無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年09月25日(水) まあ、冷静な人間なんていないんだけど/『小説ウルトラマン』(金城哲夫)ほか

 巨人2年ぶりのリーグ優勝、原監督就任1年目での優勝ってのは、長島も王も成し遂げられなかったことであるわけだから、一応、快挙と言ってもいいのだろうな。
 死んだお袋が原辰徳の熱狂的なファンで、LPまで買ってたくらいなんで(今は私が引き取っている。おそらく死ぬまで二度と聞くことはあるまい)、極楽か地獄か中宇でさぞや喜んでるであろうが、私は野球は王貞治の引退で、相撲は千代の富士の引退で興味がすぽーんと消えてなくなっちゃったので、まあ勝とうが負けようがどうでもいいのであった。ああいうのに熱狂するのは自分が「少年」で、遥かな高みへの「憧れ」があるからなのであって、今更このトシになって、ゴジラ松井のどこに憧れりゃいいんだか。
 しばらくは、どこのデパートでも、安売りセールと称して、実は普段とたいして変わらない値で売れ残り品をサバくようなアコギな商売をさらしてくれるのだろうな。値段ってのは商品の顔なんだぞ。安易にテキトーな値段をつけることが、商品自体の価値を貶めることになるってこと、解らんのか……って、これも昔ながらの職人の意地に過ぎんのかね。


 北朝鮮の拉致工作の実態の一端が少しずつ明かされている。
 と言っても、日本の調査でそれが判明したわけではなく、韓国当局の調査によるものってのが情けない話だが。
 1980年6月のある夜、平壌放送で流された「29627」という数字が工作員の生年月日「(19)29年6月27日」を意味していて、拉致決行の合図だったとか。原敕晁さんが、宮崎県の青島海岸から工作船で拉致されたのはその翌日のこと。

 どうも腑に落ちないのは、工作員の辛光洙容疑者、韓国に逮捕されたのが85年のこと。その情報は当然日本にも伝えられてたんじゃないかと思うんだが、どうして今までニュースにならなかったのか。やっぱり外務省の情報隠しか。
 いや、似たような情報はこれまでも何度かワイドショーなんかで取り上げられたことがあった。ただそれは全部断片的で、継続したニュースとしてマスコミが報道してきたのは横田めぐみさんらごく一部のものでしかなかった。

 結局、膨大な情報の流れの中で拉致疑惑のニュースなんて忘れられていったってとこが真実なわけだ。政府だけが無策なわけじゃない、適当な情報を流して事足れりとして来たマスコミも、それを受けても聞き流してきていた我々大衆も、結局は同罪なのである。電車の中でやくざに絡まれてる女子高生を周囲が見て見ぬフリしてるのと同じやね。でも、それが大衆の心理というものだ。
 だから本来、「今まで政府は何をやっていたのか」なんて、エラソウなこと、大衆が軽々しく言えるものではない。今までノンポリ通しておいて、何か事あれば慨嘆してみせるっての、言っちゃなんだがいささかみっともなくないか。

 もちろん私だって、その「大衆の無責任」にだらしなく乗っかって、政治の腐敗も世界を揺るがす大事件もみな、対岸の火事として看過して来たわけである。
 「『日本はどうなってるんだ』なんて嘯いてるくらいなら、オマエが政治家になったらどうだ」なんて突っ込まれたら、返す言葉もない(ないからもちろん政治家になんかならないが)。
 しかし、自分が社会に対しても、ごく身近な他人に対しても、全くの無力であり、所詮は矮小な一個人に過ぎないと自覚した時、我々は「無責任」という枷を引き受けざるをえないのである。それはもちろん卑怯卑劣な行為であることに違いはないのだが、では、何の才もない人間が、さも我こそは、と自らに語るべき資格があるかのごとく、権威を振りかざし、しゃしゃり出た時、どういう事態が起こるか。
 仮に、あなたが、外務省の人間だったとして、拉致問題に被害者の身になって対処しただろうか、考えてみたらいい。人は追い込まれねば、そうそう他人のために積極的に動いたりはしないものなのである。外務官は外交の専門家だろう、専門家が自分の仕事しないでどうする、という批判は正論だが、専門家でない人間に専門の仕事が任されてる実態は、外務省に限ったことではない。そもそも日本人が働きバチなどと言われたのは、日本人の大多数が有能だったからではない、上意下達のイエスマンがそのほとんどだったからではないか。
 「上が動かないから」、当然、下っ端は動けない。動けば潰されるとわかっていて動くバカはいない。杉田千畝が何千人何万人もいるわけがなかろう。我々は「無責任」という共犯幻想の中で生きる生活を自然に選択しているのである。

 朝鮮総連の北朝鮮国籍の人たちが、今、慌てて韓国籍に鞍替えしているそうである。……国籍って、そんなに簡単に変えられたの? (。_゜)?
 これをみっともない、と評するのは簡単なのだが、彼らも自分が迫害されると知りながら、座してそれを待ってもいられまい。中には、本当に拉致に関わった人間もいるだろうから、身を守るためにはナリフリかまっていられないのである。
 まさしく卑劣、無節操には違いないが、北朝鮮という国に固執していないだけ、マシだとも言える(もっとも国籍変えてスパイ活動する可能性もあるが)。
 さて、我々は彼らを受け入れて、なお偏見を持たずにいられるかどうか。
 今まで「無責任」を通して来たのなら、当然、今まで同様、たとえ相手が拉致の関係者であった可能性を感じてもなお、変わりなく接しなければウソだろう。それは、「君が、たとえ北朝鮮の命令で仕方なく任務を遂行していたとしても、君は君だから、変わりなく接するよ」、なんて甘っちょろいものではない。
 「君が今でも北朝鮮の工作員で、私を自分の任務に利用しようとしているとしても、あるいは仮に私を拉致しようと考えていたとしても、そのことで君を責めはしないよ。当局にチクリもしない。もともと君と私は友人ではあっても他人なんだから。ただ、ホントに拉致ろうとしたら本気で殺すぞ」
 これくらいの覚悟がなくて、他人と付き合えるか。「偏見を持つな」ったって、拉致の実態が判明して行けば、北朝鮮の関係者が十把ひとからげに拉致疑惑で見られるのを回避することは、土台、無理な話だ。だったら「偏見持った上で付き合う」選択をするしかなかろう。それのどこが悪い?
 それとも本気でオウムの時のように、「北朝鮮は日本から出て行け」キャンペーンを張るつもりか。今までだって「スパイ天国日本」なんて言われてきたわけだろうが。隣の人間が実はスパイかもって状況を、受け入れて来たんじゃなかったのか。今更何を動揺している。
 実際、「北へ帰れ」と言ってるやつも、「在日差別をするな」と言ってる連中も、どちらも情報に振りまわされ、冷静さを著しく欠いている。今回の件で、我々の周囲の状況の何がどう変わったっていうのか、冷静に考えてみてほしいものである。


 仕事、残業の予定だったが、早く帰れることになる。
 しげには、「遅くなるときには電話するよ。電話がないときは定時に帰れるから迎えに来て」と頼んでいたのに、あのばかちんは寝惚けてやがったのか、「遅くなる」の部分しか聞いてやがらなかった。
 もう夕方でも肌寒くなってるってのに、いくら携帯に電話をしても返事がない。仕方なくタクシーで帰ると、やっぱり高いびき。
 タクシー代を取りたてたから、一応私の損はないんだけども、別にしげから金を取りたてたいわけじゃない。なんでこうもないがしろにされなきゃならんのか、それが侘しいのである。


 夕方からアニメなどダラダラ見る。連続してみるのは結構久しぶり。
 『キン肉マン�鏡ぁ戞悒轡磧璽泪鵐�ング(最終回)』『テニスの王子さま』など。感想は別になし。悪いか。
 『ヒカルの碁』第五十局「藤原佐為?」は総集編。
 佐為の回想でヒカルとの出会いが語られ、主にアキラと佐為の対決を中心にこれまでの展開が語られる。最後が洪秀英(ホンスヨン)に「俺の名は進藤ヒカル!」と宣言するシーンで終わるまとめ方は、ああ、そうか、これも「佐為との別れ=『ヒカルの碁』の始まり」の伏線だったんだな、ということが解って、なかなかウマイ。

 『世界危険映像まる見え恐怖の怪奇事件大捜査スペシャル』。
 ……タイトルなんとかしてくれ(-_-;)。日本語になっとらんわ。
 クリストファー・ロッカンドールだかロッテンベリーだか名前は忘れたが、フランス生まれの詐欺師が、財閥の御曹司、プロデューサー、FIレーサーを名乗り、ミッキー・ロークを始め、ハリウッドの有名人たちから総額30億円以上を巻き上げたエピソード、ダマされたとわかった後のロークの落胆して呆然とした顔をおおっぴらに映してたが、やっぱ向こうでも嫌われてるのかね、あの人。日本じゃ例のボクサー転向騒動で、役者どころか人間としての株も下落しまくりなんだが。
 それでも一応、金は持ってたんだねえ、カモられるくらいだから。映画にも出てないのに小切手でン万ドルも切るなよ。それだからますます嫌われるんだ。
 それなりに金もあって成功した人間がどうしてコロッとダマされたかっていうと、やっぱり「見せガネ」の効果が大きいんだね。
 「今、十万ドルしかないんで、百万ドル貸してくれないか」
 ……仮に私が百万ドル持ってても、こんな言質にだまされるとは思えないけど、やっぱハリウッドの人間って、「お里が知れてる」んだろうね。
 詐欺がバレたきっかけってのが、うっかり出しちゃった安ワインの味を高級ワインと間違えたってんだから、本物のワインがわかるハリウッド人だって実は少ないってことなんだろう。教養ってのはやっぱり必要なときもあるんである。もっとも、川島なおみに教養があるとも思えんが。


 『キネマ旬報』10月上旬号。
 訃報記事がいつもよりやや多い印象。新聞は丹念に読んでるつもりだったが、日高澄子、御木本伸介両氏の死去には気付かなかった。もっとも、このお二人のお顔がさっと出て来ない。相当数の映画に脇役として出演しているので、名前は記憶しているのだが、どのお顔の方であったやら、とウロオボエなのである。こんなんじゃとても映画ファンとは言えない(-_-;)。
 『女王陛下のOO7』の監督、ピーター・ハント氏も死去。あれは原作に最も忠実な映画化であったにもかかわらず、ボンド役者がショーン・コネリーからジョージ・レイゼンビーに変わったために、不当に低い評価を与えられている。そのせいか、主役も監督も、『OO7』シリーズの連続当番はなかった。
 でも、ボンド唯一の結婚話だし(ダイアナ・リグって、昔はあんなにかわいかったんだ!)、テリー・サバラスの憎々しいブロフェルドぶりと言い、捨て難い一本だったんだけどなあ。
 1ページを割いて、鈴木伸一氏がウォード・キンボール氏の追悼記事を寄せている。本来、アニメ雑誌こそがこの人の特集をグラビアつきで記事にせねばならんというのに。アニメ雑誌作ってる連中が本気でアニメが好きなのかどうか、疑りたくなってくるのはこういうときだ。


 金城哲夫『小説ウルトラマン』(ちくま文庫・882円)。
 『ウルトラマン』の生みの親、金城(カネシロなんて読むなよ、キンジョウだ。本当はカナグスクかもしれんけど)哲夫自身の手になるジュブナイル。こんなの書いてたとは知らなんだ。子供向けだから深みはないが、主要エピソードはキチンと押さえてある。
 テレビ版と違った設定もいくつかあって、その中でも最たるものが「宇宙人会議」によって地球攻撃が決定される下り。藤子Fさんの『征地球論』よりこっちのほうが早いな。『スーパージャイアンツ』でも宇宙人会議の描写はあったが、あちらは地球を守るためのもの。
 議長がメフィラス星人、というのはいかにも納得、というところだけれど、「3分以上闘いを長びかせて、かれが動けなくなるしゅんかんをねらっておそいかかればよい」と提案すると、誰か分らない宇宙人が「闘いが長びきそうになると、かれはきまって、逃げ出してしまうのだ」と突っ込む。……ウルトラマンって、そんなにしょっちゅう逃げ出してたっけ(^_^;)。スカイドンのときは確かにそうだったけど、あれは実相寺演出だしなあ。
 ほかにもジェロニモンが宇宙怪獣だったり、ゼットン星人はやっぱり名前がなかったり(「謎の宇宙人」だそうな)、小説版独特の描写が楽しい。けど、バルタン星人の笑い声を「ウヒウヒウヒヒ」とか「ケ、ケ、ケ」と書くのはちょっとなあ。やっぱりあれは「フォッフォッフォッ」とか「ヴォッフォッフォッ」でしょう。 
 後半は『ウルトラセブン』のシナリオの再録。以前、朝日ソノラマで出版されたこともあるやつだが、『ノンマルトの使者』でのキリヤマ隊長の狂気ぶり、こういうのを見せられると、子供はやっぱり怪獣ファンにはなってもヒーローファンにはならないよなあ、とつくづく思う。私はやっぱり、怪獣ファンではあっても、ウルトラマンやウルトラセブンのファンではなく、ましてや科特隊やU警備隊のファンではサラサラないのである。あ、フジ・アキコと友里アンヌは別ね♪

2001年09月25日(火) リアル・ホームズ/『トンデモ本の世界R』(と学会)/『けだものカンパニー』3巻(唐沢なをき)
2000年09月25日(月) 日記のネタはどこにでも/ビデオ『労働戦士ハタラッカー』ほか



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