うきうきアルバムわくわくカラオケ - 2004年01月31日(土) さてこの週末は随分前から楽しみにしていたイベント盛りだくさん週末でございます。 まず朝の9時から11時まで1号保育園にて「うきうきアルバム」という園行事。 これは卒園記念アルバムを親子で共同制作するために1月は2週間に1度土曜の午前中皆で保育園に集ってアルバム製作に勤めていました。 マルコはおKさん背中に背負って、1号さんと勇んでお出かけ。 卒園アルバムには市販のフツウのアルバムに生まれてから今まで(2ページ)と今年1年の季節ごとの行事(10ページ分)のレイアウトで写真を貼っていくのですが、決まっている上記のレイアウトだけでどの写真を選んで、台紙にどんな飾り付けするのかは各家庭にまかされており、かなりオリジナルなアルバムが出来る予定でございます。 さて我が家の写真奉行、あめでおさんは毎月2,000枚近いデジタル映像で1号さんを記録しており、1号さんのかわいい写真なんて数千枚のうちから選ぶわけですからはっきり言って物凄いかわいい写真がざくざくあるわけです。家から持って来た1号さんの肖像に他のお母さん・お父さん方は度肝を抜かれ、 「1号ちゃんって、、こんなにかわいい子でしたっけ?」 という心の底からの感嘆まで聞かれてしまいました。 「いや〜うちのおとうさんは毎月、娘の写真を2000枚は撮っていて、コンピューターは娘の画像でしゃぶしゃぶなんですわ。そんなわけで厳選すればこういう異様に映りのいい写真が選べちゃうわけなんです。」 と弁明。 「それにしても凄い写真ですね。お父さんってプロのカメラマン?」 とかいろいろと質問を受けました。中にやっぱり超子煩悩の父を持つ美少女Hちゃんのお母さんと話が合い、二人で父と娘の愛情の間で寒い妻の立場につて熱く語りました。 さてその後、当HPのどこかにあるという掲示板の関西メンバーの皆さんと心斎橋で飲茶を食べ、カラオケをいたしました。みなさんお子さんは夫様に託し、単身参加だったんですが、私目は2児を同伴しました。なぜならあめでおさんが自宅で大掃除に励まれ、居間の配置換えをして明日1号さんの学習机を買いに行くことになっていたのでございます。 カラオケは情念系の某歌手の方の歌を歌う。というなかなか鋭い企画だったんですが「うらみます〜」と情念たっぷりに歌いながら「ああ、こんな歌乳幼児に聞かせてしまっていいのだろうか〜!」と言う思いが心をよぎり、間奏の間にその思いを実際マイクに載せてしまいました。 カラオケの選曲はそれぞれの参加者のお人柄、青春模様を反映しながらやはり同世代に青春送ったんだね〜という感じが伝わり、大変楽しゅうございました。2児も(特に1号さんは)カラオケ中はマイクが回ってもじっと押し黙り、楽しんでるんだかどうかわかりかねましたが、帰宅すると 「たのしかった〜!またいきたい〜」とのことでした。シャイな方のヨロコビというのはあんまりシャイでない人生送ってきたマルコには今ひとつなぞなのですが本人が楽しかったそうなのでまあ、いいか。 夜7時ころに帰宅すると、大掃除はばっちり完成しており、あめでおさん製作のおいしいカレーが出来ており、なかなか楽しい土曜日でございました。 ... インスパイア〜エースをねらえ!・幼児化する私たち - 2004年01月29日(木) エースをねらえの木曜ざます。1970年代の日本の高校生はこんなだったのか〜という感じのエースをねらえ@とっても原作に忠実なドラマ化が現在進行しております。当HPのどこかにある掲示板でも毎週木曜はどなたかがこの問題に触れます。 例えば下記のように。 ♪れいこなさま> お蝶夫人、実写だとなおさら高校生とは思えませんわ。 大体17,8で「夫人」と言われてそのまま応答しちゃうってのも怖いですわね。 漫画連載当時は、不思議に思わなかった宗方コーチの長髪、そして和服で碁を打つ姿。イマドキ、あんな怪しいコーチもいないと思いますわ。 藤堂さん、「じゃ、失敬!」とかいってチャリで去っていきましたね。 しっけい、ってアンタ…。 ♪しーさま> 宗方コーチですが、1970年代の連載時に30オトコという設定であれば1940年代生まれなわけで、育った環境によっては家では和服でくつろいでもおかしくないように思います。 宗方コーチはその後享年27歳であることがみんみんさまからこんな物凄いページつきでたれこみがありました。ttp://www.sanctuarybooks.jp/column/ccomic/03.html さて、こんな高校生いるかい!って私どもがつっみこんでおりましたら、しーさまが冷静にアレは1970年代の話だよ。と指摘なさっておられます。 もしかしたら1970年代というのはああいう高校生がフツウにいた時代なのかもしれませんね。(ほんとか?) 学生運動のあおりで高校封鎖なんてのもやってたりしたわけですし、現代の高校生とは似て非なる社会的立ち居地だったのかもしれません。>1970年代の高校生。 1970年代は、そもそも、人生50年、という前提で人生設計してた戦前派の方が社会のマジョリティーだったわけですから、27歳というのは人生の折り返し点を過ぎたところ、現在の人生80年時代では43歳くらいの感覚と考えればいいかもしれません。 長い寿命を社会的コンセサスとして受け入れて、私たちは一気に幼児化していきます。40歳で人生折り返すんだとしたら30代はまだ青春まっさかり、36歳のマルコは人生50年時代の24歳くらいでしょうか? 藤堂さんが失敬というたびに、か〜っ失敬はないだろうと画面の前でつぶやきながら物凄い勢いで変わっていく時代や自らの立ち位置を感じずにはいられませんでした。 ... 中学生日記 - 2004年01月24日(土) 何かの拍子で朝「中学生日記」を見た。 我が家は1号さんのご希望により基本的にNHK教育のみを視聴しているのでシャベリバとか中学生日記とか思わぬ番組が茶の間に飛び込んでくることがある。 ところで今日の中学生日記凄かったです。 1月24日(土)「サヨナラ、先生。」(9月放送) 午前10:30〜前編 午後7:25〜後編 英語が話せない英語教師、スーさん(砂田橋先生)。外国人講師ハマーの出現で登校拒否に?様々な学校の実話を元に作られた教師ストーリー。 というものなんですが、英語がしゃべれない英語教師のリアルさが並じゃなくってあめでおさんと二人で物凄い真剣に見ちゃいました。マルコの研究室は外国からの留学生が過半数なので割りと英語しゃべってるんですが、結構やばいです、しゃべれないほうから3番目くらい?あめでおさんは4月からハンガリーからの客員教授がいらっしゃるとかで、こっちもかなり身につまされて見ているご様子。 とくに外国人講師ハマー氏の英語を二人で字幕見ないでどのくらい聞き取れるかやってみたんですが、結構恥ずかしい結果でした。 英語、弱点ですわね。でも英語しゃべれても話す内容がなくっちゃね、とか思い直して中身充実に努めるんですが、中身は外に出さなきゃ、あってもなくても外から見たらいっしょってのが辛いところです。 お昼前、奈良に出かけ、1号の喘息の定期検診を受け、大和小泉のオリエンタル食堂と言う食べ放題の店に行って880円食べ放題にトライ。おいしかったっす。 1号さんが何回も食料をとりに走りながら 「座って食べてると、もうたべられない!って思うのにお皿もって食べ物の前に立つとよし!もうちょっと食べようって気分になるの。不思議。」 と食における視覚と欲望の関係をわかりやすく語っておられました。 さて帰宅し、もう今日はおなかいっぱいだから夕食は抜こう、ということで夕方5時ころから布団引いて寝てると突然1号さん物凄い嘔吐! 出ます出ます。あんたそんなに胃の中にものを詰めてたのか?って感じでお吐きになり布団二組が今夜寝れなくなりました。 お風呂に入ってすっきりしてもまだお吐きになり熱が出てきました。これは食べすぎじゃなくって嘔吐下痢症?と思っています。明日は休日診療所行きかしらん。 ... 旦那(だんな)と愛人(アイレン) - 2004年01月22日(木) なんか凄い扇情的なタイトルになって恐縮です。 今日は専門学校で先生の日だったんですが帰り道にももこ先生と歩きながら話していて「日本では『夫』ったる人を第3者はなんと呼ぶか?」 と言う話題になり「ご主人」「旦那様」なんではないかい、ということになりました。しかし主人って素直に呼ぶには21世紀を生きるももこ先生もマルコも「ちょっとねえ」とおたがいに首を傾げあい、男女共同参画社会では「パートナー」「お連れ合い」が正解なのでは?という話になりました。でもあんまり日本語としてはこなれていない感じ。 さてそれでは中国では配偶者をなんと呼ぶかと言うと 「愛人〜あいれん〜」 だそうです。私が愛する人、私が愛されてる人、愛しい人。 なんという公平でそしてよい響きなんでしょう。名は体を表すというか名前が物事の本質を規定するとはイティハーサの見に見えぬ神々の教えにもありますが(ちょっとおたく)ひごろ「あいれん」と呼び合ってれば、関係自体がよくなりそうな勢いです。 ちなみに旦那の語源をももこ先生に尋ねられて「芸者とパトロン?」と応えてしまいました。勿論その意味も岩波国語辞典には載ってますがもともとの語源はサンスクリット語のダーナ(与えるもの、お布施)に始まるそうです。仏典の音訳で旦那になったとか。旦那とは"与える人"のことだったんですね。英語のドナーの語源でもあるそうです。 う〜ん、芸者とパトロンよりは好転しましたが、公平ではありませんな。 ... インスパイア〜道標 - 2004年01月18日(日) 本日と昨日は共通テスト。あめでおさんのいない休日を娘二人と濃密にすごさせていただきました。ギャラリー無しでもキれずに子どもと過ごす休日、結構課題です。私、自分でいうのもなんですがかなり沸点は高温に設定されている、平常心な女なんですが夫というギャラリーを失うと育児にキれやすくなります。 今日も1号さんがおままごと道具に水を汲んでいたのをおKさんがひっくり返してホットカーペット上でびちょびちょ遊んでいるのを発見しちょっとテンションが沸点に差し掛かりましたが、1号さんかおKさんかどっちを先に怒ろうかと逡巡しているうちに沸点からテンションが下がって冷静に二人の娘に言い聞かせることが出来ました。 怒髪天をついたりしないように、昼から娘二人と広陵町の竹取公園に行ってアウトドアに過ごしました。アウトドアすれば誰もキれたり癇癪起こしたりせずに1日は過ぎるのでございます。 さて先日いとなん女史がBBSにお書き込みになられた下記の投稿から本日は「子どもさん発、母への愛」について考察してみたいと思います。 ************************* 独身者の正月part 2 投稿者:いとなん 投稿日: 1月17日(土) 1月3日に実家には米国人と結婚している米国在住の従妹が 5才と7才の男の子を引き連れてやってきた。 (中略) 今年は静かに二人でお絵描き。私も一緒に描いて遊ぶ。 以下会話は英語 私「なにか面白いアニメ見た?」C1C2「ううん」 私「Finding Nimoは?」C1C2「あー!見た見た! 10回!」 私「ひえええ、どこで一体そんなに見たの?」(内心親の苦労を偲ぶ) C1C2「劇場で3回、家で2回、友達の家で2回、それでー」 その後Finding Nimoのどこの場面が面白かったかで3人で盛り上がる。 私「ところで二人ともガールフレンドは?」 C1「僕はアリソン C2はカレル」 C2「うん、でもC1の本当のガールフレンドはママだよね。僕もそうなの」 私「そうなの?」 C1 and C2 「そう!」 私、大人達に向って 「この子たちったらホントのガールフレンドはママだって!」 従妹は可愛くガッツポーズをとる。おお、蜜月やなー。 と、突然C1がシャーペンの先で私の足をジーパンの上から ぷつぷつ刺してくる、いたたたた。 C1「なんで言うんだよ−!!!」 私:「だってー、ママもう知ってたじゃない?」 C1「だからってみんなに言っていいことじゃなーい!!」 あー、そうだったのね。「ママが好き」っていう うれしー気持と恥ずかしい気持、微妙な少年の心だったのね。 **************************** そうです。お子さん方は母が好きです。うちの娘二人も私の方に短い腕を必死に伸ばして愛を告げます。母親の方は虐待やら過干渉やらに陥らないように細心の注意を払って正しい愛情が注ぐべく水面下でじたばたしておりますが、やつらの母へのラブコールは生得的な遺伝子に織り込まれたかのような愛情表現をいたします。 私自身幼児期の母への愛というのはなんつうか避けることの出来ないもう100パーセントの愛情でした。しかし時とともに母および家族への愛情と言うのは「愛」を表わす比喩のようなものになり、暗喩のようなものになり最終的に原風景に溶け込んでしまいました。それにかわって、友達やら恋人やらとの獲得的な愛情が原色でギラギラする時代に突入したように思います。 もうそうなると母親及び家族の愛情と言うのはうざかったり、調子っぱずれであり、現実よりは思い出の母親像がいとおしかったりする様になったように思います。 早くも1号さんマルコを「うざがる」ような言動をなさいます。1号さんは新保育園でそれはそれは控えめにしていらっしゃいます。1号さんの保育園行事でマルコが出かけて1号さんのお友達や保護者の皆さんとタメ口を利くと 「おかあちゃんははずかしいからだまってて!なんでそんなに失礼なの!」 とお怒りになります。余裕があるときは器用に関西弁を使って級友とコミュニケートしている1号さんですがそういうときは関東弁が丸出しになり、彼女の苛立ちが大変雄弁にマルコに伝わります。こうして母への無条件の愛情はいくらかねじれ、アンビバレンツな代物に変容し最終的には原風景入りを果たすのでしょう。おKさんがまだまだ母たるマルコを無条件に愛してくれているので、1号さんのアンビバレンツへの旅立ちは大変わかりやすいです。 でもね、まあいいのです。母への愛情を雛型に他者を愛すると言う行為を人は獲得するのではないでしょうか。 娘2人がわたしをうざく思い、恋人ときらきらしたような愛を語る日がきたとしても、そのきらきらとした愛の原型は母たる私への愛です。どうだ恐れ入ったか。 娘たちがちゃんと他者を愛せるような人間に成長できた暁に、母への愛は完結するのでございましょう。 そうすっとお姑さんが嫁と息子の寵を争うというのはぜんぜん意味ないですな。ちゃんと妻を愛することが出来る夫と言うのは、母たるお姑さんへの愛が成熟していると言うことを意味するのですな。逆に嫁姑間の争いに姑方にポジショニングしちゃう夫というのは母への愛がちゃんと愛情の雛型として機能してないことを意味するわけですな。う〜ん。負けるが勝ち? まあそういうわけでちゃんと娘二人のマルコへの愛が彼女らの原風景入りできるその日まで沸点を高めに設定して愛される存在として勤めたいと思います。子の母への愛は無条件ですが、母の子への愛は結構複雑です。広い意味での虐待は決して遠い地平にあるのではなくいつも日常と地続きに存在していると、わたしは思っています。 ... 最終兵器、彼女 - 2004年01月15日(木) 最近、おKさんが初心に帰っている。 保育園での朝の母離れ泣き行事のことである。昨4月の入園時、おKさんのクラスは保育士さん2名に園児2名と言う思えば夢のような保育環境だった。保育士さん、1人は「お若いころはさぞやかわいらしかったろう」と思われる控えめなベテランの主任さんと「新卒ですのん、のほほーん」と言う雰囲気のヤング保育士のおっとり名コンビでおKさんは朝泣くこともなく、にこにこと登園していた。おKさんは明らかに母マルコ、父あめでおの次にこの2人の保育士コンビを愛していた。 しかし10月からこっち、次々と同級生が中途入園して来て今では何人の園児がいるのか把握できない程の大所帯になった。さらに保育士さんの方も5人に増員され、保育環境は激変した。 今日の朝、新しく増員された保育士さんから「正月以降、朝ずっとKちゃんは泣いているんですが、おうちで何かありましたか?おうちではどうですか?」と訊かれる。 多分変わったのはうちの環境ではなく、保育園の環境なのでは?といいたいのをグッとこらえて、「知恵がついてきたんでしょうか?それとも正月におばあちゃんのおうちでもらった人生ゲームをやりすぎてKをかまう時間が減ってるんでしょうかね〜」と我ながらよくわからん返事をしていると、ベテラン主任が忙しく脇を通り抜けていく。おKさんはあきらかにこれから引き渡されようとしている目の前の新しい保育士さんではなく、目のまわるような忙しさのベテラン主任の方を目で追っている。ベテラン主任が再び近くに来た時にマルコは主任先生とアイコンタクトを交わして、おKさんを抱き取ってもらう。 おKさん笑顔で母離れ成功! 主任先生に抱っこしてもらえればおKさんは泣かないのだ。 「最終兵器、彼女」 これからは若いころはさぞやかわいらしかったろうと思われるこのベテラン主任先生をマルコはそうお呼びすることにした。 ... ホメオスタシス - 2004年01月14日(水) 久しぶりにNGO職務の企画書なんかを書く。締め切りの日の夜中の12時にEメールで提出を目指して書いたのだが5時間ほど遅れてしまった。所要時間はおよそ8時間ほど。この週末は無駄に祝日があったりして、この8時間の捻出が結構難しく、深夜家族が寝静まった時間を有効利用した。 大学院の勉強や専門学校の講義準備のために深夜パソコンに向かおうと思っても睡魔に負けたりすることが多かったのだが、企画書つくりのためには不思議と朝4時に自然に目が醒めた。そういえば東京でNGO職員をしていたころは毎朝4時に起きて企画書だの稟議書だの報告書だのをかきかき書いていていて、「母親NGO職員、深夜に残業」というコピーで業界紙に取り上げられたことまであった。 なんとなく体が覚えている現場の興奮。わたしはまたここに戻ってきた。 ... 動物か仏か - 2004年01月12日(月) 連休でございました。皆様いかがお過ごしでございましたでしょうか? 我が家では天王寺動物園に行きたがった1号さんと国立奈良博物館に行きたいあめでおさんが激突。奈良博に無理やり1号さんを連れて行こうとするあめでおさんに「どこも行かない!1日家でテレビを見てる!」と切れた1号さん。「よしそれならこの連休3日間どこにも行かない!」と同レベルで逆切れするあめでおさん。 おKさんも興奮して、「あちち!」と意味不明な雄たけびを上げ収拾困難になりそうだったので 「よし10日(土)は天王寺動物園に、11日(日)は奈良博物館に行こう」 とマルコが大岡裁きをしてなんとかお出かけにこぎつけました。 しかし動物(畜生)がみたいか、仏がみたいかなんて仏教論争のようですが、もう少し冷静になれよ>みんな、とマルコは思いました。ちなみにマルコはキッズプラザとかに行きたかったんですが誰もわたしの希望は聞いてくれませんでした。まあいいけどさ。そんなに熱くなるほど行きたい訳じゃなかったから。 ... サルベージ〜顔見世興行2004(と禁) - 2004年01月07日(水) 皆様、年末年始の大移動も一段落ついたでしょうか?ことしも配偶者実家で様々なドラマが生まれたことと思います。あるものは堪忍袋の尾が炸裂し、あるものは奇妙な夫実家の人々の行動をネタにし、あるものはまったく黙殺し2004も華麗に幕が開きました。 本日は当HPのどこかにあるという掲示板に寄せられた人々の夫実家での顔見世興行報告をサルベージいたします。 まずはなみなみ。東芝日曜劇場のひとコマ(コピーBYさるとるさん)ですわ〜。 顔見世巡業報告 投稿者:なみなみ 投稿日: 1月 5日(月) 子連れ2回目、昨年ほどじゃないけどやっぱ面倒くさいです。 マンションに住んでると一戸建ては寒い。特に木造築百年の夫実家は寒い。(少しは慣れましたけどね。)一昨年の義父の発病以来、楽しみにしていた料亭お節も割愛され、元旦早々「やっぱりご飯は作りたてが一番」「お休みくらい手間の係る料理を作りたい」という義母に付き合い寒い台所@土間でかぶらを30分間掏りつづけた元日の夜でした。 ええ、かぶら蒸しおいしゅうございましたわ。心して食べたか?>夫 また、以前にも申しましたけど、お手洗い。 構造上、居間と仏間を通らないと辿りつけないのですが、居間(義母)、仏間(義父)お休みあそばされておりまして。 一番恐れていた事態が発生! 明け方早くにどうしてもお手洗いを使用したい衝動に駆られてしまったのでございます。しかも、こなみもつられて起きてしまい、「コナミモ」と、ワタクシからひっついて離れず、12�圓鯤�っこしつつ、鶯張りの階段を下り、義母を起こし、寝ている義父の横を通り抜け坪庭直結隙間風の吹くお手洗いで、子供を横に立たせつつ用を足すハメになってしまいました。うう(涙) 2日目は初詣の途中、北山通りにあるケーキ屋でケーキを買いたいという義母の希望で北山通りに義父が車を差し向けたところ、実は店の名前をきっちり覚えていないということが判明。少しでも協力を!と「で、どんな名前かちょっとでも覚えていませんか?」と訪ねたところ、「うーんと横文字!」と答えられ・・・。 「北山で横文字のケーキ屋なんかアホほどありますやん。」 と思わず突っ込んでしまったことでございます。 また、昼は外食にしようと言われ楽しみにしていたらば、なんとお店はお休み。 予約を入れているとばかり思ってたのに〜。 と「いきあたりばったり」が判明した義母。どおりで夫がワタシとつきあえる筈だと、スイート・テンを間近に控えいたく納得したお正月でした。 **************************** つぎはさるとるさん。べつに夫実家行ったわけじゃないんですが、ご自分の実家で実母とその嫁婿の関係を娘の視点からお書きになっております。結構来てます。 町屋のお正月 投稿者:さるとる 投稿日: 1月 6日(火) (前略) さるとる実家のお正月は、毎年いただく穴子を消費するために、 修平なべをしますが、そこで、必要となるのが大量の大根おろし。 さるとる夫が任命されて、すりすりさせられておりましたが、 ある年フードプロセッサーを持ち込だ年は、なんか、母はつまらなそうでした。 去年からは、弟のお嫁さんがこの役に呼ばれてます。 ***************************** そしてグローバルに大変だったれいこなさんこれはれいこな日記も合わせて読んでください。国内で大変だった人の63倍くらい凄い話です。こんな素敵な体験した日にゃあ、今度は夫と自分の実家メンバーでシルクロードヒッチハイクの旅に出たくなるってモンです。(それも嫌か) まだ松の内 投稿者:れいこな 投稿日: 1月 6日(火) この年末年始は夫両親とかなりディープに過ごしましたので、義父、義母ともに夫のルーツ(変な癖とか物言いとか)が そこここに垣間見られ、観察者としては興味深かったです。 本人達は全然気付いてないところがまた面白い。 ****************************** そしてダイヤさんです。やっぱキングオブ夫実家をお持ちの方と申せましょう。 あの実物は上品にほほって感じで(表面上は)この面白い実家を観察してたんだろうな。 短かったんですけどね。 投稿者:ダイヤ 投稿日: 1月 6日(火) オット宅の滞在期間。丸二日半ですので。でもぐったり疲れたんでございます。 義父母も、オット末弟夫婦(一緒に滞在中でした)もいい人なのにこうもぐったり来るのは、やはりワタシにとっては他人の人たちと四六時中一緒にいて生活しなくちゃいけないからなんでしょうなあ。たったの60時間ほどのことなのに。 まー、今回のワタクシ的に笑えたのは「散髪事件」でしょうかのう。 オットのJ高時代の友達が美容院やってるので怪獣×2+髪が少なくてまだ切れない女児をカットに連れて行き、帰ってまいりましたらオット末弟(32歳)が玄関前で椅子に座ってオット母に散髪されていたのでございます。(おかげでしばらく家に入れなかった) 散髪するなんて話はまるでなかったので、怪獣たちがカットに行く話に刺激されての行動だと思われます。だがしかし、家の中ならまだしも、玄関の「前」で散髪するというのがワタクシには奇妙に映るのでございます。(玄関前で大の大人が母親に散髪してもらうのが当たり前の方ごめんなさいとあらかじめ謝っておきます) 兄は見てくれを気にするあまり、妻の美容師に担当してもらっていると言うのに(結果はさておき)。 ついでに言うと、2年ほど前の正月にはやはり彼は妻と一緒に帰省して、妻の目の前で母親に膝枕で耳掃除してもらってました。その上、耳垢をティッシュにつけないで、自分の腕に擦り付けていました。(参考情報:ベタ耳) むむー、こうして並べてみると、ワタクシはその行動の奇妙さというより(←しかもワタクシは奇妙と思うがオット実家の人々は奇妙と思ってない)母とその末息子の情愛をべったり見せ付けられるのが嫌なのかもしれませぬ。見なければいいのですが、玄関前やリビングでなされますと見ざるを得ないのよねー。 長男であるオットがそういう行動に出ないのは不幸中の幸いですが、そういう男ならきっと付き合ってないでしょうなあ。おそらく多分。 >義父、義母ともに夫のルーツ(変な癖とか物言いとか)が >そこここに垣間見られ、観察者としては興味深かったです。 観察する分には興味深いです。「えーーーーまじでーーーーー」と思う気持ちを顔に出さないようこらえつつつつ。 もう一発 投稿者:ダイヤ 投稿日: 1月 6日(火) オット母がダイエット法や健康法のマニアでいろいろ試していることは前から存じておりましたが、あれもやってるとは……。……。 でした。 暴露したい気持ちでいっぱいですが、マルコさま掲示板という準公共の場でワタクシは書く勇気がありませぬ。 ヒント:ノー○○健康法、飲○○法 ↑もうズバリ言ってるのも同じですが、2種類です。ワタクシの実親でなくてよかった。<再び大暴言<あんなに世話になっておきながら **************************** 最後にべらちです。最も賢いです。べらちものりたけちゃんも。解脱派? あけましておめでとうございます 投稿者:ベラ 投稿日: 1月 6日(火) 何だか帰省と初売りと自分のHPの更新で燃え尽き(笑)すっかり出遅れてしまいましたが、皆様今年もよろしくお願いいたします。 いつもの事ですが、年末年始は私の実家へ帰省しました。 仙台の初売りは他とはちょっと意気込みが違うというか、このために帰省するというか、まぁそんな感じです。 いろいろ理由つけて夫実家へは寄り付かなかったりして・・・えへへ。 >ダ様 >母とその末息子の情愛をべったり見せ付けられるのが嫌なのかもしれませぬ。 >見なければいいのですが、玄関前やリビングでなされますと見ざるを得ないのよねー。 あ、ちょっと違うけど似たような感じ。 夫実家は夫の2番目の兄一家と同居をしているのですが、帰省すると夫母からは全員の嫁の悪口を聞かされ(特に同居している嫁の話が多い)兄嫁からは夫両親の悪口を聞かされるので、帰省するのイヤになっちゃいました。 同じように私もいろいろ言われているんだろうなー、とか思いますな。 まぁ、本人に面と向かってすごい事言う両親なので、よく言えば裏表がないって事?夫もそのへんの事はよくわかっているので、長期の休みが近かづくと「帰省できないもっともらしい理由」というのを探してくれます。(笑) ... ともづな〜リターンマッチの行方2 - 2004年01月06日(火) 港に停泊した船が錨を下ろし、岸壁に艫綱を投げる風景を見たことがあるだろうか?最初1本の艫綱が岸に投げられ、結び付けられるとさらに何本もの艫綱が投げられ最終的には十数本の艫綱が結わえられ、船は停泊を果たす。 この日、年末に面接を受け、労働条件がかみ合わなかった某NPOから「もう一度来い」と再度呼び出し。労働時間の定時が昼12時半から夜9時半までのシフトが週に2〜3日あったり、基本的に土日が休みじゃなかったり、家庭をもつ労働者は男女ともに働きにくい職場だったので、マルコ的には「あんなぶどうはすっぱいやい」と思っていったんあきらめていたのだが、プロジェクトベースの契約で働かないかと言う打診をもらう。 大学院での研究と専門学校の講師職と一応関連する職場なのでまあおいしいと言えばおいしい。 マルコ3本目の艫綱を岸に向かって投げることになりそうだ。 ... シャリシャリ舎利講 - 2004年01月03日(土) 何故、今年私どもは一月一日に奈良に帰還したのでございましょうか。 答えは1月1日から3日まで法隆寺にて営まれる舎利講に出る為だあー(マニアの本懐)! 舎利講とは何でございましょう。その昔、厩皇子(聖徳太子)は手をグウに握って生まれていらっさいました。2歳の誕生日に南無仏と唱えて西の方向を拝まれた聖徳太子様が手を開くとそこには仏舎利が握られておりました。そのありがたい舎利を正月3が日のみ、一般拝観者に見せてくださるのが舎利講です。夢殿の脇にある舎利殿にて法要は営まれます。 しかし1日帰宅と同時におKさん発熱。いきなり39℃越えです。でもだからといって帰省のスケヂュールにも影響した舎利講をあきらめるわけには参りません。 そこで2日はあめでおさんと1号さんが舎利を拝みに法隆寺にGO!おKさんとマルコはその間に休日診療所にこれまたGO! 3日はあめでおさんと2児がおうちでまったりと過ごし、マルコが舎利を拝みに法隆寺にGO! 、、、、そんなにまでして見たかったのか、仏舎利。 ええ、ええ見たかったんです。見たかったんですうううう。 まずこれが舎利講が執り行われる舎利殿です。いつもはあいてません。 3日は20人くらいの人が殿内にて舎利を拝んでました。ラッキーな観光客が何やってんのか知らずに入ってきちゃって「えええ?しゃりってしゃり?」とか意味不明な感嘆の声とかあげてました。 さすがに法要中は写真が取れませんので終わって参拝者、坊さんが出てきたところを激写。 めがねの若者が舎利を持って中央でお経を唱える役をやりました。なんか化粧してたみたいな眉でした。八重の絹に包まれた水晶のような細長い瓶に舎利は安置され、それを彼が胸に抱いて1つ1つ布を解いて舎利を皆に見せ、その後も1枚1枚かぶせ大事に舎利をしまってました。 今年も法隆寺年中行事を追うシリーズやります。 ... アンビバレンツ〜東西を股にかける - 2004年01月02日(金) 12月29日より1月1日まで、新幹線で長野経由で(長野で1泊して、マルコ実家メンバーと宴会)、東京に行き36時間ほどあめでおさんの実家に滞在し、法隆寺に帰還いたしました。 新幹線の乗り降りを我が家は京都でするんですが、JR都路快速で京都についてホームに降り立つと何故かカレーの匂いがします。そのカレーの匂いに包まれると、わたくしどもは関西モードから関東モードへ、またはその逆のトランスフォームをいたします。 12月31日東京でお昼ご飯をあめでおさん実家メンバーと近くのファミレス華屋与兵衛でいただきました。 東京のウえートレスのねいちゃん、何故そんなに不機嫌そうなのか?関西のサービス業者の微笑みになれた身にはその素っ気無さは驚愕です。そこでマルコはあめでお両親@心の底から関西人に「東京のウエートレスさんは愛想悪いですね。」 と思わずつぶやきました。 すると、関東暮らしに積もったストレスを爆発させるがごとく「そうなんよ、よくこれで商売成り立つと思うわ〜」「レジでも客が並んでんのに応援も呼ばずに延々と1人で対処するんよ〜」「またお客さんもおとなしく並んでるんよ。並ぶのが好きなんやね〜」と2人して語る。 そ、そうでした。あめでお父はワタクシドモの結婚式でマルコ方親族全員東京人なのに「わたしは東京が大嫌いなんですん」と言い放ち、出席者全員を凍らせた人でした。 自分で振ったくせに、あんまりにも東京のワルクチを関西弁で延々と言われるとなんとなく不愉快。でもそれは顔には出さず 「本当ですよ!、、でも関西の人は商売上手なのにいつまでも関西経済は沈んだままですね〜。東京はちょっと復活してきたみたいだけど。商売って奥が深いですね。あはは〜」 と無邪気に言い放ち目の端で舅姑が凍ったのをちらと確認して 「あら、Kちゃんおうどん、こぼしちゃったの?だいじょうぶ〜」 と華麗に話題転換。 刺したら、反応・反撃を待たずに身ををひるがえすのが小癪な嫁の極意である。 さて、1月1日京都駅でカレーの匂いに包まれ関西モードにワタクシドモ一家は切り替わる。JR都路快速のボックスシート(4人掛け)におKをひざにあめでおさん、マルコ、1号さんで座ると、空いたひとつの席に笑みを浮かべた老婦人がお座りになり、おKと視線をはたとあわせ、会話の端緒を切り開こうとうずうずしている気配が伝わる。 帰ってきたぜ。関西。 ...
|
|