アクティブヒキコモラー

 私は熱しにくく冷めやすいニンゲンなので、アツクなるひとが羨ましくてなりません。対人にしろ対物にしろ、執着が薄くてつまらない。
 私が情熱を保てる時間は映画の上映時間、およそ二時間前後が限界です。
 否、映画の上映時間に身体が慣れてしまったのだろうか。おそろしや。
 そんなわけで、秋頃から躊躇していた映画鑑賞をこのほど解禁いたしました。先月は二本、今月は四本の映画を観ました。社会復帰も近いような気がしています。私にとって映画は「社会」。熱中する二時間前後の「社会」です。ホンモノのヒキコモラーは映画も活字もインターネットも必要としません。私は活字はともかく映画とインターネットを必要とするので、ホンモノのヒキコモラーではありません。例え犬の散歩以外に一歩も家を出ない日が続いても。アクティブには程遠いが、パッシブに「社会」と関わっています。アクティブヒキコモラー且つパッシブ社会人だと自負していますが、ダメですか、そうですか。
 社会生活を営む存在こそがニンゲンだとどっかで聞いたな。
 いいな、いいな、人間っていいな〜♪
 おいしいごはんにぽちゃぽちゃおふろ
 あったかい布団で眠るんだろうな♪



 というわけで最近観た映画

・『Ray』(テイラー・ハックフォード/2004米)
・『ハウルの動く城』(宮崎駿/2004日)
・『オーバー・ザ・レインボー』(アン・ジヌ/2002韓)
・『パッチギ!』(井筒和幸/2004日)
・『オペラ座の怪人』(ジョエル・シューマカー/2004米英)
・『エターナル・サンシャイン』(ミシェル・ゴンドリー監督/2004米)


 このなかでの断然オススメは『エターナル・サンシャイン』。
 多分もう一度くらい劇場で見て更にDVDも買うでしょう。
 デロデロ。やっばい。好みすぎてやっばい。
2005年03月30日(水)

のほほんだらだら

 自分は死なない。
 病気でも事故でも死なない。
 自分が死ぬとしたら、多分老衰だろうと。
 地震・雷・火事・親父
 それらは私を避けて通るだろうと。
 根拠のない信仰にも似た確信を以って、私は今日ものほほんと生きています。とりあえず親父は消えたしな。
 20代も半ばを過ぎて、いま、どこにいるのだろう。
 なにをしているのだろう。
 なにもしていない。
 刹那的にすら生きていない。
 根拠のない妄信を以って、のほほんと生きるのです。今日も。
 多分、この性質は治らない。一生変わらない。
 そんな気がしている。
 音楽と活字、煙草と薬、少しのアルコホル、そしてカロリーメイトで本日ものほほんだらだらと。
 このままでいれるはずもないのだけれど。
 このままでいれるはずもないと知っているからこそ、いまはのほほんだらだらと。
 だめ?だめか…。
 目覚まし時計は退職日に電池抜いてそのまま。秒針がうるさくてかなわないのです。
 しかし色々なところからGOサインが出たので、もう少ししたら動き出します。とりあえず5月まではこのまま、のほほんだらだらと過ごします。
 社会で働くみなさんは、私を取り残してがんばって下さい。
 まだまだのほほんだらだら過ごします。 
2005年03月29日(火)

社会が遠い…。

 寝過ごし三回の果て、イヨイヨ覚悟をキメて完徹で行って参りました。
 ハローワーク仙台。雇用保険説明会。
 徹夜までしないと行けない自分にも大概呆れます。

 それにしてもガキでも「しおり」読めばわかるようなことをイチイチ説明する説明会は開催意義そのものが最早不明。外は吹雪いているというのに扇風機をかけまくる説明会場も意味不明。退屈と寒さで死ぬかと思った。この日ほど携帯電話のメール機能を有難く思ったことはありませぬ(普段ほとんど活用しない人間なのです)。退屈と寒さは永平寺だと思えば耐えられました。しかし禅定の境地には程遠いです。おいらはまだまだ修行が足りません。結跏趺坐はできるようになったンだけどネ!


 残業時間が一定を超過しており給付日が早まる可能性があるため、給付課で相談。タイムカードの写しをもう一枚もらわなくてはならなくなった…。その足で元職場へ。
 研修や社員旅行で一緒になった東京のG氏が転勤してきていて、ロビーでバッタリ。ぎゃーなつかしい!携帯電話番号を取り交わし、飲みにいくことを約束する。いいひとなのです(酒強いし)。
 ついでに札幌から転勤してきたM野氏にもバッタリ。ひー!沖縄社員旅行で酒飲んで暴れた挙句ホテルの部屋に乗り込んで更に大暴れしまくってアナタのベッドで歌って踊ってアナタを張り倒したことは忘れて下さい…!でもいいひとなのです(酒強いし)。
 色々人事異動があったようですね。春だなあ…(吹雪いてるけどな…)。
 ゴトウ日、週末の二重苦の仙台駅には憎悪を感じましたが、私を取り残して、やはり社会は動いているようです。
 社会…やはり社会が遠い…。
2005年03月25日(金)


 エート、昨夜の日記を書いた記憶がありません。
 Myエンピツリストを見てびっくり(おいらは自分の日記をMy登録している)。
 なんじゃこりゃあ!!
 しかし明日こそはハローワーク仙台に行かなくてはならないのは本当なので、睡魔様には是非とも今夜も来ていただきたいものですが、夕方六時に眼を覚ましたものですから、多分ムリでしょう。
 時計見てびっくり。
 なんじゃこりゃあ!!
 久々のナチュラル睡魔様の訪れ+日高見3合+睡眠薬でどっぷりいっちまったようです。しかしどうしてこうも極端かね、私の睡眠時間は。
 そしてナゾの腹筋筋肉痛。なぜだ…。
 更にナゾの絨毯水びたし。なぜだ…。くんくん…うん、水です(ほっ)。
 エート、昨夜メッセで会話した方いますか?
 たぶん覚えていません。スミマセン。
 斯様に記憶のない夜が、多々あるわけですが。
 「ま、いっか」で大抵のことはなんともなります。
 なんともならなくても仕方がない、というわけで、次に行動すべきことを考えなくてはなりません。やるべきことは常に次の瞬間にこそあるわけです。フム。前向キスト。
 だって覚えてないもんは仕方ないもんねーもんねーもんねー。


 またもや弱酔いどれの本日。
 明日は朝九時から説明会だし、睡魔様も訪れる気配がないし、眠剤も飲まずこのまま起きていよう。
 朝の仙台駅は久し振り。さて。社会復帰はなるか、否か。
2005年03月24日(木)

前略、睡魔様

 前略、睡魔様
 音楽を聴くのが楽しくて、眠たくても眠りたくない夜はありますか。
 私はまさにいまがそう。久々に貴兄が訪れて薬がなくても眠れそうだというのに、昨夜メッセでザ・スターリンのお話をしたせいか、楽しくて眠りたくありません。
 スターリンを十代のときにリアルで聴いていたら、制服の色の如きだった私の思春期はまた違ったと思うのです。ほんとうに。
 しかし斯様な夜は久し振り。音楽を聴きながら書く日記も久し振り。
 楽しいなあ。
 睡魔様、いま暫くお待ちくださいナ。せめて日記を書くまでは。


 まあどうでもいいことなンですが、私の国籍を変える動きが水面下で密やかに行われているようです。主に母上が首謀者。
 私の現在の国籍は北朝鮮。父方のじじばばは慶尚南道(韓国)出身。なので、私の外国人登録証には、「国籍等:朝鮮」の下に「慶尚南道ほにゃらら郡〜」「出生地:宮城県仙台市」と書かれているわけです。コレはケッコウ面白いことなのでは、と初めて登録証を持たされた16歳の誕生日から気に入っていたのですが。韓国籍になったらつまんないことになるなあ。やっぱりどうでもいいけどな。
 国籍を北朝鮮から韓国に変えたところで、目立った変化はありません。再就職活動の際にはもしかしたら変化を実感するかも知れませんが。


 しかしこれはどういったタイミングなのでしょうか。
 私の知らぬ間に示し合わせてる?
 同時期に、いろいろと、実にいろいろなかたちで、いろいろな方から「小説を書いてみては」と言われて困惑しつつも少しまじめに考えてみようかと目論んでみる今日この頃。家から一歩も出たくないから、家の中でできる仕事を探したいから、印税生活がしたいから、という不順な動機によるものなのですが。
 しかし自分の日記すらも一文字たりとも進まずにぼんやりしてしまうことが多い私になにが書けるというのでしょうか。
 前向きに考えつつ、ぼんやりしてしまうことの方が多いようです。
 まあ、あまり期待しないでください。
 とりあえず、書くより読む方が楽しくて好きだな。
 あなたの文章が読みたいよ。あなたの書く小説が読みたい。



 さて、睡魔様。お待たせしました。
 寝ますか。それではまた。
 うわーん、楽しくて眠りたくないよう。眠たいけれど。
 でも寝ます。睡魔様は気まぐれですからネ。
 草々。


 追伸:また明日もイケズしないで来てくださいネ。明後日こそはハローワークに行かなくてはいけません。
2005年03月23日(水)

酔いどれ気味ということで

 睡眠薬とアルコホルを同時摂取したら危ない、とはよく聞きますが、イッタイどうなるのか試してみたいような、みたくないような。
 初めて睡眠薬を処方された日に、一応「ワタシはアルコホルを嗜みますが如何なものでしょうか」と相談しました。しかし「どのくらい飲みますか」という問いに咄嗟に「エート、ビール一、二本?エヘ」などと多少現実にソグワヌ報告を行ってしまい、「ああ、それくらいなら大丈夫ですヨ」とお墨付きをもらってしまいましたものですからいけなかった。
 ビール一、二本、或いは日本酒二、三合程度に抑えてはいるのです。それが適当なのか知りませんが、今のところあまり目立った変化はみられません。これ以上摂取した場合、どうなるのでせう。死ぬのでせうか。
 それは勘弁したいところですが、アルコホルのない夜など真冬の八木山動物園でぶるぶる震えるライオンの如き滑稽さ…うーむ、イマイチ適当な比喩が思いつきませんが、とにかくそのくらいあり得ないってことですヨ。
 ともかく、我が家随一のちらかし魔である妹のいない、美しく整頓された居間など陽光の下では見たくもなく、昼は映画館へ、夜は「日高見」吟醸酒を以って逃避している本日でございます。多少日本語が支離滅裂なのは酔いどれ気味ということで、許してたもれ。
 ま、ほどほどに。なんでもほどほどがよろしかろう。


 本日観た映画は『エターナル・サンシャイン』(ミシェル・ゴンドリー監督/2004年米)。
 チャーリー・カウフマンの脚本は好み。よくぞ斯様に巧く映像化した!という感じで大変楽しく観ました。
 キャストは全員素晴らしく、ビリング・トップのふたりはとりわけ輝いていました。トム・ウィルキンソンの出番がイマイチ少ないのが淋しいところ。しかし老けましたネ。
 ともかくDVDが出たら絶対買うぞ、と決心致しました。
 是非事前情報を真白にして心してご覧くださいまし。


 さてと、昨夜はあまり眠れていないことだし、今夜は眠る努力をしてみようか。
 静かな夜は嫌いではない。けれど静か過ぎる夜は淋しすぎる。
2005年03月22日(火)

ぐびぐび

 本日、愚妹ぺっきーが福岡にヨメに行っちまいやした。
 仙台空港で妹に「じゃあ、元気でね。料理がんばれよ」、義弟予定氏に「愚妹を宜しくお願いしますヨ」と送り出したものの、福岡行きの便が欠航。仙台市内のホテルに一泊して明朝発つようです。幸先悪いなあ…。
 シスターコンプレックスを自覚するおいらは、送り出しただけでもなんだかもう飲まずにはおられない心持ちでやんすよ、ぐびぐび。
 まあ、正確にはヨメに行ったといってもまだ義弟予定氏の両親に会わせてもらえない状態、既成事実をつくりに向こうで同居して入籍しちまう、という強硬手段。当方の親戚一同は憤慨しておりましたが、待つのも大概飽いたのでしょう。仕事辞めて待機して半年だぜ。仕方ありません。
 そういうわけで事実上はもうヨメに送り出してしまったので、やはり飲まずにはおられない心持ちでやんすよ、ぐびぐび。

 母上が今から5月は福岡だ!と張り切っているのですが(母上は5月生まれだからチケットが安くなるんだよネ)、あまり乗り気ではありません(シティボーイズライブがあるから東京行きの予定もあるしな…)。
 もう愚妹は愚妹にして愚妹ではなく、ヨソのオヨメさんになっちまいやしたのですから…ぐびぐび。
 それにしても福岡…元職場の系列が博多にもあるのでユカリがないことはないのですが、阿蘇山?櫛田神社?清水寺?北野天満宮?なんだか知識が貧困。なんて遠い響き。
 妹よ、達者に暮らせ。ぐびぐび。
 酔えない…。酔えない酒はマズイ。
 ツマンナイのでもう飲みません。
2005年03月21日(月)

一方的に糸を切られて

 音楽CDはさ、iTunesに入れて聴くのも楽しいけれど、曲順や曲間の間とかさ、アーティストたちは計算してつくっているのだろうから、CDそのままに聴くほうが好きだな、おいら。どうでもいいけど。


 さて、一方的に糸を切られて、少しへこんでみたり、みなかったり。
 多分、うまく立ち回れなかったのだろう、おいら。
 18歳までの14年間、同じ面子のなかでぬくぬくと過ごした所為か、新しく知り合ったひととの距離感をはかるのが難しく思えてしまいます。日本人とか、コリアンとか関係なく。
 こういう事態になると諦めてしまうというのもおいらの悪い癖かも知れない。もっと見苦しくジタバタしたっていいじゃないか。
 ある程度仲良くなれたら、安心しきって甘えてしまうというのもまた悪い癖であると自覚しているのですが。
 コミットって難しい。


 昨夜から俄かに歯茎が腫れて痛み出し、すわシソーノーローかと恐怖しております。口内炎用の塗布薬を塗って、口半開きのアホ面でモニタに向かう本日。明後日まで歯医者はやっていないし、毎日休日の私は「おのれ春分の日め」と社会を呪ってみるのでした。
 辛い!辛いよ、塗布薬!うわーん。
 メンタルクリニックと歯医者だったら歯医者の方が怖い。メンタルクリニックも怖いけど。病院全般怖いけど。
2005年03月20日(日)

キヨちゃんの気持ち

 眠れないよりは眠れた方がいい。
 とはいえ寝すぎです。寝過ごしました。
 ま、いっか。
 この「ま、いっか」でさまざまな失敗や自己嫌悪を乗り越えて参りました。
 酔っ払った私は私であって私じゃないのヨ、とか言ってみる。
 寝過ごした私も私であって私じゃないのヨ。


 さて、私は民族学校では若干「反動的」ながらも、割とまじめな学生でした。というか部活ばかりやっていたので、どんな私服を持っていたか思い出せない。年中制服かジャージかパジャマしか着ていなかったように思います。
 民族学校を卒業後、18歳ですぐに元職場に就職しました。
 金のない私が買う服は、必然的に職場でも着れるようなキレイお姉系ばかりでした。
 そして仕事を辞めた今、服屋さんに行っても、どんな服を買えばいいのかわからずにぼんやりしてしまいます。
 どんな服が好みだったかな。どんな服をかわいいと思っていたかな。ぼんやりしてしまいます。
 どんな色を、どんなデザインを選べばいいのか。
 なにが似合う?なにを着ればいい?
 漫画「きせかえユカちゃん」のキヨちゃんの気持ちが痛いほどわかります。

 キレイお姉系アパレルで働いていた妹は、普段はうってかわって古着系。
 色々とアドバイスをしてもらい、今日は古着のジーンズを一着買いました。でもトップスがネ…やっぱりなにを着ればいいのか、なにを選べばいいのか、なにが似合うのか、サッパリわからないンだよね。
 うーん、自分の好みを突き詰めて、なおかつ歳相応の服装というものを研究しなくてはいけないかも知れません。
 メンドクサイ。
2005年03月18日(金)

テリブルテリブル

 新しくもらったお薬は効きすぎです。寝過ごしました。
 少し気をつけて服用しなければならないようです。テリブルテリブル。


 さて、明日こそは出かけなければいけない用事があったので、寝過ごさないようにと昨日もらったものではなく、以前使っていた(余っていた)ものを飲んでみたいのですが、やはり眠れず。昨夜12時間も寝たからでしょうか。
 それはともかく、おふとんのなかで眠る前に書くノート(12月10日の日記参照)を読み返してみたりしたのですが、眠れないことだし、暇だしで、それを晒してみたいと思います。といってもほとんど日本語と在日朝鮮語のちゃんぽんで書かれていますし、解読できない字も多いので適当に。


11月某日のメモ
 元上司への呪詛
 会社に火をつけてやるとか、そんなの。
 どうもストレスが溜まっていたらしい。


11月某日のメモ
 給与と退職金と失業手当(予想)と生活費を計算したらしきあと。
 そして何の脈略もなく「公的医療費負担制度」という走り書き。
 仕事やめよっかなーと考えつつ、失業後の生計を計算したみたらしい。
 それなりに不安だったらしい。
 どうでもいいが、縦計が間違っている。


12月某日のメモ
 ダイスキな映画『ワイルドバンチ』(サム・ペキンパー/1969年米)のカット割りが如何に素晴らしいかをダラダラと書きなぐっている。
 あとはペキンパーへの賛辞。といっても幼児の如きボキャブラリー。「すごい」「とにかくすごい」「かっちょいい」としか書いていない。


1月某日のメモ
 「プラテネス」「砂ぼうず」という走り書き。
 モト氏オススメ漫画のメモらしい。


2月某日のメモ
 仕事を辞めたあとの不安をダラダラと自己嫌悪スパークで書きなぐっている。ボクチャンへの心配、元上司への呪詛。
 そして更に自己嫌悪スパークな卑屈文章。


3月某日
 金が欲しい、と100回くらい緑のペンで書かれている。
 なんのマジナイだ?


 今読み返せば微笑ましいほど意味わかりませんが、身のうちの傍観者のいない状態で書かれたこれこそが、おそらくここにも書かない本性、本音なのかも知れません。テリブルテリブル。
2005年03月16日(水)


 祝・通院十回目。
 …って、めでたくねえ〜!
 いやだあぁ。もう行きたくなあいぃ〜。
 タスケテ!タスケテ!(映画『イノセンス』風に)
 ハイ、弱音終了。ふぅ…。うぅ…。


 睡眠薬強化。効果の如何は今夜乞うご期待。
 調べると少し依存性の高い薬らしく、恐怖する。イヤだなあ…。
 まあ、でもよく眠れないというのは単に運動量が極端に減った所為であるような気がするわけで。そのほかは徐々によくなっているような気がしますです、ハイ。自分が思うには。
 なにより迷うことなく映画を観ることができているというのは好材料ではないかと。といっても常に結果論でしかありませんから、迷っても仕方ないンですけどね。単に諦めがついたというか、なんというか。
 やはり絶望と希望は表裏一体なのかも知れない。
 寧ろ迷う方がどうかしていたと思うもの。諦め切れない以前の方が希望に満ちていたと思う。
 よくなっているといいなあ。病院も医者も薬も怖い…うぅ。
 それでも先生が慰めてくれると、少しほっとする。
 思えばずっと、理解が欲しかったのかも知れない。
 全部見せるのはイヤだな、恥かしいな、と思いつつ。
 理解されなくてもされても、する仕事に変わりはないと信じつつ。
 そうさ、矛盾だらけさ、ヘヘン。



 暇です。
 メッセに誰もいません。
 暇なので、iTunesパーティシャッフルの曲を書き出してみます。


"I Get A Kick Out Of You"/Jamie Cullum
"Have You Ever Really Loved A Woman?"/Bryan Adams
"心拍数"/山崎まさよし
"do something real"/米倉利紀
"Whatever"/Oasis
"カウント9"/Theatre Brook
"Pennsylvania 6-5000"/The Brian Setzer Orchestra
"The Only One"/清貴
"Pipes"/The Boondock Saints
"Acquiesce"/Oasis
"What Whould Brian Boitano Do? Pt��"/D.V.D.A


 飽きました。英語メンドクサイ。スペル自信ない。
 400曲くらい入っているのにこのセンスの悪さはどうなの。
 でもほんとうにこういう順番だったんだもん。
 私の所為じゃないもん。いや、私の所為か?
 ボイターノならどうする?
2005年03月15日(火)

長渕剛を聴くたびに

 この頃、妹が四六時中私の部屋にいるせいか(ゲームをしている)、知らず知らずに長渕剛を口ずさむ身体になってしまった!どうしてくれる…!
 きっとこの先、長渕剛を聴くたびに、ヨメに行った妹を思い出すことでしょう。トホー。


 京極夏彦さんの「妖怪シリーズ」を初めて読んだとき、私はまだ十代で、たぶんもう、あのときのような気持ちでは読めないのだと思うと、少し淋しいような気持ちになります。「オチ」云々ではなく。
 一昨年の「陰摩羅鬼の瑕」(講談社ノベルス)などは、特にそんな気持ちになりました。十代後半から二十代前半にかけて儒教については色々と読みふけったので尚のこと。
 そういう驚きが薄れたとしても、筆致の巧妙さは言うに及ばず、やはり京極夏彦は素晴らしいと思います。
 本も映画もね、初読、初見のタイミングは難しいですね。人間は良くも悪くも立ち止まらないし。と、暇で眠れないのでグダグダと考えてみるのでした。
 ああ、もう朝です。
 やっぱり今夜も眠れなかった。
 この頃アルコホルを断っているからでしょうか。トホー。
2005年03月14日(月)

ツァラトゥストラはかく語りき

 失業給付金の説明会でハローワークに行く予定だったけれど、昼頃急激に眠くなったので日にちを変更してもらいました。給付認定日がずれるかも、という危惧は杞憂に済みほっとする。眠れなくても眠れても、眠っても眠らなくても、眩暈と偏頭痛のほかには目立つ弊害のないのんきな無職者ですが、いまは眠れるうちに眠っておかないと今度いつ眠れるかわからん。
 眠りの魔法はツェーゲーツェー?
 私が持っている唯一のリヒャルト・シュトラウスを聴きながら、夕方まで5時間ばかりうとうとと。眩暈は相変わらずだけど、偏頭痛は少し治まりました。いいかも。シュトラウス。


 目覚めてからは本を読んだり、お借りした「CG3+2」などを聴いたり、犬と戯れたりしてダラダラ。アルコホルを飲まないというほかは働いていた頃の休日の如くのんきに過ごしました。否、休日は一ヶ月以上続いていますが、精神的に焦らず楽しめたのは久し振りなのでした。
 煙の消費量が減ったのは、多分イライラすることが減ったのだろう。
 アルコホルも煙も、そのうち活字も音楽もなしにどんどん漂白していって、おいらは真白になりたいゼ。
2005年03月10日(木)

今夜も眠れない

 中高6年間のうちの5年間、図書委員として務めました。
 雑務は嫌々やっていたンですが、本を読むこと自体は嫌いではなかったのでいま思えば楽しかった、ような気がします。
 当時もいまも、図書室は日本語の先生の管轄。赤鬼アジョシの葬儀の場で日本語教員李先生に出くわした妹から「オンニ(姉)に言っておいて!本を寄付しろって!」という伝言を受けたので、久々に母校に行ってきました。
 ダンボール二箱いっぱいに日焼けした横山秀夫、高村薫、歌野晶午、馳星周、梁石日、大江健三郎や遠藤周作、そのほか「ハリー・ポッター」シリーズや新書なんかもゴチャゴチャ詰め込み寄付。
 ほんとうは読んだ本はいつも手元に置いておきたいのだけれども、最近はあまり読み返さなくなったことだし、少し身軽になりたいし、無駄に本棚の肥やしになるくらいなら後輩に読んでもらったほうがきっといい。
 先生方にはいたく感謝されましたが、感謝されることが望みだったのではなく、学生たちが読んでくれたなら嬉しい。
 色々と読んでみるのがいいでしょう、学生の頃は。
 私も色々読みました。寝食忘れて読みました。
 読んだあとは呆然として、やはり寝食忘れて暫し悶々とし続けました。
 そういうのを、たくさん経験すればいい。
 いまはそんな風に本を読めない。働いていたときは尚のこと。
 がんばれ、青少年。
 でも思春期にほんとうに影響を受けたものは手放せないというのは、少しせこいのかも知れない。でもそういうのって、出会いだからなあ。
 ともかく俄かに閑散とした本棚には、すこしばかり寂寥感を募らせるのでした。


 本を渡し終えたあとは李先生とファミリーレストランでランチ。
 相変わらず話が長い。話題も次々に飛ぶ。
 まあ、要するに、本の寄付云々は口実で、話し相手が欲しかったンでしょう。まあ、いろいろと。実にいろいろと聞かせてもらいました。
 お給料は8ヶ月滞っているそうな。
 コミュニティが決して好きではなかったけれど、コミュニティで文字通り心身捧げて働く彼らを否定することなど、やはりできそうにありません。
 少しだけ、羨ましくもあるンですよ。

 別れ際、「仕事辞めたなら文章書きなさい!小説書きなさい!」と散々云われて辟易する。なぜだ…なぜみんな同じことを云うのだ。日本語の成績がよかったからか?大昔の話だがな。
 文章で飯を食っていけるほどのインスピレーションや想像力や創造力、なによりやる気そのものが欠けているということは、私自身がよく知っているのです(この日記の読者諸氏もようっくご存知でしょう)。
 まあ、それを笑顔でやり過ごして、長話に疲れたのか、帰宅後はしばしうとうと。
 そして相変わらず、今夜も眠れない。
2005年03月09日(水)

『パッチギ!』を観る

 「寝ましょう」「おやすみ」と云って切ったメッセンジャー。
 でも実はもう四日くらい、まともに眠れない。
 睡眠薬が効かない。困るほど効かない。
 夕方にうとうとと二三時間ほど居眠りしては悪夢で飛び起きる、そんな感じ。
 偏頭痛と眩暈は恐らく寝不足に因るものではないかと。
 でもキツイ。これがキツイ。
 座っていても横臥していても、視界が世界がブレる。
 映画を観ている間など、演出かと勘違いしたくらいですから。



 しばらく動かなかった所為だと思いたくて、仙台フォーラムで『パッチギ!』(井筒和幸監督/2004年日本)を。ムリヤリです、もう。
 どうにもあまり巧くない映画なのですが、40年ほど前の在日コリアンの描写に嘘はなく、その点では実に興味深く面白かった。
 私は最後の学ラン世代で、高体連の試合にはまだ出れませんでしたし、同級生の学ランの裏地はやはりあんな感じでした。乱闘や親善サッカーなんかは、子供の頃に聞いた先輩たちの武勇伝そのまま。朝高生のハングリー精神が最も強い時代だったンですよね。
 しかしなぜいま、と思わなくもない。
 かつて河は確かにあった。いまも決してなくなったわけではないけれど。
 なぜいまになってそれを殊更に取り上げるのだろう。
 あまり巧くないながらも魅力的な登場人物、魅力的な描写でありましたが。

 ああ、私は常に映画に対して無力ですから、「なぜ」という問いも、答えを得ることのないやはり無力な問いなのでございます。
 そしてやはり眠れないのでございます。
2005年03月08日(火)

焦らない。

 赤鬼アジョシのお通夜には多くの学校関係者、卒業生が集まりました。
 相変わらず座っていても眩暈がひどい私は酒席を辞退してすぐに退出しましたが、告別式に参列した妹に聞いたところによると、アジョシは私たちが渡した手袋、そのほかにも子供たちがこれまで渡した絵や手紙をだいじに箱にしまっていたとのこと。アジュモニ(おばさん)に是非それを見に自宅に来てくれ、と熱心に請われたそうです。
 アジョシが日本生まれ(二世)だということを初めて知りました。そういえばきれいな日本語だったな。朝鮮語にサトゥリ(訛り)もなかったし。
 スクールバス運転手歴は36年、「在日同胞」で初めての「共和国功勲運転手」の称号をもらっていたそうです。如何ほどの効力がある称号なのか知りませんが、万年酒気帯び運転だったのにねえ。お酒はアジョシのガソリンでした。
 改めてアジョシのご冥福をお祈り申し上げます。



 さて、思わぬ方に日記を褒められ、暫し有頂天になっております。しかし遡って読むほどのこともない日常ですヨ。社会的活動をほぼなにもしていない引きこもりのダメ人間道まっしぐらです。
 仕事を辞めたことを後悔してはいませんが、世帯主の責任感なのか長女のサガなのか、将来への不安は、やはり募ります。なんとかしなくてはとも思うのですが、このままではなんともなりません。少し能動的に動かなくてはいけませんが、いまは焦らずじっくり休んで病気を治して、妹を無事にヨメにやって、それから。
 焦らない焦らない。
2005年03月07日(月)

赤鬼アジョシ

 私は八木山にある民族学校で、幼稚班2年、初級部6年、中級部3年、高級部3年、計14年お世話になった履歴だけ見れば純粋培養の在日コリアンでございます。どうしていま、こうもはぐれてしまったのかナゾなのですが(別にいーけど)。
 総聯系民族学校は全国に百校強、そのうち高級部は12校(変動があるかも知れませんが知りません)。東北には福島に初中、宮城に初中高あるだけですので、必然的に東北六県から宮城県に集まることになります。寄宿舎があるので遠方から来た子はそこで生活します。最近は少子化の影響だけではないだろうけれど、宮城県の寄宿舎にまで入れて子供を預ける親も減ったンでしょうね。学生数が減少してどこも大変らしいですがね。
 それはともかく、14年間通った宮城県の民族学校は少しばかり辺鄙な山の奥にありますので、幼稚班から初級部3年生まではスクールバスが出ます。冬の間は部活が終わる時間に中高級部だけのために山のフモトまでの下校バスが出ます。
 スクールバスの運転手アジョシ(おじさん)は、酒を飲んだ赤い顔で運転するので「赤鬼アジョシ」、鼻毛が長く出ているので「鼻毛アジョシ」と子供たちに親しまれていました。
 昨年12月に従兄の結婚式でお会いしたとき、少しだけお酒を召されたのかやはり赤い顔で「オマエは見た顔だな。八木山神社前か、妹は元気か」と云いました。
 何百人何千人という卒業生を見てきたに違いないアジョシが、私と妹が八木山神社の前でバスに乗っていたことをを覚えていたことに驚きました。
 「アジョシ、チェ(私)が卒業してもう9年ですよ、バスに乗っていたのは18年前です。覚えてらっしゃるんですか」と拙い朝鮮語で聞くと、「当たり前だよー、アジョシも仕事を辞めて9年だ」と笑っていました。
 「お元気ですか。体はどうですか」
 「元気だよー。もう赤鬼じゃないでしょ、アジョシは色白なのよー」
 子供たちに接するような相変わらずのふざけた調子に、私は懐かしく童心に戻った気持ちでアジョシとしばし話しました。
 3月3日は、ひな祭りよりアジョシの誕生日という記憶の方が強く、初級部のとき、友達とお金を出し合って手袋をプレゼントしたことをふと思い出した昨日、アジョシの訃報が届きました。
 9年前の14年間に、アジョシとの思い出は常に寄り添っています。
 いまはただ、赤鬼アジョシのご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。
 スゴハショッスムニダ。
2005年03月05日(土)

それにしても面倒くさい

 4日は眠って過ごしました。
 タイムカードのコピーが届きました。
 思ったとおり、残業時間はヨユーで月40時間を超えている。これを利用しない手はない(ニヤリ)。
 忙しいなかありがとう、後輩ボクチャンよ。でも社判押されてないんだよねー…あれほど云ったのに。わかってンのかいな、ひとの話聞いてンのかいな、大丈夫かいな、あやつメ。これで通らなかったら再度コピーしてもらわなくてはならぬ。
 それと少し気にかかるのが、雇用保険は本名、タイムカードは通名であるということ。面倒なことにならなければいいけれど。
 ついでに国民健康保険も住民登録(?)の関係で通名になってしまったので、医療関係者への説明が面倒である。外国人登録証を出して、「コッチは本名、コッチは通名です」と説明するものの、キョトーンとされること多し。
 面倒くさすぎてもう日本人になっちまうか、と目論んだくらいである。従兄某氏(父方だけで20人くらいいるうちのひとり)ならば割と発言力ありそーな日本人の保証人を探してくれそうだ、が、反面猛反対にも合いそうだ。
 私が日本国籍を取得したところで、真に「日本人」たりえるのかというのも疑問だ。ところで「真なる日本人」ってなんでがしょね?
 日本国籍を取得すれば、私は「真なる日本人」になれるのですかね。
 ちなみに私は北朝鮮国籍(面倒なのでそのままだった)で、妹と母上は韓国籍。現在大韓民国に於ける戸籍の整理とパスポートの申請を企てているらしいのだが、私はそれも面倒なので、この際日本人になっちまおうか、とも思うのです。
 人生どう転ぶかわからんが、いまは日本に根を張り永住する気持ちと覚悟があるので、そのほうが楽というか、都合がいいのではないかと、ポリシー(そんなものあったのか)に反することもないし。
 それにしても面倒くさい。外国人は面倒くさい。在日は面倒くさい。
2005年03月04日(金)

何度も覚醒しては眠る/二月の乱読覚書

 木曜ひなまつりは、仙台フォーラムにて『オーバー・ザ・レインボー』(アン・ジヌ監督/2002年韓国)を。
 面白かったです。ンー、悪くない。
 写真って面白そう(主人公たちが写真部だったのです)。カメラどこにあったかな、とひっぱりだしてみたり。なにか撮りたい気持ち。


 このところ毎日お出かけして疲れたのか、眠い、というか眠れる、というか、とにかくドロドロに眠ってばかりです。最近読んだ本や映画やアニメやお芝居や潜在的な欲望や恐れがゴチャマゼになった嫌な夢をよく見るのであまり眠りたくないのですが。なにが現実か夢かもわからずに、何度も覚醒しては眠る。



二月の乱読覚書(忘れてた…)

・「陰陽師」(夢枕獏/文春文庫)
・「完訳怪談」(ラフカディオ・ハーン/ちくま文庫)
・「魔性の子」(小野不由美/新潮文庫)
・「卍」(谷崎潤一郎/新潮文庫)
・「光源氏の一生」(池田弥三郎/講談社現代新書)
・「王朝貴族の物語」(山口博/講談社現代新書)

 いずれも再読。
 「陰陽師」は岡野玲子さんの漫画版が今月最終話を迎えます。楽しみ。
 小野不由美さんの「十二国記」シリーズは高校生の頃から読んでいるものの、最近再読してみようかと思いつき、まずは「魔性の子」から。
 でもつらいンだよなーあのシリーズ。とんでもなく面白いけど、苦しいンだよなー。
2005年03月03日(木)

月曜・火曜・水曜

 いちにちひとつの用事をこなす。
 月曜はハローワーク仙台へ失業手当の申請に。
 小一時間ばかり待たされた挙句たらい回しとはどういうこと。
 ただ時間外労働が月40時間をオーバーしているなら、多少給付が早まりそうとのこと。といっても3ヶ月で入るか1ヶ月で入るか、という程度。それに給付金の認定や説明会で何度もハローワークに足を運ばざるを得なさそう。
 久し振りに見た東口は…然して変わらず。うんざりだ。否、東口そのものはアイシテいるのですが。
 ともかくハローワークで疲労困憊。映画を観に行く気すら起きず、クラックスに寄って「キムカツ」食べて帰ってきました。カツは勿論のこと、ごはんがおいしかった(←ごはん好き)。文句なしにおいしかったけど、胃もたれで暫し苦しむ。胃弱なのです…。
 元職場の後輩ボクチャンと電話でタイムカードコピーの依頼。
 ボクチャンは以前のおいらのようにストレスフルな毎日を送っているようです。少し心配だな。そのうち飲みにいきませう、と誘われるものの、数ヶ月前の私にはそんな暇もなかったんだけどなあ。心配することはないのか。
 小さなトラブルが続出なのですが、何よりの誤算は退職金の支給が四月下旬になるという衝撃の事実。遅くないかー?
 嗚呼、社会復帰が更に遠くなりにけり。
 無職の貧乏人はしばらく自宅謹慎決定。


 火曜は病院。通院九回目。
 これまた然して変わらぬやりとり。
 月経痛が少し軽くなったことと(薬の副作用の可能性があるらしい)、失業保険の給付が早まりそうなことを報告。残業時間が月40時間を超えると鬱病になる可能性も高まるらしいと聞く。労働者諸君、気をつけませう。といっても現実に仕事が溜まっている以上は働かざるをえないのですがね。


 水曜。
 ニヤニヤ過ごす。
 ナッツ氏から借りたDVDを観てニヤニヤ。
 妹と外食がてらホーマックへ寄って、仔犬を見てはニヤニヤ。
 レイ・チャールズのベスト盤を聴いてはニヤニヤ。
 ああ、そういえばジェイミー・フォックスが『Ray』でアメリカアカデミー主演男優賞を受賞したそうな。
 やはり私には斯様な賞のステイタスなどどうでもよく、まだ観ぬ映画についてグダグダ云うのも栓のないこと。でも確かにフォックスのレイ・チャールズは素晴らしかった。おめでとう。
 スコセッシとイーストウッドの新作が楽しみなこの頃であります。
2005年03月02日(水)

メイテイノテイ / チドリアシ

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