橋本裕の日記
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2002年04月30日(火) 青葉山登山

 一昨日の4月28日(日)、妻と次女と私の3人、それと愛犬リリオで、青葉山に上った。青葉山というのは、私が小学校の2,3年生の頃に住んでいた福井県と京都府の県境にある山だ。標高660メートルあまりの、美しい休火山で、その姿から若狭富士と呼ばれている。

 中腹にある松尾寺まで、車で上り、そこから2時間ほどかけて、山頂を目差した。私は二回目だが、妻や娘にとってははじめての青葉山登山である。竹林を抜けてしばらく行くと、鳥居があり、そこから道が険しくなる。私はリリオを抱いて、吹きだしてくる汗を拭きながら登った。

 途中、昼食を食べた。山頂で食べようと思っていたが、思った以上の難行で、栄養補給が必要だった。しかし山の中で、鶯の声を聴きながら食べるおにぎりやお茶の味は格別だった。樹間を吹き渡るひんやりとした風が、汗ばんだ肌に快かった。

 登るにつれて、山のようすも変わってきた。杉木立がいつか樺や楢などの原生林になっている。傾斜はさらに険しくなり、苦しかったが、休み休み、どうにか登った。頂上に花崗岩の大きな岩が露出していて、その上に立つと、360度のパノラマが楽しめる。高所恐怖症の私は、片手にリリオを抱きながら、必死の思いでその岩場をよじ登った。

 眼下に若狭の海が見えた。少し離れたところに、美浜町の原子力施設が見える。晴れていたが、遠くは霞がかかって、はっきりしない。秋の澄んだ日だと、ここから遠く立山が見えるという話も聞いた。頂上の風はすこしひんやりした。十分もいると、肌のほてりがすっかり引いていた。

 山から下りて、そのふもとの青郷という村を訪れた。妻や娘に私がかって住んでいた家や、小学校を見せた。私と母が毎朝、弟のおしめを洗いに通っていた川がその近くにある。その川の袂に車を止めて、眼前の青葉山をもういちどしみじみと眺めた。

 ふるさとの みどりは深し 青葉山   裕
 


2002年04月29日(月) ほんとうのこと

 昔の日記からの詩の引用も、今日で終わりたい。しかし、手元に置いて読み返したい詩、過去の生活の匂いを持っていて、愛着を覚える詩がまだいくらもある。近々「橋本裕人生詩集」として、38篇ほどをHPに載せてみたいと思っている。

   ほんとうのこと

  ほんとうのことは
  難しい言葉を使わなくても
  やさしく表現される

  深さというのは
  森の湖のようなもので
  表面を覆っている
  いらないものを捨てきれば
  しぜんに底まで見えてくる

  このことがわからずに
  人は虚飾の迷路に入り
  むつかしい言い回しを考えて
  頭がいいなどと自惚れて
  湖の表面をかきまわすので
  ますますほんとうのことがわからなくなる

       (1986年4月26日)


2002年04月28日(日) 存命のよろこび

 私の好きな哲学者マルクス・アウレリウスの言葉に、「明日はもう、いのちなき者のごとくに、今日を生きよ」というのがある。明日という日が、未来永劫つづくと考えるから、人は今日という日を粗末にするのだろう。さて、今日も、むかしの日記から、詩の引用である。

  存命のよろこび

 いま、ここに、「在る」ことの喜び
 何が楽しいというのではない
 ただ「在る」ことが喜びなのだ

 生きていて
 世界を感じることができるということ
 そのことがどんなに不思議で
 かたじけないことか

 水と
 空気と
 日差しとともに
 私と、私が愛するものたちが
 いま、ここに、こうして「在る」こと
 こんなにうつくしい奇跡が
 ほかにあろうか
 
(1989年8月23日の日記より)


2002年04月27日(土) もう翼はいらない

 先日友人と昼食をして、木曽川の河原に遊んだ。そこでぼんやりと景色を眺めながら、あれこれ雑談して、楽しい時を過ごしたが、そのとき近くに小石で囲んで、ものを燃やした跡があった。

 近々十数冊の日記を処分するつもりだが、その場所として、ここはおあつらえ向きだなと思った。河原にいた1時間ほどの間にも、人は全く来なかったから、そこでこっそり日記を燃やしても誰にも気付かれないだろう。

 しかし、これだけ大部の日記帳である。結婚以来の20数年間の私の人生の貴重な思い出が詰まっているわけで、愛着がないわけではない。そこで、最近、処分する前に、もう一度目を通そうと、ぼちぼち読み返している。これから、昔の日記を引用する機会が増えるかも知れない。

 今日もまた、昔の日記から、ちょっと風変わりな詩の引用である。どうしてこんな詩が出来たのか、それは秘密である。

  もう翼はいらない

 あたたかく
 抱かれていたい
 あなたの胸に

 小鳥のような
 やさしい目をして
 やすらかな
 ほほえみとともに

 そうすれば
 もう翼はいらない
 あなたの胸が
 私の世界だから

(1988年12月26日)


2002年04月26日(金) 人生の逆上がり

 人生、ときには必死で頑張らなければならないときがある。涙をこらえて、唇をかみしめて……。ひきつづき、昔の日記からの引用である。

  鉄棒

 娘が鉄棒にとりついている
 もう何回もやりそこねて
 目に涙をうかべながら……
 さかさまに髪が垂れて
 顔を真っ赤にしながら
 何度やり直してもできない
 逆上がりの鉄棒

 お父さんにも覚えがあるよ
 そうやってくやし涙を流しながら
 数え切れないくらい
 人生の逆上がりをやってきたんだ
 いまも、ほら、娘よ
 お父さんも唇を噛んで
 人生の鉄棒を
 がんばっているのだよ

 (1983年12月12日の日記)


2002年04月25日(木) ふるさとの道

 昨日に引き続いて、昔の日記からの詩の引用である。なんだか、日記の手抜きのようだが、たまにはいいだろう。近いうちに日記は廃棄したいと考えているので、こうした引用も私にとって意味のないことではない。

  ふるさとの道

 土の道が少なくなった
 かたわらにタンポポやオオバコがしげり
 右や左にきまままに曲がっていて
 石垣や木立の間を鼻歌をうたいながら
 暢気に歩いて行ける
 そんな土の香りのする道が
 めっきり少なくなった

 僕や弟を育て
 僕たちをいろいろなものに出会わせてくれた
 ふるさとの道
 母の膝のようにあたたかく
 木洩れ日と風と雲のにおいのする
 ふるさとの道を
 もう一度歩きたい

 (1983年12月11日の日記)


2002年04月24日(水) 花のように

 この数日、新しい「人生歳時記」を編集するために、少し精力を使った。連日の寝不足がつづいたせいか、頭がはたらかない。そこで、今日は昔の日記のなかから、詩をひとつ選んで紹介しよう。

  花のように

 花のように、素直に自分を咲かせたい
 そして、無心に微笑んでいたい
 雨が来ても、風が来ても
 たとえ何ものかの手で
 いのちが断たれようとも
 最後まで、楚々と香り高く
 多くに人々に
 幸せを与える花でありたい


2002年04月23日(火) 魂に点火

 昨日に引き続き、「虚数の情緒」(東海大学出版)について書こう。著者の吉田武さんは「巻頭言」にこんなことを書いている。

「著者は、現在の日本型教育の最大の問題点は『教え過ぎ』の一言に集約されると考えている。十分な理解を得る暇もなく、次から次へと大量の法則、公式、事例などを、これでもかと流し込んで行く、その結果は、大きく二通りに分かれる。

 流し込み、詰め込みに成功した者達は、大学教授までは良い結果を残し、あたかも人生の成功者の如く振る舞えるが、反面、幅の広い考え方を学ぶ機会を逸する場合が多く、伸び悩む者も多い。

 一方、失敗した場合には、大きな挫折感とともに『知的下痢状態』とでもいうべき虚脱感に襲われ、その後一切の知的活動を受け付けなくなる者もいる。どちらにしても日本の将来について望ましいことではない。

 特に、問題なのはその低年齢化である。学ぶ内容によって、それを学ぶに適切な年齢というものがある。これらを全く無視し、興味の持てない事柄を、暗記力を頼りに形式的に学習させていくと、真に美しいこと、不思議なこと、を感じ取れる適切な年齢になる前に感受性が麻痺してしまう。これでは学問は無感動な若者を大量に世に送り出すだけの遺物になってしまう。

 教育に携わる者にとって、最も重要な行為は、『人の心に火を点ける』ことである。一旦、魂に『点火』すれば、後は止めても止まらない。自発的にその面白さの虜となって、途を極めていくだろう。それでは、どうすれば点火するのか、点火装置はどこに在るのか。それは『驚き』の中に在る。

『驚き』を教えることは、何人にも出来ない。人が驚ける能力、これこそ天からの賜である。この意味に於いて、子供は天才である。驚きを失った大人に点火する方法はない。火種は尽きているのである。

 ところが、昨今、この掛け替えのない『驚く能力』を摩滅させる行為が白昼堂々と行われている。徒に知識の量を増やし、何事にも『驚かない子供』を教育の名の下に大量生産している。これはあきらかに犯罪行為である」

 学問の母が「驚き」であることは、アリストテレスも言っている。驚くためには、「ものそのもの」との、本当の出会いがなければならない。現在の知識偏重の教育は、この出会いを子供たちから奪っている。吉田さんが言うように、これはたしかに、人間のたましいに関わる、第一級の犯罪行為である。 


2002年04月22日(月) 「虚数の情緒」

「虚数の情緒」(東海大学出版)という1000ページもある分厚い数学の本を買った。帯には「虚数を軸に人類文化の全体像を目差した20世紀最後の大著。新世紀の教養はこの書から始まる」と書いてある。さらに・・・

「宇宙は、人類は、如何にして誕生したか? 古代の粘土板は何を物語っているのか? 誰が、何の目的で、数学を作ったのか? 何故『数学』を学ばねばならないのか? 『虚数』は存在するのか、しないのか? 量子力学とは、場の理論とは何か? 最新脳科学は何を基盤にしているのか? 答えはすべてこの本の中にあります」

 ずいぶん大風呂敷を広げたものだ。著者の吉田武さんは京都大学の教授で、れっきとした数学の先生である。「本書は人類文化の全体的把握を目差した科目分類に拘らない『独習書』である。歴史、文化、科学など多くの分野が、虚数を軸に悠然たる筆致で書かれている。・・・・時間を掛けて読まれることを希望する」と書いている。よほどの自信作に違いない。

 それにしても、「虚数の情緒」とは変わった題である。数学と言えば、論理や計算が売り物である。情緒の世界とはかけ離れているように思えるのだが、数学者も一流になると、どうやらそうでもないらしい。このことについて、やはり国際的な数学者で、京大数学科の名物教授だった岡潔さんが、「人間の建設」(岡潔・小林秀雄対話録)という本の中で、こんなことを語っている。

「数学は知性の世界だけに存在しうるものではない、何を入れなければ成り立たぬかというと、感情を入れなけれは成り立たぬ。数学の体系に矛盾がないというためには、まず知的に矛盾がないということを証明し、しかしそれだけでは足りない、銘々の数学者がみなその結果に満足できるという感情的な同意を表示しなければ、数学たとはいえないということがはじめてわかったのです。

 じっさい考えてみれば、矛盾がないというのは感情の満足ですね。矛盾がないというのは、矛盾がないと感ずることですね。感情なのです。そしてその感情に満足を与えるためには、知性がどんなにこの二つの仮定には矛盾がないのだと説いて聞かしたって無力なんです。ともかく知性や意志は、感情を説得させる力がない。ところが、人間というものは感情が納得しなければ、ほんとうには納得しないという存在らしいのです」

 岡潔さんはまた、「頭で学問をするものだという一般の観念に対して、私は本当は情緒が中心になっているといいたい」とも書いている。学問がたんに理性の産物ではなく、情操や情緒によって動機づけられ、高められているという視点は、とても大切ではないかと思っている。


2002年04月21日(日) スペインの内戦

 昨日、「蝶の舌」の解説を書きながら、映画の背景になっている「スペイン内戦」について、もう少し知りたいと思った。そこで、さっそくいつものように、インターネットで調べてみた。以下に記すのは、その要約である。

 1931年4月12日、スペインの地方議会選挙で共和制を支持する政党が圧勝すると、国王アルフォンソ13世は国外へ亡命し、第二共和制政府が成立した。人民戦線のアサーニャが首相にえらばれ、さっそく民主憲法の公布をはじめとする大改革に着手する。

 大土地所有制度 の解体を柱とする農地改革、宗教の自由、結・離婚の自由、国家と教会の分離、さらに女性参政権の実現やイエズス会の解散にまで踏み込んだ改革が進められ、カタルーニャやバスクに自治権を与えた。

 これに対して、地主、教会、軍部を中心とする右派が反発した。さらに、世界大恐慌がスペインに波及し、経済が混乱した。その間隙をついて、ヒル・ロブレス率いる右翼連合が台頭し、アサーニャは33年9月に辞任に追いやられた。

 つづく総選挙で共和派は破れ、右翼連合が政権を掌握した。これに対して、翌34年には、カタルーニャの共和国宣言、マドリードでのゼネスト、そしてアストゥーリアス地方では社会、共産そしてアナーキストらが反乱を起こすなど、世情が騒然としてきた。

 1936年2月に実施された総選挙で、再び左派の人民戦線が勝利し、アサーニャ政権が返り咲いた。これに対し、7月18日、フランコ将軍が蜂起し、スペインは内戦に突入した。ヒトラーはフランコ将軍を応援するために、北部バスクのゲルニカ市を無差別空爆した。

 一方で、反ファッショや自由のために世界中から約7万人もの人々がかけ参じた。その中にはヘミングウェーのような文化人や知識人も大勢含まれていた。スペイン内乱について後に多くの文学作品や記録が残されたのはこのためである。

  1939年4月1日、フランコ将軍の勝利宣言と共に内戦は終結した。してこの後彼は、長期の独裁体制を築き、国家元首として君臨することになる。フランコの独裁体制は、彼が1975年に死去するまで36年間続いた。この間多くの共産主義者や共和派の人々が処刑された。

(参考サイト) 「スペイン現代史へのおすすめ」
       http://www.spain-japan.com/xx/xx.html


2002年04月20日(土) 映画「蝶の舌」

 北さんにすすめられて、映画「蝶の舌」のビデオをみた。この映画は1936年のスペインのガリシア地方が舞台である。自然ゆたかな田舎町の小学校に、喘息のため遅れて入学した8歳の少年モンチョと、定年を前にした老教師グレゴリオとの心の交流を抒情的にしみじみと描いている。

 少年はグレゴリオから勉強だけでなく自然界の神秘を教えてもらいながら成長していく。村人たちの牧歌的な生活がえがかれ、少女との淡い恋があり、少年たちが参加する村の音楽隊の活動が描かれ、画面には南国スペインの美しい音楽が流れる。

 しかし、そうした心温まる人々の営みの背後に、いつしかスペイン内戦の勃発という政治の暗い影が差しはじめる。そしてやがて軍部のクーデターによる共和派の一斉検挙という悲劇が彼らを襲う。北さんがかって掲示板に、この映画の解説を書いてくれたので、それを引用しよう。

<蝶の舌というのは、ゼンマイのように巻いていて、蜜を吸うときに伸びるのだと、ある授業でグレゴリオ先生は、少年モンチョに教えた・・・。

 1999年のスペイン映画「蝶の舌」(監督:ホセ・ルイス・クエルダ)を見た。老教師グレゴリオの演技がすばらしかった。画面の美しい映画だった。主人公の少年モンチョの表情がよかった。

 歴史の中でも最も暴力と野蛮が支配したと言われるスペイン内戦の前夜1936年。共和派の自由主義を弾圧する軍部クーデターが起こる。グレゴリオ先生も逮捕される。

 それまで共和派支持だったモンチョの父も、連行される仲間だった自由主義者たちに対して「アカ!」「くそやろう!」などの罵声をかける。かけなければ自分が共和派支持者と思われて弾圧されるからだ。母親に言われてモンチョも尊敬する大好きなグレゴリオ先生に対して、ありったけの汚い言葉を投げつける。そして、連行されるトラックに対し、他の子ども達と一緒に石をぶつけながら・・・最後に一言「蝶の舌」と叫ぶ。

 「今は隠れていて見えないけど、蜜を吸う時に巻いていた舌を伸ばすんだ……」とグレゴリオ先生が教えてくれた<蝶の舌>。それは、今はまだ訪れないがやがて来る新しい時代への期待と希望の比喩となった。感動的なラストの一言だった。

検索してみたら、スペイン内戦を題材に扱った映画がかなりあった。
 サム・ウッド『誰が為に鐘は鳴る』(43)
 アラン・レネ『戦争は終わった』(65)
 フレッド・ジンネマン『日曜日には鼠を殺せ』(64)
 ビクトル・エリセ『ミツバチのささやき』(73)
 カルロス・サウラ『歌姫カルメーラ』(90)
 ケン・ローチ『大地と自由』(95)<これは、ファシストと闘う人民戦線派の中の内部分裂を描いた、とても見応えのある作品だった。>

 最後の別れの場面はひどく悲しい。しかし、これが当時のスペインの生々しい現実だったのだろう。この別れに先立って、グレゴリオ先生は引退の日、生徒たちを前にして、「自由に飛び立ちなさい!」と檄を飛ばしていた。暴力と野蛮が忍び寄ろうとしている過酷な現実のなかで、自由こそもっとも大切なものだという、先生の熱い願いのこもった一言だった。

 やがて、少年にこの言葉の重みが理解される日が訪れることだろう。そして、先生の愛に対して、投石で答えた少年たちも、やがて自由のために、ファシスト政権打倒を叫んで、果敢に立ち上がることだろう。


2002年04月19日(金) 政治で大切なもの

「政治」をどう定義するかということで、辞書に当たってみることにした。手元にあるのは広辞苑(岩波)と日本語大辞典(講談社)である。

「権力の行使、権力の獲得・維持にかかわる現象。主として国家の統治作用にかかわるものであるが、それ以外の社会集団および集団間にもこの概念は適用できる」(広辞苑)

「ひろく社会集団がその意志を決定しメンバーを拘束する手続きや仕組みと、それにともなう権力闘争などの現象」(日本語大辞典)

「政治」を現象面から見れば、それは「権力闘争」ということだろう。しかし、その本質にまで遡れば、それは「集団の意志決定」ということになる。日本の政治の場合で言えば、日本がどのような進路を選択するか、それを決定することが、つまりは日本の政治ということだ。

 進路の選択に当たって大切なことは、そこにどのような選択肢があるのか、はっきりさせることだろう。だから政治には「政策」が必要だ。政治家は政策をはっきり国民の前に提示しなければならない。そしてそのために必要なことは、国家の将来に対して、明確なビジョンを持つことだ。

「政治」の本質が「集団の意志決定」だということがわかると、政治がとても身近でわかりやすくなる。政治はなにも国会議事堂や首相官邸にあるのではない。それは人々の集まるところ、学校や家庭、地域にもある。

 自分たちの将来を自分たちで作ろうという意識が芽生えたとき、私たちのなかで「政治」が目を覚ます。私たち一人一人の決断が家庭や地域を変え、国や人類の未来を変える。民主主義はそのような自覚と展望を持って行動する人々によって支えられる。


2002年04月18日(木) 経済と政治の問題

 9.11事件以来、アメリカを中心に、「テロに対する戦い」が声高に叫ばれるようになった。テロを撃滅することに反対ではない。しかし、テロ行為に対して、それをはるかにうわまわる規模の国家テロで報いるということには反対である。

 テロの撃滅は、こうした荒っぽい対症療法では解決しない。むしろさらなるテロを誘発し、最終的にはこの世界を恐怖と暴力の支配する生き地獄にするだけである。テロに対する規制を強化する一歩で、テロそのものを生み出す国際政治の矛盾そのものを解決する努力が必要だ。

 宗教や民族の対立は根深くて、とうていその矛盾を解決することができないと考える悲観論もないわけではない。超大国による力の支配によって当面の平和を実現しようという考え方もある。しかし、こうした悲観論や覇権論は国際政治の将来を危うくするものだ。

 宗教対立や民族対立はつねに存在したわけではない。一見そのように見える現象も、その本質を探っていくと、もう少し違った問題にたどりつく。それはつまるところ、「経済と政治」の問題だということだ。そして私たちは問題をこのように実践的にとらえることで、はじめて世界にたいして主体的になり、世界の未来に希望を持つことができる。


2002年04月17日(水) お粗末な高校入試

 三重県の今年度の入試で、県立津西高校が社会と英語で採点ミスをしていたことがあきらかになった。このため合格圏内にある5人を不合格にしていたのだという。父兄の指摘で、採点基準を見直した結果、あきらかになったらしい。

 社会科の問題では、72人の受験生の加点すべき解答が0点になっていたらしい。記述式の問題で、社会科以外の教員を動員して採点したことも原因の一つだと言うが、社会科の該当の問題を見て、もう少し根の深い問題があるのではないかと思った。

「憲法の下位にある法律などはどのようなことを守ってつくられなければならないか」という質問にたいして、たとえば次のような解答があったとする。
�〃�法の内容に反しないようにすること
��憲法の精神を守ってつくること
�7�法に沿ってつくること
�し�法にしたがってつくること 

 県立津西高校が正解としたのは�,里澆如△△箸呂垢戮藤暗世世辰拭�「反しない」というニュアンスが感じられないものは駄目だという。�◆↓�、�い鬘暗世砲靴燭海箸砲弔い董�県教委の関係者は、「厳しい採点は仕方がない。採点基準は学校に任されており、県教委が意見するものではない」と話しているらしい。

 そこで、私はこんな問題を作ってみた。「法律のもとで、私たちはどのようなことを心がけて行動しなければならないか」
�)[Г瞭睛討鉾燭靴覆い茲Δ帽堝阿垢襦�
�∨[Г寮鎖世鮗蕕辰胴堝阿垢襦�
�K[Г鳳茲辰胴堝阿垢襦�
�に[Г暴召辰胴堝阿垢襦�

 県立津西高校の基準に従えば、�◆↓�、�い呂垢戮藤暗世噺世Δ海箸砲覆襦�こうした問題が教育的だいえるだろうか。教育の場でいかに反教育的なことがおこなわれているか、その一端を見た思いがした。

(参考) 4/15 朝日新聞夕刊


2002年04月16日(火) アメリカの二枚舌外交

 イスラエルとパレスチナの問題をここまでこじらせた原因は、アメリカのイスラエル支援政策にある。アメリカがイスラエルに対して、巨大な経済的、軍事的支援をしていることは周知の事実だが、国際政治の舞台でも、つねにイスラエルの強力な守護神であった。

 もちろんその背後には、アメリカの政治、経済、軍需産業に強い影響力をもつユダヤ資本の隠然とした勢力があることは言うまでもない。その詳しい分析は別の機会に譲るとして、イスラエルの強硬姿勢の背後にはアメリカのブッシュ政権の親イスラエル政策があることを押さえておきたい。

 パレスチナに平和をもたらすために、もっとも有効な方法は、パレスチナを国際機関の監視のもとにおくことだろう。しかし、アメリカはこの国連決議に反対し、拒否権を行使した。その結果、占領地域でのイスラエルの横暴を、もうだれも止められなくなっている。イスラエルの好き放題にさせている元凶は、アメリカのこうした国連無視の独善的な姿勢である。

 一方でアメリカは、国連決議をもとにイラクに査察受け入れを求めている。あるいは、核不拡散を主張しながら、イスラエルの核兵器保有は黙認している。アメリカの二枚舌外交はイギリス譲りだが、いまでは本家をしのいで厚顔無恥のものになっている。

 アメリカの覇権主義とご都合主義とが、国際政治の舞台をきわめて不条理で、危険な状態に置いているのである。しかしこうしたアメリカの親イスラエル政策がもたらした混乱に、国際世論の批判が高まり、ようやくブッシュ政権も重い腰をあげて、パウエル国務長官を調停者として派遣した。

 もっとも、いまここでアメリカがなすべきことは、姑息な調停工作をすることではない。問題をもう一度国連の場に戻して、国連決議の遵守を双方に求め、国際的協調のもとに、国連による平和維持軍の派遣をすみやかに実行することだろう。こうした本当の意味の国際平和の実現に、日本もできるかぎり協力すべきだと思う。


2002年04月15日(月) イスラエルの国家テロ

 去年の9.11以来、アメリカのテロ撲滅作戦に便乗するかたちで、イスラエルのパレスチナへの攻撃が激化した。イスラエルの国家テロに挑発されて、パレスチナの武装勢力によるテロも頻発している。

 パレスチナ人によるテロがどのような背景のもとに行われているのか、そのことを理解するためには、先ずはイスラエルの占領地でどのような事態が進行しているのかを知る必要がある。池澤夏樹さんのメールマガジン「新世紀にようこそ」に、ミゼル・ジブリンという15歳のパレスチナ人の少年の手記が紹介されているので、とりあえず引用しておこう。

<イスラエルの兵隊は、僕たちが家の外にあるキッチンやトイレへ行くのも邪魔をしました。信じられない状況です。トイレは家から離れているので、妹はカラのゴミ箱を使っています。僕はそれを拒否して、外のトイレへ行っています。父と母は止めますが、僕が言い張るので、あきらめて、気をつけるようにと言います。

 トイレが終わると、兵隊たちが取り囲んで、手を上げるように言います。そのうちの1人が僕を押して、尋問を始めました。
「何をしているんだ? 名前は? 歳は?」
僕が答えた時、彼らは僕を殴ろうとしました。そこへ父が「やめろ、やめろ、子供がトイレに行っただけじゃないか」と叫びました。彼らは僕を放し、僕たちの家に突入しました。

 彼らは妹たちと弟たちと僕を小さなキッチンへ閉じ込め、家の中のものを壊しました。彼らは父を捕まえ、殴りました。ほかの男の人たちも捕まえられ、殴られました。そのあと、父やほかの男の人たちの頭にビニール袋をかぶせ、どこかへ連れ去りました。

 これが占領というものだということがわかりました。僕はこれを決して忘れません。僕は言います、占領を止めてください。威張るのをやめ、殺すのをやめてください、‥‥やめてください!>
 
 外出禁止令が敷かれているので、仕事はもちろん、買い物にも行けない。トイレにも行けない状況らしい。猛烈な腹痛や高熱や下痢といった症状で衰弱してゆく子がいても、ただ抱いていることしかできない。

 テレビをつけると、そこから流れてくるのはポルノ番組だという。放送局を占拠したイスラエル兵たちは、面白半分にこんなことをしているのだろうか。戦車で蹂躙されたパレスチナ人にとって、これはさらなる侮辱であろう。もうひとつ、今度は成年男性の話を引用しよう。

<私の隣人の70歳になる父親はアラファト議長の官邸の近くに住んでいます。イスラエル兵は金曜日にこの父親の家に押し入り、ライフルの台尻で手当たり次第に破壊し(テレビ、流し、家具など)、挙句に現金を盗みました。イスラエル兵が銀行、両替所、宝石店に押し入り、現金や宝石を盗んでいるという報告があります>

 イスラエルのネタニヤフ元首相はテレビで、「アラファトはテロリストだ。あの男の目を見れば分かる。暗い、邪悪な目だ。子供達に自爆テロをせよと教える邪悪な目だ」と発言したという。しかし、暗い、邪悪な目をしているのはネタニヤフ元首相ではないのか。彼らの無慈悲な行動が、パレスチナの子供達を追いつめて、悲惨な自爆テロへと追いやらなければ幸いである。


2002年04月14日(日) 政治学入門

 2年前に、経済学を集中的に勉強して、「経済学入門」を書いた。経済の基本は「市場」であるという立場から、できるだけわかりやすく書いた。多くの本を読んだが、あくまでも自分の頭で考えて、理解し、納得したことを書いたつもりである。現状分析から、将来の展望まで、今読み返してみても、少しも間違っていないと自負している。

 このあと、一年ほどかけて「政治学入門」を書くつもりだった。しかし、こちらのほうはいまだに着手していない。ギリシャ、ローマ、イギリス、アメリカ、中国など、さまざまな国の政治や歴史をあたり、プラトンから、スピノザ、ロックといった政治論の古典を読んで、あれこれ考えているが、「政治」についてまだ明確なイメージが得られない。

 とはいえ、政治についての中心テーマは何かと言うことについて、おぼろげながら自得するものはあった。一言で言えば、それは「権力」の問題だということである。「民主主義とは何か」ということも、こうした視点に立つことで、かなりはっきり見えてくる。

 私の知るところ、政治の根本が権力であるということついてはじめてはっきりとした認識をもったのはホッブスあたりではないかと思う。「リバイアサン」がその証拠だと思うが、これをより学問的に仕上げたのはロックだろう。というわけで、ロックの「市民政府論」を読み返すつもりで、もう1カ月も前に机の上に置いたが、しながら、いまだにその本はそこに置かれたままである。

 私の性分として、書き始めると止まらなくなる。「経済学入門」がその例だと思うが、今「政治学入門」を書き始めたらどういうことになるか、おそらくまた明けてもくれても「政治」の問題に没頭するのではないかと思うと、自分で自分が少し怖いのである。


2002年04月13日(土) ポイント・オブ・ノーリターン

 50年後、まだ人類が生き残っていたとして、彼らの生活が現在の私たちよりも幸せなものだとは、とうてい思えない。環境問題の深刻な悪化が考えられるからだ。

 地球温暖化、オゾンホール、環境ホルモン、ダイオキシン、こうした言葉はこの半世紀の間に産まれた。どれをとっても、人類にとって深刻な問題である。たとえば地球温暖化により、南極や北極の氷が融けだしている。そうすると太陽光線の反射率が小さくなり、ますます温暖化が加速する。

 環境ホルモンは生物の体内のホルモン系を攪乱し、奇形やオスのメス化などを誘発する。生殖能力の低下は生態系を狂わせ、おそらく完全に破壊することになるだろう。影響は海中の生物から、陸上のすべての生物におよび、人類も生存の危機に直面する。

 こうした変化は、最初はおもむろに始まるが、そのサイクルに入ると、次第に加速する。そして、おそらく十年間ほどのあいだに、劇的なクライシスを迎えるのではないか。しかも、地上のすべての生物の運命を変えてしまう、こうした恐るべきカタストロフィーが、そう遠くない未来に生じる確率はかなり高いと考えられる。

 私たち人類はいままさに、もう引き返せない限界点を超えようとしているのではないか。50年後に人類が生き残っていたとして、彼らはポイント・オブ・ノーリターンをおそらく、2002年ごろだと考えるかもしれない。


2002年04月12日(金) 国の恵みと災い

 だれしも平和で豊かな暮らしを願っている。そのために必要なものは何か。その答えの一つに、国家がある。国家が崩壊していては、私たちはろくな教育を受けることは出来ないし、安心して暮らせない。

 幸い私たちは日本という平和で安全な経済大国に暮らしている。国のあり方に不満がないわけではないが、それでもこの国に生まれて、私はありがたいことだと思っている。

 近年、国の方針を誤り、他国を侵略したりして随分迷惑をかけた。そうした過ちはあるものの、おおよそにおいて日本は平和で文化的な国だったように思う。和の精神を国是とし、自然を尊び、質素につつましく暮らしてきた国民ではないだろうか。私は最近とくにこの国の歴史に愛着を覚え、文化や思想に親しみを覚えるようになった。

 しかし、この地上に住む多くの人々はまだ豊かさを手にしてはいない。それどころか何千万という人々が飢餓に苦しみ、何億もの人々が貧困と闘っている。自然破壊や内戦に苦しみ、将来に展望を見いだせないで絶望している人が多い。

 こうした不幸が起こってくるのは、やはり国家が国家として機能していないことが大きい。国家はそこに住む人々を幸福にするためにある。しかし、国そのものが崩壊して乱れていては、その役目を果たすことはできない。

 日本は国として上等な部類だと思っていたが、最近の政治や経済の状況を見ると、安心ばかりしてはいられない。気がついてみると、一夜にして国家は破産、そして混乱に中から、どんな恐ろしい怪物が現れてくるか分からない。国家は国民にとって恵みであるが、もっとも大きな災いとなることもある。


2002年04月11日(木) 自爆する少女たち

 3月29日にエルサレムのスーパーマーケット入り口で、18歳のパレスチナ人女性が自爆テロを敢行した。爆弾を抱えて自爆したアヤト・アクラスは長い黒髪をもつ、成績のよい女子高生で、卒業を控えていて、婚約者もいたという。

 家族や婚約者は彼女がテロに走るとは思ってもいなかったという。若い彼女には未来があり、狂信的なイスラム教徒でもない。ごく普通の若い学生である。それでは一体何が彼女をこうした過激な行動に走らせたのだろうか。

 考えられるのは、虐げられた同胞への愛と国家テロを強行するイスラエルへの対抗心であろう。宗教上というより、政治的な行動であり、決断であると思われる。

 アヤト・アクラスは自爆テロを行った3人目のパレスチナ女性らしいが、パレスチナの武装組織は、「祖国のために命を投げ出す覚悟の若い女性が、ベツレヘム(ヨルダン川西岸)出身者だけで200人いると」発表している。

 アクラスの自爆テロの犠牲者となった2人のイスラエル人のひとりは、10代で彼女より1歳下だったという。こうしたニュースがこれからたびたび登場するのかと思うと、やりきれない。その数ヶ月の紛争で、パレスチナ人の死者は200人をこえているようだ。一刻も早く、パレスチナの地に平和が訪れることを祈らずにはいられない。


2002年04月10日(水) マインドとハート

 小説や詩が好きで、自分でも書いているというと、「国語科の先生ですか」と訊かれる。「数学科です。大学では物理を専攻しました」と答えると、たいていの人が意外な顔をする。

 よく文系か理系かという分類をする。数学ができるかどうかが決めてのようだ。私はこうした分類では、いちおう理系ということになるのだろうか。少なくとも理詰めでものを考えるのは嫌いではない。むしろ昔から好きだった。

 しかし、私は文学もまた大好きである。詩や俳句も好きだし、自分で自分を理系だと考えたことはあまりない。だから、文系だの理系などという分類は、私自身は腑に落ちないのだが、あえて訊かれれば、「私は頭(マインド)は理系だけど、心(ハート)は文系です」と答えることにしている。

 バーナード・ショウが美人の女優に結婚を申し込まれた。「きっとあなたのような聡明な頭脳をもち、私のような美しい肉体を持った子供ができると思います」と詰め寄られて、ショウは「いや、やめておきましょう。あなたのような頭脳をもち、私のような肉体を持った子供ができたら悲劇ですから」と答えたという。皮肉屋のショウらしい言葉だ。

「理系の頭と、文系の心」などと、こなれない表現を使ったが、要するに「聡明な頭脳と、やさしい心」ということである。「聡明さと優しさの調和」が私の人生の理想なのだが、これは万人にとっての理想でもあるのだろう。


2002年04月09日(火) いちめんのたんぽぽ

 先日、木曽川の河原を歩いた。そよかぜに桜花が舞い、鶯が鳴き、そして黄色いタンポポが河原一面に咲いていた。そこに二人の子どもの遊ぶ姿。

 鴨が泳ぎ、白い海鳥も浮かんでいる。河岸の石段の木陰に腰を下ろして、晴れ晴れとした気持で眺めているうちに、ウイリアム・アリンガムのこんな詩を思い出した。

   おもいで

  池に浮かぶ 4羽の鴨よ
  向こうの方の 草の堤よ
  春の日の 空 青く
  行き行く 白い雲よ 雲
  いかに このささいなものよ
  いくとせも 心にとめて
  心にとめて 涙ぐむには

    A MEMORY

  Four ducks on a pond
  A grass bank beyond
  A blue sky of spring
  White clouds on the wing
  What a little thing
  To remenber for years.
  To remenber with tears!


2002年04月08日(月) 物事の奥行きを見よう

 最近、イスラエルとパレスチナの紛争が泥沼化している。両方に、それぞれの言い分がある。これを「文明と野蛮との戦い」だとか、「二つの文明の衝突」だとかいう人があるが、すこし認識が浅いような気がする。

 1095年、キリスト教世界は十字軍を組織して150年間、聖地エルサレムをイスラム教徒の支配から「奪回」しようとした。これはキリスト教徒にしてみれば「義の戦い」だが、攻められたイスラム教徒にすれば、「侵略戦争」であり、十字軍は「侵略軍」ということになる。

 十字軍に限らず、すべての物事は、それを見る視点によって、その評価が違ってくる。アフガニスタンのタリバンに対するアメリカの軍事行動も、アメリカからすれば「テロとの戦い」だろうが、タリバンの立場からすれば、また違った解釈があるはずである。アメリカという国家そのものが恐るべき「テロ国家」だという解釈も成り立つからだ。

 しかし、ただ別々の視点に立って物事を眺めるというだけでは、「安易な相対主義」でしかない。大切なのは複数の視点をもつことで、私たちに物事の奥行きが見えてくることだ。この奥行きの発見こそが大切なのだろう。すこし難しい表現をすれば、「現象を実体化」することが必要だと思う。

 私は「現象論、実体論、本質論、実践論」という真理追究の「四段階論」を、物理学や哲学を勉強するなかで身につけたが、これはなにも自然現象や哲学に限ったことではない。社会現象を理解する上でも、大いに役にたつし、むしろ社会科学でこそ、活用されるべきだろう。このHPが、そのささやかな実践例になるようにと、心がけている。


2002年04月07日(日) 物知りの地理学者

 6番目の星には、物知りの学者が住んでいた。彼は何冊も、大きな書物を書き、書物に囲まれて暮らしていた。「その大きな本はなに? ここで、何をしているの?」と、王子さまが訊くと、「わしは地理学者だ」という。

「地理学者って?」
「海や川、町や山や、砂漠がどこにあるのか、そんなことを知っている学者のことだよ」
「そりゃおもしろいなあ、ほんとうに。そんなのが、ほんとうの仕事ですよ」

 王子さまは、少し感心する。そして、この星のことについて訊ねる。山や川や海がどこにあるのか、町や砂漠について訊く。しかし、学者はそんなことは知らないという。地理学者は探検家が来たら、話を聞いいて、ノートにとる。それが仕事で、実際に探検に出かけたりはしない。

「あんたは、遠いところからやってきたんだ。りっぱな探検家だ。あんたの星のこと話してもらいたいね」とおだてられて、王子さまは、自分の星の話をはじめる。ちっちゃい星で火山が3つあって・・・。

「花も一つあるんです」
「わしたちは花のことなんか書かんよ」
「なぜ? とっても美しいんですよ」
「花というのははかないものだからね」
「はかないってなんのこと?」
「そりゃ、そのうちに消えてなくなるという意味だよ」
「ぼくの花、そのうち消えてなくなるの?」
「うん、そうだとも」

 王子さまは、花のわがままががいやになって、星を飛び出した。しかし、「花というのは、はかないものだ」ときいて、身のまもりといったら、四つのトゲしか持っていない、星にひとりぼっちにしてきたその花が、ふとなつかしくなった。しかしまだ、ふるさとの星に帰る気にはならない。

「地球を見物しなさい。なかなか評判のいい星だ」と地理学者に勧められたからだ。そこで、遠くに残してきた花のことを考えながら、王子さまはふたたび旅に出る。そして訪れた7番目の星が地球だった。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 7番目の星、地球には、たくさんの王様や、地理学者や、実業家、のんだくれ、うぬぼれたちが住んでいた。そこで人々は、権力や知識、財産、快楽、賞賛などを求めて生きている。しかし、そのいずれもが、王子さまの目には、あまり幸福には見えない。

 それは彼らがみんな、自分のことしか考えようとしないからだ。人生にはそれ以外に、もっと大切なものがある。それでは、人間にとって一番大切なもの、それはなんだろう。その答えがわかったとき、王子さまは、ふるさとの星に帰る決心をする。

「ぼく、あの花にしてやらなくちゃならないことがあるんだ。ほんとに弱い花なんだよ。ほんとにむじゃきな花なんだよ。身の守りと言ったら、四つのちっぽけなトゲしか、もっていない花なんだよ・・・」

<空をごらんなさい。そして、あのヒツジは、あの花をたべただろうか、たべなかっただろうか、と考えてごらんなさい。そうしたら、世のなかのことがみな、どんなに変わるものか、おわかりになるでしょう・・・>作者のサン・テグジュペリは最後の方で、こんなふうに私たちに語りかける。そして「大人たちは、決してこのことを理解しないだろう」と付け加える。


2002年04月06日(土) 律儀な点燈夫

 5番目の星には、律儀な点燈夫が住んでいた。点燈夫は街灯の火をつけたり、消したりするのが仕事なのだが、彼の住む小さな星は、一分間に一回転するので、夜と昼の交代がはやい。

「こんにちは。なぜ、いま、街頭の火を消したの」と星の王子さま。
「命令だよ。や、おはよう」
「どんな命令?」
「街頭の火を消すことだよ。や、こんばんは」
「だけど、なぜ、またつけたの」
「命令だよ」
「わからないな」

「なにしろ、とんでもない仕事だよ。むかしは、理屈にあっていたんだがね。朝になると火を消す。ひるまは休めたし、夜は眠ったものだ」
 星の回転速度がだんだん早くなってきた。命令はむかしのままなので、たいへんである。男は眠ることもできずに、今は働きづくめだ。赤い碁盤縞のハンケチで、ひたいの汗を拭いている点燈夫に別れを告げて、王子さまは、また、旅に出た。

「ぼくは、あのひとだけ、友だちにすればよかったな。だけど、あのひとの星は、あんまり小さすぎる。ふたり分の場所もない星なんだもの」
 王子さまは旅を続けながら、この小さな星と律儀な点燈夫を、なぜだかなつかしく思い出した。

 王さまも、うぬぼれ男も、飲み助も、実業家も、この点燈夫を軽蔑するだろう。「でも、ぼくにこっけいに見えないひとといったら、あのひとりきりだ。それも、あのひとが、じぶんのことではなく、ほかのことを考えているからだろう」と、王子さまは考える。


2002年04月05日(金) 忙しい実業家

 4番目の星には実業家が住んでいた。男はとても忙しそうで、王子がやってきても、顔をあげようとしない。そして、ひたすら何か勘定をしている。

「3たす2は5。5たす7は12。・・・いやはや煙草に火をつけるひまもありゃせん。26たす6は28.ウフッ! うまいぞ。これで5億163万2131になったぞ」
「5億って何が?」
「・・・いや、知っちゃいないよ・・・なにしろ、こんなやまほどの仕事だからな。おれは、だいじな仕事をしているんだ。くだらないことに、かかりあっちゃおられん。2たす5は7と・・・・」

 実はこの男は、「空に見えるきらきらした小さなもの」を勘定しているらしい。それを勘定し続けて、5億何個かになったというわけだ。しかしまた、どうして、この男は星の数を熱心に勘定しているのだろう。

「そのたくさんの星、どうするの?」
「どうもしやせん。持っているだけさ」
「星を持っているんだって」
「そうだよ。・・・持っている星の数をだな、ちょいとした紙の上に書くということだよ。それから、その紙を引き出しの中に入れて、鍵をかけておくのさ」

「それだけ?」
「うん、それでいいんだ」
「ぼくはね、花をもっていて、毎日水をかけてやる。火山も3つ持っているんだから、7日に一度はすすはらいをする。いつ爆発するかわからないからね。ぼくが、火山や花を持っていると、それが少しは火山や花のためになるんだ。だけど、きみは、星のためにはなってやしない・・・」

 実業家は口を開けたが、なにも言うことが見つからない。そもそも王子さまの言葉がまるで分からないようだ。王子さまは王子さまで、「おとなって、まったくかわっているな」と思いながら、旅を続ける。

 ここで、王子さまは実業家に向かって、「何のために」という問いかけをしている。何のために仕事をして、何のためにお金を稼ぐのか。お金をためるだけにお金を稼ぎ、そのために忙しくしているおとなの生き方に、王子さまは疑問を抱くのである。

 お金のためだけに生きるのは、やはり空しいのではないか。それでは人は何のために生きるのだろう。人が幸せになるために大切なものは何だろう。王子さまはそう考えて、旅を続ける。やがて王子さまは地球へ来てその解答を見出すわけだが、その前に、まだ途中の星が2つ残っている。


2002年04月04日(木) 気の毒な飲み助

 王子が訪れた三番目の星には、「飲み助」が住んでいた。飲み助の男は、空のビンと、酒の入ったビンを、ずらりと並べて、だまりこくっている。王子さまが「何しているの?」と訊くと、男は泣き出しそうな声で、「酒を飲んでいるよ」と答える。

「なぜ、酒なんか飲むの」
「忘れたいからさ」
「忘れるって、何をさ」
「はずかしいのを忘れるんだよ」
「はずかしいって、何が?」
「酒を飲むのがはずかしいんだよ」

 飲み助は、そう答えるなり、また黙りこくってしまった。王子は言葉を失い、どうしょうもなくて、飲み助のいる星をあとにする。そして、「おとなって、とってもおかしいんだなあ」と、旅を続けながら考える。

 飲み助は自分の恥ずかしさを忘れるために酒を飲み、そのことでさらに自己嫌悪に陥って、酒を飲まないわけにはいかない。酒を飲み続ける限り、自己嫌悪の悪循環から免れることはできないのだが、そのことを知っていながら、どうすることもできない。こうなると、もう、気の毒としかいいようがない。


2002年04月03日(水) 哀しいうぬぼれ男

 淋しい王様の住んでいる一番目の星をあとにした星の王子さまは、やがて二番目の星にたどりつく。そこには「うぬぼれ男」が住んでいた。「やあやあ、おれに感心している人間がやってきたな」と、男は王子さまを迎える。

 男はピエロのようななりをしていて、へんてこな帽子をかぶっている。人が彼を誉めたとき、男は帽子をもちあげて挨拶するのだという。「手をたたきなさい、ぱちぱちと」と言うので、王子さまが手を叩くと、帽子を持ち上げて挨拶してくれた。これは王様より面白そうだな、と王子さまは考える。

 しかし、手ばかり叩き続けなければならないので、やがてくたびれてきた。それに、この男の耳には自分が誉められる言葉しか聞こえない。だから、王子さまは相手を誉め続けなければならない。しだいに王子さまの拍手もおざなりになってくる。

「おまえさんは、ほんとにおれに感心しているのかね?」とうぬぼれ男。
「感心するって、いったい、それ、どういうこと?」
「おれがこの星のうちで、一番美しくて、一番りっぱな服をきていて、一番お金持ちで、それに一番賢い人だと思うことだよ」
「でも、この星にいる人ったら、あなたひとりっきりじゃないの!」
「たのむからね、まあ、とにかく、おれに感心しておくれ」
「ぼく、感心するよ」

 王子さまには、人に感心されることが、なんで、そんなに面白いことかよくわからない。とにかく、男を喜ばすために、できるだけ拍手をして、たくさん感心してから、その星を後にする。「おとなって、ほんとにへんだな」と王子さまは思ったまま、次の星へと旅を続ける。

 うぬぼれ男はどうして他人に感心されることを求めるのだろう。それは彼が自分自身に劣等感や頼りなさを感じているからだ。うぬぼれは、つまりは男の自分に対する自信のなさの裏返しなのだろう。自分で自分を認めることができないので、他人の賛辞をほしがる。うぬぼれ男は、そのことに気付いていない。ちょっと、哀しい。


2002年04月02日(火) 淋しい王様

 星の王子さまは、ふるさとの星をあとにして、地球へやってくるわけだが、それまでに6つの星に立ち寄っている。そして、それぞれの星で、王子さまは一風変わった人物に出会う。

 第一の星には、王様がひとりで住んでいた。茜色の服に白テンの毛皮を着て、玉座に坐っていた王様は、星の王子さまを見かけると、「やあ、家来が来たな」と声をかける。王様は宇宙で自分が一番偉いと思っている。そして、人が自分の命令に従わないのを、一番恐れている。

 王様にとって、自分以外の人間はみんな家来である。「近うよりなさい。そのほうが、もっとよく見えるように」と、王様はやっとだれかの王様になれたので、得意になって命令する。しかし、王子さまは、こんな王様と一緒にいても面白くもなんともない。

 王子さまがあくびをすると、「あくび禁止じゃ」という。王子さまが「がまんできないんです」と言うと、「そうか、では、あくびをしなさい。命令する。わしは、もう、何年か、ひとのあくびをするのを見たことがない。あくびというのは、おもしろいものだな。さ、あくびをしなさい、もう一度。命令だ」

 いよいよ、退屈した王子さまが彼のもとを去ろうとすると、「いかん、いかん」と制止するものの、王子がその命令を無視して出発しようとすると、あわてて、「そのほうを、わしの大使にするぞ」と、威張った顔をして命令を下す。王子さまは旅をしながら、「おとなって、ほんとうにへんなものだな」とつぶやく。

 人を支配したがっている人間は、ほんとうは孤独で淋しい人間である。そして、彼が他人を支配しようとすればするほど、人々は彼から背を向ける。そして彼はますます孤独になり、自分の権力にしがみつく。星の王子さまが最初に出会ったのは、こうしたたぐいの人間だった。


2002年04月01日(月) 鼻が気になる男

 芥川龍之介に「鼻」という短編小説がある。夏目漱石に激賞され、彼の文学活動の足がかりになった重要な作品だが、それはこんな書き出しである。

「禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。長さは五六寸あって上唇の上から顋の下まで下っている。形は元も先も同じように太い。云わば細長い腸詰めのような物が、ぶらりと顔のまん中からぶら下っているのである」

 長い鼻は生活の障害になる。たとえば飯を食う時にも、鼻の先が椀のなかに入るので、弟子を膳の向うへ坐らせて、鼻を持上げていて貰う必要がある。弟子にとっても内供にとっても、これはたいへんなことだ。

 しかし、内供が長い鼻を気に病んだ理由は、こうした生活上の不便からばかりでなない。むしろ、「内供は実にこの鼻によって傷つけられる自尊心のために苦しんだ」のだった。

 内供はなんとか鼻が短くならないか、さまざまな方法を試みる。烏瓜を煎じて飲んだり、鼠の尿を鼻へなすって見たり、しかし何をどうしても、「鼻は依然として、五六寸の長さをぶらりと唇の上にぶら下げている」。

 最後に内供が試みたのは、湯で鼻を茹でて、その鼻を弟子に踏ませるというとんでもない荒行だった。その結果どうなったのか。なんと奇跡が起こって、鼻が短くなった。ところが、内供の短い鼻を見て、周囲の人が笑い出す。これまで気の毒に思って同情していた人々までが、自分を見て笑うのに内供の自尊心はかえって傷つく・・・。
 
 私も高校生の頃、自分の鼻が気になった時期があった。私の場合は、自分の鼻にコンプレックスがあったためではない。ただ、本を読んでいると、何となく鼻が見えて、邪魔になるのである。そのうちに、自分の鼻の頭が気になりだして、読書や勉強に集中できなくなる。

 ものの本によると、これは「脅迫神経症」の一種らしい。芥川龍之介もひょっとして、何かの強迫神経症を病んでいたのかもしれない。というのも、「鼻」に描かれた内供の心のありさまが、じつにリアルだからである。そして私は芥川のこの作品を読み返す度に、自分の高校時代の不幸な体験を思い出す。

「鼻」は、何かの象徴に違いないのだが、私はそれは「自己」の象徴だと考えている。鼻が気になるということは、つまり自分が気になるということだ。自己の代替品として鼻が意識され、執着されるのだろう。

 内供にとって、長くて醜い鼻は、つまりそのような自己のあり方のそのものを暗示しているわけだ。それだからこそ、必死で鼻を短く見せようとしたり、さまざまな方法を試みるのである。あくまで自分にとらわれ、その自我意識の牢獄から抜け出せない人間のあわれさや愚かしさがよく描かれている。

 ところで、小説の結末は、すこしほのぼのとしている。苦労の末に短くなった鼻が、ある朝起きてみると、またもとの長さに戻っている。そのことに気付いて、、内供はむしろ安堵する。

「鼻が短くなった時と同じような、はればれした心もちが、どこからともなく帰って来るのを感じた。
 ――こうなれば、もう誰も哂うものはないにちがいない。
 内供は心の中でこう自分に囁いた。長い鼻をあけ方の秋風にぶらつかせながら」

 人間はだれでも自分自身が気になるものである。自意識があるのはだれも同じである。しかし、これも過剰になると問題だろう。ときには自己という立場をはなれて、ひろく他人や社会のことに目を向ける必要がある。自分のことしか念頭にない利己的な生き方は、結局、人を幸福にすることはない。


橋本裕 |MAIL |HomePage

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