橋本裕の日記
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2004年06月30日(水) 共に学び、生きる楽しみ

 去年にひき続き、今年も「犬山大学」の学生を続けることにした。先日も「犬山大学」の入学式で、舞台俳優の浜畑憲吉さんの心温まる話を聞いてきた。

 人口わずか7万余の犬山市だが、毎年、市民のために「大学」を開校し、私たちに生涯学習の場を提供してくれている。受講者は800人ほど。老若男女、いろいろな人が政治、経済、歴史、社会、教育問題など、熱心にそこで学んでいる。

「学ぶことは生きること、生きることは学ぶこと」というのが、この「大学」のモットーであり、その学舎に集う人々のモットーだ。私の一番のたのしみは学ぶこと。なぜなら、学ぶことで心がゆたかになるからだ。

 聖書にパンの奇跡が書かれているが、「分け与えても減らないもの」がこの世に中にはある。それは知識であり、知恵であり、愛情だ。奪い合うことではなく、分かちあうことに喜びを見出せたら、それこそがすばらしい人生ではないか。犬山大学にはそうしたすばらしい人生への鍵がある。

 浜畑憲吉さんは「江戸時代」の人々のゆたかな暮らしを紹介しながら、「東京は町ではありません。田舎です」という。今の東京には「生活」があっても「暮らし」はない。いや、東京だけではなく、日本国中が人と人の温かい繋がりを失って砂漠化しているのではないだろうか。

 浜畑憲吉さんは大の動物好きだが、最近は外国旅行に行っても、犬に手を出さないようにしているという。狂犬病が怖いからだ。狂犬病は日本以外の多くの国でいまだに勢力をたもっている。狂犬病ウイルスによる致死率は高く、毎年3万人以上の人が亡くなっているらしい。

 興味深いのは、この恐ろしいウイルスをアフリカの野生動物の大半は持っているとのこと。つまり、このウイルスはシマウマやキリンやライオンの体内にいるときは何も悪さをしないのに犬や人間がこれに感染すると100パーセント死んでしまう。

 浜畑さんは、どうして狂犬病が発症するようになったのかについて、それは人間が自然を破壊したせいだろうと述べていた。人間が犬とともに彼らの領分に踏み込んで、たとえば犬がシマウマなどの肉を食べて感染したのではないかという。

 もともと狂犬病ウイルスは野生の動物と共生していた。野生の動物は彼らに衣食住の環境を与え、そのみかえりとして外部の侵入者にたいして力強い「傭兵」となってくれる。狂犬病ウイルスに限らず、エボラ熱やエイズなどの恐ろしい感染症ウイルスにつても、これと同じようなメカニズムが働いているのだろう。これらは自然破壊を続ける人間に対する自然界の反撃であり、警告だといえるのかもしれない。

 話はかわるが、私はキリスト教やイスラム教などの「一神教」的な発想よりも、仏教や神道の多神教的発想がこれからの国際社会では重要ではないかと思っている。仏教や神道は世の中の「多様性」を認め、そうした多様な生き物がお互いに支え合ってこの世の中が成り立っているという共生の思想だ。

 私は高校時代に親鸞の「歎異抄」を読んで、こうした思想に親しみを感じた。その後、西洋哲学を学び、社会科学や自然科学を学ぶ中で、こうした思想を大切にはぐくんできた個人史がある。その集大成として数年前に、「人間を守るもの」を書いた。

 私は、「共生」というのは、人間も含めて、自然界が本来もっている姿だと思っている。私たちはすべて、「生かされて生きている」存在であり、本来的に共生してしか生きることのできない存在なのだ。

 しかし、この共生を阻害する要因がないわけではない。私たちは自然のなかで、社会のなかで、そのシステムの中で共生して生きているわけだが、そのシステムが破壊されたり、機能不全になると、共生が困難になりる。

 そうしたことが現に今この世界に生じているわけで、これを本来の「共生」の方向に戻していかなければならない。浜畑さんがいう人間本来のゆたかな暮らしを取り戻すためにも、このことは大切だ。そうしたことを、これからも学び続け、あらゆる機会をとおして、身近な人々に語り続けたいと思っている。


2004年06月29日(火) エシュロンと監視社会

 今日、アメリカ政府はセキュリティ機関 NSAで、全世界のインターネットや電話などの通信を傍受し、高性能のコンピュータ・システムを使って解析している。これによってテロを未然に防ぎ、世界の平和と安定に寄与するのが目的だというが、フランスやドイツなどのヨーロッパの国々はこれを軍事的、政治的、経済的脅威と感じている。

 たとえば、94年、欧州企業のエアバス社がサウジアラビアに旅客機を売り込むため、わいろを贈ろうとしていることがこうした盗聴監視システム(エシュロン)によって捕捉され、代わって米ボーイング社が受注に成功したといわれている。また、ワシントン・ポスト紙によれば、ダイアナ妃も死ぬまで傍受の対象とされ、NSAは今も1056ページに及ぶ「ダイアナ・ファイル」を保管しているらしい。

 たしかに、傍受された情報がテロ対策だけに限定して利用されるという保障は何もない。当然ながら、政府の軍事的機密情報や商取引情報としても利用されるだろう。これによってアメリカ政府や経済界はインサイダーとして特別の利益を受ける。利益だけではなく、情報を一手に握ることで、世界を支配することもできる。

 ダイアナ妃ばかりではなく、世界の要人の個人情報もすっかりNSAの情報ファイルに収まってると考えたほうがよい。最近では、イラク戦争のとき、アナン事務総長が盗聴されていたことが問題になった。知らないうちに私たちの個人生活が覗かれ、監視されているというのは、考えてみれば恐ろしい社会である。「エシュロン」と題された2000年3月29日の毎日新聞の記事より引用しよう。

<米国が人工衛星を使って各国の通信情報を傍受しているとされる通信傍受システム「エシュロン」について、被害を受けた欧州連合(EU)は28日、本格的な調査に乗り出すことを明らかにした。この問題の発覚時から積極的な姿勢を示してきたEUの議会組織・欧州議会も、近く専門の調査委員会を設置する見通しだ。

 EUの執行機関である欧州委員会の報道官は同日、エシュロン疑惑について「欧州でスパイ活動が行われるのは許されることではない」と語り、疑惑の解明に厳しい態度で望む方針を示した。欧州委は30日の議会で欧州委としての見解を表明するが、その中でも加盟国の情報が産業スパイとして傍受され、米国などの利益につながった可能性が指摘される模様だ。加盟国への疑惑解明に向けた協力が促されることになる。

 エシュロンは米国・国家安全保障局(NSA)が冷戦時代の対立国の情報入手のために設けたシステムで、英国やカナダ、豪州、ニュージーランドといった英語圏諸国も参加。電話やEメール、FAXなどの通信情報が傍受している。問題は入手した情報が国内産業に渡り、ビジネス界の国際競争に流用された疑惑が高まっていることで、2月には傍受の可能性を指摘した報告書が欧州議会に提出された。

 しかし、米国や英国はこの疑惑については否定しており、EU側が明確な証拠を示すには障害も大きい。特に英国に容疑がかかっていることはEU内に亀裂を生む要因ともなりかねず、最も強硬な姿勢を示しているフランスの議員団は「英国からだまされたというショックは大きい」(パスクア議員)と非難する。>

 こうした国際的な監視システムによる盗聴に対抗して、各国はハードとソフトの両面から最高級の知能を投入して情報の暗号化技術にしのぎを削っている。通信が傍受されても、これが高度に暗号化されていれば、外部の機関に読まれることはない。しかし暗号化技術を高度化しても、これをうわまわる解読技術が開発されればおしまいである。

 ピタゴラス、エラトステネス、ユークリッドなど、ギリシャの数学者たちは素数についてさまざまな思索をめぐらした。そして彼らの素数についての魅力的な研究が出発点となって、RSAの暗号技術がもたらされた。ギリシャの数学者たちも、彼らがこよなく愛した素数たちが、この情報化した21世紀の世界を根底で支え、軍事的、政治的、経済的に利用されているという恐るべき事態までは、とても予想できなかっただろう。

(参考サイト)
http://tanakanews.com/a0302echelon.htm


2004年06月28日(月) 秘密を解読する技術

 ビル・ゲイツが「暗号遊び」に熱中したのは、暗号を使えば「秘密の共有」ができるからばかりではない。暗号を解読することで、他人の秘密を知ることができる。こうした知的好奇心が、彼を暗号遊びへと向かわせたのだろう。

 自然界は暗号に満ちている。これを解読し、その秘密を探ることが、数学者や科学者の願いである。数学や科学はこうした自然界の暗号を解読する装置だが、以前は、こうした技術や情報を仲間内だけで独占することもあった。

 他人と秘密を共有したいとき、私たちは秘密の暗号コードを作り、これを秘密を共有したい仲間にだけで持たせればよい。しかし、仲間が増えれば、暗号コードが盗まれる危険性が大きくなる。

 そこで、素数の理論をもとに、暗号化する鍵と、解読する鍵をつくることで、この難問を解決したわけだ。暗号化キー(パブリックキー)を世界に公開すれば、だれもが「暗号文」をつくることができる。しかし、その暗号を読むことができるのは、解読キー(プライベートキー)を持っているほんの一握りの人々ということになる。

 こんな離れ業ができるのも、素因数分解のむつかしさがあるからだ。二つの素数をかけて合成数をつくることにくらべて、合成数を二つの素数に分解するのはむつかしい。たとえていえば、水素ガスと酸素ガスはマッチの火を近づければあっという間に燃焼して水になるが、水を水素と酸素に分解するのはむつかしい。

 キャベンディッシュ(1731〜1810)が「水を電気分解」することでこれを可能にした。素数の分解の場合は、さしずめコンピュータが「水の電気分解」に相当する魔術的な装置ということになるのだろう。

 1978年、RSA暗号を発明した3人の学者は、ふたつの素数の積である130桁の数を因数分解するには、どんなコンピュータでも何百万年もかかるだろうと予言した。そして、彼らは129桁の数字を示して、これをふたつの因数に分解してみよと、世界に挑戦した。

 114 381 625 757 888 867 669 235 779 976 146 612 010 218 296 721 242 362 562 561 842 935 706 935 245 733 897 830 597 123 563 958 705 058 989 075 147 599 290 026 879 543 541

 彼らはこの数が二つの素数の積に分解されることは未来永劫にないだろうと考えた。なぜなら何百年万年後まで人類が生き残っていることはないだろうから。しかし、彼らのこの予測は外れた。彼らの目が黒いうちに、この暗号が破られた。

 1993年、世界中から動員された600人をこえる学者や技術者が、この129桁への数字に挑戦した。彼らはインターネットを使って、無数のコンピュータに作業を分担させ、何と1年もたたないうちに、この数字を64桁と65桁の二つの素数に分解した。インターネットとコンピュータがこの魔術を実現した。

 3 490 529 510 847 650 949 147 849 619 903 898 133 417 764 638 493 387 843 990 820 577

32 769 132 993 266 709 549 961 988 190 834 461 413 177 642 967 992 942 539 798 288 533

 さいわいなことに、桁数を一つ上げるだけで、素因数分解の難しさは飛躍的に増大するという。しかし、それでも暗号が破られる可能性は0ではない。一番良いのは、暗号など使わなくても、お互いが平和に暮らしていける開放的な社会を実現することだろう。


2004年06月27日(日) 素数が作る魔法の鍵

 素数の性質を使うと、暗号化する鍵を一般に公開しながら、しかもこれを解く鍵がなければだれも解けないという理想の暗号がはじめて可能になる。そのしくみを、「数あてクイズ」を使って、できるだけやさしく説明してみよう。

まず、友人に1〜32までのなかで、好きな数をひとつきめてもらう。いま仮に、それをx1としよう。つぎに、その数を二乗してもらう。もし二乗した数が<33>より小さかったらその数を、<33>より大きかったら33で割ったあまりをx2とする。さらにこの操作をもう二回繰り返して、x4を求めてもらい、それを発表して貰う。

 たとえば、x1=6だとしよう。そうすると、6×6=36、36−33=3なので、x2=3である。さらに、3×6=18なので、x3=18。18×6=108、108−99=9なので、x4=9ということになる。だから、友人は、「得た数字は9です」と告げるだろう。

 そうすると、私は<x4=9>という情報をもとに、もとの数であるx1を求めなければならないわけだ。そのためには、このあと、同じ操作をあと7回(11−4=7)繰り返してx11を求めればよい。なぜなら、x1=x11が成り立つことが分かっているからだ。つまり、次のようにして、x1=6が得られる。

 x5=21、x6=27、x7=30、x8=15、x9=24、x10=12、x11=x1=6

 この計算はなかなか面倒だが、コンピュータなら一瞬だろう。そしてこの「数あてクイズ」こそ、現代行われている暗号技術のエッセンスである。少し整理すると次のようになる。

�仝曲牽�1を(33、4)で暗号化して、x4を求める。x4が得られた暗号文である。
��暗号文x4を解読鍵<33=3×11、x11=x1>で解読して、原文x1を得る。

 ここで大切なのは、暗号化する手続き(暗号化キー)と、解読する手続き(解読キー)が別々なことだ。そして、さらに重要なのは、x4からx11を求めることはできても、x4から、x3,x2と遡ってx1を求めることは不可能に近いということである。この不可逆性によって、暗号文の安全性がまず保障されている。

 それでは、<x11=x1>という解読キーは大丈夫だろうか。実は、素数の性質について詳しい人なら、このくらいのことはたちどころに見破ることができる。次のような簡単な計算から、この式が導かれるからだ。

 まず、<33>という数字が、3×11という素数の積であることに注目する。そして、3と11から、それぞれ1を引いて、3−1=2、11−1=10という二つの数字を得る。さらに、2と10の(最小)公倍数を求めると10。これに1を足して11という数字が得られる。この11を使って、x11=x1を導く。

 つまり途中を省略して言えば、<33>が<3>と<11>に素因数分解できれば、この暗号はだれにでも解けるということだ。式であらわすと、次のようになる。

  n=(s−1)(v−1)+1
   =(3−1)(11−1)+1
   =(2×10)+1
   =21(2と10の最小公倍数10を使うと11)

 しかし、これは<33>という数が小さいからである。昨日の日記に書いたように、これが100桁を超えるような大きな数字だと、<あらかじめその答えを知っている者>以外、これを二つの素数に分解することはむつかしい。つまり、巨大な素数をつかうことで、この暗号文の安全性はいくらでも高めることができる。

 さて、以上の議論を一般化しておこう。暗号制作者は、まずsとvという二個の素数を考え、これの積w=svを求め、wで公開用の暗号鍵を作る。この暗号鍵を渡された人は、これによって、文x1をxmへと暗号化する。ここでmはwの値によって導かれる適当な整数である。「数あてクイズ」ではw=33,m=4であった。つまり公開鍵は(w、m)=(33,4)である。

 こうして作られた暗号文xmを解読するには解読鍵<w=sv、x1=xn>を使えばよい。ここで整数nはどうして求めるかといえば、s−1とv−1の2数の最小公倍数を求め、これに1を加える。「数あてクイズでは、<w=sv、x1=xn>=<33=3×11、x1=x11>であった。暗号の安全性はw=svの素因数分解が容易でないことである。

 素数を使ったこのすばらしい暗号化の理論は1977年に生まれた。MIT (マサチューセッツ工科大学) に勤務していた Rivest, Shamir, Adleman という三人の研究者によって発明されたので、これは、「RSA暗号」と呼ばれている。その後、Rabin 暗号、ナップザック暗号、ElGamal 暗号、楕円暗号などが発明されたが、現在まで実際に広く実用化されているのはRSA暗号 だけだ。

 RSA暗号はインターネットのセキュリティや軍事情報などの国家機密にも使われている。したがって、重要な戦略物資として、技術の輸出が厳しく規制されている。暗号技術先進国のアメリカの場合、政府は自国で素因数分解可能な桁数の「暗号」しか流通を認めようとしないのではないかといわれている。ときおり暗号の基準が高度なものにまで緩和されることがあるが、これはアメリカ政府のセキュリティ機関NSA でその長さの暗号の解読が可能となっていることの証拠だという。

 情報化した世界を根底で支えているRSA暗号の安全性は、素因数分解の困難性によって厳重に保障されている。しかし、素因数分解を効率的に行う方法が奇跡的に発見されたら、一挙に世界の安全性は崩れ去る。

 こんな物騒な研究をしていたら、命がいくつあってもたりない。日本の民間企業は世界一の高速コンピュータを作ることに熱心だが、これはアメリカにとって原子爆弾以上に危険なことだ。いまに「年次改革要望書」で、政府は改善を要求されるに違いない。いや、しっかり読めば、もうどこかに書かれているのだろう。

(参考サイト)
http://www.maitou.gr.jp/rsa/index.html


2004年06月26日(土) 素数と暗号

 ビル・ゲイツは子どもの頃、暗号で遊ぶのが好きだったようだ。「ビル・ゲイツ・未来を語る」という本の中で、暗号破りの天才だといわれているチャールズ・パベッジに触れた後、彼はこう語っている。

<私自身、子どものころ暗号の魅力にとりつかれたひとりだ。どこの子どももやるように、何人かの仲間で集まって単純な暗号であそんだものだ。・・・かっては地球上のもっとも強力な政府でさえ解けなかった暗号が、いまの中学生には簡単に解ける。いずれ、コンピュータを使って、子どもたちが、どんな政府にも解読不能な暗号化メッセージを送信できるようになるだろう>

 素数を使えば、メッセージを暗号化することができる。そこで、今日はビル・ゲイツにならって、ちょっとした暗号遊びをしてみよう。たとえば、それぞれのアルファベットに二桁の素数を割り振り、暗号コード表をつくろう。

 l=11、o=37,v=13,e=91・・・
 
 そうすると、love=11、37、13、91 となるが、これを二桁ずつかけ算して、暗号化することにすると、love=407、1183である。暗号コード表があれば、この暗号化はたやすくできる。しかし、与えられた数字を二つの素数に分解して、この暗号を解読することはたやすいことではない。暗号を解きにくくするには、素数の桁数をあげてやればよい。

 素数の桁数が大きくなれば素因数分解の困難性はさらに高くなる。たとえば、ab=249310081から、a=11927、 b=20903、を見つけだすことは、そうたやすいことではない。

 コンピュータの登場によって、この困難性はかなり低められたが、それでも現代の数学者たちは、ふたつの素数の250桁の積を因数分解するには、将来どんなにコンピュータの性能が向上したとしても、何百万年もかかると信じている。

 もっとも、いくら素数を使って暗号化しても、暗号コードを盗まれたらおしまいである。それに暗号コード表そのものを、どうやって暗号化するのかという難問もある。しかし、素数の性質を使えば、これらの難問も解くことができる。

 つまり、暗号コードを一般公開して、しかもなお、暗号の機密性がたもたれるという離れ業が可能なのだ。そのしくみを簡単に言えば、「暗号化する鍵」と、暗号化された文章をもとにもどす「解読用の鍵」を別々にするのである。素数のかけ算を使えば、これが可能になる。数学者が発見したこの驚くべき方法について、明日の日記で紹介しよう。


2004年06月25日(金) 数の原子論

 デモクリトスはすべての物質は「原子」からできているという考えたが、こうした「原子論」を数の世界に適用したのが、「素数」(prime number)である。2,3,5,7・・・のように、1とそれ自身でしか割り切れない数、言い換えれば1と自分自身以外に約数を持っていない数を素数というが、すべての自然数はこの素数か、素数の積(合成数)から出来ているということを、ギリシャ人は発見した。

 1(単位数、ふつうは素数に加えない)
 2(素数)
 3(素数)
 4=2×2
 5(素数)
 6=2×3
 7(素数)
 8=2×2×2
 9=3×3
 10=2×5
 11(素数)
 60=2×2×3×5
 1386=2×3×3×7×11

 素数はいわば「数の原子」である。ギリシャ人はこうして、ものを細かく分割して考えるという分析的思考が得意だったようだ。この複雑な世界の成り立ちや現象を、なるべく単純なものや原理に分解して理解しようとした。

 ところで、原子には原子番号がついている。
  水………1 H 水素
  兵………2 He ヘリウム
  リー……3 Li リチウム
  ベ………4 Be ベリリウム
  ぼ………5 B ホウ素
  く………6 C 炭素
  の………7 N 窒素
        8 O 酸素
  ふ………9 F フッ素
  ね………10 Ne ネオン

  大きいところでは、ラジウム88,ウラン92、プルトニウム94などがある。一番大きいのは109番のマイトネリウム。大きな原子は不安定で、放射能を出して壊れる。いわゆる放射性元素といわれるものだ。

 物質の原子は有限だが、それでは数の原子である素数は有限だろうか。実はいくらでも大きな素数が存在する。素数は無限に存在することをすでにギリシャ人は証明していた。その証明はとてもエレガントなもので、一度聞いたら忘れることができない。

「素数が有限だとして、その有限な素数をすべて掛け合わせてみよ。さらにそうしてできた素数の積に1を加えて見よ。これは新たに作られた素数であり、素数が有限であるということと矛盾している。よって、素数は有限ではなく、無限に存在する」

 こうした証明法を「背理法」という。ギリシャ人はこの「背理法」の名人だった。2乗して2や3になる数が自然数の比であらわせない数(無理数)であることを発見し、これを証明したのもギリシャ人である。これらのエレガントな証明が有名なユークリッドの本「幾何学原論」のなかに書いてある。

 小川葉子さんの「博士の愛した数式」のなかには、素数についての魅力的なエピソードがたくさん語られている。その中から、ひとつ紹介しよう。無限にある素数のうち、2以外の素数は、全て二つに分類される。4n + 1 か4n - 1かどちらかである。前者の素数は常にふたつの二乗の和として表わすことができるが、後者は決してこの数式で表わすことが出来ない。なぜだろう。素数はまだまだ無数の秘密を隠している。


2004年06月24日(木) 数の不思議

 ピタゴラスはこの世界は1,2,3・・・という自然数でできていると考えた。数字をたんに実用的な道具とは考えずに、この世界を創造した「神の言葉」だと考えたわけだ。

 すべては「自然数からできている」という彼の思想は、無理数の発見によって崩れたが、自然数の世界に崇高な美と調和を感じ取り、数学を芸術にまで高めた彼の功績はすばらしいもので、その後の影響もおおきかった。

 ギリシャ人というのは、森羅万象の背後にあるものを、理論的に突き詰めて考えた最初の人々だった。ターレスは「万物の根源は水」だと考えたし、デモクリトスのように、「原子」を考えた人もいる。そうした中で、ピタゴラスは抽象的な「数」によって森羅万象が説明できると考えたわけだ。現代の数学者や物理学者もまたピタゴラスの徒であると言えよう。

 小川洋子さんの小説「博士の愛した数式」には、こうした「数の世界」の不思議な美しさがよく描かれている。その感想を友人のTenseiさんが日記帳に書いているので、一部を引用してみよう。

<17年前の交通事故で、80分間しか記憶できなくなった元数学者と、その男の世話をする家政婦とその子どもの、3人の交流を描いた物語である。これといってドラマティックな事件があるわけでもない。全体としては、淡々とした物語である。

 ドラマティックといえば、私のような数学知らずにとっては、博士(元数学者)によって語られる、数に秘められた真理の説明と、博士が子どもというものを異常に大切にしようとする言動だ。全編に温かさが感じられる。数の世界の不思議も、人間的な血が通っているかのごとくに描かれている。

 博士の数への愛と、子どもを慈しむ気持ちとに共通点があるかのように、主人公も数の世界への関心を深めていくが、私自身も、もっと知りたいという欲求に駆られたことは言うまでもない。

 高校時代に、こんな数学を聞いた記憶がない。実は習ったのに忘れたのだろうか、それとも、こういうおもしろい数学を、中学・高校では扱わないのだろうか?>

「博士の愛した数式」は数学の研究会でも、「よく書けた小説なので、是非、生徒に読ませてやりたい」という意見が聞かれた。私も読んでみて、これは大変いい小説であり、「数学入門」としても、面白いと思った。その雰囲気を伝えるために、博士の言葉や、博士の世話をしながら、数学のすばらしさに目覚めていく女性の言葉を引用しておこう。

「私と息子が博士から教わった数え切れない事柄の中で、ルートの意味は、重要な地位を占める。世界の成り立ちは数の言葉によって表現できると信じていた博士には、数え切れない、などとう言い方は不快かもしれない。しかし他にどう言えばいいのだろう。私たちは十万桁もある巨大な素数や、ギネスブックに乗っている、数学の証明に使われた大きな数や、無限を超える数学的観念についても教わったが、そうしたものをいくら動員しても、博士と一緒に過ごした時間の密度にはつりあわない」(P4)

「見てご覧、この素晴らしい一続きの数字の連なりを。220の約数の和は284。284の約数の和は220。友愛数だ。滅多に存在しない組み合わせだよ。フェルマーだってデカルトだって、一組ずつしか見つけられなかった。神のはからいを受けた絆で結ばれあった数字なんだ。楽しいと思わないかい?君の誕生日と、僕の手首に刻まれた数字が、これほど見事なチェーンでつながり合っているなんて」(P27)

「私が推察するに、素数の魅力は、それがどういう秩序で出現するか、説明できないところにあるのではないかと思われる。約数をもたないという条件を満たしながら、一個一個好き勝手に散らばっている。数が大きくなればなるほど見つけるのが難しいのは間違いないにしても、彼らの出現を一定の規則によって予言するのは不可能であり、この悩ましい気まぐれさ加減が、完璧な美人を追い求める博士を、虜にしてしまっているのだ」(P85)

「普段使っている言葉が、数学に登場した途端、ロマンティックな響きを持つのはなぜだろう、と私は思った。友愛数でも双子素数でも、的確さと同時に、詩の一節から抜け出してきたような恥じらいが感じられる。イメージが鮮やかに沸き上がり、その中で数字が抱擁を交わしていたり、お揃いの洋服を着て手をつないで立っていたりする」(P87)

「素数を見るたび、博士を思いだした。それはありふれた風景のどこにでも潜んでいた。スーパーの値札、表札の番地、バスの時刻表、ハムの賞味期限、ルートのテストの点数・・・そのどれもが、表向きの役割に忠実でありながら、裏に隠れた本来の意味を健気に守り支えていた」(P156)

「素数の性質が明らかになったとしても、生活が便利になる訳でも、お金が儲かるわけでもない。もちろんいくら世界に背を向けようと、結果的に数学の発見が現実に応用される場合はいくらでもあるだろう。楕円の研究は惑星の軌道となり、非ユークリッド幾何学はアインシュタインによって宇宙の形を提示した。素数でさえ、暗号の基本となって戦争の片棒を担いでいる。醜いことだ。しかしそれは数学の目的ではない。真実を見出すことのみが目的なのだ」(P159)

「私はもう一度、博士のメモを見直した。果てまで循環する数と、決して正体を見せない虚ろな数が、簡潔な軌跡を描き、一点に着地する。どこにも円は登場しないのに、予期せぬ宙から π が e の元に舞い下り、恥ずかしがり屋のi と握手する。

 彼らは身を寄せ合い、じっと息をひそめているのだが、一人の人間が1つだけ足し算をした途端、何の前触れもなく世界が転換する。すべてが0に抱き留められる。

 オイラーの公式は暗闇に光る一筋の流星だった。暗黒の洞窟に刻まれた詩の一行だった。そこにこめられた美しさに打たれながら、私はメモ用紙を定期入れに仕舞った」(P176)

 引用したい文章がたくさんある。読まれていない人には、一読をすすめる。数学の衣装で飾られた自然がとてもチャーミングでミステリアスな「美人」であることに心がときめくだろう。お金が儲かるわけでも、腹がふくれるわけでもないが、心がゆたかになる。

  (e の πi 乗)+1=0

 これが、博士が最後に「メモ」に残した「オイラーの公式」である。幾何学を代表する定数π(円周率)と、代数学を代表する定数e(オイラーの定数)が、虚数単位i と1とによって一つに結びついている。数ある数学の定理の中でも、もっとも美しく神秘的で、奥が深いといわれているものだ。この定理のすばらしさについてさらに知りたい人には、吉田武さんの「オイラーの賜物」(海鳴社)をお薦めする。


2004年06月23日(水) 地球の大きさを測った男

 水平線上に現れる船を見ると、まずマストの先が現れ、それから帆柱や甲板が見えてくる。こうしたことから、アリストテレスは大地は丸いと考えた。彼はさらに月食を観察して、その丸い影こそ、太陽によって月面に投影された丸い大地(地球)の姿だと考えた。

 大地が球だとして、それでは、その半径はどうしたら計算できるだろう。B.C.230年頃,エラトステネス(B.C275〜B.C194)がこれに成功した。今日彼ははじめて「地球の大きさを測った男」ということになっている。その方法を説明しよう。

 エジプトのシエナでは夏至の真昼には太陽の光が井戸の底まで届くが,その真北に位置するアレキサンドリアでは,太陽の光は井戸の真上から7.22度ずれている。エラトステネスはアレキサンドリアの図書館で知ったこの事実に興味を持った。なぜ、アレキサンドリアでは夏至の日の太陽が斜めのずれているのか。

 非常に遠くにある太陽からの光線は平行とみなせる。そうすると、この角度の違いは「緯度の違い」によるものだろう。エラトステネスはこのことから、地球の中心からみて、シエナとアレキサンドリアの扇形のなす角が7.2度だということに気付いた。

 シエナとアレクサンドリアの距離はおよそ925 kmである。これは実際に歩いて歩幅で測ることができる。彼は一人の男を雇い、実際に歩かせて距離をはかったらしい。距離が分かると、あとは次のような簡単な公式を使って、地球の半径と円周が導きだせる。

 地球の半径=925000×360/2×3.14×7.22
         =7340(キロメートル)

 地球の円周=925000×360/7.22
         =46100(キロメートル)

 これは現在知られている地球の半径(6370キロメートル)と円周(40000キロメートル)にかなり近い値である。 エラトステネスは北アフリカのギリシアの植民市キュレネ(現シャッハート)に生まれ、アレキサンドリアの図書館長になった。アルキメデスとも交流があり、自然科学ばかりではなく、数学や哲学でも業績が知られている。

 数学者としては「素数」についての研究が有名で、素数を効率的に見つける方法は「エラトステネスのふるい」と呼ばれて、今日でも数学の教科書で紹介されている。また、哲学者としては、倫理学の問題について論じている。彼は著書「善悪論」のなかで、次のように述べている。

「人類はギリシャ人と異邦人とに分けるべきなのではなく、良い人と悪い人に分けた方がよい、すべての人は唯一の世界都市の市民となり、宇宙を司る神々によって治められるべきなのである。各国の神々はこうした宇宙を司る神々の現れとも言えよう」

(参考サイト)
http://astro.ysc.go.jp/how-big-earth.html
http://pweb.sophia.ac.jp/~j-masia/philosophy.htm


2004年06月22日(火) 5円玉で地球の重さを測る

 昨日は、地球の重さを量ったキャベンディッシュの話をしたが、もっと身近なとこころでは、「5円玉で地球の重さを量ろう」という実験がある。今日はその話をしよう。

  M(地球の質量)=g×rの2乗/G ・・・・・・・��

 この式で、地球の半径rと重力加速度gを既知量として、万有引力定数Gを測ることを考えたわけだが、地球の半径と万有引力定数を既知量とすれば、重力加速度gを求めることが、つまり「地球の重さ」を測ることになる。万有引力定数Gを測るのは素人には無理だが、重力加速度の方は「五円玉」で簡単に測ることができる。

 どうするかと言えば、5円玉に1メートルの糸をつないで、振り子にするのである。5円玉を揺らせて、その周期T(秒)を測る。そうすると、次のような公式を使って、重力加速度gが計算される。

 g=4×πの二乗×糸の長さ/Tの二乗 ・・・・・��

 ここで、π=3.14(円周率)とする。振り子の周期を測ってみると、1メートルの糸で実験すると、約2秒である。そこでこれらの数字をあてはめてみればよい。

 g=4×3.14×3.14×1/2×2=9.85

 これに次の二つの定数の値を加えて、��式に代入してみればよい。
  r(地球の半径)=6.37×1000000(メートル)
 G(万有引力定数)=0.0000000000667

 この結果、地球の質量が次のように得られる。

 M=6×1000000000000000000000000(kg)
  =6×10の24乗=6×10^24

「5円玉で地球の重さを量る」というのは、肝心の万有引力定数をすでに既知のものとしているので、いささか誇大広告だといえないことはないが、ガリレオの発見した「振り子の等時性」を使った小学生にでもできる実験なので面白い。子どもにはまずはこの実験をしたうえで、キャベンディッシュの話をしてやればよい。

 その他、5円玉を落下させて、重力加速度gを測定するという方法もある。この場合は、落下距離を2倍して、かかった時間の2乗で割ってやればよい。5円玉の落下地点を少しずつ高くしていき、5円玉が床に落ちて音を立てるまでの時間が1秒になる高さを測ると、約5メートルだということがわかる。これから、g=10という値が得られる。式で書くと、次のようになる。なお、gの単位は(メートル/秒の2乗)である。

 g=2×落下距離/時間の二乗
  =2×5/1×1
  =10


2004年06月21日(月) 地球の重さを量った男(2)

 昨日の話の続きである。ニュートンが発見した万有引力の法則から、次の式が得られた。これを使えば「地球の質量がわかる。

 M(地球の質量)=g×rの2乗/G ・・・・・・・��

  g(重力加速度)=9.8(メートル/秒の二乗)
  r(地球の半径)=6.37×1000000(メートル)
            =6.37×10^6(メートル)

 残された問題は、万有引力の定数Gの測定だ。これは1798年、ヘンリー・キャベンディッシュ(1731〜1810)によって行われた。彼は二箇の鉛の玉をつかい、その間に働く重力を測定した。このため、ねじれの弾力性を使った非常に微量の力をも測定できる装置を開発した。その値はおよそ、次のようであった。

  G(万有引力定数)=0.0000000000667
              =6.67×10^−11
  
 万有引力がどのくらいの力か、わかりやすく説明してみよう。今1000キログラムの鉛球が二箇あるとする。その球の中心間の距離が1メートルのとき、万有引力の大きさを計算してみよう。

  F=G×m×M/rの2乗
   =0.0000000000667×1000×1000
   =0.0000667(ニュートン)

 ここで、1ニュ−ウトンは約9.8キログラム重であるから、これをミリグラム重に換算すると、答えは、約6.8ミリグラム重である。つまり、普通の物体間に働く万有引力というものは大変「弱い力」で、ほとんど日常生活では体感することができない。地球とか月などという巨大な質量を相手にしたとき、私たちはこの力を「重力」と体感する。

 さて、たくみな実験によって、重力定数を測定し、実験室の片隅で「地球の重さ」を量ることに成功したキャベンディッシュという科学者はどんな人なのだろうか。彼はイギリスの最高貴族デボンシャー公家の出身で、1749年から1753年にかけてケンブリッジ大学に学ぶが、寡黙でほとんど誰とも言葉を交わすことがなかったという。政治的な名誉や、経済的な成功は望まず、イギリス王室に次ぐ莫大な財産家だったが、生活は大変に質素だったという。

 彼は「重力定数の測定」の他に、「水素元素の発見」という人類史にのこる大きな仕事をしている。水素が燃えて水になること、また、水の電気分解により、水が水素の酸素の化合物だということを証明した。さらに公表こそしなかったが、クーロンの法則、オームの法則、ゲイ=リュサックの法則、比熱、潜熱の発見、砒素の発見など、すべて彼の業績だと言われている。

 死後、彼の数々の功績を記念して、キャベンディッシュ研究所がケンブリッジ大学に作られた。初代所長は電磁気学の法則で有名なジェームス・クラーク・マクスウェル。3代目所長は「電子」を発見して1906年にノーベル賞を受賞したトムソン、4代目所長が原子核の発見で有名なラザフォード(1871〜1937)、彼は彼自身も含め、ニールス・ボーア(1885〜1962)など13人ものノーベル賞学者を育てた。

(参考サイト)http://www.nararika.com/butsuri/index.html


2004年06月20日(日) 地球の重さを量った男

 二週間ほど前に、学校に20名ほどの教育実習生がきた。そのとき全校生徒の前で代表として挨拶をした理科の教員志望のA君が、「みなさん、どうやったら地球の重さがはかれると思いますか」という質問をした。後日、職員室でそのことが話題になった。昨日は、質問魔の北さんから、「どうやったら、地球の重さがはかれるの」と、とうとうきかれた。

 話は地球から宇宙に飛び、次第に白熱して、気がついたら2時間以上も話していた。相変わらず、北さんは聞き上手である。「どうやったら地球の重さが量れるのか」「最初に地球の重さを量った男は誰か」疑問に思っている人もいると思うので、昨日の私の話の一部ここに再現しよう。

 今から約350年ほど前に、ニュートンは「リンゴが木から落ちるのはリンゴと地球が引き合っているからだ、リンゴと地球だけではなく、地球と月や太陽も引き合っている。この宇宙に存在する物体はすべておたがいに引力を及ぼしあっている」と考えた。そしてこの普遍的な力を「万有引力」と名付けた。

 ニュートンはこの力がそれぞれの質量の大きさに比例し、距離の二乗に反比例していると考えると月の運動や太陽系におけるすべての惑星の運動が説明できることを示した。ここで万有引力F(ニュートン)、二つの物体の質量をM、m(キログラム)、物体の間の距離をr(メートル)とし、Gを比例定数(万有引力定数)として、この法則は次のような式で表される。

  F=G×m×M/rの2乗 ・・・・・・��

 この式で、地上でリンゴに働いている力をF、リンゴの質量をm、地球の中心から地表までの距離をrとすると、これらはいずれも観測からわかる数である。たとえば、実験によると、1キログラムの物体が地上で受ける引力は約9.8ニュートンである。一般にmキログラムの物体に働く地上での重力は次の式で表される。

 F=mg (g=9.8)  ・・・・・・・・��

そうすると、� ↓△茲蝓⊆,亮阿�導かれる。

 G×m×M/rの2乗=mg、すなわち、G×M/rの2乗=g
 M(地球の質量)=g×rの2乗/G

この式の右辺に、次の値を代入しよう。
g(重力加速度)=9.8(メートル/秒の二乗)
r(地球の半径)=6.37×1000000(メートル)
          =6.37×10^6(メートル)

 そうすると、あとはG(万有引力定数)さえわかればよいことになる。いいかえれば、Gの値を測定した男こそ、最初に「地球の重さを量った男」だといえるのではないか。ところで、それでは誰が最初にGを測定したのか。そして、それはどのようにして行われたのか。少し長くなったので、続きは明日にしよう。


2004年06月19日(土) 美人コンテストと選挙

 資本市場における価格決定のメカニズムを、ケインズは「美人コンテスト」にたとえて説明している。たとえば、今ここに10人の候補者がいて、一般投票で美人ナンバーワンを決めるとしよう。そうすると、人々は自分の好みに応じて投票するに違いない。

 「十人十色」「蓼食う虫も好きずき」と言われるように、人の好みも違っているから、票はそれぞれの候補にそれなりに分配されるに違いない。その中から、比較優位が生まれ、ナンバーワンが決定する。

 ところが、このコンテストが「ナンバーワンに投票した人に抽選で賞金を与える」という恩典がついていたらどういうことになるか。投票者は償金欲しさに、「自分お好み」だけではなく、「他人の好み」を勘案して投票することになるだろう。

 自分はぽっちゃり型のA子が好きなのだが、一般の流行は細身のB子だとしたら、自分の好みに反して、細身のB子に投票するに違いない。つまり自分の好みや信念に従うよりは、世間の動向に従う方が最適戦略なのである。そして、比較優位のなかから、絶対優位が生まれることになる。ケインズは資本市場というのはこうしたメカニズムで動いていると考えた。

 たとえば、私たちがある会社の株を買おうとする場合、環境問題に対する姿勢や製品の性能から見てA社が好ましいと考えても、世間ではB社が人気だとすると、B社の株を買った方が得だということになる。そして多くの人がそうした最適戦略に基づいた投資行動をすることで、ますますB社の優位が作られることになる。

 投資のプロ集団は、いつも自分の最適戦略とは何かということを計算している。たとえば、C社の経営があぶないと分かっていても、C社に投資して株価をつりあげ、素人集団がこれに反応して株を購入し、株高になったところで、いちはやく自分たちは資金を引き上げ、差益を確保する。

 株は基本的には「ゼロ・サム」の世界だから、だれかが儲かるためには誰かが損をしなければならない。そしてプロが儲かるためには、素人は損をしなければならないわけだ。経済学者の永谷敬三さんは「なかなかの国ニッポン」(中央経済社)にこう書いている。

<少々エゲツないいい方をすれば、本来市場を正しくリードすべき玄人筋にとって、自然を相手に長い視野で堅気のゲームをするよりも、無知な大衆を相手に売買ゲームをする方が手っ取り早く、かつ儲けも大きいということなのである。(略)

 投票者各人が自分の好みに従って一番美しいと思う人投票するというのは、新古典派的発想であるが、ケインズは、人々は現実にはそういう選択の仕方はしないと主張する。自らの好みあるいは信念に従って行動することが最適戦略でなくなるというところに資本主義市場のユニークさがあるといってもよい>

 人気者(最多得票者)がだれであるのかを知るためには、他人の好みを知るだけではいけない。なぜなら、他人も又、自分の好みによってではなく、他人の好みによって投票するからだ。そしてここにプロ集団が介入する余地が生まれる。

 その結果、それぞれの投票者が自分の好みで投票した場合とは全く違った候補者が選ばれることが起こってくる。そしてこうした不可解なメカニズムで選ばれた候補者を、投票者はあたかも自分の「好み」であるかのように錯覚する。

「美人コンテスト」のたとえは、経済ばかりでなく、政治の世界にもつかえるだろう。私たち有権者の投票行動も又、このゲームの理論による「最適戦略」の好例である。この点で、「死に票」を多く作り出す「小選挙区制」はこうした政治ゲームを助長することになる。民意を反映させるためには、問題の多い制度だといわなければならない。


2004年06月18日(金) 事後的公平の世界

 日本社会は「事後的公平を重んじる社会」だといわれてきた。事後的公平とは、結果における平等である。たとえば、ここにものすごく優秀で、しかも働き者のAさんと、能力も低く、怠け者のBさんがいるとする。

 もし、アメリカ社会であれば、おそらくこの二人の収入は月とすっぽんほど違うだろう。ところが、事後的公平を重んじる日本社会ではそれほど差はでない。AさんがBさんよりも年下だったら、むしろBさんの方が高い給料をもらっているかも知れないのである。こうしたことがこれまでの日本社会ではふつうであった。

 もちろん、これが世界の常識というわけではない。とくにアングロ・サクソン型の競争社会では、日本のような平等社会はまったく理解できないことだろう。彼らの目から見れば、日本社会は恐るべき「悪平等」の社会だと映るに違いない。こうした社会では優秀な人材が育たないし、人々は平等に安住して努力しなくなり、社会は発展性を失うに違いないと考える。

 しかし、日本人はそうは考えなかった。賃金や報酬で差を付けてお互いに人間関係を損なうよりはみんな一緒がよいと考えたのである。人間がやる気を起こすのは他人よりも高給であるからではない。仕事そのものにやりがいが感じられるときだ。そして仕事を気持よくやりとげる上で一番大切なのは、チームワークだと考えたのである。

 こうした考え方をつきつめれば、「人間は能力や意欲に応じて働き、その報酬は平等にうけとる」ということになるだろう。これを「悪平等」とみるか「善き平等」とみるか、意見が分かれるところだろう。能力に応じた報酬制度がよいのか、能力を度外視した報酬制度がよいのか、いずれの社会が経済的効率性に長じているのか、この点について、まだはっきとした結論が出ているわけではない。

 1965年に故朝永振一郎博士がノーベル物理学賞を受賞したとき、博士の月給が彼の同輩とまったく同じくわずか400ドルだということが世界の新聞で書き立てられた。アメリカでは「何と科学者を冷遇する国よ」、と侮蔑的論調が主流だったが、その頃の日本人はこれをむしろ日本の美点だと感じたはずだ。

 私は湯川博士や朝永博士にあこがれて大学で物理学を専攻したが、それは決して収入の問題ではなかった。収入よりも、そうした仕事自身にやりがいを感じたからである。同じような理由で医学部に進学し、文学部や法学部に進学した人も多かった。今の日本人の考えはむしろ欧米流になってきているが、私自身は、事後的公平の原理をこれからも日本社会は大切に守っていくべきだと思っている。

 人間は生まれながらに平等だというが、これは真っ赤な嘘である。遺伝や育った環境で、その人の能力や資質はかなり左右される。こうして歴然として存在する差別を、アングロ・サクソン型の優勝劣敗の経済体制はさらに拡大することになる。現在世界で主流となりつつある経済が、どれほど馬鹿げたもので、非人間的なものか、私たちは今一度原点に立ち戻って認識する必要がある。


2004年06月17日(木) もう一つの戦場

 4月15日にイラク人武装勢力から解放された高遠菜穂子さん(34)は、バクダッドで解放された直後、健気にこう語っていた。

「今は、すごく疲れて、ショックなこともあるけど、言いたいこともたくさんあるけど、嫌なこともされたけど、イラク人のことを嫌いになれないんです」

 5月20日、解放後初めて彼女は千歳市の自宅で、報道各社の代表取材に応じ、心境や拘束時の模様などを語った。拘束時の体験を語った時に言葉に詰まって中座したり、時折涙ぐんだりしたという。そうした中で語られた高遠さんの言葉をいくつか紹介しよう。

「1人がひざを抱えて私の方を見ながら『どうしたら君と友だちになれるだろう』と言った。彼の前には銃があったが、その時の彼はあまりにひ弱なただの人間で、私たちを拘束したメンバーとは思えなかったし、彼らも愛する家族を殺され、悲痛な叫びを届かせるには、この方法しか見つけられなかったのだろうと感じた」

「あれだけ親日だったイラク人が、昨年末あたりから反日感情を持つようになり、何よりも悲しい」

「戦争被害に苦しむイラクの人たちのことを考えると、今こそ武器を持たないNGOを中心とした人道支援が必要だと思う」

「(イラクの子どもたちに)絶対にあなたたちを見捨てません。必要なことは戦争を恨むことより、人を愛することだと思う」

 イラクでは人質事件のあと、二人の日本人ジャーナリストが武装勢力に殺されている。そのうちの一人、戦場ジャーナリストの橋田信介さんは、著書「イラクの中心でバカだと叫ぶ」のなかで、日本における年間3万人をこえる自殺者にふれ、もう一つの「戦場」の存在について語っている。

 イラクでは毎日数十人もの命が失われている。しかし、空爆や砲撃がない「平和」な日本で、毎日80人以上が自殺している。イラクでこの一年間に1000人以上のアメリカ兵の命がうしなわれたが、じつはアメリカ本国では1万人をこえる人間が、おなじアメリカ人の手で銃殺されている。死者の数から言えば日本やアメリカのほうが深刻なわけだ。橋田さんは、「日本にも見えない戦場がある」と書いている。

 日本やアメリカに存在する「見えない戦場」は小説や映画に描かれた「バトル・ロワイヤル」の世界にもたとえられる。「バトル・ロワイヤル」について検索したところ、こんな文章をあるHPで見つけた。

<いま、少なからぬ数の子供達が、まさしく「生き延びるため」に「戦い」を強いられてはいないでしょうか。心ならずも友達に向かって仮想のナイフをふるい、相手の「心」や「意志」や「想い」を殺すようなことが起こってはいないでしょうか。それがいじめによる殺人(自殺も含め)として表に現れたとき、私たちは身震いしますが、その前に累々と転がっているかもしれない魂の死体は見過ごしてはいないですか?

 血を流し致命傷を負ったのが内面だとすれば、行為者も罰されることはなく、傷そのものが気づかれることすら少なかったりします。もし、刺されて血を流したのが肉体だったとしたら、これは大騒ぎになり、傷つけた者、もしくはそれをは指嗾した者は犯罪者として糾弾されるでしょう。であるならは、省みられない内面の傷害事件も、外面へと投影してみれば人の注意を引くことができるのではないか。、、、これはそうして作られた物語なのではないだろうかと、私は思いました。

「あなたはこの『物語』を、残酷だと言い、不快だと拒否する。それなのに、今目の前にある同じほど残酷な『現実』には平気でいるのか」という問題提起、もしくは挑戦として。>

 ここで、最近見つかったという橋田さんの遺書を紹介しよう。橋田さんの活動拠点であったバンコクの事務所に、イラクへ取材へ行く直前に書かれた遺書が、装丁だけの自身の本『戦場特派員』に書かれていたのだという。そこには、人生で楽しかったエピソードが11個簡潔に書かれていた。6月14日「報道ステーション」で、古館氏が6つ読み上げたのだという。これもあるHPから転載させていただいた。

−−−−− 遺書 −−−−−−−
 
2003.12.20 イラク取材を前にして遺書を書く

私の人生は楽しかった。

1.小学校一年生の頃、誕生日の祝いに両親に下駄とところ天を買ってもらった。
2.小学校4年生の頃、白灯台から赤灯台まで泳いでわたった。
3.法政大学のベトナム反戦学生集会で大講堂をいっぱいにした。
4.四ッ谷の堤防で、妻幸子とファーストキスをした。
5.産まれたばかりの大介を抱いた。妻幸子の写真を撮った。
6.赤ん坊用のベッドの上で大介が微笑した。風が大介の頬をなでたのだ。
(7.〜11.略)
以上取り急ぎ。

月が満月になり
私の人生も円になった。

バグダットに
向かう日に

前記の他にはなにもなし。

2003年12月20日
不覚の
橋田信介拝

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 この遺書の存在を私に教えてくれた北さんによると、「介」は両手を広げて人と手をつなごうとする絵からできていて、人と人とを「仲介」するという字だそうだ。北さんはこの「介」という字が好きで、息子さんの名前も「伸介」にしたのだという。そういえば、橋田さんも息子さんに「大介」という名前をつけている。

 橋田さんの一生も「介」という名前にふさわしい一生だった。「私の人生は楽しかった」という遺書には、橋田さんの人柄があらわれている。彼の人生がすばらしかったように、彼の遺書もすばらしい。こうした遺書は、なかなか書けない。

(参考サイト)
http://diary.jp.aol.com/qam2jxpanpm/


2004年06月16日(水) 民主的道徳の創造

 書物や新聞、雑誌を読んでいて、たまに「我が意を得たり」と思わされる文章にであうことがある。嬉しくなって、頭の中でいろいろと反芻しているうちに、自分なりの思索が流れ出してきたりする。そうした日は、一日楽しい。

 朝日新聞の朝刊に掲載されている梅原猛さんの「反時代的密語」は楽しみにして読んでいるが、昨日掲載された「民主主義道徳の創造」は、まさに「我が意を得たり」という文章であった。まず、その出だしから、すばらしい。

<戦後60年間、日本人は大変重要なことをおろそかにしていたように思われる。それは平和憲法と対をなす新しい道徳を創造することである。

 明治22年(1889)、大日本帝国憲法が発布されるや、翌年、教育勅語が作られ、法律と道徳が対をなして日本帝国の発展の基礎をつくった。その基礎の上に後進国日本は軍事大国となったが、「大東亜戦争」での敗戦によって日本帝国は終焉をむかえた>

 梅原さんは、戦後日本では教育勅語が廃され、旧来の道徳も否定されたが、これにかわる新しい道徳は与えられず、家庭でも学校でも道徳は教えられなかった。その結果、道徳なき人間が育ったという。

<そのような人間のなかから、理由なく人を殺す子どもや、汚職や詐欺などの恥ずべき犯罪を行う大人が出る。私は、日本の庶民の道徳的水準はまだそれほど低くないと考えているが、日本人が長い間、精神の糧としてきた仏教や儒教の教えが心のどこかにまだ残っているからであろう。その道徳的遺産も尽き、道徳性のまったく欠如した人間の跳梁する恐るべき時代が遠からず到来するに違いない。

 過去の道徳的遺産がある間に新しい道徳を創造することが必要である。しかし政府にそれを期待することはできず、何人かの個人によって私案が作成されなければなるまい。やがてその私案が統一され、公論となってしっかりした民主主義道徳が作られ、そのもとに日本の教育が行われるべきだろう>

 実のところ、平和憲法と対になる道徳らしいものが作られなかったわけではなかった。それは「教育基本法」である。第一条には「教育の目的」が、「平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成すること」にあると書いてある。

 もちろんこれを「道徳」と呼ぶことはできないだろう。しかし、これを教育の現場で実践をとおして内面的に深めることによって、新しい道徳がここから生まれたのではないかと私は思っている。しかし、現実にはそうはならなかった。

 そうならなかった原因のひとつに、私は学校がたんに「知識」や「技術」の伝達の場でしかなかったことがあげられると思う。しかも教師はこれを「受験体制」のなかで効率よくなしとげなければならなかった。受験戦争は「ゼロ・サム」のサバイバル・ゲームの世界である。

 学校がこうした排他的な競争の主戦場となり、「教育」が「狂育」となり、心身の傷害をともなう「凶育」となるとき、そこにどんな道徳的感化が可能だというのだろう。こうしたバトル・ロワイアルと化した学校で「共生の意義」を語り、「道徳」を語ることはほとんど意味をなさない。

 もしそれを語る教師がいたとしても、生徒達にはたんなる偽善者としか映らないだろう。かくして、教師自ら「道徳」やそれにまつわる思想を何か現実から遊離した胡散臭いものとして語らなくなったのだと思う。

 それではどうしたらよいのか。梅原さんは、「何人かの個人」によって私案が作られ、これが統一されて公論になり、道徳となって、これによって教育が行われる必要があるという。その私案について、梅原さんは、「仏教の道徳を中心にして、たとえば儒教の人間への信頼、神道の自然崇拝、キリスト教の希望を総合したもの」を考えている。そして最後をこうしめくくっている。

<新しい道徳をあまねく日本人のものとするには政治の力を必要とするが、今の日本の政治家はむしろその反面教師を演じているようにさえみえる。嘆かわしいことである>

 私は「何人かの個人」によって私案がつくられ、これが公論となって新しい道徳がつくられる可能性を否定はしないが、あまり現実的ではないと思う。政治の力を過信することも危険である。道徳は力で上から押しつけられるものではないからだ。

 私は今の学校の体制、具体的に言えば、大学受験の体制を変えることが一番現実的だと思っている。体制を非人間的なものから人間的なものに変え、環境を競争的なものから共生的なものに変えていくことで、教育はのびのびとその本来のゆたかさと、本来の創造力を取り戻すだろう。そうした環境整備のために、私たちは公論をよびここし、政治を動かしていかなければならないのだと考える。

 日本国憲法・教育基本法と対になる道徳はこうした中で創造されるべきもので、数人のエリートの頭の中でつくられ、大衆に押しつけられるものではない。しかしこのことは、オピニオンリーダーの存在を否定はしない。私は梅原さんに期待している。私が主張している「競争から共生へ」という考え方も、梅原さんの仏教哲学に学ぶ中で培われてきたものだ。

 日本国憲法の根本にある精神は何か。私はそれを「共生」だと考えている。そして、道徳もこの「共生」という原理の上に建てられるものだ。日本国憲法を守りたいという願いは、この「人類共生」の願いでもある。戦後の日本の教育が見失ったものは、「共生の心」だった。民主主義的道徳の復興は、こうした思想的反省の上に、具体的な体制の変革と、新たな実践をともなって、はじめて可能になるだろう。


2004年06月15日(火) 日本の司法改革は成功するか

 アメリカやイギリスには、日本の「六法全書」のような法典がない。憲法でさえも非常に簡明に出来ていて、しょっちゅう書き換えられる。これは基本的にアメリカやイギリスが「慣習法」の世界だからだ。アメリカの裁判官はアメリカ的なコモンセンスと、過去に行われた厖大な判例によって判決を下している。アメリカでは法は議会でではなく、「法は法廷で作られる」とさえ言われている。

 これにたいして、日本の明治政府は「ローマ法」や「ナポレオン法典」に代表される大陸型の「成文法」の司法制度を作り上げた。これだと裁判官は法にてらして判決を下すことができる。もちろん判例は参考にするが、あくまでも基本にあるのは法で、判例が中心ではない。だから、過去の厖大な判例に悩まされることはなく、割合効率的に判決を下すことができる。

 このことは、人口一人当たりの弁護士の数にも現れている。人口比でみると、アメリカは日本の26倍もの弁護士がいる。クリントン夫妻が弁護士の出身だったように、アメリカの政治家や議員も圧倒的に弁護士出身者が多い。

大陸型の「成文法」と、アングロ・サクソンの「慣習法」の世界とは、水と油のように違っている。これは「法」をどのように捉えるかという法哲学の違いであり、伝統や権威を重視するか、現実を重視するかという社会観や政治観の違いからきている。それぞれに長所と欠点があり、一概にどちらがよいとはいえない。

 第二次大戦で日本が敗れたとき、マッカーサー占領軍は日本社会の根本的な改革に乗りだした。その象徴が「平和憲法」の制定だろう。しかし、憲法をかえはしたが、日本の法文化そのものを変えることはしなかった。日本は敗戦後も、ヨーロッパ大陸的な「法典主義」の司法制度を続けることになった。

 これはGHQの司法制度改革の担当課長だったアルフレッド・オプラーがドイツから亡命してきたばかりの元ドイツの裁判官だったことによる。マッカーサーは日本が大陸法の国であることを勘案して、彼に日本の司法改革を任せたのだろう。その結果、日本には大陸型の司法制度がそのまま生き残ることになった。 オプラーは「日本占領と法改革」という著書の中でこう書いている。

<占領軍の大部分はアメリカ人であったので、彼らがアメリカ以外の国の民主主義の仕組みを無視する危険は、常に存在していて、私はすぐに、法律と司法の改革の分野で、その経験をすることになる。私はオハイオやフロリダやあるいはカルフォルニアにとっていいことは日本においてもうまく行くはずであるという態度にときどき遭遇したが、そういう態度は、日本法が大陸法に基づいていることを考えると、全く根拠がなかった>

<私たちは、アングロ・サクソン法の制度が大陸法のそれよりも優れていると考えがちであるかもしれないが、性急に一方を他方に置き換えるどんな誘惑にも抵抗すべきである。日本人は、今日に至るまで彼らが慣れ親しんできたものとは根本的に異なる制度を人為的に押しつけられても、この制度を使用することはできないだろう>

 ここにきて、アメリカは「年次改革要望書」でしきりに日本の「司法改革」を求めてきている。アメリカが日本に求める性急なアメリカ化の本質は何か。関岡英之さんは「拒否できない日本」にこう書いている。

<その直接的な目的は、アメリカ企業にとって有利なビジネス環境を日本につくりだす、ということだ。そしてもし、既に落ちぶれたとはいえ世界第二の経済規模を持つ日本のシステムをアメリカ化することに成功すれば、世界のアメリカ化という誇大妄想も、あながち非現実的なものではなくなるだろう。(略)

 おそらくその根源には、アメリカ文明こそ世界に広めるべき普遍的な価値があり、日本やその他の非アメリカ文明はこれを熱烈に学び、ありがたく享受するべきだという、宗教的ともいえる信念があるのだろう。どうしょうもない確信犯的独善と言うほかはない>

 GHQでさえも躊躇した改革を、クリントンやブッシュは臆面もなく要求し、しかも日本政府は「構造改革」の名でこれに一方的に応じようとしている。日本政府に、日本とアメリカの司法体系の違い、ひいては文化的風土についての価値や尊厳についての認識や配慮が充分あるとは思えない。小泉首相自身、こうした「改革」のもたらすものが何であるのか、その重大性をどれだけ認識しているのか心配である。


2004年06月14日(月) 日本を支配する米国イニシャティブ

 毎年10月にアメリカ政府から「年次改革要望書」なるものが日本政府に提示される。しかし、このことは日本ではほとんど報道されない。2001年10月15日の日経新聞にたまたま報じられたが、これも「米国側の要望はあきらかになっていない」というベタ記事でしかなかった。

 たしかに日本政府はこれを公開していないが、新聞社やテレビ局が本気になれば、それはすぐにわかる。これはれっきとした公文書であり、アメリカ政府側はHPで毎年全文を公開しているからだ。それでは何故、新聞はじめ日本のマスメディアはこれを報道しないのだろうか。これがとるにたらないものだろうか。そんなことはない。関岡英之さんよれば、実はその反対だからだという。

<「年次改革報告書」は単なる形式的な外交文書でも、退屈な年中行事でもない。アメリカ政府から要求された各項目は、日本の各省庁の担当部門に振り分けられ、それぞれ内部で検討され、やがて審議会にかけられ、最終的には法律や制度が改正されて着実に実現されていく。受け取ったままほったらかしにされているわけではないのだ。

 そして日本とアメリカの当局者が定期的な点検会合を開くことによって、要求がきちんと実行されているかどうか進捗状況をチェックする仕掛けも盛り込まれている。アメリカは、日本がサボらないように監視することができるようになっているのだ。

 これら外圧の「成果」は、最終的にはアメリカ通商部代表が毎年3月に議会に提出する「外国貿易障害報告書」の中で報告される仕組みになっている。アメリカ通商代表部は秋に「年次改革要望書」を日本に送りつけ、春に議会から勤務評定を受ける、という日々を毎年すごしているわけである>(関岡英之著「拒否できない日本」文春文庫、以下の引用も同書)

 関岡さんによれば、「年次改革要望書」を読めば、数年後日本に何が起こるか一番よく分かるという。たとえばアメリカが「年次改革要望書」で「裁判所による公官庁に対する監視を強化するように」求めてきた翌年の1994年には、経済同友会が「司法改革審議会」の設置を提言し、その5年後にはこれが実現している。現役の法曹関係者が審議会のメンバーから一切排除されるという異例の人事だったという。

 アメリカがここまで日本の司法改革に熱心になるには訳がある。それはアメリカが日本を「談合の横行する社会」だと見ているからだ。司法改革により住民に集団訴訟をおこしやすくする法律をつくり、日本社会を、「アメリカの企業」にとって、風通しの良い社会にしたいということだろう。「年次改革報告書」では、地方自治法だけではなく、中央の公官庁公共事業についても似たような法律を作るように要求している。

 アメリカはさらに「弁護士業」の自由化も要求している。この要求が通れば、外国人弁護士が日本で自由に活動できる。「訴訟社会」で営業するアメリカの弁護士事務所は日本と違い、数百人もの弁護士を抱える巨大なものだ。こうした訴訟ビジネスを日本に持ち込み、日本をアメリカ並の「訴訟社会」にしようというのがその狙いだろう。ねらいは日本の政府や企業の監視強化である。すでにこの要求は一部実現している。2002年4月に「弁護士事務所の法人化」が日本で解禁になった。

 アメリカが「年次改革要望書」(イニシャティブ)で日本に要求していることは、この他にもこれまでほとんど実現してきた。独禁法や商法がこれによって改正された。この結果、企業の会計基準が原価主義から時価主義になり、株価の下落で多量の「含み損」をもつ日本の銀行や企業は大打撃をうけ、つぎつぎと外資に買収されるという最悪の事態をまねいている。

<アメリカは。ゼネコン業界の談合だけを問題視しているわけではない。通信、郵政、電力、ガスといった公益事業分野での、新規参入(たとえばアメリカ企業)への排他的行為の取り締まりを強化しろと「年次改革要望書」で毎年要求している。(略)

 これからの時代、日本企業は、時価会計導入で破局に追い込まれるか、公正取引委員会の「不正」摘発に怯えて系列を崩壊させるか、あるいは足腰が弱ったところをハゲタカ・ファンドに買いたたかれ、アメリカ型経営組織に改造されて青い目の社外取り締まりによって路頭に放り出されるかという、恐るべき三重苦が降りかかってくるだろう。いや、まだもうひとち大きな災厄が待ちかまえている。それは訴訟の嵐である>

 小泉首相はすっかりブッシュ大統領の腰巾着になって、着々と「年次改革要望書」を実行しつつある。郵政事業の民営化もまた、アメリカや、アメリカの資本参加を受けた日本の企業にとって、大きなビジネスチャンスになる。とくにアメリカの保険業界は、日本の郵貯・簡保に対して露骨な敵意を隠そうとしない。これらがハゲタカ・ファンドを使って日本の金融支配をねらってくるだろう。

 おそらくこの数年のうちに、さまざまな「改革」がアメリカ政府の「主導権」(イニシャティブ)のもとに実行されるだろう。小泉首相はこれを受け入れるために、公正取引委員会の所管を総務省から内閣府に移すなど、すでに万全の布石を整えている。こうした改革を小泉首相は「構造改革」と呼び、日本の内部にもこれを歓迎する人々が大勢いる。

 しかし、この改革は基本的にアメリカの国益とイニシアティブによって行われていることを知っておいてほしい。グローバルな国際社会で活動しようとするエリートにとっては歓迎すべき改革かもしれないが、日本を離れられない庶民にとって、この国は次第に住み難い社会になって行きそうだ。

(参考サイト)
「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本政府への米国政府の年次改革要望書」
http://japan.usembassy.gov/j/p/tpj-j20031024d1.html


2004年06月13日(日) 悪法は法に非ず

<自衛隊派遣は、選挙で正当に選ばれた国民の代表が、国会の場で正規の手続きで決めたことですから、その決定が「間違っている」とか「無効だ」とか言って、阻止行動をすることはできないと思います。それをすることは民主主義の否定につながります>

 HPの掲示板に、mori0309さんからこんな書き込みをいただいた。「民主主義」について、こうした誤解が広く行き渡っているようなので、この機会に近代法の立場から、何故これが誤りであるかを指摘しておこう。

 結論からいえば、この誤解は「立法権」を絶対化するところから生まれている。三権分立の制度のもと、「立法」「行政」「司法」はそれぞれ他の権力を牽制しているわけで、「立法権」も絶対ではない。

 国会において多数決で決まられた法律でも、それが正しくないと思ったら、「違法である」と訴える権利を私たちはもっている。そしてそのような判決がでれば、いくら多数決で決められた法律も失効するわけだ。

 もう少し具体的に憲法に即して言えば、国民は参政権とともに裁判を受ける権利(裁判権)を持っているということだ。たとえば憲法第32条は、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」と規定し、国民の裁判を受ける権利を保障している。

 さらに憲法第81条には、「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則、又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終裁判所である」と「違憲立法審査権」が明記されている。また第82条では、裁判は原則公開で、とくに政治犯罪、出版に関する犯罪、国民の基本的人権にかかわる犯罪は、「常にこれを公開しなければならない」と規定している。

 日本国憲法はこのように国民の基本的人権を司法制度によって保障している。これは、国民の裁判を受ける権利が、国民の基本的人権の実現にとって欠くことのできない権利であるという認識に立っているからだ。

 こうした憲法の条文に照らせば、我々国民が国会で決められた法律の正当性を疑い、これの実行を阻止すべく裁判で争うのは正統な権利だといえる。これは民主主義の否定ではない。むしろこれこそが、三権分立を主体とした民主主義のエッセンスだ。

 もともと裁判権は国王や領主に属していた。戦前の日本であれば天皇の大権だった。戦後の民主憲法において、主権在民の精神のもと、これが国民に属する民主的権利として認められたわけである。

 しかし、現実の問題として、司法への国民参加はほとんど実現していない。今回の司法改革で裁判員制度が成立しそうだが、残念ながらこれはアメリカの陪審制度とは似ても似つかない代物でしかない。その第一は、裁判の対象が刑事事件に限られているからだ。

 国民は裁判権を行使して、「行政」「立法」を監視する必要があるが、日本ではまだまだそこまで民主主義の精神が理解されていない。ちなみに、アメリカではどうであろうか。そこで、最近話題になった「星条旗裁判事件」を紹介しよう。

 2002年6月、カルフォルニア州高等裁判所が、「アメリカ国旗に向かって、忠誠の誓いを公立高校で日課として行うのは、合衆国憲法に違反している」という判決を出した。これにブッシュ大統領は不快感を表したが、アメリカではこのような判決がすでに連邦裁判所でも出ているということだ。裁判所が立法府や行政府の決定を覆すことも珍しいことではない。

 憲法の条項にもあるように、日本の裁判所も「違憲立法審査権」をもっている。私たちは裁判所は政府や国会の作った法を国民に守らせるのが仕事だと思っているが、そうではなく、「法律そのもの」を裁きの対象することができる。そしてここに「三権分立」の意義がある。

 しかし、民主的な手続きで選ばれるわけではない裁判官や検事が他の二権に拮抗することはむつかしい。人事権を政府に握られているうえに、事実上、政府・官僚が法律を立案し、内閣法制局の官僚がこれまた「違法審査」を肩代わりしている現状ではなおさらである。また、判事の人事権を政府から取りあげると、こんどは司法ファシズムの危険性もある。

 これを改めて、司法と国政の民主化を測るためにも、国民の司法参加が重要である。さらに、裁判員制度が、刑事訴訟だけではなく、行政訴訟や立法訴訟にまで拡大されて、はじめて日本は世界に胸を張って民主主義国家だといえるわけだ。

 首相公選制について、私はこれまでたびたび賛意を示してきたが、これにはひとつ条件がある。それは日本に「三権分立」というしっかりした民主主義の基盤が確立されているということだ。知識人の多くは、首相公選制に反対しているが、一つには「三権不分立」という日本の権力システムに不安を持っているからだろう。彼らの不安がわからないでもない。

 ところで、日本の司法制度を改革するように求めてきたのはだれあろうアメリカだった。アメリカが毎年出している「年次改革要望書」(イニシャティブ)に明記されて、日本政府はようやく重い腰をあげたというのが事実である。

 もっともアメリカのねらいは、日本の裁判制度のグローバル化に名前を借りた、経済活動の自由化(企業乗っ取り)が目的のようだ。関岡英之さんの「拒否できない日本」(文春新書)などを読むとそのことがよくわかる。これも大きな問題なので、明日の日記でこの話題を取りあげてみよう。


2004年06月12日(土) 中村医師の怒り

 G8が終わった。小泉首相は他の大統領や首相をさしおいて、ブッシュ大統領と最初の会談をしたことでご満悦のようであった。多国籍軍への自衛隊の参加を早々と確約し、イラクの債権放棄にも応じるなど、あいかわらずブッシュへの忠犬ぶりが目立った。こうしてアメリカ帝国の一翼を担う決意を固めた日本は、これからますます国際的に厳しい状況に立たされるだろう。

 パレスチナでも紛争が激化し、イラクやイランの治安も乱れている。アフガニスタン北西部でも、6月2日、国境なき医師団の医師とスタッフ5人が銃撃で殺害された。アフガニスタンで人道援助をしている中村哲医師のぺシャワール会も活動が難しくなってきている。中村医師が「沖縄タイムズ」(5/30)に寄稿した「現地民から見た米軍」という文章から引用しよう。

<・・・かつて、旧ソ連は「人権・平等と民主化」を掲げ、性急な改革で人々の反感を買い、アフガン戦争を引き起こして二百万人以上の犠牲者を出した。だが、その大義名分と方針は、現在の米軍とほとんど変わりないものであった。

今、現地では、「復興支援」を含めた「外国の干渉」に不信感と反感が深く根を張りつつある。米軍機が上空を通過するたびに、人々は屈辱感と怒りをつのらせてゆく。

「爆弾の雨を降らせといて、『軍隊による人道支援』があるか」というのが、多くの現地民の思いである。その思いは軍だけではなく国連組織やNGOにも向けられ、襲撃事件が相次いでいる。

翻って日本を見れば、戦前の偏狭な国家主義が幅を利かせる「不自由な時代」でさえ、「テロリストの悲しき心」を詠む歌人がおり、堂々と非戦論を唱える知識人もいた。

しかし今、明治人のようなはつらつたる感性が退化したのはなぜだろう。確かに今は言論の自由があり、人権尊重が声高に叫ばれる。特高や拷問もない。

それを考えると、過去の戦争を国家国民挙げて可能にしたのは、「自粛」という名の自己規制と時流への迎合、扇情的な情報操作による国民意識の変容ではなかったろうか。世論と世情はいつの時代でも容易に変化する。そのことが不気味である。

今また、一部新聞の報道によると「アメリカの要請でアフガンに陸自派遣検討」と聞き、心穏やかになれぬ。それが現実化すれば、日本人たる私たちは「米軍の同盟者」として、確実に危険にさらされる。

先人(政府ではない)の努力によって築かれた「親日感情」は危機にひんし、私たちのプロジェクトも崩壊しかねない。だが、国民の命すら左右しかねない「アフガン派兵」は、ほとんどニュース価値がないようだ。>

http://www1m.mesh.ne.jp/~peshawar/pew_oka12.html

また、中村医師は「世界」(6月号)にも、「本当の復興支援とは何か。――アフガニスタン「復興」の現実から見る――」と題してと題して書いている。以下にその紹介文を引用しよう。これもインターネットで見ることができる。

<およそ実像とかけ離れた「正義のアメリカ対悪のタリバン」という認識が「国際世論」を作り、それが米英の報復爆撃を正当化し、罪なき無数の犠牲を生み出したアフガニスタン。日本で行なわれた「アフガン復興支援会議」が明るいムードを演出した後、一件落着の印象を残して、アフガン報道は遠のいていった。しかし、現実はどうか。「統一アフガニスタン」には程遠く、人びとの生活も治安も少しも改善されていない。それどころか、人びとは5年にわたる大旱魃の影響で、飢えの危機にさらされている。

 1984年以来、パキスタン北西辺境州の州都ペシャワールを拠点に、パキスタンの貧民層、およびアフガン難民の医療支援や灌漑プロジェクトにたずさわる中村氏。その目には、イラクで展開されている自衛隊の「人道支援」は詭弁か茶番にうつる。みずからの20年の経験をもとに、本当の復興支援とは何かを語る。

なかむら・てつ 1946年生まれ。ペシャワール会現地代表。2003年度マグサイサイ賞・平和国際理解部門賞受賞。>

http://www.iwanami.co.jp/sekai/2004/06/directory.html


2004年06月11日(金) 愛国心の二つの顔

 愛国心は二つの顔を持っている。ひとつは「自分よりも国を大切に考える」という意味の愛国心である。自己中心的な利己主義の否定という意味で、「公共心」や「公徳心」または「道徳」と通じるが、これが行きすぎると、個人よりも国を過度に貴ぶ全体主義になる。

 そしてもう一つ、「他国よりも自国を大切に考える」という意味の愛国心がある。これは他国に対抗して自国を貴ぶという意味で、むしろ自己中心主義の匂いがする。前者の「脱自的な愛国心」に対して、こちらは「求自的な愛国心」である。これも過度になると、他国を敵視して対抗的になり、軍国主義になる。

 二つの愛国心に共通しているのは、いずれも、国を価値観の中心に据えようとしていることである。<個人−国家−世界>と続く階層構造のなかで、国家は媒介項に過ぎないはずだが、これを中心に据えて、人々の生活や思想を統一しようとする。

 いま、このような運動が盛り上がっている。そして憲法や教育基本法をこうした方向で変えていこうと主張する人がふえてきている。たとえば民主党の西村慎吾議員は「教育基本法改正促進委員会」の設立総会で、こんな発言をしている。

「お国のために命を投げ出す日本人を生み出す。お国のために命をささげた人があって、今ここに祖国があるということを子どもたちに教える。これに尽きる」

「お国のために命を投げ出す機構、つまり国民の軍隊が明確に意識されなければならない、この中で国民教育が復活していく」

 西村議員の発言の中には二つの愛国心が一体化している。そしてここから出てくるのは、個人の基本的人権の否定と、世界平和主義の否定であろう。これは憲法や教育基本法の精神の否定でもある。

「愛国心というものは、かって世界に存在した最大の狂気である。愛国心がもてはやされた結果は、また新たな戦争である」

 これはチャップリンの言葉だが、歴史をひもとけば、彼の言葉が正しいことがわかるだろう。「狂気」は恐ろしい伝染力を持っていて、一部の人々の「狂気」は、あっという間に、多くの人々に蔓延する。人々から正気を奪う「愛国心」を警戒しよう。そのために、愛国心のもつ「二つの顔」をよく覚えておこう。

「道徳の強制」と「外国の脅威」を言い立てる人々には、もう少し「正気に返って下さい」と言ってやりたいが、かえって「非国民」や「反日」と逆襲されそうだ。しかしこのことを恐れていては、「狂気」は結局、「冷酷な現実」によって破られるしかないだろう。


2004年06月10日(木) 高熱感染症の原因

 以前の日記(5/12)に、妻が体中に痛みを覚え、ひっきりなしの嘔吐に加えて、40度近くの原因不明の高熱を発して入院した話を書いた。入院生活は10日近くに及び、その間、私は飼い犬のリリオ(13)を勤務先の学校まで連れていって面倒を見るなど、なかなか大変だった。

 妻は入院して、毎日点滴をしながら、レントゲンや血液や尿の検査、その他、頭から爪先までありとあらゆる検査をした。血液検査の結果、CRPの値が異常に高いことが分かったほかは、脳にも肺や胃、肝臓、腎臓にも異常は見当たらなかった。やがて体に吹き出物ができ、それとともに熱が引いて、食欲が快復した。医者の話によると、これで体内に潜んでいた「何かの毒」が抜けたのではないかという。

 ところが、昨日、妻が名古屋の実家の近くにある馴染みの喫茶店へ行ったところ、その店のマスターも原因不明の高熱を発して入院していたという。やはり病院で脳を輪切りにするような検査までしてもらったが、原因がわからなかったらしい。

 聞きながら、妻は自分とまったく症状がが同じなので、思わず笑ってしまった。しかし、マスターの話はそれだけではなかった。彼の場合も病院の検査では発病した原因がわからなかったが、実は思い当たることがあるのだという。

 発病する前からオームを飼い始め、肩に留めたりして遊んでいた。そのオームから感染したのに違いないという。マスターに、「あなたも何か鳥を飼っていませんか」と聞かれて、妻にも思い当たることがあった。

 妻も発病する前に、1ケ月ほど、ウズラを飼っていたのだ。それは三重でアパート暮らしをしている大学生の長女のペットだった。彼女が実習で長期間アパートを空けるので、わが家に持ってきて、それを妻が面倒を見ていた。飼い主の長女には感染せず、妻に感染したのは、ウズラが毎日卵を生むのがうれしくて、ときには頬ずりして可愛がっていたりしたからだろう。これで高熱感染症の謎が解けた。

 妻はこの原因不明の発熱と嘔吐でつらいつらい思いをし、家族も苦労したが、ひとつだけ幸いだったことがある。それは妻が発病して5キロも痩せたことだ。思わぬダイエット効果に夫婦で喜んだが、しかし、その後の妻の食欲を見ていると、やがて元の黙阿弥になる日もそう遠いことではなさそうだ。


2004年06月09日(水) 豊かな社会をつくるために

 アメリカ人の多くは、「社会を富ますためには、個人を競争させなければならない」と考える。そして勝者と敗者を峻別し、金銭的報酬においても格段の差をもうける。この差が大きければ大きいほど競争は激化し、勤労意欲が高揚して、社会は発展すると考える。

 この競争原理から生み出される政策は、経済活動の規制撤廃、累進所得税の緩和、社会補償費の削減、富裕層を中心とした減税などである。これによって、社会内の経済格差は広がるが、全体的に社会は豊かになり、国は他国との経済競争においても優位を占めることができると考える。

 これに対して、日本人の多くは、「社会を富ますためには、みんなが力を合わせて協力し会わなければならない」と考えてきた。個人間の競争よりも、和を大切に考えるので、勝者と敗者を作ることをしない。金銭報酬においても差をもうけない。差を少なくする変わりに、社内や社会で表彰し、名誉や尊敬を与えることでその努力に報いようとする。

 こうした集団的共生原理によって成り立っている日本社会は、個人的競争原理社会に生きているアメリカ人には理解できない。「みんなで力をあわせる」などと聞くと、何かよからぬ悪巧みをしようとしているという風に考える。金銭的報酬が勤労意欲の源泉だと考えているので、チップのない日本社会も異様に見えるのだろう。

 しかし、日本に棲みついたアメリカ人の多くは、やがて日本びいきになる。なぜなら、勝者と敗者をつくらない日本社会は、競争原理にもとづくアメリカのサバイバル社会よりも数段住みやすい社会であることを実感するからだ。北米在住の経済学者・永谷敬三さんの「なかなかの国ニッポン」からいくつか引用しよう。

<アメリカ社会に暮らすには、やや誇張していえば、一歩家を出れば7人の敵という心構えが必要である。暴漢や強盗から身を守る警戒心が必要なだけではなく、何かイザコザに巻き込まれたならば、直ちに有能な弁護士を雇って戦う心の用意を常日頃培っておかねばならない。「人を見れば訴えろ」はアメリカ人の処世訓である>

 6万人の囚人のいる日本社会は2万人の弁護士で動いているが、200万人を超える収監者をかかえるアメリカには70万人もの弁護士が活動している。これは全米の警察官の数をも上回る数だという。アメリカの弁護士はつねに金儲けの機会をうかがっており、交通事故が発生すれば、救急車よりも早く駆けつけるといわれるほどだ。その結果、アメリカの都市の公園から、遊具などがすっかりなくなったという。怪我をして訴えられるのを避けるためだ。

<アメリカの弁護士は、平均的にいって、実費プラス時間当たり三百ドルの料金を顧客から徴収する。これが払えない貧しい顧客の場合には、敗訴したらタダ、勝ったら相手方から受け取る補償金の3割りを申し受けるといった成功報酬契約が一般的である。この契約方式は原告側の要求金額を水増しする強い誘因を当事者にあたえる。(略)

 これを要するに、アメリカのシステムにおいては、個々の市民にとっても、また社会全体からみても、生きていくための維持管理費が、日本社会などに比べると、非常に高いということになる。70万人の弁護士が平均年収20万ドル稼ぐとしても、市民相互の紛争解決費用が700億ドルとなるが、これはアメリカが湾岸戦争で近代兵器の粋を集めて立ち向かったイラクの国内総生産の2倍にあたる。

 またこの社会では、個人がバラバラに生きているから、ストレスが高く、精神科医が大繁盛である。日本では医療費の国民所得に対する割合は、6パーセント台であるが、アメリカのそれは、15パーセントに及ぶ。それでいて、国民の全般的健康状態は、日本の方がアメリカよりずっと良好である。

 ということは、孤独でストレスの高い生活環境に生きるアメリカ市民の健康管理費が、集団主義で相互扶助のネットワークの中に生きる日本人に比べ、格段に高いことを意味しているように思われる。アメリカ人をはじめ、多くの外国人が、「外人」としての差別を考慮に入れてなお日本を住み良い国と考えるのは、それ相当の理由があるといってよい>

 私は日本人の集団志向についてはもとより批判的である。もうすこし個人尊重の方向に動いていかなければならないと考えている。しかし、このことはアメリカ的な競争的個人主義がよいというわけではない。日本をアメリカのような優勝劣敗のストレスの多い訴訟社会にしないためにも、日本社会の持つ美点を安易に捨て去ることなく、このよき共生社会の伝統の上に、より個性が尊重されるゆたかな社会を築いていきたいものだ。


2004年06月08日(火) 会社は誰のものか

「会社はだれのものか」と聞かれたら、「私たち従業員のもの」と胸を張って答えた会社員が日本にはたくさんいた。今はどうだろうか。終身雇用制や年功序列制が崩れ、リストラの名前のものと大量解雇を繰り返す企業を、従業員たちも少し醒めた目で眺めるようになってきている。

 そして経営者や、評論家の中にも、こうした従業員の意識変化を歓迎する発言が目立ち始めた。たとえば、5月9日の朝日新聞に、産業再生機構専務の冨山和彦さんが「カイシャの呪縛、社会に有害」という題の文章を載せている。すこし引用してみよう。

<カイシャ群を守るために、私たちは10年以上にわたりこの国の未来の競争力の源泉たる若年層を雇用機会から大幅に締め出してきた。この罪の重さに経営者世代の多くが気付いていない。(略)

 今の日本の経済社会は、徳川時代末期のようなカイシャ幕藩体制にある。新陳代謝とヒトとモノの再配置がうまく機能しなくなっている。ヒトが飯を食い、より良い人生を送るための手段に過ぎない会社をカイシャとしたために、どれだけのヒトが苦しんだことだろう。

 カイシャ信仰を捨てることは、経営者ならばできる。勝つための合理性を貫徹することが本来の仕事だからだ。

 それでも郷愁に浸って未来に向かわない「緩い」経営者は、従業員、株主、債権者、そして結局は、社会にとって有害である>

 たしかに、私たちはカイシャに過度に依存してきた。社畜や企業戦士、エコノミック・アニマルなどと呼ばれてきた。カイシャに対する忠誠心が過度になると、会社の反社会的な面にも盲目になる。その結果、さまざまな不祥事が生まれた。カイシャの従業員である前に、一人の人間であり、一人の市民であるという意識がともすれば希薄であった。

 個人がこうしたカイシャの呪縛を脱することは必要だ。しかし、こうしたことが経営者や企業家のサイドに立った人たちの口から声高に語られるのを聞くと、ちょっと待てよと言う気になる。たしかに、勝つための合理性を貫徹することが本来の仕事だと考えている経営者には、こうしたカイシャ信仰を捨てることは容易だろう。しかし、こうした信仰のもとに生きてきた従業員にとって、それはそう簡単なことではない。

 そもそも、勝つための合理性を貫徹することが経営者の本来の仕事だろうか。企業は利益をあげるためにだけに存在するのだろうか。企業は社会に商品を提供し、その見返りとして代金をいただく。そしてこれによって従業員の雇用を引き続き確保する。従業員の立場から見れば、これが本来の企業の姿だろう。そして、これまでに日本では経営者も従業員の一員として、これと同じような企業観を持っていたのではないだろうか。

 一口に言えば、「会社は従業員のもの」という企業観である。会社を自分たちのもう一つの「家庭」のように考え、アイデンテティのよりどころにする。そうした生き方はあまりに偏るとたしかに個人主義の立場から批判することはできる。しかし、会社をたんなる飯のタネではなく、自らの一部とみる立場は日本の風土の中から生まれてきたものであり、むしろ日本の企業の国際競争力の源泉でもあった。

 これに対して、「企業は資本家のもの」「企業は株主のもの」という欧米流の企業観がある。こうした企業観に立つと、経営者の仕事とは、株主のためにいかに株価を上げるかということ以外に考えられなくなる。そして株価を上げるためなら、従業員の首を切ることも厭わない。そうしないと、経営者自身の首が飛ぶからである。反対に株高に貢献すれば、たちまちにして巨額の報酬を手にする。

 こうした株価第一主義の経営がほんとうに会社や社会にとって有益なのかどうか。会社を金儲けの手段としか見ない株主や経営者の手に会社を委ねたとき、従業員の帰属意識の中心であったカイシャは死滅するしかないだろう。しかし、日本はほんとうにそれでいいのだろうか。それでこの先、やっていけるのだろうか。

 私は日本の企業はこれとは違った道を歩いてほしいと思っている。一部の裕福な株主のマネーゲームの産物ではなく、従業員に豊かな生活を与え、社会にさまざまな恩恵を与えることをその第一の存在理由とするような企業が、これからの日本の主流であり続けてほしい。株で儲けるためだけではなく、そうした優良企業を育てるために、私たちは株に直接投資することも必要だろう。

 冨山和彦さんは日本企業のさまざまな不正や不祥事を、会社を「共同体」とみる組織至上主義の結果と捉えている。しかし、私はこれにも疑問を持っている。企業の不祥事はエンロンなど、アメリカの企業にもないわけではない。そしてその原因は、「株価第一主義」すなわち、「勝つための合理性を貫徹」した結果である。日本の企業の腐敗や不正の背景にあるのも、私はこれと同根であると考えている。

 従業員を本当に大切にする会社は、社内モラルも、経営者のモラルもかえって高いはずである。そうした会社は社会の公器として、社会的にも尊敬を集めることだろう。企業を私的な金儲けの手段と見るアングロ・サクソン流の「カジノ資本主義」の跳梁を、これ以上許してはならない。守るべきは金持たちの不労所得ではなく、勤労者の生活である。


2004年06月07日(月) あきれた日本の大学生たち

 カナダの大学で長く教鞭をとっていた永谷敬三さんが、1997年にはじめて日本の大学(神戸大学)で教えたときのあきれた体験が、「なかなかの国ニッポン」に書いてあるので、少し引用してみよう。

<200人は収容できる教室を満たす大群衆は私が前に立っても雑談を一向にやめる気配はなく、ベルが鳴ったあとも、ゾロゾロと出入りする。まるで動物園である。二、三分黙って観察していたが変化がないので、ついに「黙らんか、お前ら」と一喝する羽目になった>

 こんなことは30年間の教師体験ではじめてのことだという。そして、永谷さんが、「経済学原論」を終了していない者は出ていってくれ」というと、驚いたことに、150人ほどの生徒がゾロゾロ出ていった。

 永谷さんは、「原論」は必修科目であり、当然これを履修した上で、専門分野の講義を受けるきまりになっているものだと思っていたが、実はそうではなかった。「原論」はたしかに必須科目だが、卒業までにとればよいらしい。これに、永谷さんは驚いた。

<でも、考えられても見られよ。こんな基礎科目を終えずして他の講義をきいても、身につくものは何もないではないか。専門分野の講義をする先生方も、学生の準備がまちまちであれば、レベルを落とさざるをえない。こうしてヌルマ湯的なカリキュラムが出来上がる。先生も楽、学生も楽という低位均衡である。今世界中で一番態度が悪く勉強しないのは日本の大学生に違いない>

 永谷さんの講義に出席する学生は、二週目からは十数名になった。しかし、嬉しいことに、残ったこれらの学生は向学心旺盛で、その中には国際的水準からみても極めて優秀な生徒もいたという。永谷さんは、「普通はこういう小数のスター達が動物園の大群の中に埋没して輝く機会もなく退屈な時間を過ごしているのではないかと気にかかる」と書いている。

 永谷さんは神戸大学大学院でも教えたが、修士論文の最終口頭試問を受けるべき学生で当日無断欠席した者が3人もいて驚いた。そして、さらに驚いたことは、大学側が欠席学生の下宿先、実家等に緊急連絡し、日程等を変更して再試験させようとしたことだった。これに永谷さんはキレた。

<ちなみに神戸大学における大学院生の評価は80点から85点の間に限られている。つまり、全員「優」なのである。断るまでもないが、以上は神戸大学に固有の現象ではなく、日本中の大学は今やあり余る収容能力があるにもかかわらず、センター試験、入学試験とスクリーニングにつぐスクリーニングをやっておいて、いったん入った学生は放置し、ろくな教育も施さないで卒業させる>

 日本の小・中・高校生の学力は、国際水準でつねにトップに近いところに位置している。しかし、大学生や社会人の学力は先進国中最下位に近い。これは、日本では大学に合格することが勉強することの目的だからである。高校まで「優秀」だった学生が、大学4年間で退化して、原子と電子の違いも分からなくなる。永谷さんならずとも、「この人たちにオンブする21世紀の日本は本当に大丈夫だろうか」と心配になる。


2004年06月06日(日) 破壊される子供の領分 

 カナダ在住の経済学者・永谷敬三(コロンビア大学名誉教授)が著書「なかなかの国ニッポン」の中で、「道を歩いていて水たまりがあったら、入ってみたいと思うのは子供、避けて通りたい思うのが大人である」と書いている。なるほどわかりやすいたとえだと思った。もう少し引用してみよう。

<水たまりに入りそうになると、服が汚れるからやめなさいという。機械に触ろうとすると、危ないからやめなさいという。地球はどうして丸いの、丸いってことがどうしてわかるの、と聞かれると、そんなことは学校で教えてもらいなさいと逃げる。こういう大人の対応の仕方は概して大人の怠慢であって、子供の目には、冷淡、卑怯、無能としか映らない>

 永谷さんは、大人はいっそのこと子供の世界にあまり口出ししないほうがよいという。ノーベル化学賞を受賞した福井謙一さんは、「親に一番感謝していることは、学校時代を通じて、勉強に一切口出ししなかったことだ」と自叙伝で述べているが、永谷さんもそうらしい。

<親が子供の勉学に口を出さないというのは、子供の出来にかかわらず、一世代前までの日本ではごくあたりまえだった。かく申す私の親も、先生のご両親同様、一切口出ししなかったし、私も先生同様にそのことを最も感謝している。(略)

 文部省、教師、親が各自勝手に教育に口出しする結果は、子供の世界の汚染と破壊である。大人が子供の世界にいわば土足で入り込んできているわけだ。子供の世界の環境破壊は世界的傾向といえないわけではないが、教育に関する民主主義の歴史が浅く、子供の人権が確立されていない日本では、とくに顕著であるようにみえる>

 永谷さんは「親が子供の勉学に口を出さないことのもう一つの、そしてもっと重要な効能は、子供の自由かつ独立な発想、思考、判断の能力を助長する点である」と書いている。そして、次のように結論を下している。

<健全な子供の世界を再建するには、教育にかかわる各方面の大人が、まず自らの童心を呼びもどし、子供の身になって考えること、そしてその上で、一番大事な大人の分別−−子供を黙って見守ってやること−−を心がけることであろう>

 昔の大人達は、たしかに子供の教育にあまり口を出さなかった。子供の教育を実は子供たちの集団に任せていた。そして子供の喧嘩に口を出す親は最低だと考えられていた。そこには喧嘩やいじめもあったが、そうした子供の社会の中でもまれながら、生きていく上で大切な「道徳」を、それこそ体で学んで行ったのだろう。そうした体験を今の大人達は、むしろ「教育」の美名のもとに奪おうとしている。

<学校教育も例外ではない。偏差値がすべてを支配し、教師としても数学の美しさを情熱をもって教えることよりも、テストの点数を少しでも上げるつまらぬ技巧を教える方が、生徒の成績も見かけで向上するし、校長先生の覚えもめでたくなる。こうして学校教育から人間性が脱落していく>

 永谷さんは、アメリカやカナダは競争的個人主義の社会だという。しかし、そうした競争的な社会にも日本のような進学塾はみあたらない。その理由は、「競争的個人主義社会で生き抜くためには、まず子供の自立心を養成することの方が知識の詰め込みより重要だと親が考えているからである」という。

 カナダの名門ブリティッシュ・コロンビア大学で29年間教鞭をとった永谷さんは、北米の学生は「高校まではノンビリ少年時代を楽しみ、身体が出来上がってから大学で全力投球する」というのが基本で、とくに優秀な学生ほどこの傾向があるという。

 たとえば彼の教え子で、最優秀の成績でアメリカのマサチュウセッツ工科大学の大学院に進んだ生徒など、ノンビリした環境で育っているから、自分が頭がいいことさえしらなかったが、大学では「まるで乾いたスポンジが水を吸うように」すごいスピードで何でも理解したという。そして大学院在学中に、すでに一流紙に論文を投稿するまでになった。

 カナダの大学はすべて公立で、入学試験はなく、高校の最後の二年間における英語、数学、科学のいわゆる基礎科目の平均点が70点以上あればだれでも入学できるらしい。だから、「塾」などに通って、ことさら高得点を目差しても意味がない。しかし、大学に入ってからは、カナダの大学生はよく勉強するという。

 「よく遊び、しかる後に、よく学ぶ」という欧米の教育システムは、かなり優れている。しかし、問題点もある。大学進学者は40パーセントと高率だが、しかし、それでも半数に満たない。問題は大学に進学しない大多数の人々は、「よく学ぶ」機会を永遠に失われかねない。その結果どういうことが起きるか。いわずとしれた、底辺層の学力崩壊である。

<平均またはそれ以下の子供たちにとっては、ドリルが基本的知識と技能を身につける唯一の方法である。これをやめると、将来労働力として役に立たない若者ができあがる。アメリカ式個人主義社会は、元来勝者のみに注目し、敗者は鼻にもかけない。この社会の人々は、最低レベルを押し上げることの意義が理解できないのだ>

 日本のドリル式教育は、たしかに第一流の知性を育てるには不向きかも知れない。しかし、少なくとも底辺を押し上げるためには有効である。「ゆとり教育」の名の下に、これを切り捨てるのはどうであろうか。永谷さんは日本社会の美点である所得配分の事後的公平を維持するためには、今後とも底辺の向上を図っていくべきだと主張している。そのためには、ドリル式教育もその有効性を否定すべきではない。

<日本の詰め込み教育に欠点があるとすれば、それが大学進学の名において行われていること、「早期」があまりに早すぎることであろう。せめて小学校の低学年では道徳的価値の養成に専念し、知識の詰め込みは高学年くらいにしたら、子供たちはもっと幸せになれるだろう。空腹が食欲を活性化するように、知識欲も頭の空腹状態がないと活発にならない。(略)

 ひとたび大学受験地獄が解消されれば、高校、中学、小学校と順に行きすぎた早期詰め込み教育も徐々に姿を消していくものと予想される。そうなれば、不自然な塾という子供の世界にかわって、もっと健全な子供の世界が再現する可能性がある>

 私たち大人がやるべきことは、子供たちを大人の管理下に押し込めることではない。子供たちに「子供の世界」を返してやることだろう。そうすれば今問題になっている様々な問題も自ずと解決の糸口が見つかるのではないだろうか。 


2004年06月05日(土) 対話が育てる豊かな世界

 数学が思考力の養成に役立つという話を日記に書いたところ、掲示板にTaroさんから次のような質問をいただいた。

<論理的な思考力を養うのに数学が有効なことはわかるのですが、それだけではないだろうとも思うのです。例えば文章を組み立てることなどかなりな思考力を使います。数学とはまた違った思考でしょうか? 数学以外での思考力の養成についてお考えがあればお聞きしたいです>

 たしかに、数学は「ものごとを筋道を立てて考える」という思考力の養うにはよい。しかし、それだけでは文章をかくことはできない。何か人に訴えかけ、語りたい内容、いわゆる「テーマ」がなければならない。

 まずは「書きたいこと」があり、これをどう表現するかというところで、論理的な思考力が必要になってくる。文章が書きたくなるのは、論理的な思考力があるからではなく、書きたいものがあるからだ。冷静な頭と同時に、胸に溢れる熱い思いがなければ、人は文章など自発的に書いたりしない。

「書きたいこと」は、自然や社会の中で心を開いて生きる中で生まれてくる。そうした社会的な経験や関心もまた、思考力を養う上で重要な要素である。考えてみれば、数学もそうした自然や社会的関心から生まれてきた。外界に対するあくことのない好奇心や関心こそが、思考力の豊かな養分である。

 数学を勉強することは思考力を養成するうえで役に立つ。しかし、数学にこだわる必要はない。自然や社会に関心を持ち、そのあり方やしくみについて考え、そしてこれを文章に表現することで思考力は育つ。こうした気持で、毎日日記を書いていれば、思考力は確実に伸びるのではないだろうか。

 思考力をつけるために「書くこと」は大切だが、もうひとつ大切なことを付け加えておこう。それは「対話」することだ。プラトンによれば「思考とは自分自身との対話」だそうだが、実のところ、対話の精神がなければ、いくら文章を書いても、数学を勉強しても、「思考力」は育たない。

 私たちは思考力を育てるためだけでななく、他者との豊かな関係を構築し、人生を楽しむためにも、「対話する精神」を大切にしたいものだ。


2004年06月04日(金) リンカーン大統領の愛読書

 日本の政治家はあまり数学に堪能ではないようである。しかし、世界の政治家はそうではない。とくにヨーロッパの政治家は数学を重視している。数学を学ぶことは、人間が人間として生きていくための基本的教養であると考えている。これは政治家に限らず、多くの教養ある欧米人がそう考えている。

 大学にはいるために、数学を不要としているのは、世界中で日本だけである。また、大学に入学してから、数学を学ばないのもおそらく日本だけだろう。たとえば、アメリカには大学が2000校ほどあるが、そのうち約1500校が数学科をもっている。600校ほどある日本の大学のなかで、数学科をもつのは60校しかない。ヨーロッパでは数学科のない大学など、ほとんど考えられないことだろう。

 数学のマセマティックスというのは、「マセイン」(考える)と「ティックス」(技術)というギリシャ語からきている。その意味は「考える技術」ということである。ギリシャ人にとって、人間(マン、メン)とは「考える動物」であった。人類に火をもたらしたプロメテウスは「先に(プロ)考える人」という意味だ。

 英語のリメンバー(思い出す)やメンション(注意)なども、ギリシャ語のメン(考える)という言葉からきている。そしてマセマティックスもここから来ている。マセマティックスを数学と訳したのは大きな誤訳であった。「思考術」とでも訳しておけば、日本でももう少し尊重されたのではないだろうか。

 遠山啓さんの「文化としての数学」(大月書店)を読むと、アメリカ建国の父の一人に数えられるフランクリンは数学に堪能で、「魔法陣」についての論文を書いているという。どうように3代目の大統領になったジェファーソンは法律を学ぶ学生にこんな手紙を書いている。

「法律の勉強にはいるまえに、十分の基礎工事をしておかねばならない。数学と自然科学は人生の日常的なことにも役立つし、とりわけそれらの学問は魅力的でおもしろいので、だれでも勉強してみたくなるほどだ。そのうえに、精神の能力というものも、体力とおなじように練習によって「つよめられるものである。だから数学的な推論や論証は、法律の難解な理論を研究するためのよい準備になるだろう」

 リンカーンはとても貧しい家に育ったので、たくさんの本を買うことはできなかった。しかし、その限られた蔵書のなかにユークリッドの「幾何学原論」があった。彼はこれを熟読することで、弁護士や政治家に必須の論証力を磨いたという。彼の伝記作家チャーンウッドの言葉を遠山さんの「文化としての数学」から孫引きしておこう。

「ある点から言うと、彼は最もよい意味で議論好きであって、ギリシャ人が弁証的とよんだようなことにたいして情熱をもっていた。一人で考えるたぐいまれな能力は彼の最も際立った偉大な武器であったが、この能力は、他の人々に論理的な確信をあたえるような形に己の思想を持っていくという願望に沿いながら用いられたのである」

 リンカーンの数学的な教養に裏打ちされた幾何学の証明のようなみごとな知性は、彼の演説や教書のいたるところに浸透しているという。たとえば、奴隷存続論者との議論でもそうであったし、他の政治的論争でもそうであった。そして彼のこの演説が、人々の心を動かしたのである。それでは、リンカーンの演説の一部を紹介しよう。

「一つの命題を打ち立てるには二つの方法がある。一つはそれを道理の上に打ち立てる方法であり、もう一つは昔の偉い人々がこう考えたといって、ひたすら権威の重みによってそれを押し通す方法である。

 もしダグラス判事が、なにかの方法で、一人の人間が他の人間を奴隷にしてもその人には抵抗する権利がない、そういうのが人民主義だと証明することができたら、しかもユークリッドが定理を証明したようにできたら、私は反対しない。

 しかし、彼がある原則を立てながら、それを否認した当の人々の権威をかさにきて、その原則をおしとおそうとするなら、彼にはそうする資格がないのだ、と私は言いたい」

 彼の演説の特徴は論理の厳しさだという。遠山さんは「この厳しい論理の鋳型の中に、深い感情が流し込まれたとき、たとえばゲティスバーグの演説のような不朽の演説が生まれたのだ」と書いている。

 数学を軽視する日本の政治家や文化人から、このような格調のある演説は生まれようがない。そして数学をただの「計算の道具」だとしか考えない日本の「受験数学」によって、数学は「思考の技術」ではなく、たんなる「得点のための技術」になりさがっている。「文化としての数学」を日本に根付かせるという遠山さんの夢が実現するのはいつの日のことだろう。


2004年06月03日(木) 「石つぶて」を投げる人々

 イラク人質事件で、窮地にたった小泉首相が苦し紛れに放ったのが「自己責任」の一言だった。「悪いのはアメリカに追随して自衛隊を送ったオレじゃない。危ない場所に出かけて行ったあいつらだ。あいつらは自業自得だ。責任は馬鹿なあいつらにある」といいはなった。そうすると、全国に「あいつらは馬鹿だ」「自己責任だ」の大合唱が巻きおこった。

 その合掌をしている連中を見てみると、会社や家庭でつらい思いをしている人たちばかり。抑圧され、虐げられた怨念のマグマがここぞとばかり噴火した。この「弱者による弱者いじめ」をマスコミが演出して煽り立てた。家庭や学校などでよくみられる虐待やいじめと同様の集団ヒステリーといっていい。

 イラク人質事件の被害者へ向かっていたいじめ集団の「石つぶて」は、やがて北朝鮮による拉致被害者への家族にも向けられた。彼らが小泉首相の訪朝の結果を批判した途端、イラク人質事件の家族と同じ扱いになった。「国のお世話になっているくせに、生意気だ」というのである。あいつらは日本人じゃない、「非国民」だという声まで聞かれた。

 これでイラク人質事件の被害者や家族への非難の本質がなんであったのかよくわかる。「自己責任」はいいがかりであって、本質は「下の者はおとなしく上をいうことを聞け」ということ、「下のものがエラそうに権力に楯突くなんた生意気」ということだ。6月1日付の朝日新聞「声」の欄に、47歳の男性と71歳の女性が、こんな投書を寄せていた。

<自分だって職場で我慢しているのに、似たり寄ったりの者が、偉そうに政府を批判するとは何事だ、というわけだ。反感と嫉妬の塊になって非難し、口汚くののしって、溜飲を下げるのが日本の大衆だろうか・・・>(「弱者の批判を許さない風土」伊藤浩睦、著述業、名古屋市、47歳)

<イラク人質事件のときも、今回の行方不明者の家族の反発にも、厳しい批判が巻き起こった。でも命が危ない人の家族や、長年、家族の消息が分からない家族が「一日も早く、行方の知れない家族をこの手に帰して・・・」と叫ぶのは当たり前ではないか>(「家族の痛みが理解できるか」竹中文子、主婦、名古屋市、71歳)

 日本人はどうしてこんな非人情であさましい人種になりさがったのか。その大本をただせば、9.11事件で傷ついたアメリカのトラウマにたどり着く。テロにやられて逆上したアメリカも、やはり傷ついた弱者といっていい。206万人もの収監者を抱え、5000億ドルを超える財政赤字と、これまた5000億ドルを超える貿易赤字を抱えるアメリカも窮地に立って苛だっているのだ。

 世界中にいらいらが蔓延している。そのイライラがアメリカでは外に向き、アフガンやイラクに攻撃を仕掛け、日本ではうちに向いて、自殺や鬱病の多発、家庭、学校、会社での陰湿ないじめを生んでいる。こうした「弱者の弱者いじめ」は見ていてやりきれない。

 弱い犬ほどよく吠えるというが、ゲームの理論によれば攻撃とは「弱者の戦術」である。これは国家レベルの戦争でも、個人レベルのいじめでも成り立つ。私たちはもう少し、文化的、精神的に成長しなければならない。

 福沢諭吉は「言論の自由」と「独立自尊」の大切さを説いた。卑屈になるな、長いものに巻かれるな、権力に媚びずに、もっと頭を上げて毅然と発言せよ、そして人品を磨けと人々を啓発した。「一身独立して、一国独立する」と高らかに説いた。

 アメリカに追従する首相と、その首相に追従する人々のこの狂騒状態を彼が見たら、日本人は封建時代よりも浅はかだと嘆くだろう。マッカーサーなら、「日本人はいまだに13歳の子供」とあきれるに違いない。私たちは権力から乳離れしよう。権力にへつらうのではなく、批判する勇気をもとう。そうでないと、いつまでも「一身の独立」がならず、「一国の独立」もかなわない。国民が奴隷状態では国の未来が危うい。


2004年06月02日(水) 思考力の翼

 ものを考えるということは、この現実から少々「浮き上がってみる」ことだ。それは鳥のように空を飛ぶ感覚にも似ている。小学生の頃、屋根の上にのぼったとき、あたりの見慣れた風景が少し変わって見えた。それは一つの新しい経験だった。

 ガウスは代数学の基本定理など、数々の輝かしい業績をあげて「数学の王様」といわれている。彼が小学生の頃、担任の女の先生が「1から100まで足しなさい」という問題を出した。そうするとガウス少年がすぐに「できた」と言って、石板を持ってきた。

 先生はそんなに早くできると思っていなかったので、たいへん驚いた。しかし、その計算法を知ると、さらに驚いた。ガウスは実は、1から100まで順番に足してはいなかった。およそ次のように考えて、答えを出していた。

1+2+3+・・・・+100
=(1+100)+(2+99)+(3+98)+・・・+(50+51)
=101×50
=5000+50=5050

 小学生の頃から、こうした発想ができるということは、ガウスは天才なのだろう。先生が要求したのは、1から100まで足すことだったが、ガウス以外の少年たちがこれに忠実に実行しようとしたのに対して、ガウスはこれを「計算力」の問題とは考えずに、「思考力」の問題ととらえた。そしてこれはとても大きな一歩なのである。ガウス少年はこの瞬間、「考えること」のすばらしさを実感したに違いない。

 人間は二本の足を持っていて、これで大地を歩く。この足を鍛えて、より早く、より遠くまで歩くことができる。しかし、人間はこの二本の足に加えて、「思考力」という見えない翼をもっている。これを鍛えれば、大空を自由に飛翔することができる。これを怠ると、ほとんど浮き上がることなく、地べたを歩き回るだけの一生になるだろう。


2004年06月01日(火) 計算力と思考力

 書店にいくと、随分「計算力」という表題のついた書物が目に付くようになった。そのうちのいくつかを手にとって見てみたが、どれもそれほど面白くなかった。数学の教師をしているが私は計算が苦手である。最近は九九まであやしくなってきて、たとえば7×8も即座には答えられなくなった。だから、試験の採点のときは計算機をいつも傍らに置いている。

 職業柄、毎年センター入試の「数学問題」には目を通しているが、一見して解き方は分かるものの、残念ながら計算をして答えを出す気力が湧かない。おそらく計算をしても、答えは間違っているだろう。補習などで生徒に解説するときには、途中の計算は解答をそのまま写すことが多い。

 もっとも、数学科の大学教授でもセンター入試の「数学」の問題を時間内に解くのはむつかしいらしい。日本数学会理事長で、東北大教授の森田康夫さんも、「前身の共通1次試験に比べ計算量が増え、数学者でも時間内に全部解くのは難しい」と書いている。朝日新聞でこれを読んで、私は少し救われたような気がしたものだ。

 森田さんたちは、02年から今年まで3回の入試を対象に、主に理学部志願者のセンター試験と大学独自の2次試験の各教科成績を調べたのだという。そして、外国語などはセンター得点が高ければ2次得点も高いという相関が表れるのに対し、数学ではそれが極めて弱かったことを明らかにしている。

<今年の前期日程試験で見ると、センター試験の数学(1)(主に数学1・A)では理学部受験生約600人の約30%が満点の100点だったが、2次試験(300点満点)になると、センター満点組が260点前後から40点台まで分散し、4人に1人の割合で平均を下回った。センター試験80〜90点台でも同様の分布を示した。数学(2)(主に数学2・B)でも、全体的に2次試験との相関は弱かった。>

 センター試験が空欄を埋めるマーク式で広い範囲の基礎的な知識を測るのに対し、2次試験は記述問題で論理的に深く考える能力を試している。「計算力」があれば点をかせげるセンター入試とは違い、二次試験では「思考力」が試される。今回の調査で分かったことは、「計算力」と「理論的探究力」とはとくに相関がないということだ。そして次の二点をセンター入試の問題点として指摘している。

(1)平易な問題で平均点を60点程度にする制約から、計算量の多い問題を出している。
(2)計算力は学習で伸びるため、数学的思考力がそれほど高くなくても高得点を取れる。

 森田さんはさらに「高校ではこれに対応して計算練習が過度に重視されるようになった。難易度が多様な問題を出す一方で、計算量を減らすなど出題方針を改めるべきだ」と語っている。大学入試センター試験の数学問題では「数学力」を十分に判定できないという調査結果が得られたことを、入試数学を検討する専門家の集会で報告し、センター入試の改善を訴えることにしているという。

  私は自分が計算が苦手なので、どちらかというと「計算力」そのものを軽視する傾きがある。というか、計算力を軽視した結果、こういう結果になったのだろう。だから、私の場合はもう少し、計算力を鍛えた方がようように思われる。これは小学生や中学生の頃、遊んでばかりいたせいである。今の子供たちに、私の二の前にはなってほしくはない。小学校でしっかりと計算をやらせるこには賛成である。計算力を鍛えることで、思考力を伸ばすことができる。

 しかし、「計算力」が大学入試にまで幅を利かせている現状には、私は疑問を感じないわけにはいかない。「計算力」=「数学力」ではないからである。私が思うに、これは「数学」が成績判定や選抜制度の手頃な道具になっているからではないかと思う。もっともこれは日本だけの問題ではなく、アメリカでも同様の傾向があるようだ。J・ハーリー著「滅び行く思考力」から引用しよう。

<教育的に重要であるが、ものさしでは測りにくいことが、教育的には重要ではないが測りやすいことに置き換えられています。今では学ぶ価値のないことを、どれほどうまく教えたか、われわれはそればかり測っています>

「計算力」はたしかに測りやすい。そしてこれは「学習」によって目に見えて伸ばすことが出来る。努力がむくわれるという意味で、たいへん教育的である。しかし、「計算力軽視」とともに、「計算力重視」の弊害も考えなければならない。

 「計算力」と「思考力」は基本的には全く別の能力だと考えた方がよい。「計算力重視」が「思考力」を伸ばすどころか、これを阻害する場合もある。このことを念頭においた上で、「計算力」とともに「思考力」も大切に伸ばしてやりたいものだと思う。


橋本裕 |MAIL |HomePage

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