酔っ払い、ほぼ私信をダラダラと

 絶望しきれない人間の強さや弱さを、この頃考える。

 だが人間は永遠に墜ちぬくことはできないだろう。
 なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くではあり得ない。
 人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、墜ちぬくためには弱すぎる。


 坂口安吾の「堕落論」より。
 「墜ちぬくためには弱すぎる」、か。
 墜ちぬかないのは、強いのか弱いのか。
 自分の理性が恨めしい。
 墜ちぬかないおいらは、強いのか弱いのか。
 強さであり、弱さである。が、弱さであると同時に強さでもある。
 墜ちぬくのは、やはり怖い。
 怖いから、墜ちぬかない。
 一歩手前で踏ん張る。
 「墜ちぬくためには弱すぎる」、か。
 だからといって、なんの救いにもならないけどな!


 私はヘーキです。たぶん、ヘーキな人間なのです。
 それで、たぶんいいのだろうと思う。
 色々天秤にかけた挙句、ヘーキであろうと選択したし。
 天秤にかけるくらいには、理性が働いていたのだろうとも思う。
 「墜ちぬくためには弱すぎる」?
 ケッコウじゃないの、と。
 土俵際でうっちゃってやりますヨ、私は。
 案外タフだと思うのです。
 だって怖いもん。土俵の外は。
 焦がれる一方で、羨ましく思う一方で、
 それでたぶんいいのだろうと思うのです。私は。
 選択したから。あとは結果を出していくだけ。
 私のへこみは大抵自分自身に起因しているのだ。


 でもきみはね。
 かけるべきことばが見つからない、みつかったとしても伝わらないであろう悲しさ。虚しさ。其処へ行きたいと思うきみの気持ち。
 でも私は、きみのそういうカンカクを、大事にしたほがいいと思うけれどね。これは勝手な私の感傷、否、干渉、だな。
 それでもそばにいれたらと、そばに寄り添えることは、できると私は確信しているのだけれどね。絶望云々が、あってもなくても。一緒に居られることは、できると思うのだけれどね。
 心からエールを送る。
 あの蹴り殺して肉ミンチにしてやりたいくらいの男にもネ。
2005年01月30日(日)

酔っ払い、棺桶を引きずって歩く

 某氏に「なんか没頭できるゲームない?」と聞いて即座に返ってきた答えが「ドラクエ」。というわけで近所のTSUTAYAにて早速購入。
 「ドラクエ」って「死ぬ」のな…!
 最近の「ドラクエ」シリーズは「天空の花嫁」までしかやっていなかったし。大好きな「幻水」シリーズは「戦闘不能」で、フィールドに戻るとHPが1になっているから、なんだかひどく驚いた。いや、「幻水」もときどき「死ぬ」けど。二度と生き返れないもんな。
 棺桶引きずって歩くのって、なんだか…なんともいえない物悲しさを覚える。
 あまり進んでいません。たぶん先生の云う「完全主義」が斯様なところで(無駄に)作用しているのだろう。ま、のんびりと。


 通院…何回目?7回か。数えるのももう億劫になってきた。
 いつもだけれど、先生には伝えるべきことの1/10も云えていない。
 「どうですか?」
 「はあ、まあ…だいじょうぶだと思います、たぶん」
 いつもこんなやりとり。先生も困っているみたいだ。
 「食欲は?」
 「ありません。でも飲欲はあります」
 「…それは困ったねえ」
 そういえば父方の伯父が五年ちかく鬱病を患っていたけれど、やはりアルコホルを大量に飲んだそうだ。眠れないのと、考えたくないのと。
 伯父は五年で治癒したが、どうなることやら。
 五年はかけたくないなあ、できれば。
 快方にむかっているのかいないのか、よくわからない。
 薬も変わらず。
 私は私自身が一番よくわからない。
 わからない自分を忘れたく、アルコホルの力を借りる。
 それでもボーガと浮遊感を愉しむ程度に。
2005年01月29日(土)

多謝

 昼は太陽と喧騒を恐れて過ごし、夜は穏やかに活字とアルコホルを愉しむ。
 有給休暇消化突入から10日が経とうとしている。
 当初思ってたよりは規則正しく、朝起きて夜眠っている。眠れている。
 ごはんは…うーん、あまり食べれていないけれど、食べるようにしている、というか母上が無理矢理食わせるというか。
 焦り恐怖するばかりだった数日前に比べれば、この頃の夜はとても穏やかな気持ちでいられる。暇をもてあますことに慣れたからなのだろうか。それとも単に薬が齎す作用か。
 太陽が沈んだいまは、血反吐を吐く思いでスーツの胸を押さえながら漸くに家を出ていた日々が遠ざかり、昼間の眩さや喧騒とも隔絶され、まるで悪夢のようだ、悪夢のようだったと思える。
 夜が好きだ。
 夜の闇が好きだ。
 夜の静けさが好きだ。
 目覚まし時計の電池を抜いた。
 家人の寝息が聴こえる。
 窓を開け、肌を刺して髪を翻す夜気を取り入れる。
 灯油がおちる音。
 鳴り出しそうな星。
 そしてひとり鍵盤を打つ音。
 冬の夜が好きだ。



 メッセンジャーにログインすると、気のいいひとたちが声をかけてくれる。たいてい私は酔っ払っていて、ひとりで歌ったり好き勝手なことを云って寝落ちするけれども(サイアク…)、懲りずに話しかけてくれる。
 彼らがいるから、夜が好きなのかも知れない。
 夜、穏やかな気持ちでいられるのかも知れない。
 毎度毎度、すまんね!ありがとう。
2005年01月28日(金)

なぜなら彼女は

 そういえばお給料が振り込まれているはず、とATMから確認したら、少し多かった。残業代など出たことがない職場なので、多く振り込まれる心当たりがない。ボボボボクチャン〜〜大丈夫か〜〜〜と俄かに不安に陥る。今月の給与計算は引継ぎながらやったので、大丈夫の筈、ですが。給与明細が届いていないという点が手緩い。教育不行き届き。今度行ったときにはガッツリ…今度行くのか…行きたくねえな…。もうフェイドアウトしたい…。
 というか、斯様に腐りつつも一応大黒柱である筈の私に、どうしていつもいつもトイレットペーパーを替える役目が回ってくるのでしょうか。なぜ最後に使い切った奴が替えない?
 このヤマのホシは妹と見た。
 なぜなら彼女は頻尿だから。
 …いいよね、ヨメの貰い手決まってるし。



 私が睡眠薬とアルコホルで、記憶のないボーガの彼方にいる間、彼女が私のPCを使っているらしい。
 どうでもいいが、エンピツやその他もろもろを見られるのはさすがに気恥ずかしい気もして、パスワードを消すことにした。念のため。
 「ぺっきーもぉWEB日記って書きたいンだけどぉエンピツっていうのぉ?登録してくんない?」
 その…なんて云うンだ。まず、26にもなって一人称が自分のニックネーム、ってのはヤメロ。
 しかし万が一にも面白くなりそうなので、やらせてみようかと思っている。
 九州(のどこか)にヨメに行ってもコミュニケーションとれそうだしナ。
 ちゃんと書くなら半永久版払ってやってもいいヨ。
 なんだかんだ云ってシスコンなのさ。
2005年01月26日(水)

酔っ払い、逃避する。

 昨夜のメッセ会話を、ほとんど覚えていないといったら…怒りますか?テヘ。
 またバカを曝して一緒に飲みにいきたいひとを失っていなければいいのだけれど。
 いかんな〜ログ残しておこうかしら。
 しかし消えものだからこそ、楽しかったりするンですよね。
 自宅での飲みもほどほどに。



 ひょんなことでジュゼッペ・トルナトーレ監督の映画『海の上のピアニスト』(1999年米)を思い出し、サウンドトラックを引っ張り出すも、ピアノ対決の曲が入っていないンですね。あの煙草に火が点くやつ。今頃気づいたり。
 映画、観れるかなあ。
 以前なら斯様に暇ができたとたんに、真っ先に目的も決めずに映画館にふらりと立ち寄ったものなのだけれど。映画館の前でのあの不安、足元からブラックホールに飲み込まれていくが如き恐怖を味わうくらいなら、もう少し我慢しようかとも思う。
 時間を、暇をつぶす。その難しさを考える。
 考えなくても時は過ぎゆく。けれど。
 斯様に考え、貴重な余暇を無為に過ごす時間が、私には必要なのだろうか。必要ならば、これが一体いつまで続くのか。不必要ならば、ほかになにをすればいいのか。
 映画という選択肢が消えたいま、立ちすくみ、映画のない生活、これまで観てきた映画が育てなかった自分を思う。無駄だナ。
 けれども思う。考える。
 松島の大迷路ってまだあるのかしら。
 あそこにいる気分。ゴールの方向さえわからない。
 ずるをして下から抜けて逃げ出した。
 職場から映画から逃げ出した。
 気分を落ち着けるという大義名分の元に書くという作業も、逃避なのだと思う。
2005年01月25日(火)

暇をつぶしてみる

 今日は暇をつぶしてみる。
 スターホースプログレス、楽しいねえ(なにやってンだか)。
 やっと有馬記念で勝ちました。G�汽織ぅ肇襪劼箸弔瓠繊�
 なにやってンだか…ほんとうに。
 金にならないからこそ遊戯。
 つぶしてこその暇(あれ?)。



 九州(のどこか)に住んでいる義弟予定氏が、埼玉までサッカーの試合を見に行くそうな。
 というか、暇なのか、義弟予定氏。
 仕事しているのか、義弟予定氏。
 羨ましがってないで心配しろよ、妹。
 世間サマの評判がどうなっているのか、世情に疎いワタシは知る由もないのですが、さし当たっていま最も注目しているのは全豪オープンテニスの行方というわけで。
 いや、もう、勝ち残っているメンバーはやはりすごいでしゅよ。フェデラー優位は変わらないだろうけど。今シーズンのプレー見てないンでなんとも。
 というか、シーズンイン直後とはいえ、ATPランキング10位以内にオリビエ・ロクスがいるとは驚き。
 全豪見る環境が欲しいヨ〜〜〜。
 暇なんだヨ〜〜〜。
2005年01月24日(月)

いま最もいとしい存在は

 いま最もいとしい存在は、おふとんとまくら。
 睡眠不足は完全解消。
 睡眠薬なしで眠れるってきもちいい。
 忘れていた、この感覚。
 もういくらでも眠っていいんだ。
 胃液吐きながら起きなくてもいいんだ。
 過呼吸になりながら着替えなくていいんだ。
 うれしーい。
 おふとん、愛してる。
 まくら、あなたはなんてかわいいの。
 マ、そんな日々にもすぐに飽きそうですが。眠れるうちは満喫します。


 周囲からアルコホル中毒の可能性をしきりに心配されるのですが、私は弱いので量が飲めません。ですから大丈夫かと。
 今日もアルコホルなしで過ごしましたが、禁断症状も出ていません。
 手も震えていませんし、息もくさくありません…たぶん。
 アルコホルはボーガと浮遊感を楽しむ程度にと決めています。
 酒も煙草も大人の嗜好品です。溺れない。
 まあ、対人に限らずなにかに溺れるくらいの情熱が欲しいのですが。
 冷めちゃって覚めちゃっていけません。
 インターネットカフェでは漫画ばかり読んでいますが、実はこれが一苦労だったりも。なかなか没頭できないのです。だから同じところを繰り返し読む、と。特に情報量の多い少年誌青年誌はキツイです。
 少女漫画はいいですね、その点。ボーガにはうってつけ。
 以前は苦手だったのですが、最近はよく読みます。
 引き続きオススメ漫画募集中。


 母上が引越しを画策しているらしい。
 ま、いいけど。犬が住めるところに頼みますヨ。
 犬なしでは生きていけません、おいらは。



>私信
 ベッキーではなく、ペッキー、だそうです。半濁音。
 なにかのバッタモンくさいと云ったら、軽くへんこんでいました。
2005年01月20日(木)

小人閑居しちゃうぜ

 ああ、もう混乱している。混乱しながら停滞している。
 私は高気圧か。
 否、低血圧・低体温・低知能。
 けれども生きる。


 昨年の今頃はギッチギチのスケジュールのなかで組まれた研修でヒーコラ云って、それでもがんばろうと思い直したのでした。
 それが誤りだったかとは、いまは問うまい。一生問うまい。
 それにしても、一月、長い…!
 ああ、今頃思い出しましたが、十二月の乱読覚書はありません。
 インターネットカフェで漫画ばかり読んで過ごしました。
 「勇午」、かっこいい。
 パキスタン編を何度も読み返す。
 髪型がもそっとどうにかならんかと思うけれど、かっこいい。
 小人閑居しているので不善を為す前にオススメ漫画募集中。


 ああ、私の通名ファクターをご存知の方、もしいたら、職場では病院送りになったことにしてムリヤリ有休を消化していますので、そこんとこ何卒宜しく(オペレーション;「苦肉の策・脾肉の嘆」)。
 へへん。消化してやるぜ。ばーか。
 と、思うくらいですので、案外タフかも知れません。
 母上が治ってきていると云うのも、休んじゃえ!と決断できるくらいには回復していると思っているのかも知れません。自分にとっては変わり映えのない毎日でも、変化しているのかも知れません。



 とにかく。いまはただ。
 やったぜ。終わったぜ。バンザーイ。
 小人閑居しちゃうぜ、わーい。

 と、そんな心境。
2005年01月19日(水)

急速に老いを自覚する朝

 現在午前四時。
 さきほど帰宅。
 予てから導入希望していたシュレッダー様が届いたまではよかった。はじめは楽しかったシュレッディング作業も連続4時間も続けていたらさすがに飽き、一服したのがまずかったのです。職場では吸わない主義だったのですが。
 うたたね。起きたら午前二時。着信10件は全部親。わおー。
 そういえば、昨夜は寝ていなかった。
 でも明日午後から有給休暇消化期間突入です。やほー。
 もうこのまま起きていよう。


 今朝は家を出るギリギリまでワカメちゃんと電話でお話ししました。
 朝っぱらから濃ゆい会話。実は電話という通信手段はニガテ、だったりする。否、電話に限らず会話もメッセもメールも掲示板もニガテ、だったりする。他人とうまくコミットすることができないダメ人間の私に、たくさん話してくれて楽しかったです。
 若い。きゃぴきゃぴ。ぴちぴち。はうーめんこい(はぁと)。
 オバチャン、久々に若い子と話したよワ。若返るワ〜。
 もっと正常な精神状態のときに話したかった。あのとき私の頭のなかはスターリンがぐるんぐるんだったんだもん。

 ワカメちゃんから初めてメールをもらった時は、「えええ、よよよ四世?一世代違うの?」と愕然となったものです。
 考えてみれば私は父親が八人兄弟の末弟のためか、三世でも若い方の部類に入るのでした。金城一紀さんの小説「GO」の主人公は同じ三世ですが、多分私より10は年上の世代じゃないかと。私が小学生の頃はまだ帰国運動もありましたし、「日本学生」との喧嘩も絶えませんでした。朝高生が「日本学生」に刺殺された事件があったのもその頃(状況もほぼ同じ)。ちなみに映画版の革命歴史の教科書は私が使ったものと同じ(なので割と新しめ)。
 オット、話がそれましたが、東北には四世の20代はまだいないのではないかと。世代交代を目の当たりにする思いでした。さすが本場関西。
 そういえばヘナチョコの記憶が正しければ、私の学年は全国の朝高の最後の学ラン世代だった。
 いや〜なんだかねえ、もう。年くうはずだわ、と。
 そりゃ筋肉痛も二日後にくるわ、と。
 そりゃ枕の痕が午前中いっぱい消えないわ、と。
 若返ったンだか、なんなんだか。
2005年01月18日(火)

ぬかみそ

 眠れないので再度挑戦。
 酔っ払いの愚痴日記は消しました。
 自己嫌悪は落ち着いています。
 眠れないけれど、眠りたいわけでもないのです。
 たぶん、眠らないほうがいいのかも知れません。
 特に会社に行く前日は。
 否応なく行ける、でしょ、たぶん。
 起きるのがつらい。一日が始まるのがつらい。
 会社に行こうと思うのがつらい。
 ならばはじめから、ギリギリまで遊んで、慌てて出て行くくらいがいい。
 薬を飲むと思考や視界がぼやけ、まっとうな社会人が起きているはずもない真夜中に、そう親しくもないひとにメールを書いたりしてしまいます。送りませんが。
 寂しい、のかな。
 これが本質、なのかな。


 いままで云わなかった云うまいとしていた斯様な愚痴や泣き言が、この頃はポロポロとこぼれてきます。それがよい兆候なのか、そうでないのか、判断がつきません。母上は「愚痴る元気がでてきたってことじゃない」などと云うのですが。
 自分がわからない。
 自分という人間がわからない。
 一生付き合っていかなくてはならない唯一の存在なのに、自分自身が一番わからない。
 「好き」を集めていったら、自分の形がわかるような気がしていた。「好き」と感じてなにかが動く、それが「自分」だと思っていた。
 だって私と妹は、同じ環境で同じものを食べて同じように育ったのに、こうも違う。私が「好き」だと感じるのは、私が私だからなのだと思っていた。
 だから「好き」を集めた。
 好きな小説、好きな映画、好きな音楽、好きな絵。
 プラネタリウム、雪の降ったあとの冬の空気。冬の星座。
 傘をささずに雨に濡れる。
 はだしのまま、新雪に足跡を残す。


 いまは「好き」が動かない。
 だからただひたすら「ボーガ」を追う。
 我を忘れて、自分を忘れて、俯瞰する自分をなくしたい。
 けれど日記を書くという作業は、それとは対極にあって。
 なぜ自分が斯様に日記を書き続けるのか、最早よくわからないのだけれども。多分必要なのだと思う。自分を突き詰める作業が。
 「好きだ」と思ったことが、なぜ好きなのか。
 「楽しい」と思ったことが、なぜ楽しかったのか。
 「悲しい」と思ったことが、なぜ悲しかったのか。
 怒りを感じるべきところで、なぜ感じずに腑抜けていたのか。
 まあ、結局わからないンですけどね。
 自分、自分、自分、自分。
 私の世界はいつもそれだ。
 自分と、自分以外。結局そこに終始する。
 眠れない夜は、そのことばかり考える。
 それでも眠れない夜は、眠らずに過ごす。


 何でもいいのさ 壊してしまえば
 おまえはいつでも アナーキスト
 壊れていくのは てめえばかり
 ぬかみそになって オポチュニスト

 吐き気がするほどロマンチックだぜ
 吐き気がするほどロマンチックだぜ




 スターリンの歌を思い出してみる。
 ぬかみそか…ぬかみそ…ぬかみそ…
2005年01月17日(月)

いつか、なにか、

 Dynabookちゃんの修理の件、見積もりがきました。
 えー、バッテリー、アダプタ、キーボードなんたらかんたら、ほぼ全交換で27万円。…そういうのは「修理」ではなく「新調」というのです。
 あほか、新しいものを買ったほうがマシじゃ。消えたメールは戻らんしな。
 とはいえこれはかなりの痛手です。
 最近は妹と母上が揃ってPCを触りたがり、自由になる時間が減ってきたところ。ネットに上がり狭い部屋から世界に触れることができない、ということも勿論ですが、鍵盤を叩き文字を打つ作業ができないということは思った以上にストレスが募るものです。
 鍵盤を打ちながら文字を連ねるという作業は、手にペンを持ち書き連ねる作業より、脳のもやもやを成文化する動作のスピードが近いような気がします。まあ、これは時と場合によりますし、音楽が流れていると一文字たりとも進まなかったりするのですが。読書も然り。要するに一度にふたつ以上の「ながら作業」というやつができないンですね、単細胞、なのでしょうか。
 あっ、酒を飲みながら、ってのはできる。複細胞、複細胞(?)。


 昨夜、というより今朝だな。ロンドン留学中の某氏とメッセで会話。
 時々メッセ上で見かけるものの、それほど親しくなかった彼女と話すのはおよそ2年ぶりくらいかな?思い切って声をかけてみたのでした。
 病気や恋愛の相談を二時間ばかり。
 すごーく不思議なことに。彼女と私は感じることや行動がよく似ているようです。色々アドバイスを受け、大変参考になりました。
 私が仕事を辞めたあと休む間には、きっともっとつらい、大変な思いをする、という予言を下さった(笑)。家族や友人の心配を心地よいと思う反面プレッシャーに感じたり、そう感じる自分を自己嫌悪したり。仕事というファクターがない自分、なんの修飾語もない自分が如何に矮小でつまらなく、くだらない存在かと悩む時間、その過ぎゆく時間に苦悩するだろうと。
 けれど同時に、それは決して無駄じゃない、漂白するために必要な時間なのだと言ってくれた。
 感動した。
 仕事を辞めれば楽になれる、と思う反面、自分自身からくる問題が多いような気がして、すごく不安だったのです。
 そうか、やっぱり苦悩、するのか。
 でもそれは、無駄じゃないのか。
 その先に、彼女に語学留学という道が開けたように、私にもなにか、したいこと、できることが見つかるのか。
 希望が見えてきたように思います。

 明日の朝起きて、着替えて電車に乗ることを考えれば、とても怖い。
 休めば楽になると願いながらも、休むことも怖い。
 けれど。
 その先に、いつか、なにか、

 がんばろう。
2005年01月16日(日)

エレクトラコンプレックス?

 第二段階終了。
 給与計算と月末払い、それから税金。業者との顔つなぎもほぼ終了。
 「ペース早すぎるよ、一ヶ月で引継ぎって無理だよ」と、ボクチャンが泣き言を漏らす。気持ちはわかるが、私は引継ぎなしで全部イチからひとりで覚えた。パニックだった…特にこの一年。
 こんなものが私の仕事だと思われちゃ困る。ン、困るってことはないか。最早評価などどうでもいいけれど、実際問題、覚えてもらいたいことはまだまだあるのです。
 残す人間のことを考えればきりがない。考えないように、けれどつつがなく。ン〜このさじ加減が難しい。
 一方で部長殿は着々と地盤を固めつつあるようで。ま、どうでもいいけど。見ない振りをして、私は私の仕事を進める。明日は請求関係とそのソフト関連、できれば設備や備品関係も。
 辞めて休むことを考えれば、いまはなんでも耐えられそうな気がする。



 ネットの友人エアちゃんが彼氏とラブラブらしく、メッセンジャーで会うたびにのろけを聞かされる(笑)。斯様なことに無頓着というか、単に縁がないというか、なんだか別世界のことのように思っていたのですが、このごろは少し羨ましく感じたりも。
 私が年上にヨワイのは周知の事実、なのですが(?)、年上に限らず、自分の世界を確立して自立・自律したヒトにヨワイようです。甘えられない、それぞれがひとり自立して自律して、それから互いに想いあうなら一緒にいればいい、と思う一方で、すべてを委ねてデロデロになってしまいたいという願望がどこかにあるのかも知れません。ウーン、エレクトラコンプレックスかも。
 でもたぶん、それを自分は許せないだろうな、などとも思います。
 どうにも気弱になっているのかナ。
 しっかりしろ。甘えるな。
 ゆっくり休むことを考えれば、いまはなんでも耐えられる。
 それからでも遅くはない。…たぶん。
2005年01月13日(木)

けれどもね

 部屋でダラダラしているとお金使わないンだなあ。
 基本的に水分補給の水と、生きていることを確かめる程度のアルコホル、それからめっきり消費量の増えた煙草。それと灯油。ま、そんくらいあれば。
 生きることができる。ダラダラもできよう。
 けれどもね。
 有給休暇消化期間中にダラダラする毎日にもうんざりしそうな気がします。
 短い正月休みだってもううんざりしたもの。
 だから平気な気がしたンだよなあ。
 かつて習慣だった映画を観たくなったくらいだもの。
 でも映画を観ることは、まだ自分に許せそうにない。
 こんなことで逐一へこんでいては。
 どんなだったかな。
 以前、どんな心持ちで映画を観ていたかな。
 もう思い出せない。
 浮世のグダグダなどボーガの彼方に押しやられて楽しんだように思うのですが。そうして一時忘れた我が戻ってきては、グダグダしていたような気がするのですが。
 どうふうに映画を観ていた?
 どんなふうに、本を読んでいた?
 思い出せない。
 グダグダしていても、かつての日常が取り戻せない。


 平気だ、大丈夫、元気。
 口癖になりつつあるそれらは自分がそうありたいという願望の現われでしかない。それはわかってる。
 まーまー元気ですよ。平気ですよ。大丈夫、です。
 けれどもね。
 現在午前四時。起きれるだろうか。起きなきゃ。引継ぎしなきゃ、と思うと、もう胃が震える。
 平気。大丈夫。あともう少し。あと一週間。それでTHE END。
2005年01月12日(水)

なんなんだ

 退職日が早まりました。二月十五日です。
 色々な事情があるンだろうけれども、よーするに辞める人間に給料を払いたくない、有給休暇をシッカリとるのが気にくわないと、そーゆーことらしい。
 戦うこともできるけど(有休は当然の権利)、私はもう、この組織に疲れた。相手にしたくない。メンドクサイ。
 引継が不十分なまま辞めたらボクチャンがかわいそうだとプランをたてて調整してきたけれど、もういい。もう知らん。腹もたたない。なんだこの気持ち。穏やかな気持ち。
 失望はずっと前にしていた。希望も期待も持ってはいなかった。
 まあ決して愉快ではないけれど。穏やかな、へんな心持ちです。はあーあ。
 ヨノナカには斯様に理不尽なことは、それこそイシコロのよーにいくらでも転がってるのだろうけれども。例えそうじゃなくても、腹もたたない笑いもできやしないこの心境。なんなんだ。なんなんだ、この境地。
 実は色々と構図が見えていたりもするのですが、けれど想像していたナナメ上を行くそのアサハカさや卑屈さや吝嗇に呆れるばかり。
 腹もたたなきゃ笑いも出ない。
 ま、愉快ではないことだけは確かですけれども。
 過呼吸になりながら半泣きで出勤して、吐きながら毎日終電まで仕事して、なんなんだ。なんだったんだ。この8年。
 でもそんなこともモハヤどうでもいい。
 やっと縁が切れる。
 不思議な心持ちです。なんなんだ。



 人生に必要最小限のものをかき集めて、天秤にかける。
 例えば酒はなくても煙草、妹がいなくても犬、『ロッキーホラーショー』がなくても『ワイルドバンチ』。比べる対象ではないけれど。
 そしてそれらと、死ぬこと、死ぬ苦痛、不安。
 天秤にかける。
 選択している。生きることを、生き続けることを。
 選択は既にした。だから生きる。それは決めた。
 なのになしてこっだにしどいンだべか。
 しんどい。でも選択は既に為された。生き続けるのみ。

 スミマセヌ、今日は完全に愚痴でした。
2005年01月11日(火)

右腕が筋肉痛

 犬の散歩以外、一歩も外に出ずに過ごしました。
 千原兄弟の「プロペラを止めた、僕の声を聞くために。」のDVDを繰り返し観ては泣いたり笑ったり。いまのところ身近で「無情の儀」を遊べるのは妹だけ。いつものとおり後輩ナツコさんから布教していこう、フフフ。
 泣いたり笑ったりできるから、もう映画を観ても大丈夫なような気がしています。自分の所為で映画を損なう可能性は低いのではないかと。でもまだ少し怖い。こんなふうに映画を観ない時間、映画を恐れる時間はいままでの人生ではなかったことです。考えすぎなのかな。
 でも損なわれるでしょ。自分のタイミングで映画って変わるでしょ。
 それって勿体ないでしょ。一生に一度きりだもの、あるひとつの映画を生まれて初めて観る機会は。
 単に吝嗇なのかな。
 そろそろ映画を観てもいいものでしょうか。


 火曜は、私の代わりに土曜にお偉方の相手をしたボクチャンが休み、というか私が今日電話して休ませたのですが。私って優しい先輩だよナ〜。明日中に引継ぎの書類を整理して、癖のあるソフトのマニュアルも作って。そろそろ机周りも片付けたい。
 ほんとうはすべて今日出社してやりたかったことなのですが、もうやる気ないンで。でも引継ぎは順調です。多分。不安はあるけれど。


 昨日の卓球の所為か、右腕が筋肉痛。いつもなら二日後に来るのですが、どうしたというのでしょう。嬉しいような、悲しいような。
2005年01月10日(月)

妹よ

 現在午前五時半。
 妹がPCを占領していたので、こんな時間になってしましました。
 今日は妹とゲームセンターへ行ってずっと卓球で遊んでいました。
 楽しい〜。テニスと違い、バックがあまり苦にならなかった。私のバックハンドはヘナチョコもいいところですから。片手打ちを目指すにはパワーが必要でがんしょ。そこらへんがどうにも。
 ああ、そういえばテニスもシーズンインですネ。テニスやりたーい。

 無職歴半年になろうというプーの先達である妹に、失業手当そのほかの相談。再就職のことは、まずは休むことが先決と、いまはなるべく考えないようにしているけれど、やはり金銭面のことは不安です。退職金計算したら大台に乗らなかった。がっかりだー。そんなもの?8年勤めてもそんなものなのか。基本給にもよるけれど、マ、(一応役職はあるとはいえ)ヒエラルキーの最下層ですからネ。期待しないでおこう…。母上は一年前からパートをはじめましたが、大黒柱の身に色々と不安が募ります。うーん、ボーガを追って遊んでいる場合じゃないですネ。



 妹と仲がいい、とよく周囲には云われます。
 服も音楽も映画も食べ物も男も、好みがまるで違いますし、性格も容姿も「似てる」と云われたことより「似てない」といわれる回数のほうが多いのですが。
 それでも妹は同志だな、と思ったりします。
 なにも云わなくても、暗号のような単語や拙い在日朝鮮語で話しては笑ったり、懐かしんだり、時には容赦なく互いを批判しあったり。たとえば私に親友がいたとしたら、こんな感じじゃなかったろうか、などと思います。
 時々飲む友達はいても、ここまで生活に、外部に、内部に、ずげずげと踏み込んでくる存在はいないのです。友達少ないンだよな、私。外地蔵だから。
 妹がオヨメに行く日が近づいています。
 ショウジキ、少し淋しい(姉の感傷…)。
 最近身近で兄弟による財産争いが二件ありました。
 うちには財産と呼べるものはなにひとつありませんが、もしあったとしても、私は妹がヨメに行っても、私が50歳になっても60歳になっても、妹とそんなことで醜く罵りあったりしたくありません。だれがそうなっても、我々は、たまに会ってはくだらない冗談で笑ったり、ひとつの映画を論じ合ったり、やはり互いを容赦なく批判したり。
 そういうのを繰り返していけたら、と思います。
 妹よ、どうか幸せになっておくれ。
 ヨメに行っても時々一緒に飲もうじゃないか。
2005年01月09日(日)

あなたの文章を、いつか読みたい。

 通院六回目。
 病院に行くまでの三週間は、次こそは先生には甘えて、泣き喚いて、なんでもかんでも聞いてもらいたいような気持ちになったものですが。
 泣きたいことも、怒りたいことも、愚痴りたいとことも思い出せない。
 巧く甘えることができない長女体質、なのか。マ、医師はカウンセラーじゃありませんしね。
 薬は変わらず。
 これほどの長期間薬を飲み続けるという習慣がなかったのではじめは戸惑いましたが、最近はきちんと定期的に飲むことに慣れてきました。食欲がないのは相変わらずで、眠る前に睡眠薬と一緒くたに、ということも多いけれど。突然眠くなったりふらついたり喉が渇いたり、という副作用も落ち着いてきて(口中苦いのは相変わらずですが)、鉄分のサプリメント(貧血気味なので必需品)でも飲むような感覚。
 ていうか効いてンのか、これ。「食欲が出る」らしいという薬は、月経前にのみ有効ということがわかりましたけれども。それは昔からだからなあ。
 勝手に服用をやめたりはしませんが、医師や薬に依存しないで、できるなら分自身から変えていきたいと思います。
 というか、仕事だけが原因だとは思えないンですよね。
 休みの間は割とのんびりと過ごせましたが、悪い考えにとらわれて恐怖したり自己嫌悪で落ち込むことも多々ありましたし。やはり自分自身の問題も多く占めているような気がします。
 だとしたら、会社を辞めてから、私はどうしたらいいんだ〜。
 できれば誰にも会いたくない。
 自宅内でできる仕事ってなにがあるかな。
 迷惑メールを送る仕事(ってあるらしい)だけはイヤだけれども。
 「小説でも書いて投稿してみればあ?」とは母と妹と後輩ナツコさん、旧友ムンちゃんのお言葉。ひとりふたり(しかも家人)ならともかく、四人に云われたのでちょっとだけ考えてみたのですが、この想像力と創造力とウィットとエスプリと、なによりも文章力がカラッキシの私に、それ以前にインスピレーションというものがカケラも訪れない鈍感なおいらに、何が書けるというのだ。しか私、照れ屋さんだし(ぇ)。
 そんなにアマイ世界じゃないデショ。
 なりたいともなれるとも思えない。


 物書きになりたくて、インスピレーションや情熱や衝動にあふれているあなた。
 あなたを応援しています。あなたの文章を、いつか読みたい。
 月並みなことばですが、がんばれ!
2005年01月08日(土)

ふひふひ

 ほわ〜さすがに眠い。
 帰りの電車では大河原まで行っちゃいましたヨ。いつもの終電じゃなくてよかった。
 電車で眠れても夜ベッドで眠れるとは限らないのですが。取りあえず今夜はアルコホルなしでも夢も見ずに眠れるような気がしています。
 今日は会社に行けました。いや、さすがに今日は行かないとまずかったけれど。とりあえず支払いの引継ぎ第一段階終了。疲れた…。
 あとは給与計算と共済関係と税金関係と設備関係と…うへえ。
 大丈夫かなあ。ちゃんとわかってンのかなあ、あいつ。


 東京からエライ方々が来仙(だから休めなかった…ていうか眠れなかった)。相変わらず色々ともめてらっしゃるようで。
 「土曜あいてる?」
 「あいてません」
 終了。

 ま・き・こ・む・な♪



 モト氏とも話したけれど、私はすごくいいタイミングで辞めることができるようです。というか、これ以上ないという絶好のタイミングのようです。
 ふひふひ。
 さすがだゼ、私。すごいゼ、私。
 しかしもうほんとうに、ほんとうに、最早どうでもいい。
 いまはもう、とにかくぐっすりと眠りたい。
 できれば二度と起きない眠りに落ちたい、けれど。
 まあ、あとのことが心配なので、起きます。
 ここらへんが小心なんだよな、私。
 ま、明日は病院だし。
 やはり寝不足はテンションが上がるようです。ふひふひ。
2005年01月07日(金)

とにかくまずは/掲示板設置しました

 自己嫌悪再スパーク。
 あ、もう、読みたくないですネ、そんなの。
 やめます。書きません。
 結論から云えば、今日は(も?)会社に行けなかった、と。
 やはり昨夜の無敵感は単に寝不足からくるものだったようです。
 だって怖いンだ。怖いンだもん。
 コントロールできない。コントロールできなくなるのが怖い。
 あ、や、もう、やめます。書きません。愚痴終了。
 とにかくまずは会社に行かなくては。


 私は恵まれています。
 職場には恵まれなかったけれど、家族や友人に恵まれています。
 多分、それで±0、なんだろうな。それならそれでいいや。
 それでも、どうあっても自己嫌悪で落ち込むだけなのは、私の世界が相変わらず、自分と自分以外という構成だからなのかも知れません。
 家族や友人がどうあっても、自分を好きになれなければつらい。
 甘やかさないで叱って欲しい。
 自分以外の世界が±0でも、それなら尚更、自分だけはなんとかプラスに、せめてマイナスではなくしたい。その判断基準もきっと、自分だけのものなのでしょうけれども。
 とにかくまずは、会社に行かなくては。
 もっと自分が嫌いになりそうだ。明日こそは。まずはそこから。
2005年01月06日(木)

ドンとこい

 仕事始め&新年会→半ドンでした。
 毎年恒例ですが、どうなのこれって。
 新年会場から戻ってひとり残業するのも毎年恒例。
 でも最後にしようじゃないか、ハハン。
 それはいいとして。
 ひとりきりの残業中に退職届を書きました。
 「この度一身上の都合により平成十七年三月十五日を以って退職致したくここにお届け致します」、ってか。
 ちなみに「辞表」は役職がついているヒト、ヒラは「退職届」です。一応役職はあることはあるのですが、こんなものは「永年勤続賞」と同義語。ウンコです、ウンコ。
 大ボス降格人事によって俄かに忙しなく動き出した上層部。経費削減云々はまず旅費交通費からってことにしませんか。しかしそんなことは多少面倒ですがどうでもよく、来月から有給消化期間突入(有給残35日)!を目標に着々と引継ぎを進めようじゃないか、フフン。
 思ったよりつらくない。
 がんばれる。うん、がんばれる。
 明日もがんばろうじゃないか、ヘヘン。
 人参ぶらさげた馬の如く、がんばってやろうじゃないか、ヒヒン。
 思ったよりつらくなかったので、今日は楽しい気持ちです。
 ドンとこい、超常現象!なんてな。
 単に昨夜怖くて一睡もできなかったから、かも知れませんが。


Re;
 うちの正月料理なんて祭祀の残り物、同じモンばかり3、4日続きます。
 でも飽きない。元々味にはうるさくても食に執着しないンです。一週間カレーでも飽きない人間ですから、ワタシ。
 こんなんじゃ海原雄山の後妻になれません。
2005年01月05日(水)

What else should I be?

 いま飲んでいる薬は抗鬱剤と睡眠薬、四種類。
 通院まであと四日。数が合わない。間違えて飲んだのかも知れない。
 …ま、いっか。
 なるべくなら日記は毎日、楽しいことを、と思うのですが、なかなか。
 怒りも悲しみもあまりない。
 そのかわり、楽しいことも、嬉しいこともあまりない。


 口中が苦くて。水もコーヒーもチョコレートも苦くて。
 起き抜けにまずは煙草をガツンと喫む。
 手足の痺れ、喉への刺激、浮遊感。
 生きている。今日も。
 アルコホルは少量。殻だけ取り残し脳みそを突き上げる浮力。重力が重い。
 生きている。今日も。
 そうして確かめる作業をする。

 あー生きているナ。目が覚めても消えていなくならなかったナ。
 ということは…明日から仕事、だな。
 あうー。いーやーだー。
 けど。あともう少し。
 人生は(多分)長いけれど、とりあえずあの碌でもない職場とはあと少しでオサラバさ。
 うおー!どりゃ〜!やったるぜー!!気合だぁぁぁ!

 という感じで諦めがつくのです。
 我ながら後ろ向き、ですが。
 これは儀式。
 明日の朝に顔洗って着替えてテケトーなを化粧を施して、靴を履き、玄関の扉を開き、電車に乗り込むための儀式。会社のドアを開くための儀式。席に座り、PCを立ち上げ、空調を立ち上げ、お湯を沸かし、野郎どもの灰皿を用意し、「おはようございます」と声に出して云うための、儀式。
 ヘナチョコな私は、消えていなくなるのを消極的且つ受動的に待ってみる。明日会社に行くための儀式をしながら。
 これでもそれなりに前向きに、あと少し、だいじょうぶ、と自己暗示をかけています。
 元気です。元気ですったら元気です。
2005年01月04日(火)

後輩ボクチャンと年賀状

 私はボクチャンが嫌いではありません。
 寧ろ羨ましく思っています。
 ボクチャンが年末に職場のプリンタで個人的な年賀状を印刷していましたが、その絵というのがどうにも…私にはよくわからないハードコアメタル系(?)バンドのボーカルとかの画像だったりします(年賀状、だよね、それ)。「どう?」と聞かれても返答に窮して、「カート・コバーンが好きだな、私」とだけ答えたら、「カートは躁鬱病だからきらぁい」だってサ!なんだと、喧嘩売ってンのか、こぬやろう。しかも相変わらずタメ口かよ、と思う次第。
 しかも云うにことかいて「アイさん(←おいらの通名)て面食いだよね。苦労するよ」だとヨ!なにおー!だからこそお前にトキメかずにやっていけるンだろうが!ムキャー!
 ま、どうでもいいンですけど、彼の無神経さは武器だと思うのですよね。ほんとうに。羨ましい。彼の斯様なところがかわいいナ、と思うあたり、私も歪んでいるような気もします。
 がんばれ、ボクチャン。
 ちなみに私が比類なき美形だと思うのは、ブノワ・マジメルとジュード・ロウです。しかし斯様な審美眼は実際のトキメキとはベツモノだと思うのですが。ていうかベツモノでしたが(過去形)。


 それにしても年賀状というのは思ってもいないひとから届きますね。
 ヨワったな。会社関係、それも仙台のひとしか送ってないや。
 ま、徐々に返事を書いていきたいと思いますけれども。
 本日はアルコホル抜きでダラダラと。
 明日あたりは職場に出ていろいろと片付けなくてはならないことをしたいな、と思いつつも、このままになりそうな気がします。こんな状態で出てもダラダラしそうな気がします。
 ほんとうはだれにも会いたくない、のだけれども。
 ほんとうはこのまま消えていなくなりたぁい、のだけれども。
 日付は既に4日。明日から出社かと思うとやはり胃の腑が震える思いがする、のですけれども。
 がんばれ。
2005年01月03日(月)

2005年はがんばろう

 後輩ボクチャンは自覚する私以上に鈍感で無神経なので(ヒドイな…)、元気にがんばってくれると信じます。斯様なヒトは社会ではつおいと思うのよ。
 私も斯くありたかったけれど。
 無神経にツメタク切り捨てたかったけれど。
 できなかった。
 こう書くと、私があたかも繊細で神経質かのように思われるかも知れませんが、それもまた違い、私は鈍感で無神経でツメタク、またそれを自覚するがユエにプレッシャーと劣等感と自己嫌悪が積み重なってゆくという、ああ、この中途半端さがすべての要因のような気がしています。いまでは。
 これまで職場でのことは愚痴も泣き言も家族や友人に云わずにきました。そういう時間を惜しんで仕事に明け暮れていましたし、すべては自分の所為だと、自分さえ確りしていれば大丈夫なのだと思っていました。いまは気が抜けたのか、居間でダラダラしていると、酒気の所為だけというわけではなく、ポロポロとこぼれてきます。そんなとき、母上がぽつりと「あんたはアボジに似てるわ」と呟きました。「アボジもそうだった。全部自分で抱え込んで。だから病気になったんだわ」
 アボジ(父)のことを、私はもう、鮮明に思い出せません。もちろん遺影はあるし思い出もあるけれど、「どんなひとだった」かと知るまえに、彼はいなくなってしまった。アボジと共に暮らした年月を、アボジのいない年月は既に追い越してしまいました。幼い私には「アボジ」は「アボジ」でしかなかった。
 アボジは私たち姉妹に「民族の花になれ」という言葉を残しました。
 到底、アボジが望んだような「民族の花」になどなれそうにありません。いまではそれを恥じるつもりもありませんが。
 アボジが生きていれば、たぶんたくさん喧嘩したンじゃないかな。それとも私ももっと愛国愛族的なジンブツになっただろうか。そうなれなかったことを、やはり恥じるつもりはありませんが。
 私は私なりに、一生懸命生きた。これからも一生懸命生きよう。
 それだけ。


 さて、そろそろアルコホルを抜かないと社会復帰が難しいゾ(する気あったのか)、というわけで。
 2005年はがんばろう。
 とりあえず私以上に鈍感で無神経なボクチャンへの引き継ぎから。
2005年01月02日(日)

Ca va?

 新しい年の何がメデタイのかやはりイマイチよくわからないのですが、地球上の人々がメデタがっているのに水を差すのも無粋というもの。
 謹んで新年のお慶びを申し上げます、っとね。


 初夢はカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞し、流暢なフランス語でプレスに応える千鳥足監督、というもの。
 正夢になった昨年の悪夢とのなんという違いよ。ま、ベツに映画監督になりたいわけでもなく(なれるわけもなく)、さすがに今年は正夢にはならんだろうけれど。幸先いンじゃない?



 今日は朝に祭祀をした他は、例によって犬と戯れたり雪かきしたり、ダラダラ飲んだくれたり、という感じ…。スミマセン、正確には飲んだくれながら犬と戯れたり雪かきしたりダラダラしたりしてました…。
 今日の如きなにもない一日が退職後はずっと続くンだなあ、などと考えると嬉しいような、怖いような。歯止めが利かないような気もして、少し不安かな。
 皆さんに慰めてもらうのが嬉しく心地よく、昨年は後半から泣き言ばかり書いてきたように思います。が、今年はやめましょう。
 泣き言でも毎日書くのは楽しかったけれど、せっかくのWEB日記だもの。もっと楽しいこと、前向きなこと、明るいことを考えていきたい。発信していきたい、そう思う次第です。
 そんなものあるンだろうか、このうつろな器に。
 …考えます。善処します。

 それではまた。
 相変わらずのフツツカモノですが、2005年も何卒宜しく。
2005年01月01日(土)

メイテイノテイ / チドリアシ

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