西方見聞録...マルコ

 

 

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春だから散歩と豆腐つくり - 2004年02月28日(土)

 1週間お熱を出されたおKさん援軍に助けられなんとか元気を回復なさいました。そして久しぶりに外に出てみると外は春の気配でいっぱいでございます。

 家族全員揃って近所をチャリで散策いたしました。
 まずは拙宅から一路北へ、法輪寺方面を目指し、法輪寺よりさらに北にある斑鳩溜池に参ります。ここは町の北の端になりますな。溜池の堤防から北を望むとこんな景色。




 同じ堤防から南を望むとわが町が一望に出来ます。


そんで堤防を降りてビニールハウスに包まれた未来世紀な果樹園地帯を抜けて法輪寺方面に戻ってまいります。法輪寺のあたりの町並みは打って変わって渋いです。



 これは聖徳太子が掘らせたと言う三井の井戸。渋いです。井戸があったのかそのころ、って気もしますがまあ町の有力な史跡ですな。



 相変わらず土筆を探したんですが、ちょっとまだ早いみたいです。

 帰宅すると、あめでおさんが突然豆腐を作り始めました。多分突然じゃないみたいです。昨日の晩から大豆をうるかせていた模様。大豆を20時間ほどうるかせ、それをミキサーで粉砕し、それを煮ます。煮汁を布袋でこし、豆乳とおからにわけます。その豆乳ににがりを投入し、しばらくしてから木箱(水分が下に落ちるような寄木細工みたいな箱)にいれ形が出来たら水に放してにがり分を抜くんだそうです。

 マルコはめんどくさいのがあんまり好きではないのでほえ〜と言ってみてましたが実は作り方をしってました。今を去ること10余年前、青年海外協力隊の派遣前訓練中に息抜きをかねて2泊3日で山中湖に連れて行かれ、鳥のさばき方、魚のおろし方を全員必修で学びました。その必修科目以外に10人くらいのチームに分かれて干物の作り方班、ロープワーク班、とか習得したい生活技術ごとに班をつくり、班毎に隊員候補生が独学で学んだり下準備したりしてきたいろんな生活技術をワークショップ形式で学びあうのでございます。そんでマルコは豆腐作り班に属しており、班長のガーナT本さんの指導のもと豆腐つくりに励みました。豆腐つくり方法を他の班の人に伝えながら手の空いたときはロープワーク班や竹細工班のワークショップに参加したりしました。

 途上国で豆腐つくりをすることを念頭においていたので、ミキサーはなしですり鉢で大豆を粉砕したのを覚えています。しかしすり鉢、あるのか?外国に。

 その時一番困ったのは形を作る木箱の存在でした。ただの木箱でなく、水分が抜けるような構造にしないといけないのです。班長ガーナT本は竹細工班の班長にお願いして事前に竹細工で豆腐固めようの箱を作ってもらっていました。

 今回突然あめでおさんが豆腐作りを思い立たれたのは、生協で豆腐固め用の木箱を注文し、そこに豆腐つくりの手順が書いてあったので忠実に再現したようでした。

 さて山中湖合宿後、私はアフリカに行ったわけですが、多少日本食は恋しかったですがやっぱりめんどくさかったので豆腐つくりはせずに、アフリカの食べ物を適当に食べて過ごしていました。 そんなわけで、市販の豆腐が手に入る環境でもかなり手の込んだ豆腐つくりに励めるあめでおさんはやっぱえらいな〜とぼんやり考えながらあめでおさんとその助手としてかいがいしく働く1号さんを見つめていました。

 出来上がった豆腐は豆の味が濃厚で大変おいしく、山中湖の豆腐もおいしかったなと思い出しました。その拍子に、そういや豆腐班班長ガーナT本さんは竹細工班班長とその後恋愛していたなあとか、あんまり関係ないことまで思い出したりした春の午後でした。


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斑鳩事件簿 - 2004年02月26日(木)

�“暖傾盥珊短勹狃仂�
 ローカルネタですが人口3万人のわが町唯一の高校が春の選抜に出場します。
 去年の春に初出場して1回戦で21世紀枠の柏崎高校をOBの蓮池さんが見守る中、撃破して、そして2回戦で見事に負けました。
 あめでおさんによるとあめでおさんが移転していった土地の高校の野球部は甲子園で活躍すると言うジンクスがあるそうです。
 甲子園の試合前にNHK製作の3分間ほどの御当地紹介ビデオが流れるんですが、昨年は我が家がばっちりと映っちゃいました。今年もきっと映ると思います。

�∀造鬚發辰涜困靴箸覆�
 法隆寺門前の「かどや」さんが県の行政代執行によって取り壊されました。我が家はテレビはNHK教育しか見ないし、朝日新聞にもあんまり取り上げられていなかったのでそんなに事件を追ってなかったんですが、エルザさんからTELで「あんたの町でなんかお店の取り壊しで大変らしいね」といわれ、はじめて全国ネットで事件が語られてたことを知りました。
 我が家は毎週週末法隆寺におまいりしているのですが、「かどや」さんのおじさんとおばさんは「和をもって尊しとなす」というプラカードを掲げて、県のやり方を無言で非難し続けています。ニュースで取り上げられてた時期は何人かの人がおじさんやおばさんに声をかけていましたが、いまではあまり声をかける人もなく先週は私たちがお寺に行った時間にはおじさんもおばさんも門前での抗議行動をやめていました。最後に私がおじさんを見たとき、アジアからの団体旅行の皆さんが「このプラカードの意味はなんですか?」と質問しており、おじさんが「17条憲法の第1条で、聖徳太子の教えで争わず人々が心を合わせることが大事なんだと言う意味です」と説明すると、団体旅行の皆さんは「素晴らしいですね」と納得して立ち去りました。おじさんがプラカードでいいたいことはそういうことじゃなくて、え〜と、と思ったけど、間に入って訂正するでもなく、なんとなく頓珍漢で切ないやりとりを見つめていました。

 ちなみに行政代執行です。強制大執行と思っている方は間違いです。
 
��バイパスの保育園児
 斑鳩は奈良ー大阪の交通の要衝ですが、その2都市を結ぶ国道25号線はほとんどパンク状態でマルコ家近くはいつも渋滞しています。国道には歩道がないのではっきり行って歩行者は歩けないのですぐそこのバス停に行くにもかなり大回りをしなくてはなりません。斑鳩町はバイパスを通すか否かで随分前から揺れており、選挙ではバイパス反対を唱える候補が僅差で勝つ法則があるようです。

 バイパス建設の是非はバイパス建設予定地付近の住民の皆さんが「騒音・排ガスを撒き散らすバイパス反対」と激しく反対しているのですが、しかし奈良を大阪とつなぐ主要道路が常に渋滞しているのはかなり不便ですし、隣町に行くにも25号を避けて裏道を行かねばならなかったりします。さらに歩道の幅がまったく取られていない部分もあり、国道付近に暮らす者や国道利用者からみると、「バイパス、作ってください。」というのが本音なんでないかなと思います。

 しかし既得権を握ってる方々はぜんぜん既得権を手放したくないようでその気持ちもまあわかりますけど。

 そんな中、用地買収が終わったところでバイパスモデル道路のパークウェイという数百メートルの道の建設がはじまり、バイパス推進派の町と県が大々的に着工式と植樹祭をおこない、町内に2つある公立保育園の年長組園児が儀式的な植樹をするために着工式に参加しました。1号さんも参加しました。着工式はバイパス反対派の町民が横断幕を持って集合する中、行われたそうです。町内に3つある公立幼稚園の子どもたちは参加しなくても良かったのです。保育園は福祉施設。町に頭が上がんないのかな。

 本日の奈良新聞には「わけもわかってない保育園児を巻き込んで、お祭り騒ぎを行うことは許せない」という住民の声が紹介されてました。

 バイパス、遠からず作らねばならない物だとマルコは考えていますが、うちの子を勝手に政治利用しないでよ。とも思います。式典で配られたバイパスのイメージキャラの鹿の「やまとくん」で遊ぶ1号を見ながらちょっと複雑なマルコでした。


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援軍出動 - 2004年02月25日(水)

 おKさん微熱が続いております。そんなわけで援軍@保育サポーターM田さんに初出動してもらいました。まず、我が家にM田さんにきてもらい、いっしょにおK抱っこしてM田さんのおうちに行きました。M田さんのおうちはかなり大きな一戸建てで庭はたくさんの花が咲き乱れなんだかとっても居心地のよさそうなおうちでした。

 抱っこしてたおKさんをM田さんに託し、帰ろうとすると、おKさんパニックを起こして泣きますが、M田さんの「大丈夫ですから、行ってください!」の声に励まされて去るマルコ。大丈夫だろうか、1日泣いてる事になりはしないか、泣きすぎて痙攣でも起こさないだろうか、病気が悪化しないだろうか。自慢ではありませんがかなり様々な託児サービスを利用してきたマルコではありますが、いつも最初の一歩は心が震えます。 いつだって杞憂になる取り越し苦労のフルコースを通過儀礼のように体験いたします。しかし母が思うより子は48倍くらいのたくましさで常に母の予想を裏切り、状況を乗りこなして行くのでございます。

 それでもおKさんの別れ際の泣き叫ぶ声が耳に着いて離れない1日を過ごすのはやっぱり避けられないのでした。

 夕方、すっかりM田ファミリーの一員となったおKをあめでおさんが引き取りました。夜に帰宅したマルコはM田さんが自主的に購入してくれた大学ノートに記された1日のおKの様子を読み、やはり母が思うより64倍くらいたくましいおKさんの適応能力とそれを支えてくれたM田さんに深く感謝を捧げさせていただきました。あーめん。あっらーあくわばる。




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援軍来る - 2004年02月23日(月)

 本日はマルコは朝から子宇部で師匠の師匠の講演会を聞いて、昼すぎにさっくり抜け出して、梅田で拙HPに頻出する重要人物な方々と3人で中国語で昼下がりの密会をする予定でございました。

 駄菓子菓子、朝目覚めるとなにやら腕の中に熱い物体が。おKさん発熱でいらっしゃいます。しかしあきらめきれないマルコはあめでおさんには「今日の講演会は絶対休めないから」と言い(ホントはその後のミッションの方が重要)、病児保育サービスを必死で探しまくり、ついに21世紀職業財団に行き当たりました(この財団については前に法隆寺にいらしたタージマハール先生がお勧めになってくれたのでした)。
 ここはお上がやってる男女共同参画社会推進のための機関なんですがそこで地域の女性を募って保育サポーターを養成し、働く女性の問い合わせに応じて紹介してくれると言うサービスをしているのです。

最寄の地域事務所に電話して町内在住の人を紹介してもらうと、3名の方が養成講座を修了して待機中ということです。そのうちのお一人のマルコと同じ年ですぐ御近所に暮らしているM田さんという方に電話してみるとあいにくと留守番電話。留守電に伝言を残して、あめでおさんと1号さんを見送り、お熱のおKさんの検温をすると39℃7分。もはやここまでとあきらめ、今日会う予定だった中国語をしゃべる2人の友人に電話やメールで今日の密会のキャンセルを告げました。すると、他の参加者もお子さんが発熱してらっさることが判明。力なく慰めあい、次回の仕切り直しを約束して電話を置きます。

 するとそこに留守番電話を聞いたM田さんから電話がはいり、いつでも病児保育引き受けます!とのこと。でもまあ40℃近い発熱の子どもをあづけるわけにも行かないので今日はとりあえず、次回からの保育をお願いするための面接や基本的な取り決めをしましょう。ということになり午後2時に拙宅に来てもらうことにいたします。

 マルコはおKさんを病院にお連れし、昼食をとらせ、投薬をし、家をちょっと片付けるとすぐに2時。M田さんがいらっしゃいました。

 いい感じです。凄くいい感じです。お子さんは現在小学校高学年で1号さんが春から通われる小学校に居られるので1号さんの学童からの送り迎えもマルコが遅くなる時は頼めそうです。ずっとわが町でお暮らしの方だそうですがだんなさんが東京の方で正月やお盆は東京に帰省するそうです。料金設定も病気の時は時給1,000円で、元気な時は850円でみてくれることになりました。シッターサービスと比べて安いです。とにかく子どもの病気の時、夫婦二人だけで何とかしなくていいんだという安心感に肩から力が抜けました。

 ああ、なんか目の前が開けてきたな。もう病気でもなんでもどんときやがれ!って気分です。21世紀職業財団。皆様もお勧めですわ〜。気分はすっかり21世紀職業財団の回し者。


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ロールモデル - 2004年02月20日(金)

 今週は子宇部で集中講義を受けておりました。「開発教育」というお題で途上国でのデキゴトをいかにFAIRに日本国内にお伝えするのかと言うのが開発教育です。何を隠そうマルコは前職時代、開発教育担当チーフでございました。実践の場でがりがりやってたことを学問的に捕らえ直すというのはなかなか新鮮でございます。講師の先生は開発教育を最も早い時期に日本に紹介し、アフリカ女子教育支援の分野でも日本の第1人者の先生でした。

 先生は1970年代、関西で高校教師をしながら開発教育を実践し、80年代北海道の大学の先生になっていかれた方です。そのお話から逆算するとお年は50を超えてらっしゃるはずですがすらりとした長身の美しいお姿からはどうしても年齢が割り出せません。ちなみに女性です。
 北海道赴任時、息子さんが中学校2年生で、母親の単身赴任に周囲はそりゃあそりゃあ非難轟々だったそうですが「でもやっちゃった」そうです。お昼ごはんをいっしょに戴きながら、その当時の艱難辛苦ストーリーを伺い、マルコはちょっと泣けました。一緒に聞いてたのは修士課程のギャルだったり、博士課程の先輩のオジサマだったりしたのですが多分先生の身を切るような切実な家庭と野心じゃなくて学業の板ばさみはマルコが一番しっかり受け止めさせていただいたと勝手に考えております。

 それはそれは大変な話であっても、不可能な道ではないのだと耳元で言って貰えた様な気がします。

 今も年に1回アフリカの女子教育について調査し、発表し、国際的な会議のオーガナイザーになっちゃってそれでも涼しく「子育てって大変だよね〜」といえちゃう姿に突き抜けてった人のロールモデルを見る思いでございます。

 皆がそれが出来るわけではなく、個々を取り巻く環境も配役も体力的限界もそれこそ様々で、途中で頓死してしまう事例も多々あり、頓死者には頓死者の幸せがあるんだろうな〜なんて考えることもあるマルコではありますが、まあいつか突き抜ける日に備えて準備だけはしておきたいものでございます。

 嗚呼、マゾな生き方。

 所詮マルコは学校化社会by上野千鶴子)のエリート崩れ。マゾな生き方しか出来ません。


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誤作動 - 2004年02月16日(月)

 本日は国会図書館関西館にて自主研究日。空は青く、春がそこまで来ている気配が感じられ、るんるん気分(死語)でございました。

 嗚呼、駄菓子菓子、図書館入館ゲートを通るとぶ〜っという不穏なブザー音がなさいます。国会図書館ゲート付近はなんだかたくさん人手が居り、皆さんとっても暇そうなんですが、ブザー音に皆さんわらわらと集まってこられます。入り口で「おはようございます」というのがおもな任務の警備員さんもいそいそと近寄ってこられます。
 受付職員のチーフと思しき女性(その場で唯一の本章からの派遣とお見受けしました)大変訓練された深い抑制のきいた声で「申し訳ありませんが、しばらくその場でお待ちください」とマルコにおっしゃったあと、いずれかに電話。
「OX課長ですか?♪▲♯システムが作動しました。入館時ですのでおそらく誤作動かと思われますが、手荷物チェックをいたしますので立会いをお願いします。」
 
 手荷物チェックかい。

 そしてなが〜くひろ〜い廊下のかなたからOX課長がこちら岸に到着するのを待つ間、「何か電気機器はお持ちですか?」なぞと訊かれます。携帯以外はそれらしい物もないのですが金曜に大学図書館から借りた本を携行してましたので、「これですか?」と差し出します。折りよく課長もこちら岸に到着し(やっぱあの図書館無駄に床面積広いわ。)受付のチーフが大学図書館の本をゲートにかざして実験すると、果たして1冊が反応しブザー音が鳴りました。

 「そういえば大学でも貸し出し手続き後、ゲートでブザーが鳴って、もう一度機械にかけました。」と申告すると、チーフ女性が「この本ちょっと信号がきついんですね」とおっしゃります。、、、どういう仕組みなんざんしょ。

 課長は「大学でもこのシステムをお使いなんですか?」とやけにうれしそうに訊くので「ゲートでビーって奴です」と子どものような答えいたします。「メーカーはどこでしょうね?」とさらにマニアックな喜びという感じで訊いてくるので「さ〜そこまではわかりませんね〜」と突き放す。
 誤作動原因本のタイトルをチーフ女性がひかえている間、課長は「やっぱりこの機種を使ってるのは大学のメイン図書館ですか?」と訊いてくるので「いえ、私の大学には中央図書館はありません。学系ごとの付属図書館です。」と応えると、「大学は子宇部ですよね〜、へ〜学部図書館でこの機種使ってるんだ。へ〜」とあくまでもマニアック。図書館ゲート機種マニア。あんまりお目にかからない分野の奥の細道な方でした。

 そうこうするうちに手続きも終了し「お帰りの際、ゲート前でお声をかけてください。」といわれ、集まってた館員さん全員に「お手数をかけて失礼いたしました」と頭を下げられました。

 どうでもいいですが、館員さん多すぎですな。あんなにたくさん集まっていらしたら、他の入館者は「何事か?」と思ってこちらを見られるのではづかしいです。実質チーフ女性一人しか働いてなくて後は黙ってみてたり、図書館ゲートに萌えてたりあんまり役に立ってませんでした。

 図書館に足繁く通うのって、個人的にはちょっと恥ずかしいので出来るだけ目立たなくしていたいんですが、次回から顔パスでは入れそうです(嘘)。


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生活発表会 - 2004年02月14日(土)

 本日は表記の行事でございました。

 昨年は風の谷のナウシカで町民の度肝を抜いた1号さんの担任保育士さん今年も体育会系に不可能を可能にするかと思いきや、じゅげむを題材に子どもに名前をつける親の気持ちのようなことを主題に1年間の四季を通じて子どもたちが成長する姿をじゅげむとその友人たちが演じていくと言う結構しぶくも、親の涙腺直撃な秀作でございました。

 1号さんはじゅげむちゃんとの掛け合いでじゅげむちゃんの本名を延々と言う役でした。じゅげむ本名を言う役は5人いたんですがその5人が延々と「じゅげむじゅげむごこうのすりきれ〜」を繰り返すので話がぜんぜん進まないと言う落語的場面を担いました。1人暗誦し終わるたびに客席から拍手が起こるのですが5人目の1号さんの時は拍手もまばらでした。

 その後冬がやってきたことをナレーションする役もやったのですが、「雪、、、、」というナレーションの出だしで、手をかざして雪を受け止めるしぐさをしながら台詞を言い出すなど、なかなか演技も入っており、昨年台詞を言えるかどうかで往生したのとはかなり異なる様子で1年という時の流れが幼児に与える影響の大きさに感嘆いたしました。

 生活発表会後、家族でおいしいパン屋さんでパン買って、法隆寺境内でパンを戴き、大講堂前の石の階段で法隆寺カルトクイズを家族で行い、その後、帰宅。

 家ではバレンタイン・チョコレートをまたもや手作りで1号さんが作成し、作成後わざわざ一張羅に着替えてあめでおさんに贈呈。そんな麗しいさまを私とおKさんは鼻くそほじって見物したのでした。


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酒井順子�ぁ舛泙澄△笋蠅泙后� - 2004年02月13日(金)

(つづき)

3)女のセギュメント(分節)構造

 セギュメント構造というのは文化人類学の古典エバンズ・プリチャードのヌアー族で紹介された概念です。たとえばヌアー族の1戦士である私が私の兄弟とケンカしているところに従兄弟が攻め込んでくる。従兄弟よりもより近しい関係にある兄弟とのケンカはとりあえず中止して、兄弟と共同で従兄弟と戦う。そこにおじいさんの兄弟の孫たちが攻め込んでくる。すると従兄弟と休戦して共同でより遠いカテゴリーのおじいさんの兄弟の孫たちと戦う。そこに隣村の若者が攻め込んでくれば親族同士はとりあえず休戦し、共同して隣村の若者に対する。さらにそこに異民族であるアザンテ族が攻め込んでくるとヌアー族の若者は部族の内紛を休戦し、部族の若者はアザンテ族と戦う戦友に早変わりする。

 まあこれがセギュメント(=分節)構造です。

 さて、ワタクシは専業主婦さんではありません。以前より仕事が減って、稼ぎも悪くなり社会保障もやばくなって、より専業主婦さんに近い存在になった今、専業主婦で満ち足りて幸せになってしまう自分像がかなりリアルで(間近で見ると思ってたより楽しそうです>専業主婦)それがたまらなく怖いのです。わたしは専業主婦さん道を邁進するのを恐れる女なんだと思います。しかし負け犬@自給自足の女、酒井順子が専業主婦を「鈍感盛り」のお年頃(P.34)、と断じると、「そうでもないよ、子育て中ってけっこう内省的になっちゃうんだけどさ〜」と思わず専業主婦さんを弁護してしまう自分がいます。
 しかしスポーツ記者の岩田暁美さんの「壮絶な戦死」に対する広岡達郎氏のコメント「社会人としてはいい仕事をしたが女としてはどうだったのか」(P.204)に接すると、たちまち、「だまれ!おやじ!!」という魂のシャウトが湧き上がります。
 わたしが普段シンパシーを抱いては負けてしまうと気をつけている専業主婦さんも、負け犬と言う他者の前ではとたんに子育て中の仲間になり、おやじの女卑的発言の前では負け犬も勝ち犬も女の名のもとに結束する。これが今回感じた女の分節構造です。負け犬は他者であっても、やっぱり広い意味では戦友なのです。

 きっとゴリラが攻めてきたら、おやじとも仲間になれるかもしれません。

4)つきぬける

 本書の巻末に「負け犬にならないための10か条」と「負け犬になってしまってからの10か条」が添付されています。

 さて負け犬になってしまってからの10か条で一番最後に「突き抜けろ」と酒井氏は負け犬を鼓舞して筆をおきます。「せっかく負け犬になったのだから、たとえ奇人変人と言われようと、途中で力尽きて倒れようと、勝ち犬には決して出来ない突き抜け方をしてもいいのではないか」(PP.274〜275)この突き抜けられない勝ち犬に関しては我が畏友さるとるさんが「現象的には勝ち犬であっても、仮性負け犬として突き抜けていけるのか自分は、いや突き抜けてやる」という母の幸せの中にからめとられようとする自らの野心への血の滴るような切ない思いを淡々と日記にしたためておられます。

 なぜ勝ち犬は突き抜けるのが難しいのか。なぜ負け犬は突き抜けようとすると「(仕事では成功して、美人で頭が良くて、センスがよくても、)あなたは、女としてしあわせではない。」(P.172)という殺し文句に足をすくわれねばならないのか?何故勝ち犬も負け犬も突き抜けるのをは何者かにばまれるのか?

 この辺のなぞはフェミニズム人類学の古典論文シェリ・B・オートナーの「女性と男性の関係は自然と文化の関係か?」でも紐解くといいと思います。この論文はこちらでも読めます。

 人間はあるがままの自然を秩序付け、文化を構築することによって人間となった動物です。普遍的に人類の認識は自然(無秩序)と文化(秩序)の二項対立で出来上がってると大昔の西欧の学者さんたちは言いました。この二項対立をジェンダーに当てはめたのがオートナーの弁です。女は出産と言う自然的な機能を肉体に内包するゆえに自然に近い社会的役割(家事・育児・男性の仕事よりはやや低次な仕事)や象徴的役割(神に近かったり、不浄だったり)を担い、男性よりもより自然に近い存在とみなされます。対して男性はより高い次元の文化をになう存在であるというのです。

 たとえばまったく自然状態の赤子を社会化する教育において初期段階の保育園・幼稚園・小学校教育は女性が担い、高等教育はおもに男性教諭によって遂行されます。
 また、生ものと言う自然状態を調理して食べられる状態にする時も家庭料理は女性によって担われるが一般的に高い文化的価値を付与される高級料理(フランス料理も中華料理も日本料理も)や宮廷料理は男性調理人によってになわれる、というのもなかなかわかりやすい例でしょう。
 
 自然にアナロジー(類推)された出産する女は普遍的に文化にアナロジーされる男性に対してより低い地位を付与され続けてきたとオートナーは説きます。じゃあ、オートナー、出産しない負け犬は自然の罠にはまらずに、高い文化的な価値まで突き抜けることが可能なのではないでしょうか?

 理論的には可能なのです。

 だから自然的行為=出産を行わないから「女としてどうよ」なんて堂々巡りのような野次には耳を貸さずに、負け犬よ、突き抜けろ。とマルコも思わずエールを送りたくなったりします。

 そして自然的行為=出産とそれに続く育児にどっぷり戯れた勝ち犬も、1,2年我慢したら是非突き抜けましょう。いろんな方向に。昔と違って出産のメカニズムは解明されてきたんだしさ。そんなに物凄いブラックボックス抱えてるわけじゃないんだからさ。

 負け犬と勝ち犬の融和の可否がもしかしたら、次世代の女性の地位向上に物凄い大きな影響を及ぼすかもしれませんね。セギュメント(分節)構造的には戦友になれる可能性もあるのでぜひ、異文化摩擦を起こさずにありたい物だと思います。そのための異文化理解の書として「負け犬の遠吠え」はなかなか良書だったのではないでしょうか。


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酒井順子��〜まだ、やるか - 2004年02月12日(木)

 本日は「負け犬の遠吠え」で参りたいと思います。

1)読み替え

「負け犬」という言葉のインパクトの強さから様々に誤読もされているようで、その様子はみんみんさん日記に詳しいです。
さて負け犬は未婚女子(30代後半)、勝ち犬は既婚女子をさす、と序文(PP.7〜8)にありますがこの勝ち/負けは単なる記号であって本来の負け(マイナス)勝ち(プラス)のからちょっと遊離しています。作者は「未婚の楽しさ、ラクさを正面から謳うと既存の価値体系にガッツリはまってる勝ち犬に攻め込まれるのでおなか出して負けのポーズとっちゃいましょう。」(P184あたりのことをまとめました)とは推奨していますが負けはあくまでポーズであって、ハラの中ではぜんぜん負けてないのが味噌です。

 ところがそういう作者の微妙なイメージ操作を確信犯的に誤読して、負け(マイナス)は勝ち(プラス)になりたがっている、つまり女は結局結婚したがってる的な誤読がおやじ系雑誌週刊B春等で散見されます。

 そこでこういう不愉快な誤読を避けるために負け犬/勝ち犬の対立軸を未婚/既婚に設定するのではなく、自立/依存もしくは自足/他足と言う対立軸に読み替えると誤読は減るように思います。負け犬とは他者に依存せず、「喜び」も「人生の孤独との対決」も「老後の暮らし」も基本的に自給自足する存在なのです。対して勝ち犬とはなんらかの他者との関係性の上に「喜び」やら「孤独の紛らわし方」や「老後の設計図」を築いてる人間です。そんなわけでいくら経済的・精神的に自立してようが、夫と話し合いながら人生歩んでる女は勝ち犬に分類されるのです。

2)在る者と無い者の間の壁

 今から10年前、わたしはケニアで青年海外協力隊員をしてました。家族計画やエイズ知識等リプロダクティブヘルス関連の情報を普及するのがおもな任務でした。わたしの勤務していた地域は伝統的な女児割礼が行われる地域でした。少女のころクリトリスを含む性感帯を全て石のナイフで切除した50代の女性をインタビューしたことがあります。割礼をされるというのはどういうことか聞き取ろうとしたのですが性的快感をあらかじめ削除された人と性的快感について語り合うのは結局不可能で、お互い何について語りたいのかよくわからんような状態になったことがあります。

 未婚者は決して既婚者になる前段階の人ではなく、既婚者とはまったく違う人生を選んでそこに至った人々である。つまり既婚者にとって彼らは他者なのだ。ということが本書の最後で語られます。日本の大物負け犬、紀宮の和歌に託して語られる「1人だから感じることのできる雪の美しさ」(P.246)は勝ち犬があらかじめ削除されてしまった静イツを愛でる感性です。負け犬はその長い負け犬としてのキャリアでこの感性を獲得するのだと作者は語ります。

 また、負け犬が獲得し、勝ち犬が最初から欠落している大事な物に「孤独のコントロール技術」もあるでしょう。老後は配偶者の死後は誰だって基本的に(子どもがいたって)孤独です。子どもや心の通わない配偶者
がいるから余計孤独と言うこともあるでしょう。孤独のコントロール技術。これは21世紀型人間として必需品でしょう。この必需品を勝ち犬は石のナイフで切り取られたように欠落しています。

 もちろん勝ち犬が長い勝ち犬生活で獲得した物を負け犬が最初からもっていなかったりもするでしょう。

 違いを認めること、互いの違いや欠落を尊重することが結構大切なように思います。

 本書は長く未婚でおり、その過程で育まれ、最後まで自足して生きる静かな決意のもと培われた「負け犬文化」のエスノグラフィー(民族誌)を目指しているのでしょう。ただ、おもに女の負け犬文化圏でフィールドワークが行われているため、男の負け犬文化圏や勝ち犬文化圏での考察がいまいち甘い点が気になりますが、まあ、今後に期待です。

(つづく)


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順番がかしいでる - 2004年02月10日(火)

 1号さん、日曜夜から発熱で、月曜、火曜と臥せっておられます。2日ともマルコが予定を変更してべったりおうちでお世話をいたしました。川崎時代、1号さんが喘息発作やお風邪を召され、お臥せりになられると、あめでおさん、マルコ、あめでお母、マルコ母の4名のうち誰がどの順番で1号に寄り添うかが決定され、同一人物が2日間社会生活を犠牲にすると言うことはございませんでした。巧妙なマルコはたいてい第4日目の付き添いを希望し、それまでに1号さんが復活を遂げられればマルコの有給消化はゼロで済んじゃったりもいたしました。

 しかし今、ルビコン川を渡り、はるかガリアの地に深く分け入ってしまった私ども一家はじじばばの援軍を到底望むべくもなく、しかもマルコはしがない学生さん&非常勤講師の身。子らの病気の看病の重責はがんがんとマルコの筋肉質の双肩にのしかかってくるのでございます。

 それでも「わたしゼミに出たいから、あめでおさん教授会サボって」とか強気で暴言吐いて暴動起こしたりもしてたんですが、ゼミもないたんなる自主研究日というのは本当に侵食されます。敵だって既に春休みに突入し、自主研究日なんですが金をもらってる人の自主研究日と金を払ってる人の自主研究日が対決すると前者の方が優勢です。

 それでも今日はマルコ勤務先の期末試験の採点結果提出締め切りだったので、出勤前のあめでおさんがマルコ勤務先に立ち寄って採点簿を教務に提出してくれました。

 冬が行き、子らが少しでも成長し、強いからだを手に入れられることを祈らずには居れません。

 余談ですが、1号さんは一気に39℃ほどの高熱を発せられたので、かかりつけ医、ダンディDr.Kは「こりゃあインフルエンザですよ〜。」といい1号さんの可憐な鼻の粘膜をお取りになり、インフルエンザチェックをなさりましたが見事陰性でした。あきらめきれないDr.Kはもういっかいチェックしてましたがやっぱ陰性でした。チェック1回につき、10分ほど待たされるんですが、Dr.Kの「ここまで待たせたら、意地でも陽性になってもらわな」という熱意が面白かったです。結局空ブリだったわけですが、Dr.Kは帰ろうとする私たちを玄関まで送ってくれて「いい子で鼻の粘膜とらせてくれたのに、ごめんね」と謝っていました。

 先生、患者はインフルエンザじゃないほうがうれしいのでございます。


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危機一髪 - 2004年02月06日(金)

 今日ちょっとどきどきする事件に遭遇いたしました。めずらしく近鉄をつかって帰宅したのですが最寄り駅に止まらない急行に乗っていたので手前の郡山駅でフツウ電車に乗り換えようと、ホームで電車を待っていたのでございます。

 すると、特急の通過電車がいらしたのですが、物凄い警笛とブレーキ音。特急電車の中の人は宇宙遊泳しちゃったんじゃないかという勢いで特急は駅手前の踏み切り前で急停車いたしました。何事かと思ってそちらを見ると、特急の急停車した2メートルほど先の踏み切りにうずくまる少女の影。靴が線路に取られて転んでしまった女子中学生もしくは高校生がいたのです。特急がどうにか寸前で止まったのを確認して駅員さんたちが救助に向かい、少女は運び出されていきました。

 そして、特急列車もしずしずと運行再開。危機一髪を乗り越えた真っ青な顔の特急の運転手さんにむかってホームにいたおじさんやおばさんが「よかったねえ、運転手さん」と手を振っていました。マルコも小さく拍手したんですが運転手さんはまさに「眼中にない」状態でした。女子中学生か高校生のお方、生還、心より祝着でございます。


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秘密結社・美少女 - 2004年02月05日(木)

 なんだか怪しいタイトルでございます。

 さて、1号さんはマルコとはちょっと異なる幼少時代を歩んでおられます。マルコは割と燻し銀のポジションでシニカルに笑って立っている幼児だったんですが、1号さんの立ち位置は「はかない美少女」と言うところなんでございましょうか。マルコが歩んだことのない美少女道を歩んでらっしゃいます。

 美少女ポジションに縁のなかった私には想像できないんですが美少女には美少女同士のネットワークというか秘密結社があるんでございます。1号さん年中クラスの時から年長組の美少女の子から「お手紙」をもらっちゃってたりもしたんですが、このごろクラス内の美少女同士でお手紙がやりとりされているのでございます。手紙の内容はこんな感じ。

「1号(呼び捨て)。いつもかわいいね。1号のなにがそんなにかわいいかおしえてあげようか。それはね、、。えがお、だよ。だいすき!かわいい1号」

 な〜んて手紙がやっぱり美少女の誉れ高いMちゃんから届けられ、1号もせっせと他の子やMちゃんにそれぞれのかわいらしさ、美しさを褒め称えるお手紙を書いてるんざんすよ。

 あんまり外見ばっか気にすっと、中身が空っぽになるぞ〜。と中身ばっか気にして外見にかまわない青春を送ってしまったマルコはひがみ半分で思ったりするんですが、あらゆる点でわたしとは異人種の1号。美少女道に邁進しております。

 「まったくジェンダーな奴め」

 とか言っていたらこのごろ自分でも

 「だって1号ちゃんジェンダーなんだもん」

 などと言うようになってしまいました。
「ジェンダーってどういう意味?」と聞いてみると「かわいいお洋服とかピンクのスカートとかが大好きなことよ」とお答えになりました。な、なるほど〜。




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ドキュメント節分2004 - 2004年02月03日(火)

 まためぐってまいりました。この日が。

 今日は節分でございます。法隆寺に重文級の鬼が出て、国宝の建築物で巨大松明振り回して遊ぶ日でございます。鬼追いの儀式、追難会と申します。

 前日おKさんがちょいと体調悪かったんですが、この日には復活し、マルコは神戸方面にて集中講義なんかがあったんですが「午後5時に保育園にて家族は全員集合」というあめでお隊長の号令のもと、授業を早退して斑鳩に戻ってまいりました。

 そして近くのスーパーでまたもや黒山の人だかりを掻き分けて、太巻きを購入し今年の恵方は東北東であることを確認し、帰宅。1号さんは昼ごはんの保育園の給食も太巻きをクラスの友達と東北東向いて無言で食べたそうですが、夜もやります。正しい斑鳩町民としてこれはやらねばならないのです。太巻き丸かぶりでございます。

 どうでもいいけどマルコは食べ終わるまでマジで口もききませんでしたが、1号さんとあめでおはひそひそ声で会話しています。ひそひそ声なら許されると思ったら大間違いでございます。

 そして皆で着膨れて極寒の2月の夜、法隆寺へチャリでGO!

 7時半に法隆寺境内の西側の小高い丘にある西円堂、別名「峰薬師」に到着すると既に200人ほどの人々が集合し、太鼓と鐘がケニアの葬式のタムタムのように厳かに徐々に盛り上がりながら奏でられています。

 7回の演奏が終わると、ついに岡本、法起寺集落の皆さんが巨大松明を掲げて登場。西円堂の周りには金網でバリアが張られています。



 そして鬼が3匹おもむろに登場し、マサカリや槍などそれぞれの獲物で所定の所作をした後、松明を受け取ります。



 そんで観客めがけて水平に投げます。



 昔は金網のバリアがなかったそうです。在って良かった、ビバ・バリア。

 自分の目の前の金網に松明が投げつけられると頭から火の粉をかぶります。今年おKさんを抱いたマルコはかぶりました。

 「おに〜!こっちに投げて〜!」という大胆な大絶叫が聞こえます。な、なんと1号保育園の親友Kチャンの声です。今年はあめでおさんとマルコが追難会の素晴らしさを保育園で説いたので同じクラスのお友達が何人か来ていました。法隆寺伝道師として大変喜ばしいことです。まあそんなわけで今年も興奮の節分ナイトは更けていきました。

 節分、こんなに興奮する行事になるとは。豆だけまいてたころには想像も出来ませんでした。


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赤いランドセル - 2004年02月01日(日)

 1号さん本日学習机とランドセルをご購入になりました。

 ランドセルは背負って帰ってきました。気分はすっかり小学生で「学校ごっこ」
をするというのでマルコ先生役を賜りましたので、授業をします。

 「何と何を足したら6になるか全部言って見ましょう。」という問題を出してみると9までの数字はちゃんと分解ができることが判明。「9は1と8、2と7、3と6、4と5を足すと9になります」
って感じです。ちなみに「4足す5は?」という質問には答えられませんでした。発想には順序があるのですね。数の分解が出来てから、足し算は可能になるのかな?

 次にあめでおさんが先生役を賜り、日本地図をみながら北海道、本州、四国、九州などの島名を聞いていくと四国を知らないということが判明。関西と関東については物凄くよくわかってますがそれ以外はかなり怪しいですな。日本地図を見ながら「ところでドイツはどこ?」とか聞いていました。

 保育園のクラスの中には英語を習ったり、公文式に行ったりしている子もいるようですがうちはほとんど意識的に何かを教えるという行為はしませんでした。自然状態の子どもの世界認識というのは結構面白いので4月までわずかな1号さんの自然状態を楽しみたいと思います。4月になれば世界を体系的に紐解く「教育」が始まってしまうので、1号さんの幼児独特のとっぴな発想も徐々に失われていくのでしょう。行く春を惜しむように、真っ白なおさなごの社会化を見守る春なのでした。


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