雨の大阪南港 - 2003年11月29日(土) 今日は大阪南港付近の某所で国際協力関連の就職ガイダンスと言うややマニアックな会合があり、のこのこお出かけになったマルコでした。 国際協力のフィールドと言うのは炭鉱労働者と似た趣があります。炭鉱は盛んに鉱物が産出されると、人々が集まり、炭鉱町は栄えます。しかし鉱物の産出量が減ると、他の炭鉱へと多くの人は移動していきます。 国際協力のフィールドと言うのもプロジェクト期間が2年なり5年なり設定された中で人が雇われ、プロジェクトの終了とともに次なるポジションへと人々は移って行きます。日本のJICAも国連さん勤務の方もこの方式が多いですね。 マルコ自身、修士課程修了後、まずは2年間任期の青年海外協力隊勤めをし、次に3年間、事務局をマニラに移管することが決定している東南アジアの高等教育支援のプロジェクトの事務局に勤務し、見事にマニラに業務移管を果たし、任期満了によりポジションを失いました。次の職場はNGOながらパーマネント採用で、数年間、複数のプロジェクトにかかわって仕事をしておりましたが、あめでおさんの大阪進出で退職し、現在の境遇となるわけです。 そんなわけでポジションとポジションの間で時間が経過してしまうことも多いので国際協力系の大学院に長期在籍しながら参加するプロジェクトとプロジェクトの間でインターバルがあいてしまうときは研究に従事し、ついでに博士号をかっさらっていくお方も存在します。マルコ@36歳が大学院の所属講座10名中若い方から3番目なのはこうした業界事情によるところが大きいと思います。 ですから国際協力フィールドと言うのはいつも求職と求人がごった返すような状況でした。でもまあ職は東京もしくは途上国に多く、第2都市大阪・国際都市神戸を擁しているとはいえ、関西圏での活動に限定してしまうと、かなり不利であることは否めません。そんな大阪で就職ガイダンスが開かれるのでちょっと関西ならではの蛇の道と言う奴を学べるかもしれないと思って出かけたんですが、うーんいまいち。 200人の参加者で熱気むんむんの会場は新卒者70%の経験者30%というところでしょうか。主に新卒者に向けてのガイダンスで世銀やらJICAさんやらNGOやらいろんな立場の人がパネリストとして国際協力現場就職の心得を語るんですが、東京から出張してきていらっしゃる方が多く、関西ならではの話と言うのは聞けませんでした。そして東京でも聞ける話は経験者30%に含まれるマルコにはあまり新味のない話でした。 新卒者と経験者など、ニーズ別にガイダンスを分けたほうがいいのではないか、というのが正直な感想です。あとせめてもうちょっと少人数にしないと参加者は主体的にディスカッションに参画できません。会場にはバンコクで有名なカリスマ元NGO関係者Kさんとか凄い人が結構参加されてたんですが新卒者用のガイダンスにニーズの不一致を感じていたようで、ガイダンスが終わった時にはもう席を立たれた後でした。 まあこの辺の就職活動2003秋みたいな話はあとでまとめてしたいと思います。 とりあえず、生産者から消費者へのシフトしてしまった自分を感じながら帰路に着いたマルコでした。 ... 街角でばったり - 2003年11月25日(火) 昨年まですんでた稲田堤は京王線の沿線に位置しており、毎朝通勤で新宿・高田馬場経由で早稲田に通っていた。実家は高田馬場のお隣、目白で高校時代はこれまた京王線沿線の仙川に通っていたので通勤途上に昔の知り合いにばったりということが大変よくあった。京王線で高校時代の友達にばったりあっちゃうこともあったし、当時早稲田に住んでたれいこなさんと早稲田駅でばったりあったり、昼下がりの逢瀬を重ねたりもした。子どもの風邪が長引いてしばらく目白の実家にホームステイさせてもらいながら通勤すれば小学校中学校の友達とばたばた出会い、「元気何年ぶり?なにしてんの?」と1分間で数年分の人生をかいつまんで近況報告したりした。 故郷を生活圏としていれば、古い友達、知り合い、大事な友人が各種うようよしているのは当然だ。 さて、関西にやってきて既に1年が経過した。奈良―神戸間を遠距離通勤しているが、いまだに目に映る風景がなんだかものめづらしく毎日が旅人と言う気分で過ごしている。古い知り合いに声をかけられると言うことはもう私の生活のオプションにはなくなり、それを寂しいと思うこともなく生活していた。 本日国会図書館関西館でアメリカのようこさんが送ってきてくれたラオス関連文献目録をガイドにごそごそと文献検索しながら過ごし、電子ジャーナルの罠にはまって時間をとられ、ちょっと遅めのお昼を食べようと4階のカフェテリアにエレベーターで上がっていった。エレベーターの扉が開くとさるとるさんが立っていた。おわ〜と叫んで予期せぬ邂逅を喜び合い、食事が終わったさるとるさんにコーヒー1パイ飲んでもらってちょこっとお話した。 家に帰って夕食を作りながら夫@あめでおに「今日、国会図書館で友達に逢ったよ」と報告すると「約束してたん?」ときかれたので「ううん、偶然ばったり」と応えると「凄いなあ」と感心してくれた。 そうだ、偶然ばったり友達と街角で会えるって幸せなことだったんだな、と突然気付いたりした。 ... 感謝ドッペルゲンガ―再び - 2003年11月24日(月) ピッツバーグに出没したマルコのドッペルゲンガ―について触れた日記を数日前に書きましたが、また出ました。今度のドッペルゲンガ―はアナログモードでございます。以下転載。 ============================= おばあちゃんおげんきですか?1号はげんきですKはなくこともありますけどわらてくれる1号のいもうと おばあちゃんはどおですか さみしいときもありますけどならもいいです おばあちゃんりずにいらんどやりずにいしいにつれていってくれてありがとうございました 1ごうといっぱいあそんでくれてどうもありがとうまたおしょうがつにあそぼうね しんぞうまし(心臓麻痺?)になったけどいっしょにふるーつぱーくであそんでくれてほんとうにありがとう ぼりしょいさーかすにいっしょにつれていってくれてありがとうYくん(従兄)とおくれてくれてありがとうまたいっしょにいこうね 1号ちゃんちにとまってくれてありがとうまたとまりにきてね おばあちゃんちにいっぱいとまらせてくれてありがとうまたとまらしてください いっぱいおりがみをとまるときにもてきてくれてありがとう しんでれらのびでおかっておくってくれてありがとう またてがみおくるからおばあちゃんもてがみおくってね Kは1号のことがだいすきうしろについてあるいたりてをつないであるいたりしてくれる1号のいもおと たまてっくにYくんときてくれてありがとうまたいっしょにいこうねこんどいったらKつきですね YくんとまらせてくれてありがとうYくんおつかれさまでしたおばあちゃんもありがとう またひちごさんやろうねKのさんさいのひちごさんもね いっしょにねじろのとしょかんYくんとまたいこう ============================ ってな感じ。24日雨で外出できなかった1号さんが「1号日記」というのをB4のノートにしたため、第1日はエルザさんに、第2日目はあめでおさん母に宛てて、したためてるんざんす。3日目は前の保育園のお友達宛に上記のような思い出と感謝を縷縷つづっています。上記は第1日目のエルザさん宛の日記なんですが、お前は某マラソンランナー(故人)かと思うほど全編感謝に満ちております。 ディズニーランドを「りずにいらんど」と思ってたり、目白を「ねじろ」と認識してたのは書いてみてはじめて分かる世界観ですな。 心臓麻痺でも遊びに来る祖母に感謝を捧げる段でマルコはおかしくって笑いがとまりませんでした。 1号さん、母に似て黒い物思いは胸に秘めるタイプとお見受けしました。 ... 秋の大和路�◆‘�ノ木古墳現地説明会 - 2003年11月22日(土) 秋です。連休です。この日は斑鳩が誇る史跡、藤ノ木古墳で現地説明会がございまして、家族で朝10時ころに現地に参りました。いつもは法隆寺の陰に隠れてごろん、と丘があって石棺のレプリカがこれまたごろんと展示されてるのみで人影も、まばらなんですが、この日はかなりの人出で、マニアの裾野の広さを感じました。中に明らかに新生児を連れてきているお母さんがおり、産休中の考古学研究者か?とか思って一人で胸がきゅんとしたりしていました。 藤ノ木古墳のお宝は国立橿原考古学研究所にもっていかれてしまって、ここにはめぼしいものは残ってないのですが、いつもは封印されている発掘中の穴の地層が露出している「露頭」が公開され、そこで橿原考古学研究所の学芸員さんが室町時代、江戸時代の古墳の状況などをマニアックに参加者に語ります。説明自体は1時間程で第1ラウンド終了だったのですが、説明後マニアが質問に殺到します。お、そのマニアの群れに見覚えのあるあめでおさんの後姿が!しかしあきらめのいいあめでおさん、マニアの多さに質問を断念したかとおもいきや、おおなんと、現地説明会で説明した人ではないので、マニアからノーマークになってる橿原考古学研究所のアナザー学芸員を見つけ出し、見事に質問しています。 あ「地層の上の部分なんですが上から2番目は大阪層群だと思いますが、一番上は不自然ですがどういう地層ですか?」 学「あ、あれは宅地化のときの盛り土だと言われてます」 あ「大阪層群との間も自然堆積ではないようですが」 学「向こうの丘からの土石流の流路になったといわれてます」 わかりません。なんか2人の世界を形成されておりました。 でもあめでおさんのマニア魂はかなり満足だった模様。あめでおさんは「視点が違う分野の人の話はおもしろいのでいつか共同研究してみたい」そうです。さようですか。 この日はそのまま奈良市へJRで移動し、1号さんの喘息の定期検診をうけました。そして興福寺境内のいつもの切り株に座って、五重の塔を望みながら作ってきたサンドウィッチを4人でもりもり食していると、うら若いお嬢さんが「すいませ〜ん」と声をかけていらっしゃいました。 マルコが「なんざんしょ?」ってかんじで笑顔を向けると 「とてもいい感じなので、ご家族の写真にとらせていただいてもいいですか?」 ということで、ようはモデルの依頼でした。あらまあ、秋の大和路の風景に選ばれるとは光栄の至り。「カメラ目線じゃないほうがいいですよね?」とかいいながら4人で写真を撮られたりいたしました。お嬢さん、悪用しないでね。ワタクシらの肖像。 その後、興福寺の宝物殿で阿修羅やら須菩提さんやらを興福寺友の会券で無料観覧したあと、少し奥のほうの奈良公園まで行って、鷺池のほうをまわって帰ってきました。 そしていつものように、お団子屋と漬物屋で棒団子とひのな漬けを購入し、JAのアンテナショップでお茶やジャムを購入して帰路につきました。 この日の写真忘れたころにアップ予定。 ... 美少女の懊悩 - 2003年11月18日(火) 1号さん@6歳児、昨日月曜日、保育園でうんこもらしちゃったそうです。美しく長いまつげを伏せて「1号ちゃん、うんこ漏らしちゃったの」と告げる様子があまりにも切なげでございました。超気がきく担任の先生が他のお友達に気付かれる前にさっくり洗ってきれいにしてくれたようですが、1号さんダメージ大きいです。 おなかにぴっと来る風邪のようで、本日も引き続き下痢&微熱がございましたのでおKさんも便乗して、今日は保育園を休み、3人でらぶらぶとかたまって過ごしました。 午後、家の近くで瀬戸物のガレージセールがあったので土鍋なんかを買いに出かけましたがそれ以外はいえでひねもすのたりくらりしておりました。 あめでおさんが職場に行きがけに保育園によって欠席の連絡と借りてきたパンツの返却と昨日の事件の模様を先生に聞き取りに行きました。 あめでおさん自身、今を去ること30年前、年長児クラスのとき、尼崎から広島へ転園し、しばらくは転園生という事で珍重されていたそうですが、転園してわりとすぐの学芸会で舞台の上でお漏らししちゃったことがあるそうです。おなかの具合がちょっと悪いかな〜と思ってたところ、合奏をしてたら大太鼓とシンバルの音がず〜ん、ず〜んとおなかに響いてあえなく漏らしちゃったようです。その後苛酷ないじめに逢ったそうで転園―お漏らしコースにナーバスな我が家です。 まあ、でもさすが保育園。同じ釜の飯を食ったというか、おなじトイレトレをした者同士、お漏らしに寛容な風土が培われているのかもしれません。1号さん明日は無事に登園できそうです。めでたし。 ... 物まね王座決定戦 - 2003年11月17日(月) マルコは割とよくいろんな場面で感謝を捧げている。 心の中は周囲への感謝に満ているか、と思われる向きももしかしたらいるかもしれないが、どっこいかなり黒い物思いも抱えている。嫉妬とか猜疑心とか表明しないだけでかなり得意科目である。 黒い物思いは表明せずに大事にとっておいている風がある。特に嫉妬やストレスは大事にしている。嫉妬するってことはのちのち現状を変える起爆力になるので下手なところで吐露するのはもったいない。 でも感謝は吐露したほうがパワーとしては強まるような気がするので惜しげもなくあっちこっちで感謝している。 そうしたら、ピッツヴァーグにマルコの感謝ドッペルゲンガ―が出ました。に、似ている。似ているぞ>スラッシュ君! 結構感動した。文体で人格を語るネットっていろんな人になれるのだねえ。物まね王座決定戦 ON ネット、とかやったら面白いかも。やる? ... ぼこぼこ観戦記 - 2003年11月15日(土) 今日は私の所属する研究科の上級生のD論中間発表会があり、土曜日だけど大学に参りました。 私の研究室はD生10名。マルコは最下級生のD1生ですが一番上の方は7年生くらいでいらっしゃいます。その長男のお兄さんが今年度D論をおだしになり、修了なさるというのでございます。私の研究室は博士コース設定以来7年ほどで、目出度く博士号を取得なさったのはまだ1名のみ。待望の2人目の博士が誕生するかものすごいどきどきしながら関係者一同見守っているのです。ちなみに研究室の教授も助教授も博士号は持っておられません。これは従来の日本の文系研究者社会の特徴なのですが、こういう風習に関しては様々に意見もあられましょう。しかしここではコメントを差し控えさせていただきます。 中間発表会はなんだか凄かったです。1言で表現すると、「ぼこぼこ」? 通過儀礼としてのぼこぼこなのか?あの道を皆が通らなければならないのか?ちょっとどきどきの土曜朝でした。 今日はあめでおさんと子らも一緒に子卯部(仮名)入りしております。3名はJR六甲道から違うバスで六甲ケーブルを目指し、マルコがぼこぼこを見ている間、六甲山で遊んで、12時に子宇部大(仮名)の学食に戻ってきて、マルコと合流し、学食で4人でご飯を食べました。中間発表会を観戦した研究室の上級生のみなさん(全員40代男性だった、女性陣は留学中だったり、フィールドワーク中だったりして今日参加してませんでした)がかわるがわるマルコ一家がファミレス状態で囲んでいるテーブルを訪れて、あめでおさんと子どもたちに挨拶してくれました。 1号さんは「誰がリーダー?おかあちゃんは次のリーダー?」とマルコ同僚を見つつ質問なさいました。何だリーダーって? その後、マルコの研究室(無人)なんかをみんなで見学。1号さんは「おとうちゃんの研究室よりひろい!」と褒めてくださいましたが、おとうちゃんは一人部屋、おかあちゃんは15人部屋です。研究室のホワイトボードに1号さんが自画像なんて描いて、その後バスと電車を乗りついで、奈良に帰還いたしました。 どうだ、子どもよ、夫よ。遠いだろう>子宇部。これが本日のマルコの主張でした。 ... おKさん初悩み - 2003年11月11日(火) 今日は午前中、先週行った専門学校の2学期末試験を家で採点し、午後は、近所のコピー屋さんで文献のコピーをしたり、いとなんとさるとるさんに発送するよ、といって発送してなかった荷物を送り、お世話になった各方面に柿を送りに法輪寺前の柿直売所に参りました。 柿を送ったのはおKさんの誕生お祝いを頂戴しながら、内祝いをしてなかった高校時代の友とやっぱいろいろとプレゼントもらいっぱなしのニルスとエルザさんに送りました。高校時代の友はマルコのリクエストに応えて体重計を送ってくださったり、お米を何ヶ月にもわたって送り続けるという超助かるおKさん出産祝いをくださりました。心から感謝でございます。米に対する感謝は柿であらわすってことで。 ニルス氏にはニルス母上あてに柿を送りました。ニルス本人にはまだあげたいものがあるのでもちょっと待て。 そういう活動をした後、早めに子らを保育園に迎えに行くとおKさん担任から「おKさんは、ちょっとでも他の子に触られると、ものすごい嫌がって泣いて保育士のところに来て、触られた不快感を表明する」というおKさんの保育園での問題を相談されます。 ををを〜、おKさん。きみもいっちょまえに保育上の問題点を抱えるようになったかね。いつもにこにこ食べてうんこしているだけではなくなったのですね。マコトに感慨深い。でも上記の悩みなんて悩みのうちにはいらない。1号さんの時はなにもかもに、天は裂け、地が轟くように悩んでいましたが、おKさんにかんしては「あはは〜家でおねいちゃんの猛烈アタックには泣かないのにフシギですね〜。」の一言で片付けてしまいました。 コレはマルコが経験値を積んだせいなのか?おKさんの個性によるところなのか?多分両方なのでしょう。だって1号に関しては挨拶が苦手なことで現在、マルコは天も裂けるほど悩んでいます。1号さんに向かい合ってる時のマルコはどこか狂ってます。コレは第1子の宿命です。関係者の皆さんあきらめてください。 ... がんばれ留学生 - 2003年11月08日(土) この日はインフルエンザの予防接種を受けに奈良市に参上し、興福寺の境内にて作っていったサンドイッチを食し、いつものお団子屋でお団子を買って、いつもの漬物屋でひのな漬けを買って帰宅しました。 あんまり書くべきこともないので2日前の木曜日に専門学校で交わしたONE先生改め、ももこ先生との会話を収録いたします。 ご存知、本HP掲示板にもご降臨いただいたももこ先生は中国からの留学生。でもその完璧な日本語と日本理解からほとんどの人が留学生であると気付かないという方です。 このころの小泉総理の靖国参拝、戦争中の負の遺産、生物化学兵器による新たな被害者の出現により中国国内での対日感情は悪化し、日本国内でも福岡の一家殺人などからかなり厳しい風が吹いています。そこへ西安での事件が起こり、いろいろな感情が両国間でほとばしっているのだと思います。 そんな中、ももこ先生のお友達の留学生が日本人の友人とレストランで食事していると日本人の客が「お前は中国人か?自分は中国人が大嫌いだ。日本人なのに、なぜ中国人の世話をしている?」とからんできたそうです。それに対して、日本人の友人は「この人は普通の中国人ではなく、大学院の博士課程で研究している素晴らしい中国人なのだからそんな風に言わないで」と反論したのだそうです。 お友達は見知らぬ日本人の暴言とそれに続く友人の中国人全体への蔑視に深く傷ついたそうです。ももこ先生は自身はそうした差別的な事件に遭遇した経験がなく、その話をお友達から聞いて心から驚いて、ショックを受けたそうです。お友達は「もう日本にいたくないので、かえる」そうです。彼女は本国では優秀なジャーナリストなのです。この日本で報道されないレストランでの事件が日中関係と日本自身の利益に及ぼした損害について深く憂慮せずにはいられません。 でもももこ先生は「私はあきらめません。中国への偏見があるなら、しっかりとそれにNOといいたいし、偏見を持った人を変えていきたいです。」とおっしゃいました。わたしはもともと中国が好きなほうですが、ももこ先生を通じて中国に深い好感を抱くようになりました。つくづく、留学生はその自覚があるにしろないにしろそれぞれが背負う国の見本として両国関係の最前線を歩かねばならないのだな、と感じました。 がんばれ、世界中の留学生。ももこ先生も、アメリカにいるあの人も、イギリスにいるあの人も、私の席の隣のネパールとインドネシアから来たあの人も。 そうして幸運にも留学生の近くを通りかかれたのなら、その苦労をねぎらい、可能なかぎり暖かい交流をもちたいと心から思いました。あなたのためにも、私のためにも。 ... 1号就学前検診 - 2003年11月07日(金) 上記催しが翌4月から1号さんがお通いになる予定の小学校で執り行われ、マルコと1号はいそいそとおでまし。 検診はお昼過ぎからなので、1号さんは朝は保育園に行ってもよござんしたが、「おうちでゆっくりしたい〜」という本人の希望により朝、あめでおさんにおKさんだけ保育園に持ってってもらい、1号さんとマルコはものすごいお久しぶりの「2人の愛ランド」な時間をお過ごしになる。まあ午前中早い時間で掃除洗濯布団干しなんかをやっつけ、11時ころからパン屋でパンなんて購入し、9月にお月見に利用した公園でパンを食べつつ、2人で公園の遊具で遊んだりした。2人でジャングルジムの上に登ってぼけっと空を見ながら「2人きりなんてお久しぶりだね♪」「おKさん生まれて以来、初めてじゃございません?」などと愛を語らう。 途中公園にご飯を食べにきた老女な方に「今日は学校はお休みですか?」と聞かれ「コレから就学前検診なんです」とこたえる。もう母子2人で平日、公園にぶらぶら遊びに来ると不審な年令になってしまったのだなと感慨を抱く。 さて保育園に寄って上履きを持って、小学校にGO。小学校はうちの目の前である。着いて体育館で受付を済ますと、同じ保育園のクラスからの仲間がおじゃおじゃとおられる。とくに日ごろから1号さんを崇拝して下さり、1号さんも「わたしってばNくんに恋しちゃったのかしら」とつぶやいた過去のあるN君が1号のすぐあとに受け付けてくださり、一緒に検診を受けるグループに配属になったので1号のリラックスムードは高まる。N君に感謝を捧げつつ、マルコはN君母上と情報交換しながら検診の開始時間を待つ。 そして2時に子どもたちは検診の行われる教室に移動。このとき5年生(来年6年生になる)が1人づつペアになって来年1年生になる子の書類を持って、名札をつけて、手をつないで、勇んで出かけていく。 5年生の中にはいろんな感じの子どもがいる。もう中学生のような風貌の子もいればかなり幼げな子もいる。身障学級の子らもエスコート役を務めてくれる。また当地はニューカマーの人も多いので、様々な国籍の子どもたちがいる。川崎在住時代よくお見かけしたコギャル系小学生はほとんどいない。1号さんはどんな5年生とペアを組むのかと見ていると、一際すっきりとした、りりしい風情のお姉さんが1号の手を取り、名札をつけて、「安心して」とつぶやき、頭をなでてくれている。1号さんはりりしいお姉さんに手を引かれて、N君と体育館を出て行く。 残された母親たちは準備する持ち物などのレクチャーを受けたり、簡単に校長から「返事・挨拶だけはできるようにして入学させてください」と訓辞をもらう。固まりがちな1号さん、返事・挨拶、苦手科目です。 1時間程して子どもたちが検診から帰ってくるのでエスコート役の5年生から子どもらを受け取り、最後に簡単に親子で先生と面接をして今日の行事は終了する。 りりしいお姉さんから1号を受け取ると、お姉さんは別の新1年生をつれて来ている母親と思しき女性のところに行き「OOくんったらぜんぜんじっとしてないの。検診会場で注意したんだけど、こんなんじゃだめよ」と報告している。どうやら弟さんも新1年生にいて、その様子をお母さんに報告しているのかな?と思ってみていると、また1号のところに戻ってきて「またね」と挨拶してくれたので「あの人はお母さん?今日は弟さんも来ていたの?」と訊いてみる。 すると、お姉さんはマルコの顔を真正面から見据え「いいえ、私はOO園にくらしています。あの人はOO園のスタッフであの子もそこの児童です。私の本当のお母さんは家にいますが、普段は一緒に暮らしていません。」と落ち着いたしっかりした様子で話す。OO園とは近所の奈良県立の児童福祉施設だ。 マルコは瞬間の動揺を悟られまいと目に力を入れ、 「そう、がんばっているのね。今日は本当にこの子の面倒を見てくれて有難う。」 と何とか言う。彼女はマルコの瞳の奥の動揺もすべて見通すような真っ直ぐな視線をふっとなごませて「こちらこそ」と言い、園のスタッフの女性のところに行き、一言二言交わして、他の5年生と一緒に体育館から出て行った。 その後姿を見つめながら、思わず「りりしい」とつぶやいてしまった。 彼女があの背筋をピンと伸ばしてりりしくあるために、どれだけの努力があるのかはマルコにはわからない。でもその努力の尊さだけは伝わる、そんな彼女の立居振舞だった。 小学校はワークングマザーの子どもたちがメインの保育園よりもかなり広い世間のようだ。そこで1号さんが出会う様々な出来事を肯定的に見守りたい、そう思わせるりりしいお姉さんとの出逢いだった。 ... 保守化する君たち - 2003年11月06日(木) あめでおさんの学生さんがあめでおさんにおっしゃいます。 学「えー!センセイのお子さんまだ1歳なのにもう保育園行ってるんですかあ?奥さん何やってんですかあ?」 あ「学生さん、時々非常勤講師です」 学「お子さん、かわいそおおおお」 あ「しかしあんたも働いて、子どもが生まれたら保育園にあづけるんじゃないですか?」 学「わたしは子ども生まれたらそばにいてやりますうう」 このような会話をなさってご帰宅したあめでおさん 「わたしはどうも女の人は全員あんたみたいな考えで、みんな働きたいんだと思ってたんですが、ひょっとしてあんた少数派??」 なんぞと問われてしまいました。 オラ、学生!このマルコ様が長年かけて教育してきた夫に不用意な発言するでない。今回のあんたの発言で損なわれた教育の成果をその教育にかけた時間分賠償してもらうからな。 さて本日は夜8時ころまでゼミでした。帰りのバスで子卯部大(仮名)の学生(女性)が下記の様な会話をしております。 「でも学校の先生って、子どもを幼稚園入れても、普通の時間には迎えにいけないから延長延長ですごーく遅くに迎えに行かなきゃいけないんだって。そんなんかわいそうじゃない。そういう家庭を顧みないみたいなことわたしできないから働いたとしても結婚か子ども産むまでって決めてるの」 教育学部の学生らしいんじゃが、そんな遅れた考えで教壇に立って女生徒にヘンなロールモデルを示すなよ。 人間には「出来る者」と「出来ない言い訳を考える者」の2種類がいるとは千葉敦子の金言。言い訳考える前にからだを動かしたまえ。安易に保守化する前にせめて情報くらい集めてみてはどうか?と一人つぶやく夜のバスでした。 ... けいはんな再来襲 - 2003年11月04日(火) けいはんなに行ってまいりました。目的は「私の仕事館」ではなく、NDL(国会図書館)関西館でございます。この日はアメリカのようこさんから送ってもらった宿題をやっちゃう予定でした。ようこさんは大学院の実習で「ある研究者をクライアントに、サーチャーとして研究に必要なデータを探し、提供し、クライアントからその情報は役に立つ、とか立たないとかフィードバックを受けながら有効な情報をサーチし、そのプロセスをレポートする」と言う課題に取り組んでらっしゃいます。 そんでもって不肖わたくし、僭越ながらクライアント役を務めさせていただいているのであります。ようこさんの宿題に協力と言う形を取ってはいますが、おいしいです、クライアント役。特に東南アジア研究はやるなら東南アジア行くよりアメリカの大学か旧宗主国へ行け、という格言があるくらいアメリカの大学は東南アジア研究が進んでいるので日本にいたら当然手に入らないような情報にもようこさんが導いてくれるちゃうのです。 先週、第1回目の結果が送られてきて、いくつかのアメリカの大学院生の博士論文や学術雑誌のタイトルが送られてきました。だいたいは概要が添付されているので、その概要で文献の内容を推測して、お、これはなかなか、とか、ボール一個分ストライクから外れているとか判断していくわけです。その中で1つどうしても概要だけでなく原文が読みたい雑誌記事があったのでNDLにないかな〜と検索してみると、ずばり関西館で所蔵してたのでございます。 NDL、相変わらず立派なハコモノです。でも所蔵もしっかりしており、立派なのは箱だけでなくマコトに祝着至極です。ちょっとシステムが複雑だけど、利用者よりインフォメーションデスクのお姉さんのほうが大人数ですので質問すればものすごく丁寧にいろいろ教えてくれます。 お昼は4階のカフェテラスで食べました。うなぎどんセット(うどん付)550円でしたわ。昼ごはん食べてるのも館員のほうがマジョリティで利用者は少数派でした。 しかし昼過ぎには近在の堂誌者大(仮名)の皆さんと思しき若者がたくさんいらっしゃリにわかに活気付きます。堂誌者、よかったな。国会図書館を大学図書館代わりに使えるとは、贅沢な。 そこでようこさんから送られた文献の概要を読んで過ごしてたんですが、しっかりテーマの方向性が決まってないだけに「お、こういう方向で研究するのもありかな〜」とかなかなか腰の定まらないことを考えており、このままでは送ってもらった文献のほとんどにストライクの判定を下してしまいそうで自分が怖いですわ。もし私の研究が成就する日が来るのなら、ようこさんの遺伝子がかなり織り込まれた研究になることと思います。 NDL、立派な箱だけあり、大変快適で、また子卯部に行くよりずっと近いので今後も攻めたいと思います。 ...
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