無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2003年07月12日(土) AIQ(オタク・アミーゴス・in・九州)始末/DVD『ノストラダムスの大予言』

 福岡市中央区で、26歳の女性をめぐって、74歳の老人が71歳の老人をナイフでメッタ刺しにしたという事件。
 某新聞の記事が、まんま面白いので、ちょっと引用してみる。

> 26歳女性をめぐり、74歳男が同じアパートに住む71歳男性をナイフでメッタ刺しにしたとして殺人未遂容疑で福岡県警に逮捕された。ざっと半世紀年下の女性との色恋ざたで刃傷沙汰を起こしたり、メッタ刺しにされても命に別条はなかったり…事の善しあしなどは別として、70代とは思えない元気さ強さを見せつけた。

 「半世紀年下」「メッタ刺しにされても命に別条ナシ」「事の善しあしは別として」「元気さ強さを見せつけた」とか、やたら誉めてませんか(^_^;)。
 なんだか「やったぜ70代!」ってエールを送ってるみたいで、最初から「事件を笑おう」という姿勢があらわになってるねえ。
 テレビの報道はまだ普通の事件扱いしてたんだけど、さすがサ○○○(^o^)。
 
> 2人合わせて145歳。色恋をめぐる刃傷沙汰に年齢は関係ない!? 逮捕されたのは福岡市中央区の山口林容疑者(74)。

 合わせてどーする(^_^;)。きんさんぎんさんかい。

> 福岡・中央署の調べだと、独り暮らしの山口容疑者は11日午後8時前、同じアパートにやはり独り暮らしの無職、田中実夫さん(71)の部屋に押しかけ、手に握り締めたサバイバルナイフを田中さんめがけて突き出した。田中さんが倒れ込んだ後も刺し続け、傷は胸や腹、首の十数カ所に及ぶ。

 ナイフとはサバイバルナイフでしたか。
 一昔前はこういうのはデバ包丁と相場が決まってたんだけれど、26歳と付き合うだけあって、こんなところにも気の若さが(ちゃうって)。
 けど「手に握り締めた」って描写の仕方にも、「老人力」(意味違うけど)を演出しようとする執筆者の心意気が感じられる。

> その後1時間余りして山口容疑者は「部屋にけが人がいる」と119番通報。この間、田中さんは自室に倒れたままで、救急隊が駆け付けたときには本人も周囲も血まみれ。それでも意識が残っていた田中さんは救急車で運ばれながら「山口に刺された…」とうわ言を発していたという。

 えーっと、「1時間」後にって、それまでずっと刺し続けてたってこと? それとも何度か刺したあと休憩したのかな? 二人は何か会話をしたんだろうか。
 そのこととも関係するんだろうけど、「119通報」したっていうのがまたよく分らないね。殺すつもりが急に恐ろしくなって助けようとしたんだろうか? それとも刺しても刺してもなかなか死なないので、根負けしたのかな? 案外、ただ単にボケてただけだったりして(^o^)。
 
> 一方、現場アパートにいた山口容疑者は、同署員が事情を聴いたところ「自分が刺した」とあっさり認めたという。
> 調べなどによると、今回の刃傷沙汰の原因は26歳の女性。山口容疑者はこの女性と交際していたが、2人の関係に田中さんが何らかの形で関与したらしい。このため激高した山口容疑者が凶行に及んだ。同署ではこの女性からも「三角関係」の有無を含めて詳しく事情を聴く方針だ。


 何がきっかけで付き合い始めたのかを知りたいな。
 こういうのはたいてい『金髪の草原』みたいにホームヘルパーさんとってのが多いんだろうけど、元気のいいお爺ちゃんみたいだから、「出会い系サイト」の可能性もアリだな。
 「田中さんが何らかの形で関与」なんて書き方をしてるところを見ると、どう関与したかはもう分かっているのだろう。隠さないでちゃんと教えてほしいものだ。こうなるともう「合コンで知りあった」とか言われても驚かないぞ。

> 田中さんは十数カ所の刺傷に出血性ショックも加わり重傷だが、幸い命に別条はないという。

 重症でも「命に別条がない」ってのがやっぱりすごい。
 刺されてる間、全く抵抗はしなかったんだろうか?

> 厚労省によると、昨年の日本人平均寿命は女性85.23歳、男性は78.32歳と過去最高を更新。「いかに元気に老後を過ごすか」が長寿時代の課題になっているが、山口容疑者は元気過剰。一方、田中さんは強靭な体力で一命を取り留めた。

 いきなり平均寿命を引き合いに出してくるのもヘンだけど、この二人が「いかに老後を過ごすか」の課題として恋のさやあてを仕出かしたような決めつけ方もいい味。上原謙対上原謙(^o^)。

> 捜査関係者は「70代男性が50くらい女性と交際というのは聞いたことあるけど、20代とは…」とア然としていた。

 川田順の「老いらくの恋」は60代と40代だったな。
 けど、70代と20代の関係ってのも結構あるんじゃないかな、「ア然とする」ほどのことじゃないと思うが。
 「老後の性」って、日本文学のテーマの一つだったりもするしね。川端康成の『山の音』とか、谷崎潤一郎の『鍵』『風癲老人日記』。
 1972年にガス自殺した川端康成の少女との恋愛は、臼井吉見の『事故のてんまつ』にすっぱ抜かれたけど、まあ若い頃から少女趣味だった人だし、まるで意外性がなかったね。……てことは私、九歳の頃にはもう『伊豆の踊子』読んでたのか。ビックリ。


 午前中、眼科で再び目を見てもらう。
 治療後の経過、とりあえず裂孔は広がらずに収まっているとのこと。相変わらず紐はぶらさがってるし、光が時折目の下を流れてるんだが。
 次の検査はまた2週間後。


 夕方7時から、エロの冒険者さんの事務所で、AIQの精算会。
 AIQはこれで一旦解散して、次回があるとすればまた再結集ということになるが、さて来年があるかどうかは正直なところ分からない。オタクアミーゴスのお三方も、それぞれの拠って立つところが随分ズレてきているのは最近の活動を見ていれば見当がつく。
 唐沢俊一さんもいつぞや日記に書いていたが、「ネタを紹介する形」でのオタクアミーゴスの活動はひと区切りついてしまっているのである。

 「地方発信の文化がもっとあっていいのではないか」と唐沢さんは仰っていたが、福岡・博多は、戦後は東京追従型の文化を築くことで復興を果たした経緯がある。だいたい「オタアミを福岡で」というのも東京文化の移入だ。これまで五回、オタアミを開催してきて、お客さんに「ネタの提供を」と呼び掛けてきたが、福岡の観客からは全くと言っていいほど反応がなかった。福岡のオタクは薄いと言われても仕方がない。
 みんな、よそからのカリモノだけでも、充分に楽しいのだ。福岡では、今や独自の文化を発信して客を寄せることは殆ど不可能なくらいに伝統が断絶してしまっている。私がしょっちゅう「博多は」「博多は」と口角泡を飛ばして言ってるのは、実のところ『大鏡』が貴族文化の終焉をひたすら懐かしんで「昔はよかったなあ」と愚痴っていたのと同じく、ただの老人の繰り言でしかないのである。
 「そんなことはない、博多にだって新しい文化は生まれている」と主張する人たちもいるかもしれないが、私にはとてもそうは感じられない。例えば福岡には、地元劇団が東京に匹敵するほどに数あると思われるが、博多を舞台にし、博多弁で演じられている芝居はほんの一部だ。確かに今の若い人たちは博多弁を使わなくなってきているが、でも共通語に完全に転化してしまっているわけではない。なぜ自分たちの言葉で物語を語ろうとせず、共通語もどきの芝居ばかりを作り続けているのか。それが「新しい文化」と言えるのか。博多座の公演だって、殆どが東京の舞台の巡回である。
 「山笠」や「放生会」、「博多にわか」なんかをネタにして「オタアミ」と絡めることが果たして可能だろうか。仮にそれを実行したとして、既に「終わっている」ことがハッキリしているモノをネタにして、果たして面白いものになるかどうか(70代以上の生粋の博多人は、伝統行事のほとんどが商店街のお祭りに成り果てているとしか思っていない)。
 博多出身の著名人とオタアミのみなさんとを絡めてトークショーという手も考えられなくもないが、ゲストを招聘しての公演は、シロウトのボランティアで構成されているAIQでは手に余るだろう。小林よしのりとかタモリ、小松政夫さんなんかと絡められたら面白いとは思うんだけれど、それは私がまだ「昔の」博多人だからであって、「今の」博多人には恐らく殆ど魅力のあるキャスティングではあるまい。よっぽどコンセプトを練らないと、失敗は目に見えている。
 エロの冒険者さんも、恐らくは「地方発信」というコンセプトは考えてはいまい。これから先、何かイベントを企画するとすれば、オタアミのお三方の志向が福岡にないのに、いったい何をするのかということを問いなおさねばならないのだが、さて、果たして今後そういう機会が得られるものかどうか。仮にその機会があったとしても、相当の覚悟と実行が伴わないと、中途で頓挫しかねない。
 
 事務所に到着するなり、しげが例のアロハルックを集まっていたみなさんに見せびらかす。「チンピラやくざ風にしてみました♪」と笑っているが私は穴があったら入りたい気分だ。しおやさんは「いっそのことペアルックにしたら」と笑っておられたが、私はまだ人生捨ててるわけではない(-_-;)。
 「おもしろいじゃん」としおやさんは仰るが、こういうのはペアルックの二人がイチャイチャベタベタしてるのを誰かが脇目で見て「ケッ」と言うシチュエーションがあってこそ面白いんである。しおやさんはその「ケッ」という役を誰に振ろうというのであろうか。全員が「ケッ」と言ったら笑う人間がいないのであるが。

 エロさんに長らく借りていた輸入DVD『ノストラダムスの大予言(パッケージタイトル“Last Days of Planet Earth”、劇場公開時は“Catastrophe 1999: The Prophecies of Nostradamus ”)』をお返しする。
 これを見た感想も日記に書き忘れていた。エロさんとこのDVDデッキではなぜか作動しなかったということであるが、ウチでは全く問題なく再生できたので随分前に見てはいたのである。
 地球滅亡後、ミュータント化した人類を描いたのが問題になって、国内では再上映不可、ソフト化もされていないのだが、一度だけテレビ放映はされている。人権問題に関しては日本以上に敏感な海外ではこうしてDVDが出ているのに、日本ではなぜか禁止というのもおかしな話である。今見返してみても、何をどう問題にしたいのか意図が分からない。
 映画そのものはテレビサイズに編集されたものらしく(元はシネスコのはずだが、スタンダードで収録されている)、シーン入れ替えも激しく、音楽も新しく入れ直したもの、以前見たものと相当印象が違っている。由美かおるのヌードもオリジナルにはあったはずだが、カットされている(これだけで魅力は半減であろう)。もともとヘンな映画ではあったが、なんだかますますワケの分らない印象。レナード・マーティンの「ムービー&ビデオガイド」では最低評価で、「製作してんのナショナル・エンクワイラー誌ではないか(アメリカの『東スポ』である)」とまで酷評されているが、さもありなん。でもこういう珍品は人間がいかにアホかという証明としても、きちんと後生に残すべきだと思うがなあ。
 丹波哲郎の英語吹き替えの声が『OO7は二度死ぬ』のときと似てるように思うが、もしかしたら同一人物だろうか。丹波さん本人が喋ってるようにも聞こえるくらいで、つまりは演技過剰なのである。

 初め、近所のしゃぶしゃぶの店に場所を移して宴会、という予定だったのだが、なんと当該の店が潰れてしまったとのこと。急遽オタアミの打ち入りにも使った「赤鳥」に会場を変更。車2台に分かれて移動する。
 車の中でしおやさん、「最近殺伐とした事件が多いですねえ、もっと楽しく笑える事件はないですかねえ」と仰る。笑おうと思えばどんな殺伐とした事件だって笑い飛ばせるのだから、笑い難いのは事件を事件としてしか捉えられない世相の方だろう。12歳の事件だってホントは笑っちゃいたいんだけどねえ。

 会場に着いてみると、山笠の長法被を着た武内さんが先に来て待っておられた。ああ、武内さん、山笠を舁(か)いて(=担ぐ)たのか。ウチも親父の代までは舁いてたのだが、だんだん職人をオミットするような雰囲気になってきたので、私は一度も経験がない。そのあたりも博多人としては淋しいことである。

 乾杯してあとはいつも通りみんなすぐに酔っぱらう。
 「今日を楽しみにして来ました」というぴんでんさん、最初から飛ばしまくり。いきなり「やっぱり次の『ゴジラ』の略称は『ヅラゴジ』ですよ! いや、『ゴヅラ』のほうがいいかな」と、どうにもツッコミの入れようがないことを言い出す。
 要するに今度の『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』に吉岡美穂が出演していて、彼女がアデランスのCMに出ているから、というのがネーミングの理由なんだが、こんなアホなの、定着されてたまるか。まあほっといても誰も使わないと思うけど、まかり間違ってファンが使い始めたりしたら、世も末である。
 ぴんでんさん本人はとても面白いのだが、ギャグセンスは決定的にない。ツクリに走らず、自然体の面白さを見せていただいた方がずっと楽しいのだが、つまらぬプライドがジャマをして、開き直りきれないのが惜しい。
 みなさんの反応も鈍かったせいか、ぴんでんさん、どんどん絡み酒になり始める。私に「なんでホームページ更新しないんですか! 寝る時間削っても書けよう!」とか「外食ばっかりして自殺願望あるでしょ!」とか。
 果ては、「私とエロの兄貴、ホモダチになると思います?」とか聞いてくるのである。酔っぱらってるなあ。そんなことを言うものだから、しげが隣でクスクス笑い始める。どうやら具体的なイメージを思い浮かべたものらしい。浮かべるなよ。
 なんだか様子がオカシイ、まるでこれでは、宴席ではひどい絡み上戸であったという太宰治のようだと思ったので、何かツライことでもあったのかと、ふとそう聞いてみたら、ホントにツライことがあったのであった(~_~;)。いやもう、何と言ってよいやら。

 ぴんでんさん関係では書けないネタが多いのだけれど、一応解禁していいと許可を頂いた件を一つ。
 ぴんでんさんは実は見合いマニアなのであるが、先日も(と言っても随分前だが)、ある女性とお見合いをなされた。美人でオタクに偏見もなく、二人ともなかなかいい雰囲気になって、デートも数度繰り返したある日のこと、当の女性がぴんでんさんにこう呟いた。
 「……今晩……、ぴんでんさんのお部屋にお邪魔して、いいかしら」
 こういうセリフを一生に一度は聞いてみたいと思わぬ男はいないであろう。私もまだ両手両足で数えるほどしか聞いたことがない(嘘)。
 ぴんでんさんはもちろん、否やもない。普段から部屋の整理整頓には心がけているから、いつ何時、何があっても、準備は万端なのだ(何のだ)。頬を少年のように紅潮させ、ジョージ・チャキリスのように小躍りしながら、件の女性を自室へと招き入れた。
 「さあ、ここがボクの部屋だよ!」
 しかし、ぴんでんさんは忘れていたのである。部屋の中にたった一つ、あまりにそれが自然にそこにあるために、かえって盲点となっていたモノのことを。
 部屋に入るなり、彼女は言った。
 「あれ、なあに?」
 ぴんでんさんの微笑みが、そのまま固まった。
 彼女が指し示した指の先にあったもの、それは『スペクトルマン』のDVD−BOXであった。そう、『スペクトルマン』の頭部をそのまま実寸大で象ったというアレである。
 「いや、その、これは、スペ、スペ、スペルマ、いや違う、スペクトルマンと言う……」
 うら若き彼女は『スペクトルマン』の存在を知らなかった。「わあ、どんなの? 見た〜い!」。もはやぴんでんさんの取るべき態度は一つしか残されていなかった。『スペクトルマン』がいかにアツいドラマであるか、鷺巣富雄が乗り移ったかのごとく(まだ死んでない)とうとうと語りつつ、二人で夜通し『スペクトルマン』を鑑賞したのである。
 後日、彼女は母親にこう聞いた。
 「ねえ、ママ、『スペクトルマン』って知ってる?」
 彼女の母は答えた。
 「ああ、あの、『弱いウルトラマン』ね」
 見合いの結果がどうなったかは、誰も知らない。

 そのあともオタク話、延々と。
 「『ウルトラマンレオ』の最終回に杉田かおるは出ていたか?」とか。ZUBATさんが「冨永みーなが出てたのは覚えてるけど」と腕を組む。みんな昔のことでハッキリ思い出せない。私も出てたような気がするがそう聞かれると、何だか自信がなくなる(あとで確認してみたらしっかりレギュラーで出ていた)。
 「『帰ってきたウルトラマン』のウルトラ五つの誓いなんかはみんな言えるけど、シリーズ後半になるとみんな忘れるんですよ」とぴんでんさん。私はその五つの誓いももう忘れてるのである。全然ウルトラっぽくなかったという感覚だけは残ってるが(これもあとで確認したらこんなんである。「ひとつ、腹ぺこのまま学校へ行かぬこと。ひとつ、天気のいい日に布団を干すこと。ひとつ、道を歩くときには車に気をつけること。ひとつ、他人の力を頼りにしないこと。ひとつ、土の上を裸足で走りまわって遊ぶこと」。全部破ってるわ、私)。
 しおやさんが「ダイソーで『巨人獣』や『つらいぜ! ボクちゃん』を売ってるんですよ!」という話には殆ど誰もついてこれない。わあ、みんなほんの何歳か年下なだけなのに、こういうのが分らない世代なのか。少女マンガを語ろうと思ったら、高橋亮子は避けて通れないと思うのだが。あの「遅刻しそうになって彼とゴッツンコ」「男の子っぽい女の子」「さわやかな先生への憧れ」「年下の彼の、彼女へのコンプレックス」など、少女マンガの典型・究極形が詰めこまれてるのが『つらいぜ!ボクちゃん』なのである。これ読んで泣けない男の子は、一生、女の子の気持ちは分らないと言っても過言ではなかろう。
 アンジェリーナさんが今日も「誰か私のほかに『アステカイザー』のDVD買った人いませんか!?」と手を挙げて叫ぶが、いくら永井豪ファンの私でも、ちょっとアレはなあ。『ハレンチ学園』BOXも『マジンガー・ザ・ムービー』BOXも『ドロロンえん魔くん』も諦めたというのに(だから買いだしたらキリがないのである)。いや、永井豪作品って、マンガになっても実写になってもイマイチなものが多いんだよね。

 でも今日、一番印象に残ったのは、エロさんが唐沢俊一さんから聞いたという、「自営業じゃないとオタクはやってられないよねえ」という言葉であった。日記の更新も、仕事帰りにまとまったものを書こうと思ったら、確かに時間が足りな過ぎる。本を読んだり、映画を見たりしたらもう12時である。それから日記なんて書けるか。更新が遅れるのも仕方がないのだ。

 食事のことを書き忘れるところであった。
 前回食べそこなっていた鶏のトサカ、今日は食べることが出来たが、コリコリとプニプニのコンビネーションがなんとも美味しい。
 プニプニの部分はゼラチンで、良質のコラーゲンがたんと含まれているらしい。ここんとこがもちっと多いとより美味しく感じただろうな。

 また際限なく話が続きそうなところで、お開き。
 エロさんが心の底から楽しげに「みなさんに出会えて幸せです。また何かやるときにはよろしくお願いします」と挨拶。
 私の場合、実質、目が効かなくなっているし、もしも声をかけて頂いたとしてもお役に立てるかどうか分からぬのであるが、しげもコミでよければ参加したいところなのである。
 そのころまでにもっともっとオタクの輪が広がっているといいのだが。

2002年07月12日(金) ある事件の記憶/DVD『アベノ橋魔法☆商店街』vol.1/『奇妙な論理�機Ν供戞複諭Ε�ードナー)ほか
2001年07月12日(木) 怨念がおんねん(古)/『平成十三年度版 九州怨念地図』ほか



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