれているんだろうと思う。

だから私が家にいる時は、出勤している人のフォローを出来るようにと考えて、

仕事の依頼をして下さい〜って呼びかけているんだけど。

みんな未だに私の仕事のスタンスが分かっていないようで・・・。

ある人などは、私に聞きたいことがあって電話をしてくる時に、

『お休みのところすいませんが・・・。』と言ってかけてくる。

だから違うんだって!!

何度アピールしても、なかなか伝わらない。

もっと遠慮なく仕事依頼して欲しいのになぁ。

『パソコンが固まっちゃったんだけど、どうしたらいい〜?』

っていう類の電話ばっかり。

『CtrlとAltとDelete押して下さい〜。

もしそれでダメなら、強制電源落とし〜。』

何度同じこと聞けば気が済むんだ。(▼▼メ)


ほんじゃまか。
2003年03月27日(木)

健康診断。

新しい会社に提出するための健康診断書を作りに。

身長・体重・視力・X線・尿。

そんなこんなを調べてもらって、健康診断書を作ってもらって。

約5000円。!Σ( ̄口 ̄;;

医者って儲かる・・・。

こういうのって言い値だと思うので、病院によって微妙に違うんだろうなぁ。

このお値段は高いんだろうか、安いんだろうか?

だんなさんは明後日から配属先に出勤となる。

車で通う事になるので、その道順を確認しておきたいというので付き合う。

地図を見ながら、ちょっと迷いながら、会社へ。

途中でマックシェイクが飲みたくなって、スーパーの中にあるマックへ。

マックシェイクがない・・・。

最近、マックシェイク扱ってない店舗増えてるよね。なんで?

仕方ないのでジュースを買って、だんなさんのリクエストでポテトも購入。

店の外に出ると、焼き鳥屋さんの車があっていい匂いがしている。

この匂いは反則だ。

4本買った。

本当は、スーパーに入る前に注文しておいて、

買い物終わって出て来た時にちょうど出来てますっていうのがウリみたい。

『今度は買い物する前に注文して下さいね〜。』と言われた。

だって、買い物してないし。

色々と試行錯誤した結果、このルートで行こう!と決定。

ではでは帰りますか〜と走っていると、見慣れた街に出た。

たまに打ちに来る、お気に入りのお店がある街。

そう言えば、会社に隣接してるんだった。

やられた。

まんまとスロット屋に連れ込まれる。

私も嫌いな方じゃないので断れない。

閉店間際まで打って、2人とも負ける。(爆)

私は最後の方に追い込んだのだが、あとちょっとで黒字にはならなかった。

いつもの中華料理屋さんで食事をして、さて高速でも使ってぱぱっと帰ろうと思ったら、

今度は家まで帰る道を確認して帰りたい・・・そうで。

またもや道を確認しながら、帰ることになった。

何回か道を間違えてユーターンしたり。停まって地図を確認したり。

私はナビゲーターとしては落第生。

道を曲がるごとに、地図をぐるぐる回しながら見ないと分からなくなってしまう。

以前よりはだいぶ良くなったとはいうものの、

私の方向感覚は、だんなさんに信用されていない。

自分でも信用していない。(笑)

たま〜に私の方が合ってる事がある。

でも、信用がないのでだんなさんは自分の思った道を進む。

私も自信がないのでだんなさんの言う通りにする。

・・・私の言った方が合ってた。

ここぞとばかりに私は態度がでかくなり、

私の言う通りにしないなら、道を聞くな〜!と威張ったりする。

たまに合ってたくらいで。( ̄m ̄)

明日はだんなさん用に購入した中古車を取りに私の会社の方へ。

帰りが2台になってしまうのが嫌なので、電車に乗っていく。

1時間ちょっとの電車のたび。(大ゲサ)

何年ぶりだろう、こんなに長く電車に乗るのは。

さりげなく緊張している私であった。


ほんじゃまか。





2003年03月26日(水)

説明。

理屈っぽい私と結婚した旦那さんは、自分のキャラにないことを要求されるようになった。

『説明』

私は納得いかないことがあると、だんなさんに説明を求める。

『どうして?』
『なんで?』

物事を覚えたての小学生『なんだろう君』のように。

私を納得させる事が出来ないといつまでも解放してもらえないので、

だんなさんは段々と説明できるようになってきた。

説明を聞けば、私も安心する。

それでもやっぱりケンカになるとだんなさんは黙る。

私がいくら討論に持っていこうとしても、断固としてしゃべらない。

そしてこう言う。

『まだ君に説明できるほど、頭の中が整理されてない。

中途半端に説明すると、余計怒らせる事になるから嫌だ。』

こんなことを言う時のだんなさんは、全然可愛くない。

今出来るとこまででいいから説明して!って言っても、『嫌だ。』って。

私はそんなに理屈っぽくない。

何も筋道立てて話しなくても、感じた事を感覚的に話してくれるだけでいいのに。

って、こんな日記書いてる事自体、理屈っぽいという事か。(笑)

ほんじゃまか。
2003年03月25日(火)

むか〜しの話。

昨日の日記にカバンの事を書いて思い出した。

10年位前、だんなさんは停留所で一人でバスを待っていた。

するとだんなさんの目の前、車道に近い所でおじいさんが転んでしまった。

見ると、ケガをして少し血が出ている。

その上、ちょっとボケてしまっているようだった。

だんなさんは、おじいさんを助け起こした。

そして、家はどこですか?と尋ねた。

幸いおじいさんにその辺の記憶はあったらしく、家の場所を指さした。

おじいさんの家は、道路をはさんだ向かい側すぐの所にあった。

しかし小さいとはいえ、その道は国道だった。

車の量もかなりある。

そんな道路を斜め横断しようとして、何かの拍子に転んでしまったらしかった。

だんなさんはおじいさんを支えながら道路を渡り、家まで送り届けた。

その家の人は、ボケてしまったおじいさんに手を焼いているのか、

大して心配する風でもなく、だんなさんに感謝するでもなくおじいさんを引き取ったらしい。

そしてだんなさんはすぐそこのバス停に戻った。

!Σ( ̄口 ̄;;『手さげ袋がない!』

だんなさんがおじいさんをレスキューしている間に、

バス停のベンチに置いておいた袋が無くなっていた。

おじいさんがケガをしているのでそれどころではなかったし、

財布などが入っていたわけではないので、まさか盗まれるなんて思ってもいなかったらしい。

もしかして、忘れ物だと思って誰かが交番に届けてくれているかもしれないと思って

近くの交番に行ってみたが、ない。

袋の中にはノート類がちょっとと、先輩から借りていたウォークマンが入っていた。

ウォークマンは先輩に弁償して許してもらえたけれど、

人助けをしている間にそんな目に合ってしまったのがなんか悲しくて、

2人してしばらく辛い気持ちでいたのだった。

だんなさんは人が良いので、よく損をする事がある。

でも人をだますより、人からだまされる方がいいなと思う。


ほんじゃまか。
2003年03月24日(月)

唯一のお休み。

明日から新しい会社へ行くだんなさん。

そのためにいくつか買っておかなくてはいけない物があった。

昨日の発作が嫌な感じで残っていたが、気にしないようにしたい。

だんなさんも一緒だからなんとかなるだろうと、車でショッピングセンターへ。

今日の目的は、『カバン』。

だんなさんはとにかく忘れ物の多い人で、本人もそれを自覚しているので、

今までは、なるべく手に物を持たないようにして来た。

だが、今度の職場では仕事の性質上そうも行かなくなってしまったので、

就職してから7年経って、初めての通勤カバンを買うのである。

だいたいが物を大事にしない人で(AB型の特徴なんだろうか?)

普段から靴はすぐ傷だらけにするし、洋服には焼け焦げを作るし、

ネクタイには食いだれを付けるし、いい物を持たせるのがもったいない人だった。

でも、今回はお客さんの前で使うものだし、あまり安っぽい物はどうかなと思っていた。

幸い、とてもいいカバンが見つかってそれを買う事にした。

こんなに高い買い物をだんなさんに買ってあげたことはなかったかも。(笑)

大切に使って欲しいものである。

その他に、靴と靴下も買って帰ってきた。

とうとう明日が初出勤。

環境が変わってしばらくは大変だと思うけど、楽しみながら仕事をしてくれればいいなと思う。


ほんじゃまか。

2003年03月23日(日)

月に1回の発作?

18時頃に旦那が迎えに来てくれるはずだった。

帰りは一人じゃないという安心感で、いつもより気分的に楽に働いていた。

それでちょっと頑張りすぎたかもしれない。

帰りが一人の時は、なるべく体力を温存しながら動くようにしていたり、

ココロ構えもしっかりしなくちゃという感がある。

でも今日は、もし旦那が18時にここに来てくれたら会社を早目に出てもいいかなと思っていた。

ところが予定が変わって、何時にこちらに着けるか分からないと夕方電話があった。

予定が狂ってしまった事で、ちょっとした不安がよぎる。

自分のこと、弱いなあって思うけどどうしようもない。

19時まで働くのか〜、ちょっとペース配分間違っちゃったなぁ。

などと思いながら仕事をしていると、母から電話。

今日は外で一緒に食事をしようと言われた。

というか、『今日は食事の仕度ができなかったから、外で食べるから。』っていう半ば強制。

それを聞いてますます気分的に凹んで来てしまい、嫌だ〜と思った。

この状態で母と2人の食事なんて辛すぎる。

そこで、思い切って『調子が悪いから、何か買って帰って食べようよ。』と提案。

外に出ている母に会社まで来てもらって、お寿司でも買って帰る事にした。

19時に仕事を終えて母に電話をするがつながらない。

パチンコでも打っているんだろう。

待っているのも辛くて何度も電話して、やっと折り返しでかかってきた。

お寿司を買いに行ったのだが、もう立ってるのも辛いほど胃のあたりからダルさが出て来ていた。

それとともに、なんとも言えない不安感が出ていた。

『食べられるの?』と聞かれたので無理かもしれないと言い、母は自分と父のための簡単なお惣菜を買った。

ほんとは寄って欲しいお店があったらしいのだが、それもごめんと断って実家へ。

母は車の中でむっつりとしたまま、あまりしゃべらない。

話し掛けると私が辛いだろうと思ったらしいのだが、私にはそれだけに思えなかった。

食事も付き合えない、お店にも寄ってあげられない。

それを責められているような雰囲気が漂う。

もしかして母にその気はないのかもしれないが、

こういう時に私の気持を楽にしてくれるような力は母には無い。

実家に着いても、私を心配して色々話し掛けてくる父を、

『この子は具合が悪いんだから!』と怒鳴ったり。

どんどん精神的に追い詰められるような気がして来た。

気にしないで気を付けて帰りなさいねという雰囲気が無い。

私は実家を一刻も早く離れたくて、そそくさと家を出た。

母は笑顔も浮かべず、『具合が悪いんだから、早く帰りなさい。』と静かに言ってドアを閉めた。

母を乗せて会社から実家へ帰る途中に旦那から電話があって、20時にはこちらに着けると言う。

私は旦那が来てくれる事を両親には言わず、実家を出ると最寄駅まで旦那を迎えに行った。

先月の発作の時に、自分で運転した方が調子が良かったので今回もそうする事に。

前回よりも道が混んでいたのできつかったが、なんとか運転していた。

途中、父から『無事に着いたか?』と電話があった。

私は、帰る途中の駅で旦那と待ち合わせしたからと言った。

不安感が襲いながらも、途中まではなんとか気を紛らわせて運転していたのだが、

半分も行かない所で、不安の大きな波が来たので薬を飲んだ。

薬は効いたのか効かないのか、それからも大小の不安と闘いながら運転。

コンビニに寄ったりしながら、なんとか家までたどり着いた。

家につけば安心と思っていたが、身体の緊張が取れず落ち着かなかった。

無事に着いた事を伝えようと実家に電話したが父だけで、母は寝ているという。

こんな早い時間に。やっぱりおかしい。

同じ病気を持っていて、急に調子が悪くなったり不安発作が出るのを分かっているのに、

どうしてこんな対応しか出来ないんだろう・・・。

今日の会社も夕方から寒かった。

足元暖房も使ってみたりしたが、寒さで胃の動きが止まっていたようだ。

これが原因だとしたら、不安に結びつかないように出来るかもしれない。

またこれと同じような前兆が起きたら、薬を早目に飲むという対処も出来る。

なんとか克服してやるんだ〜!!


ほんじゃまか。



2003年03月22日(土)

やっと〜。

退職願いが受理されました。ほっ。

一度は退職をOKした社長が、

『やっぱり辞めちゃいかん〜ん!』とキレたり、

何時間も話し合いをしたりと大変だったけど、これで一息。

って言っても、もう次の会社まで時間がないじゃ〜ん!

買わなくちゃいけないものもあるし、書類や手続もあるし、まだまだ落ち着けないな。

明日私は会社。だんなさんは朝礼でみなさんにご挨拶をしてくるそうで。

帰って来るまで待ってられないから、先に会社に行ってしまいます。

その後、新しい会社の上司と打合せして私の所に来てもらって、帰りは一緒に帰ります。

会社の帰りが一人じゃないっていうのは、かなりホッとする。

だんなさんはドライブしながらが一番話をする人なので、

ここ最近の色んな話と、これからの事を話しながら帰って来よう。

ほんじゃまか。
2003年03月21日(金)

引継ぎ〜?

まだまだ、だんなさんの転職事件は続く・・・。

退職願が受理されないので、引継ぎもやらせてもらえない。

そこでこの期に及んでまで、まだ引継ぎが完了していない。

というか、引き継ぐ相手がいない。

人手不足もあるし、だんなさんのやっていた仕事が多すぎるというのもある。

仕方がないので、引継ぎ書を作ることにしたらしい。

こちらがちゃんと退職の意思表示をして手続も進めているのに、

会社側が引継ぎをさせてくれないんだから、

有給消化をつぶしてまで引継ぎなんてしなくていいじゃん!

と、私はだんなさんに言ったしそれでケンカにもなったけど、

だんなさんは、同僚には恨みはないから迷惑はかけたくないんだと言って会社に出掛けて行った。

これがだんなさんの真面目でいい所でもあるのだろうが、頑固で融通が利かない所でもある。

この責任感の強さで、人から信用されるんだろうけど。

私はもっと、ちゃらんぽらんだから。

7年間も働いてきて、有給なんて両手に余るほどしか取ってなくて、

サービス残業の嵐と休日出勤。

おまけに有給消化も出来ないんじゃ、私なんかふくれちゃうけど。

今までの働きを時給にしたら、いったいいくらになるんだろうなどと考えてしまったり。

まぁ、当のだんなさんが納得していればそれでいいのかな。

優雅な専業主婦を目指す私としては、不満いっぱいである。(笑)

明日も引継ぎに出掛けて行くだんなさんであった。

ほんじゃまか。
2003年03月20日(木)

しばらくは忙しい。

今いる会社の方は、20日以上も経つのになかなか退職願を受理してくれず、

宙ぶらりんな状態で次の会社への準備をしている状態。

今の会社でやるだけの事はやってきたつもりだし、

会社の体制や上層部のもめごとに巻き込まれて自分の仕事もロクに出来ない日々。

それぞれの上司からお互いの悪口を聞かされたり、足の引っ張り合いに利用されそうになったり。

いくつもの部署を兼務させられた上、そんな中でもこなさなければいけない仕事は

山のようにあって、いつも帰りは深夜。

そんなに辛い毎日でも、だんなさんは頑張って来ていた。

辞めると決意するまで、半年以上も考えた。

そして出した結論だった。

でも、会社の全部が嫌いになったわけではない。

元々の会社から分離独立したりと、いろんな事があった今の会社で

ずーっと一緒に働いてきた仲間もいる。

慕ってくれる後輩もいる。

引き止められれば引き止められるほど仲間達の気持ちが伝わってきて、

だんなさんはどんどん辛くなって、考え込む事が多くなった。

そして今回の胃痙攣。

ココロの葛藤が身体に見事に現れたのだった。

今日は新しい会社の本社へ、入社資料をもらいに行ってきた。

だんなさんは、やっと転職するんだという実感が湧いてきたと言ってた。

来週の月曜日は新しい会社へ出勤する。

果たしてそれまでに今の会社と決着はついているんだろうか・・・?

ほんじゃまか。



2003年03月19日(水)

無事に帰ってきました。

子どもの頃から、家に一人でいる事には慣れているはずなのに。

PDになってからも、両親は留守がちで一晩中一人の事も多かった。

それが当たり前で、嫌だと言ってもどうしようもない事だと分かっていたんだ。

でも、今は違う。

一緒にいてくれる人が出来てから、私は弱くなったかもしれない。

一人で頑張らなければいけなかった時よりも。

今回のだんなさんの帰省は、たった3日。

体調も悪くないし、大丈夫そうだったのに。

2日目の昼くらいから、漠然とした不安感や落ち着きのなさが感じられた。

動くと動悸がしてしまうような気がして(実際はそんな事はないのだろうが)

こたつに入って、ひたすらゲームをしていたり、ビデオの整理をしてみたり。

お風呂に入るのも嫌で、早目に布団に入ってしまったり。

自分がどんどん弱くなっていってしまっているような気がした。

だんなさんは無事に帰って来て、一足先に地元に帰り飲み会に参加。

胃を壊してるんだから、飲んじゃダメだよと言ってあった。

帰って来ただんなさんに、どれくらい飲んだの?って聞いたら

『ビール1杯。』

ふ〜ん。

でもその割には酒臭いので追求してみた。

すると・・・。

『中ジョッキ1杯』

だった。

なぬ〜っ?

人が心配してるのを、この人は分かってるんだろうか・・・。

いや、きっと分かってるから私に怒られると思ってごまかすような言い方したんだな。


ほんじゃまか。
2003年03月18日(火)

遠距離なケンカ。

だんなさんが明日帰ってくるので、会社は明日にした。

会社の帰りに空港まで迎えに行ってあげようと思って、せっかく会社をずらしたのに、

いつもは最終便で帰って来る彼が、夕方から飲み会があるというので早く帰ってくる。

それも、ぎりぎりまで聞かされていない話だった。

転職問題でいっぱいいっぱいのだんなさんは、私への報告が激減している。

私の知らない所で、話が進んだり変わったりしている。

悪気があるわけじゃなく、余裕がなくて話が出来ないのは分かっているが、

私も転職問題で、共に悩んできているわけで。

なんだか置いてきぼりを食ったような気がして、腹が立っていた。

一昨日もケンカしたし、今日も遠距離電話でケンカした。

ちょっと間を置いた方がいいというだんなさんの提案で、10分くらいしてからもう一度電話し直した。

携帯で掛けると高いので、だんなさんの実家の電話に変えて。( ̄m ̄)

一呼吸置いたせいか、今度はゆっくり話すことが出来て一応仲直り。

出張での胃痙攣騒ぎがあったから、帰省の日までゆっくり話すことが出来なかったのも原因の一つ。

明日はお互い早いのに、遅くまでしゃべってしまった。

でも、しゃべらなかったらきっと腹が立って眠れなかっただろうと思う。

むか〜し、遠距離していた頃もよくケンカしたっけなぁ。

会いたくても会えない、ゆっくり話したくても話せない、そんなジレンマでイライラしていた。

携帯もなかったし、電話代も今より高かったな〜。

でも、今はいつも一緒にいられる。あの頃よりずっとぜいたく。


明日、無事に帰ってきてくれればそれでいい。

それが自分の一番望んでいる事だと分かったから、それでいっか。


ほんじゃまか。
2003年03月17日(月)

と、言うことで。

朝一番の飛行機で、だんなさんは帰省したのだった。

今回は、私の体調が落ち着いているからまだ少しマシか・・・。

でも、だんなさんが田舎でどんな生活や食生活をしてくるか心配。

普段から丈夫な人だから、どうやって気を付けていいのかが分からないのだった。

今日は1日高校の時の同級生の親友と会うと言っていた。

飲みに行くに違いなかった。

夜、だんなさんに電話した。

『お酒飲んでない?タバコ吸ってない?何食べてるの?』

『お酒飲んでないよ、車だし。タバコも吸ってない。焼き鳥。』

焼き鳥。うーむ。どうしたものか。

まあ、田舎に帰ってから解放されたのか胃痛が起こっていないというから良しとするか。

ってことは、ウチにいると解放されないってこと?(▼▼メ)

薬は忘れず飲んでいるようだ。

私はと言えば、だんなさんが倒れてから気が張っているようで、今日も朝早くからちょこちょこ目が覚め、

ここ何年も起きた事のない時間(6時)に起きて朝食を作り。

そのまま寝ずに洗濯したり掃除したり。

テンション高めである。

さすがにこのままではヤバいと思ったので、夕方ちょこっとだけ眠った。

一人だと、なんか何をしてても落ち着かないので早目に布団に入って携帯ゲーム。

早く布団に入ったのに、眠ったのは夜中の3時過ぎだった。

やっぱりなんか落ち着かない。


ほんじゃまか。
2003年03月16日(日)

もう勝手にしろ〜!!

一晩経って、熱はすっかり下がった。

あれは、風邪の熱じゃなかった、やっぱり心因性のものだったみたい。

昼にだんなさんが病院に行ったけど、熱の原因は分からなかった。

胃薬を何種類かもらって帰って来た。

会社を辞める行動を起こしてから、今月下旬に新しい会社へ行くまでのタイムスケジュール。

だんなさんはほとんど一人で決めていた。私には事後承諾。

これだけ胃が痛いのに、なんで無理して田舎行ったり会社出たりするの?って言っても、

こうしてみたら?って提案しても、『君は分かってない』で全部却下。

だって事情分かる訳ないじゃん、聞いてないんだから。

それで腹が立って昼ご飯のうどんを残して、だんなさんを置いて黙ってカイロに行った。

道すがらずーっと、こんなに心配してるのになんで伝わらないんだろう・・・と、泣きそうだった。

だんなさんからは、悪かったってメールが入った。

カイロの後、電車を間違えて自分ちの最寄駅を通過してしまった。

仕方がないので、停まる駅がだんなさんの会社の最寄駅だったので、降りてだんなさんの帰りを待つことにした。

ご飯を作る時間がなかったので、一緒にうどん屋さんに行って食事。(家訓=胃が弱った時はうどん)

ここでもまだケンカ。

私はだんなさんの事を信用していなかった。

こちらの心配なんて、理解してないし、自分勝手に動いているんだと思ってた。

でも、実際だんなさんの話を聞いてみると、

会社に行かなくちゃならなかったり、田舎に帰ることになってたり、それで私を心配させる自分自身に腹が立ってイライラしてた、と言う。

そんな風には思ってなかった。

自分の思い通りにしたいから、田舎に帰りたいから、心配して反対する私に怒ってたんだと思ってた。

そして、いっぱいいっぱいで私に相談してなかった事を悪かったと言っていた。

それでも明日から田舎へは行くんだし、田舎へ行ったら行ったで、両親に気を使ってハードスケジュールで無理するんだろうし・・・。

とりあえず、ケンカはそこで止めたけど、心配な状態が去ったわけではない。

薬を1回分ずつ小分けにしながら、私が側にいないと好き勝手なもの食べるんだろうなぁと思った。

お酒とタバコは禁止した。胃に優しいものを食べる事。分かんない時は電話する事。

約束させたけどね〜。(〃´o`)=3 フゥ

昼間腹を立てて私が家を先に出た時に、断腸の思いで残してきたうどんの中の半熟卵。

『俺、食べちゃった。』というのを聞いて、またケンカしそうになった。(笑)


ほんじゃまか。
2003年03月15日(土)

とんでもびっくり。

朝早く新幹線で出張に行っただんなさんから、夕方会社にいる私に電話。

『胃が痛くて医務室に運ばれた。胃潰瘍かもしれないって。』

!Σ( ̄口 ̄;;

まだ痛いけど、ムリヤリ帰ってくるという。

電波が悪くて、詳しい話が全然出来ない。

とにかく、新幹線の駅まで迎えに行くことにして電話を切った。

オフィスに戻ったけど、動揺して部屋がぐるぐる回っていた。

どうしよう、どうしよう・・・。だんなさんに何かあったら・・・。

心配すればするほどどんどん心配になって、このままじゃ自分がダメになると思ったので、

このまま不安になだれこんではヤバいと、防衛反応に入った。

大丈夫大丈夫、大変なことになるわけはない、大丈夫・・・。

電話の内容を聞いていた同僚のおじさんが、心配してフォローしてくれた。

帰りには実家に寄ることになっている。

でも、親には言えなかった。言って、騒がれるのが嫌だった。

親が騒ぎ出して、でもそれを今度は私がフォローしなくてはいけなくなるだろう。

そんな余裕はなかったし、母は私を余計に心配させるマイナス要因ばかり見つけるだろう。

実家では何事もなかったように食事をして(どこへ食べたのかどれくらい食べたのか覚えてない)

新幹線の時間に間に合うように家を出た。

新幹線のだんなさんとメールで連絡を取りながら。

40分くらいかかって、私の方が先に駅に着いた。

ホームまで迎えに行くると、だんなさんは青い顔をして降りてきた。

寒い寒いと言って、ガクガクと震えていた。

車に乗って、暖房をつけて、落ち着くまでしばらく停めておいた。

ここから家までは、高速を使っても2時間くらいかかるだろう。

私が運転するつもりだったが、だんなさんが自分で運転するという。

その方が気が紛れていいと言うのだ。

私も、PDの発作が起きそうな時はじっと座ってるより運転した方がいい時もあるので、

胃が痛くなったらすぐに交代する事にして家に向かった。

なんとか無事に帰って来たが、家に着く頃には熱も出始めたらしくボロボロのだんなさんだった。

部屋で身体を温めて、雑炊を作ってあげて布団に入った。

熱は9度近くあった。

タオルでおでこを冷やしてあげたが、タオルが触れるのも辛そうだった。

医務室(社内に病院がある)でもらって来た薬の中には抗不安薬も入っていた。

だんなさんは、寝苦しいのかずっと寝言ばかり言っていた。

その内容はほとんど仕事関係のようだった。

熱の原因がなんなのか分からなかったし、解熱剤も飲めないのでしばらく頭を冷やし続けた。

定期的に熱を測って、あまり上がるようだったら病院に駆け込もうと思っていた。

明け方近くなった頃、熱が8度3分まで下がったので、私もひとまず寝ることに。

ここ最近の、だんなさんの大変さが手に取るように分かっていたので、

この具合の悪さは、そこから来ているのだと実感できた。

転職するという事に関して、自分に関わる全ての人の気持ちを受け止めて苦しんでいたし、

なかなか辞める事に関して納得してくれない社長や上司の態度にも辛い思いをしている。

私は自分が弱いから、大変な事にぶつかった時の逃れ方というかかわし方を学んできた。

でも、だんなさんはそれを真正面から受けてしまうのだ。

そしてこんな風に身体に出てしまう。

友だちが、『辛い事があっても、それが現れずに蓄積していってしまうよりも、

早い段階で、ヘルプ信号として表現された方が、大変な事にならなくて済む。

それが健康な人の、正常な反応なのかもしれないよ。』と言っていた。

確かに、知らず知らずのうちに苦しさを溜め込んで、ある日大きく噴出してしまったのが私かもしれないけど。

明日になったら、病院に行かせなくちゃいけない。

予定としては、午前中会社に挨拶、午後から田舎に帰ることになっていた。

とんでもない!と反対する私とだんなさんで、ケンカになったのだった。


ほんじゃまか。
2003年03月14日(金)

腰が痛い。

ちょうど腰が痛かったのと、昨日実家に行って疲れたので会社を明日にしたくて、カイロを今日にしてもらった。

カイロでは、腰が痛くて今日に変更したという事でほとんどぎっくり腰を起こしたかのように手厚く治療してくれた。

私はと言えば、実はカイロの場所に早く着き過ぎてちょっと入ったスロットが当たって、結局はちょっと遅れてしまったのだった。;;^^)

さすがにそれは言えなかったけど。しかも、ブーツまで履いていた。

帰りにスリッパを片付けるのを手伝おうとしてくれた先生達の前で、かがんでブーツを履いている私。(;^_^A

かなりしっかりと治療してもらったので、その反応で腰が重くなったり身体がだるくなったりした。

しばらくはちょこちょこ来た方がいいそうで、土曜日にまた行くことになった。

ちょっと言ってみた腰の辛さで、ここまで大事になるとは思わなかった。

果たしてこれでよかったのか・・・?(笑)

しかし帰りにもスロットに寄っている私であった。

負けた。


ほんじゃまか。
2003年03月13日(木)

転職の話。

実家へ、だんなさんの転職の話をするために行くことにした。

まだ転職の事はひとことも話していない。

古い人たちのだから、転職というものに対して嫌悪感を見せるのではないか。

今までの親との付き合いから、いろんな心配が頭をもたげる。

中途半端に伝えると心配しすぎて、自分の不安を解消するために色々言われそうだったので今まで何も言わなかった。

昔の私だったら、親に黙っているなんて考えられない事だった。

かと言って、事後報告になるとプライドの高い親は怒り出す。

だから、まだ決定ではないというスタンスで相談する形を取って話をした。

実家に行くと言う事はとても喜ばれて、夕食の時間まで母に付き合って出かけたりした。

夕食も明るい雰囲気で順調に進んでいた。

食事が終わって、デザートを食べだした頃にだんなさんが口を開いた。

それまで、いつ話を切り出そうかずいぶん緊張していたみたいなので私も見守っていた。(笑)

ちょっとお話がありまして・・・とだんなさんが言うと、母親は緊張していた。

転職をしようと思うんですが・・・。

思いがけず、父が賛成の意を示してくれたので話は順調に進んだ。

母も、それに安心したのかうるさい事は言わなかったし、私が賛成している事を知って安心したようだった。

2人とも、詳しい事までは知らないが、今の会社が体力的にきついことは知っているのでそれが少しでも良くなるならと思ってくれたらしい。

父は、自分のサラリーマン時代の経験も話してくれた。

転職したいと思ったこと、職場の人間関係、配置換えの辛さ。

そういう事を家族にはまったく話さなかった人なので、非常に興味深かった。

今の時代では無理な話だが、終身雇用で40年以上同じ会社で働くのは大変だったと思う。

事前に心配していたような展開にはならず、ほっとした。

話し終わって帰る時、一足先に会計に行っていただんなさんが、ほっとしてふぬけていたので笑ってしまったが、

ごくろうさま。一生懸命よく頑張ったね〜と言ってあげたのです。


ほんじゃまか。
2003年03月12日(水)

焼肉パーティー。��

私以外の人のプライベートは、あまり書いてはいけないなと思うんだけど、少しだけ。

昨日会った友達の彼には家庭がある。

彼が結婚する前から、彼女は彼と付き合っていた。もう10年以上も。

その間に、彼女は他の人とも付き合ったけど、その彼にも彼女がいた。

この10年の間に、彼女は色んなものを失ってきている。

子どもを持つ勇気のない私には理解できない事も、彼女は経験している。

その部分は納得いかないけれど、彼女は彼女なりに苦しんできたようだ。

彼女のキャラクターがそうさせるのだが、あまり辛いという雰囲気が表に出ない人。

だから、昔は彼女の事を誤解していたかもしれない。

でも、じっくり話してみると、彼女もまた生きるのに大変な人だった。

家庭環境も複雑で、今の両親はほんとは彼女の伯父夫婦にあたるそうだ。

そんなこともあって、人一倍幸せな家庭をもちたいと思っている彼女が、

どうしても今の彼と別れられないという話を聞いたのが前回だった。

このままシングルマザーとして、彼の子どもを産んで育てたいと言っていた。

認知は彼の家庭に迷惑がかかるからしてもらわない、ただ彼と協力して育てていきたいと。

でも、今回会って話してみると、彼女の考えは揺れていた。

自分が今の状態を続けていく事は、誰の事も幸せにしないのではないかと思っているのだった。

そして、彼女も自分の人生を、幸せに生きていきたいと願い始めていた。

10年以上もの長い間、彼と離れられなかった彼女に転機が訪れていた。

私は彼女に、彼と別れた方がいいとか悪いとか言った事はなかった。

どんな形であれ、自分がそれを納得しているのならそれでいいと思った。

道徳的にとか人道的にといえば、それはいろいろあるんだろうけど・・・。

彼女も30代、自分の身体やこれからの人生について考えなければいけない時期に来ていた。

でも、誰かから考えなさいといわれたわけではない。

彼女自身が気付いて行動を起こし始めたからこそ、状況は動き始めたのだ。

私は運命を信じている。

物事っていうのは、それが流れる方向へ自然と流れていく。

ムリに進路を変えようとしたり、せきとめようとしたりするのは無駄な事。

今の自分を変えたくてでも変えられなくて苦しい時でも、変わりたいという気持ちを持って生きていれば、

毎日の生活もいずれ自分が変わっていくための、貴重な経験を提供してくれる。

その時期に経験した事も、それは決して無駄ではない。

人生に無駄なんて存在しない。

その時期があるからこそ、その後の変化があるのだ。

そしてその人にとって、一番いいタイミングでその変化は訪れる。

だから無理がない。流れるように自然に、変わっていける。

私の、たかだか30年半の人生の中でも、そういう変化は確かにあった。

食事の後私と別れてから、彼女の元にどうやら彼の妻らしき人からの無言電話があった。

こんなことは初めてだという。

『やっぱり、状況が動き始めているのかもしれない・・・。』

彼女はそう言って電話を切った。


ほんじゃまか。
2003年03月11日(火)

焼肉パーティー。��

1年位前に辞めた同僚と、たま〜に会っている。

在職中、それほど付き合いがあったわけではないのに、辞めてから彼女に誘われる事が多くなった。

私の病気があるのも分かってくれているので、頻繁には会えない事を理解してくれてるし、

一度約束しても、体調不良でドタキャン日延べが多いのに調子が良くなるまで待ってくれる。

そんなにまでして私と会いたいといってくれるのが嬉しいので、なるべく頑張っているのだが、

それでもこの1年で3回〜4回会えればいいほうだった。

前回会ったのが秋が深まった頃。

お店が寒かったのと、体調不良が重なって、帰りの車で発作を起こしてしまった。

今回はその事があってから初めての再会だったので、緊張している。

昨日の夜、急に具合が悪くなってどうしようかと思っていた。

それからも、気を紛らわすためにゲームをしたりしていて寝るのが深夜になったし。

ただ、今回は今日やらなければいけない仕事もあったので、それも気にかかっていた。

そんな日の朝は緊張もあって、寝不足なのにいつもより早く起きられる。

そこへ社長から電話。家を出る前にやって欲しい仕事があるという。

会社に行くのが不安〜というのがあり、仕事もし、ネットもし、そんなこんなで家を出るのはすごく遅くなった。

しかも、HPの掲示板が2つもトラブルでぶっとんでしまっていたのだった。

こんな日の朝から、嵐の予感・・・。(笑)

それでもなぜか、会社へは割と順調にいけたのだった。

この時点でかなりテンションが上がっている事に気付いた。

だから、自分の力以上のことが出来ていたような気がする。

油断するとすぐ突っ走ってしまいそうになる気持ちを落ち着かせるように気を付けた。

私は自分に暗示をかけるようにしてみた。

『誰も私を責めていない。
 誰も私を攻撃しない。
 誰も私を追い立てていない。』

この言葉を何回かココロの中で繰り返すと、不思議と身体の力が抜けて呼吸が楽になる。

身体の力が抜けると、今まで自分がいかに身体を緊張させていたかが分かる。

社会はみんな敵で、気を抜いてはいけないと思っている私がいる。

その染み付いてしまった思考の習慣を、暗示によって矯正していく。

思ったより効果があったので、自分でも驚いた。

仕事の終わりが近づいてくると、緊張からか調子が悪くなってきた。

なんとなく身体が震えるような、だるいような。

待ち合わせをして彼女と会った時もテンションの上がってる私がいた。

この状態で、長い間話をするのは大変かもしれない。

そんな不安が頭をもたげてきた。

それに、彼女と話をするといってもどんな話をすればいいのか。

世間話というものが苦手なのだ。

だから、相手が良くしゃべってくれる人だと気が楽。

話を聞いて、相づちを打っている方が。

ほんとはとってもおしゃべりなのに、あまり慣れていない人といるとそうなってしまう。

彼女は自分からしゃべってくれる人なので、その辺はありがたかった。

人と一緒にご飯を食べる時は、食べ過ぎると必ず調子が悪くなる。

だから、今回は食べ過ぎないように気を付けて、ベルトも緩めたりして。

たかだかちょっと友だちとご飯食べるくらいで、こんなに色々と考えなくちゃいけないんだなぁ。

PD歴長いと、考える事の方が普通になっちゃってる。

ほんとは今でも、そんなに考えなくても良くなってるのかもしれない。

自分でもそこのところは良く分からないなぁ。

7時半過ぎに会って、私の車で5分ほど移動してお店へ。

お店を出たのが11時過ぎ。

ずいぶん長くいたんだ〜とビックリした。

色々といい話も出来たし、彼女の抱えている問題の話もしたし、頑張って来て良かったなと思った。

年度末の道路は工事ばっかりだけど、夜遅いので空いてた。

だんなさんから電話が入って、鍵を会社に忘れたって。!Σ( ̄口 ̄;;

家に入れないので、飲み会に参加してただんなさんを駅まで迎えに行って、

家に着いたのは夜中の1時を過ぎていた。ハードスケジュールだった。

無事に1日過ぎてよかった。(^^)

今日出来たからって、また次に出来るとは限らないのが辛いとこだけど、

ほんと一つ一つコツコツと。


ほんじゃまか。
2003年03月10日(月)

明日は色々あるのに。

夜、突然に調子が悪くなった。

どこがどう悪いのか分からないけど、地面にのめりこみそうな感じだった。

お腹が空いているからかもしれないと思って、少しご飯を食べてみる。

だんなさんがもうすぐ帰ってくるのに、何も作って上げられなくなってしまった。

しばらくして、だんなさん帰宅。

私が具合が悪いのを知っているけど、ちょっと愛想がない。

インスタントラーメンを作って食べている。

私は動けないから、だんなさんにあれしてこれしてというのだが、何をやるのもだらりんとしている。

でも、その理由は分かっていた。

別にご飯を作ってもらえないからといって怒っているわけではない。

そういう人ではないのはよく分かっている。

だんなさんは今、人生の中で何番目かに大きな転機を迎えている。

入社8年目を迎える直前に、転職する事になったのだ。

だんなさんは、一度勤めたところは何があっても辞めないっていう信念の持ち主だった。(笑)

だからこそ、どんなに仕事がきつくても一生懸命やってきた。

そして、会社からも認められて頼りにされてきた。

ついこの間まで、私がだんなさんの会社の悪口を言う事も許さなかった。

勤めているうちは、その会社がいい会社だと信じていたい。

一度疑問が出てしまったら、もう働けなくなってしまう。

だんなさんはとっても頑固で、古いタイプの人間なのだった。

『頑固者〜!!』と何度ケンカした事か。

最近はやっとその辺が少し緩んできて、融通も利くようにはなってきていたが。

そんなだんなさんが転職をするというのは、よっぽどの事だって思った。

最初にその話を聞いたのは、夏頃だっただろうか。

そしてここに来て、ぱたぱた〜っと話が決まってきた。

私は、反対しなかった。

今の会社にいて、とっても辛そうだっただんなさんを私は見てきたし、

生活の大部分を占める『仕事』は、だんなさん自身が納得したものをやって欲しかったから。

ひとつだけ、勤務地は引越しをしなくて住む所というのだけは聞いてもらった。

辞める事が決まって、だんなさんは社長をはじめ色んな人に引き止められている。

自分がどれだけみんなに必要とされていたのかという事を感じて、だんなさんは苦しんでいる。

会社の全てが嫌いになったわけではない。

今のままでは自分にとって良くない事が分かりすぎたから転職を決心した。

簡単に決めた事ではないが、やっぱりこの会社にとどまろうかと悩んでいるだんなさん。

結論はどっちになっても、私は見守っていこうと思っている。

『しばらく休んで、ゆっくり考えてくれ。』

社長に退職願を破られたらしい。;;^^)

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調子悪い〜、明日会社と、友だちとの食事、行けるかなぁ。(〃´o`)=3 フゥ

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ほんじゃまか。
2003年03月09日(日)



ひとりぶつぶつ。 / quartz うぃんちゃんのぺーじ
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