オミズの花道
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『 夢の女 』
2003年09月10日(水)




今日、以前うちに在籍していたホステス仲間に久しぶりに会った。

彼女はうちをクビになった後に別の店に行った。だがその後すぐプライベートにおいて、彼女にとって耐え難いほど辛い事があったので気力を失くし、その店もすぐに辞めてしまったのだ。
私と彼女が会うのも、それ以来の話である。

彼女の辛い経験とはここに書ける内容ではなく、故人が絡むことなので差し控えさせて戴くが、とにかくその悲惨な出来事によって、彼女と私は疎遠になっていた。
私だけではなく彼女の周りの殆どの人間がそうだったと思う。いや、よしんば近くに居たとて、皆どうして良いのか解らない状況だったろう。

ただ私はその時に、これで彼女は潰れてしまうだろうなと思った。


うちの店をクビになった頃の彼女は、性格は良かったのだが、依存心が強くて感情の波が激しい子だった。
芯は強いのだろうが、脆くてガラス細工のような所ばかりが目立ち、正直に言うとこの仕事をするには神経が持たないようなタイプだったのである。
その辛い出来事は、常人であっても耐え切れる問題ではないのに、脆い彼女が耐えられる筈がない内容だった。

ホステス仲間から言うと、そんな脆い子はこの仕事をしない方が良いんじゃないのか?と見えるのだが、飲みに来る男性はえてしてこういうタイプの女の子にハマる。
彼女の持つ脆さや危うさが、逆に彼等男性のツボにハマり、所謂『本気にさせてしまうタイプの女』になるのだ。

だけど彼女は自分の最大の長所に気が付いていなかった。それをどんなに諭しても、自分の有利さをあざとい物だとして、認めようとしなかった。それゆえいつも行き詰まる。そして訪れる悪循環の波。彼女が不安定さを見せるたび、「勿体無い事もあるもんだなぁ。世の中は上手く行かないね。」・・・・と私はよく思ったものだった。


傲慢だが、私は大概の同僚に脅威を感じた事は無い。昼の物書きの仕事では誰彼無しに脅威を感じっ放しなのに、不思議と夜の接客業においては『怖い』と感じる相手は居なかった。
例えばうちを抜けて、もっとランクの高い他店に行こうが、どこでどんなに売り上げを上げられようが、伸し上がろうが、店を持とうが、その相手を怖く思う事は無かったのである。

だが今日彼女に再会して、私は底知れない恐怖を感じた。
そこにはもう、私の知っているかつての彼女は居ない。

計算せずとも男は自分にハマっていく、そんな自分の長所をシッカリと把握し、それを上手く使いこなし、男性を『適度に』操り、しなやかに、したたかに渡っている。
普通ならこんな女はとんでもないが、彼女の持つ儚さと誠実さゆえの脆さが上手くカバーして、実にいい具合に調和しているのだ。
摩れた女になった、という訳ではない。むしろ以前よりずっとイイ女になっていた。
渡っているという表現より、『舞っている』と表現したほうがいい、そう思うほどに。


男性の作家が女の理想像として描くパターンがある。

さほど目立つ容姿ではないが、ミステリアスで掴み所が無く、しとやかで妖艶な女。
静かで無口なのだが絡むような視線を投げかける。
どこがどうと言う訳ではないのだが、男心を捉えて離さない。

そんな描写を見て『現実にはこんな女が居る訳ね〜じゃん。』と、女の物書きである私は男とのギャップを常に感じ、反発さえ持っていた。

殊に連城三紀彦氏の描く女性像などは、壮絶に美しく狡猾で妖しいのだが、現実の世界で日々生きる女の私にはどうにも馴染めず、おとぎ話のようにさえ思っていた。


だが、目の前にまさにその描写通りの女が居る・・・・。
男の理想像が、『男の描く女』であるならば、彼女こそまさに完璧だ。

現実感の無い、男の求める『夢の女』だ・・・・。


知り合った時からそんな片鱗を覗かせていたなら私も納得は行くのだが、どちらかと言うとメンタル系のノリであった彼女の、この劇的な変化はどうだろう?
まるで葉蔭に身を隠して怯えながら暮らしていた芋虫が、艶やかな蝶に羽化したようだ。

外見の劇的な変化というのは簡単な話だと思うのだが、内面の劇的な変化というのは望んで得られるものではない。
自分の中の長所を伸ばし有効に使う、だがそれを解っていても中々実行出来ないのが人間で、誰しも自分の中のそんな部分と折り合いを付けながら、ゆっくりと成長して行くしかないのだ。
だからこそ人は愛おしいのだし、歯がゆいのだし、味がある。


そう、今こうして書いていて解ったのだが、私が感じた底知れぬ恐怖の正体はそこなのだと思う。
在り得ないレベルでの『彼女の内面の変化』が、私にとって脅威だったのだ。

一人の人間がまるで人格が変わったがの如く、価値観も波も何もかも変えられるなど、私の経験と理解を遥かに越えている事なのだから。

この劇的な変化の素が、彼女の経験した悲しい出来事の集大成だとしたなら、報われない骸を残した哀れなる者も、この世に何も残さなかった訳では無い。存在は無では無い。
その魂の行き着く先が何処であろうと、彼女の中に残ったものは確実に在る。


私がその旨を告げると、彼女はゆっくりと呑み込み、呟く。
涙は、もう無い。


『私となおは、持ってる物は同じなんだよね。
 二人とも自分の中の荒立ったものを、抑えて、抑えて、生きている。
 だけど・・・・持っている物は同じだけれども、私達は全く正反対の道を行く。』

『・・・・うん。でも、どちらが正しく、王道だとは言えないよ。』
私は答える。

『歩くのは同じだからね。』
柔らかく静かに微笑みながら、彼女は言う。

・・・・本当に強くなった。


『私がどうして今日、なおに「会いたい」って突然電話したか解る?』
ふふっと悪戯っぽく笑いながら、可愛げに問いかける彼女。

ああ、駄目だ。くらくらしちゃう。・・・・ひょっとしたら私もこういうタイプにハマるかも知れない。
(男性陣の心配してる場合ぢゃね〜ぞ)
『ん〜〜〜。とね。 何か腹が据わったんでしょう? だからかな?』

彼女は安心したように微笑み、だけれども答えは出さなかった。
『またちょくちょく会ってくれる?』
そう問いかける彼女に、うん、勿論だよ、と答える私。

歩きながら、彼女は私の顔を見ずに、吹っ切るように言葉を出す。
『私が鬼になっても、なおだけは解ってくれると思ってた。』

『ははは。可愛い鬼だねえ〜。』
探らぬように、柔らかく受け止める。





大丈夫。
貴女は必ず幸せになれる。


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