無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2003年05月07日(水) ある終焉��

 昨日の閉鎖されたサイトについて、今の時点での感想を書いておく気になり、掲示板に以下のように書きこみ。

> 大好きだったあるホームページが閉鎖してしまいました。
 以前はしょっちゅう遊びに行ってたのだけれど、まあいろいろあって、たまにROMするだけになってました。
> それでもそこの管理人さんには元気で頑張ってほしいと願ってはいたのですが、すっかりお疲れになってしまったようです。客観的に見れば、閉鎖に至った原因はご本人に大いに責のあることなのですが、最近はもう、ほんの少しも自らを省みる余裕さえなくなってしまっていたように見えました。
> 同情はしません。ご本人はいつも同情されることを求めていましたから。それに応えることは、その人の心を殺すことになります。そして、その人の周りには、その人の心が死ぬとわかっていて、見え透いた同情の言葉を投げかける人たちが随分といたように思います。
> でもそういう人たちほど、自分こそが管理人さんの一番の味方だと思い、管理人さんもその人たちが本当の味方なのだと勘違いしていたようです。それは単に馴れ合いの生み出した幻に過ぎないのですが。
> 本気でその人のことを思うのなら、みんな、もっとその人の思いこみを揶揄し、罵倒し、心を傷つけ、自らの愚かさに気づかせてやればよかったのに。しかし、そこまでその人を愛した人は誰もいませんでした。
> みんな、「安全なところからの物言い」を繰り返していただけです。
> それにのに管理人さんは、端から見ればスカスカで中身のない言葉を、自分が愛されているのだと錯覚し、まだしも管理人さんを思う忠言を口にする人々を排斥していきました。それは、どう言い訳をしても、その管理人さんの愚かさに違いありませんでした。
> みんな、自分が「利口」だと思っています。そんな人間なんていないのに。なぜ、その人は素直に自らの愚かさを認められなかったのでしょうか。そうすれば、空虚な言葉に振り回されることも、サイトを閉じることもなかったでしょうに。「愚かさの徳」を忘れた人々の姿は、いつも切なく、寂しいものです。
> 陰で笑ってる人がいますね。
> その人の正体には早くに気付いていましたが、それを伝えても管理人さんには信じてもらえなかったでしょう。今もそうかもしれません。
> そのことを思うとき、私はただ深く、静かに絶望するだけです。

 最後の一行は、実は友人の言葉を引用したものである。
 当の管理人さんがこの文章を読むことがあるかどうかはわからないが、読んでもその意味を理解できるどうか、心許ない。これを書きながら、かつて全ての言葉を曲解され、言ってもいないことを言ったと思いこまれ、どう語りかけても言葉の通じない思いをした記憶が蘇えったからである。
 これに誰かのレスが付くとは思ってもみなかったが、鍋屋造物さんが即座に「人は自分の都合の良い事しか聞き入れない」と書きこまれたのを見て、更に寂しくなった。気持ちはわかる。キツイ言葉は耳にイタイし、慰められれば誰だって嬉しかろう。けれど、自分に都合よくモノゴトを解釈することの愚だって、人は知ってるはずなのだが。
 ヨナさんは「外側に起こる現象は、すべて自分自身の内面の反映」とレス。サイト閉鎖の挨拶の管理人さんの挨拶の中で、再三「サイト閉鎖は自分がいたらないせい」と語っているが、そんなことを本気で考えてはいないことは、文面で「自分のどこがどういたらなかったのか」を具体的に全く語っていないことからも見当がつく。
 その方の口癖に、「あなたは本気で悪いと思ってますか?」というのがあった。その言葉が相手にどう取られるものか、全く本人は気付いていなかったようだが、これは「人は本気で謝りなどしない」ということを前提とした発言だ。普通、何の根拠もなく「相手が本気ではない」という決め付けを行って、まともに相手をしてもらえるはずもないし、逆に考えれば、そう発言した自分自身が「本気で謝らず、口先だけで生きてきた」可能性をも露呈している。
 私は怒りはしないが寂しかった。

 管理人さんを批判していたサイトには、擁護派の方の弁として、私がウラで画策して批判者を集め、その方を苦しめているように煽っている書き込みもあった。そんな事実は全くないのだが、どうも取巻きさんたちはそのデマを信じているフシがある。「そう思いこまなければ自分のほうが加害者になる」ことを恐れる心理が、管理人さんやその取巻きの人たちにも働いているのだろう。歪んでるよなあ。本人たちはピュアなつもりなんだろうけど。
 自分以外の誰かを悪者にしなければやりきれないのもまた、人の心理とは言え、それもまたどうにも寂しいことである。どうしてそうまでして、自分が「善人」でいたいのだろうか。それは結局、世間の何物をも自ら受け容れる姿勢を持たない行為であるのだが。


 ホームページを開設してみたはいいものの、なかなかコンテンツを充実させられない。普通に仕事をしていれば、パソコンの前で何かをできる時間なんて限られているのだが、それにしても画面が「工事中」のままでは、せっかく来ていただいた数少ない読者の方々に対しても申し訳ない限りである。
 だもんで、自分で何かを書けないなら、人のフンドシで相撲を取ろう、ということで、やんさんから頂いたノンフィクションをサカナに、「FADイレギュラーズ」というコンテンツを立てる。
 中身は御覧の通り、やん嬢の「バカな男に引っかかったよ」(実は今も引っかかったまま別れられていないようである)話なのだが、そこに私が、「バカはお前だ」というツッコミを散々入れるという極悪非道なもの。でもさあ、この子の行状見てると、みんな何か言いたくなるのよ、ホントの話。
 まあ詳しくは書けないけど(実は以前チラッと書いたことあったんだけど、やんさんにダメ出し食らって削除した。コンジョねえなあ)、若いワリに(若いからかも)結構危なっかしい生き方をしていて、「お前、ちったあ人生考えて行動しろよ」と言いたくなってしまうんである。
 で、これもまた当然のことながらそういう忠言は右から左に抜け出て行くものなのである。余計なお節介だと言われるだろうが、全くの他人ならいざ知らず、一度関わりを持った相手に対して「人には人の考えがあるから」と距離を取るのは、私ゃあまり好きではない。ギャグめかして書いちゃいるが、結構あのツッコミは本気なのである。
 相手の尊厳を尊重することと、コトナカレで距離を取ることとをあえて混同させるような卑怯な行為はしたくないんだよね。

2002年05月07日(火) この文も詭弁かもしれない(^o^)/アニメ『十二国記』第五話「月の影・影の海 五章」
2001年05月07日(月) フライド・エッグ・ムーン/『三毛猫ホームズの恐怖館』(赤川次郎・竹内未来)ほか



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