無責任賛歌
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また体調崩して仕事休み。一日の半分以上、寝て過ごすか、カメにエサやるか。 でも、日頃、職場での細かいデキゴトについては面白いことがあってもいろいろ差し障りがあって具体的には書けないので、家にずっといる方が、実は日記の内容は増えてしまうのである。難儀なこっちゃなあ。
しげが寝惚けやすい体質であり、しばしば夢と現実の区別がつかなくなる(比喩にあらず)ことは何度となくこの日記にも書いていることであるが、今朝のしげの夢は特にキョーレツなものであった。 起きるなり、しげは「ねえ、オレたち、グータロウさんの家もらったりしてないよねえ?」と、こうである。しげの寝惚けはいつものことではあるが、これはさすがに「はあ? なんだそりゃ?」と聞き返してしまった。 「グータロウさんちの風呂が手狭になったんで、檜風呂と温泉のある家に引っ越すことにしたって。で、今の家がいらなくなったから、オレたちにくれるって。夢かなあ?」 「夢だ夢。夢以外のナニモノでもないわ」 「でもオレって風呂好きやん? 檜風呂と温泉ならオレもそこに引っ越したいし、そんな風呂も無い家もらったってしょうがないとか思って」 「だから夢の話をさも現実の話みたいに勝手に進めるな!」 要するに、「風呂の広い家に住みたい」というしげの妄想が脳から洩れてきたわけであるが、ダシに勝手に使われたグータロウ君もいいメイワクである。だって、しばらく経てばしげの脳内で、この夢の話は“現実にあったことだけど、いろいろあって頓挫した”「現実」として認識されるようになることは目に見えているからである。 ……グータロウ君、今度会ったときには、「ウチはどんなことがあっても、家と土地は譲らないからね!」としげに念押ししといてください(-_-;)。誠にどうもすみません。
一応、ミステリファンのハシクレとしては、探偵モノっつーか、ミステリマンガはできるだけ目を通していこうと考えているのだが、最近はそれもなかなかままならないのである。なんたって、少年マンガのみならず、少女、青年コミックにまでフィールドを広げちゃうと、今や探偵モノは百花繚乱の状態で、とても全てに目を通すなど不可能なのである。……なんかねー、20年くらい昔、石森章太郎と高階良子くらいしか本格的なミステリマンガを描いてくれてなかった時期に比べると、隔世の感があるよね〜(一万光年遠くを見る目)。しかもどの作品とは言わないけど、当時のミステリマンガって、「本格」とか銘打っておきながら、使われてるトリックが「氷を錠前に挟んでおく」とかいうのだったりするしさあ(-_-;)。 それを考えると、『探偵○園Q』だろうと『名探偵○ナン』だろうと、はるかに「秀作」なんである。『Q.E.D.』や『爺さんと僕の事件帖』などに至っては、そのへんのチンタラミステリ作家顔負けの完成度の作品を送り出してすらいる。ミステリファンにとっては、もう舞い上がっちゃってクアドラブルして見せちゃいたいくらいの喜悦の時代なのであるのだが、スタージョンの法則通り、一将功成りて万骨枯る、傑作の陰には凡百の駄作愚作が死屍累々、というのも現状ではあるのだ。 ウチで買ってるマンガは8割がた夫婦共用で私が読むものはしげも読むのだが、北崎拓の『なんてっ探偵アイドル』と山口譲司の『ミステリー民俗学者八雲樹』についてはしょっちゅう「なんでこんなつまんないの買い続けてるの?」と文句をつけてくるのである。ちょうどこの新刊2冊がダブって発売されたものだから、立て続けに読んだしげのゴキゲンがナナメを通りすぎて直滑降してくれた。 「もういい加減買うのやめて!」 そのケンマクがあんまり激しかったので、いったいナニゴトか、とひるんでしまった。 「『なんてっ探偵』のほうはイメチェンとかメンバーチェンジでもう誰がどのキャラだかわかんなくなってるし、『八雲』は探偵ものがどうのって以前に絵がヘタで見てらんないし、腹立って腹立って!」 なにもそこまで、とは思うが、確かに『なんてっ探偵』17巻の方はクライマックスが近いのか、ミステリがどうのというより、アキラの恋の行き先がどうのとか、梨奈の妊娠がどうだとか、ラブコメ要素の方が強くなっている。確かにこれなら無理して買い続けなくてもいい感じではあるけれど、ここまで来たし、あとちょっとはガマンしてもらいたいものだ。……『八雲』はわかった。諦めます(+_;)。
『ウルトラ』シリーズの新作タイトルが『ウルトラマンネクサス』に決定。なんだかまたややこしいタイトルを付けたものだけれど、この「ネクサス」っての、日本語訳すると「関連」って意味だけれど、多分、「絆」って意味を込めて付けたんだろうな。「超人絆」。……これがウルトラマンの名前かね?
旧・円谷ファンのみなさん、『ティガ』以来ずーっと感じてきている、なーんとも言えない「胡散臭さ」っつーか、「薄皮が張りついてるような感じ」、今度もまた感じませんか? 『コスモス』で「専守防衛」に回っちまった展開に、もうすっかり円谷作品を追いかける気力をなくしてしまった私ですが、それでも1話、2話くらいは見てしまうのでしょう。もういちいち感想書いたりはしないかもしれませんが。いやもう今の子供たちの「ウルトラマン」や「怪獣」に対する思い入れと、私らのそれとではエベレストとマリアナ海溝の差くらい、距離がありそうで、なんか書いたってなあ、という思いがどうしてもしてしまうわけなんですよ。散々いろんな作品に文句つけてきたオマエが、今更何を言ってんだ、と思われるかもしれませんが。 確かに、この日記では、いろんな作品についてあーだこーだと文句タラタラ、言いたい放題のことを書き連ねているわけなんですけれども、実際「なぜ書くのか?」ということについては「考えたら書く理由なんてなくなるから、考えないようにしよう」と日記書き始めた最初から決めてるんです。別に文句をつけることで、その作品の関係者が偶然でもこれ読んで反省してくれたら、とか、そんなことを私ゃこれっぽっちも考えちゃいない。私ゃ啓蒙家でも警世家でも教育者でも預言者でも何でもありゃしませんから、「オレの歌を聞け!」……もとい、「私の言葉に耳を傾けよ」と人の胸倉掴まえて何か言い聞かせたいなんて欲望はないんです。もともと女房が始めた劇団のホームページの「宣伝」の意味しかありませんでしたからね。けど、書くことがないからと言って、何も書かないんじゃ宣伝にもなんにもなりゃしない。だからともかく「その時思ってたことを理由なんて考えずに書く」。それをしてきただけなんですね。 実際、私は自分の意見なんて最大公約数的なありふれたものとしか思っちゃいません。読んで面白いとも思わない。けれど、そういう「ありふれてる」意見だからこそ、そういうのがネットに溢れていくと、自然とそれが一つの「時代」に対する「雰囲気」を作り上げていくことになる。その時代がどんな時代であったかという「記録」の一つになるんですね。それくらいの「意味」でならこんな駄文にも書かれるだけの存在価値はあるでしょう。ひと世代、ふた世代あとの人が、「ふーん、自分の生まれる前、この作品はこんな捉えられ方をしていたのか」って考える材料の一つになりゃ充分、その程度のものですね。 でもそれでも『ウルトラマン』の新作については、ひとつ作られるたびに、何か言いたい思いが雲散霧消してしまう。……言ってどうする? 今の円谷は、昔の円谷とは全く違うものなんだよ? ……そのヒトコトで終わっちゃうからなんですね。 『ティガ』の時も、「もうこれウルトラマンじゃないや」。 『ダイナ』の時も、「もうこれウルトラマンじゃないや」。 『ガイア』の時も、「もうこれウルトラマンじゃないや」。 『コスモス』の時も、「もうこれウルトラマンじゃないや」。 『仮面ライダー』が、昔のものと形は変われど本質的に石森章太郎テイストは失っていないのに比べて、『ウルトラマン』は何をしようとしているのか。……それ考え出すと、虚しくなるばかりなんですよ。もう、文句言う元気もないってゆーか。
それでもまあなんだかなあ、と思ったことが一つ。いやもう重箱の隅で、ホントにたいしたことじゃないんだけれども。 記事によると、その『ネクサス』、「1966年に『ウルトラQ』がスタートして38年。テレビシリーズとしては01年7月の『ウルトラマンコスモス』以来の新作で“14”作目」になるとか。……あれっ? 『ウルトラQ 〜dark fantasy〜』は? って思った人、多いんじゃないですか? 一応、番号ふって数えてみました。ただし、劇場版、ビデオシリーズ、海外シリーズは除いてます。
1,ウルトラQ 2,ウルトラマン 3,ウルトラセブン 4,ウルトラファイト 5,帰ってきたウルトラマン 6,ウルトラマンA 7,ウルトラマンタロウ 8,ウルトラマンレオ 9,ザ・ウルトラマン 10,ウルトラマン80 11,ウルトラマンティガ 12,ウルトラマンダイナ 13,ウルトラマンガイア 14,ウルトラマンコスモス 15,ウルトラQ 〜dark fantasy〜
……16作目じゃん(^_^;)。多分、『ウルトラファイト』と『ウルトラQ 〜dark fantasy〜』が忘れられてるんでしょうね。『ファイト』はともかく、現在放送中の作品まで忘れられてるとはねえ……。だから、「今の円谷は昔の……」。 もう何も言いますまい。ふう(´。`;)。
大麻取締法違反で執行猶予中の作家、中島らも氏が、今月15日、飲食店の階段から転落して、重傷を負い、現在入院治療中、というニュース。 らもさんだけに、もしかしたらまた……という心配がなきにしもあらずなのだけれど、「重症」というのがどの程度なのかが気になるのである。復帰することが可能なレベルなのか、それとも……。 なんだか歯切れの悪い表現しかできなくて申し訳ないのだが、明らかに「破滅型」の作家さんにとっては、自滅していくことも「運命」なのである。人情として、どこかで止めてあげることはできないものか、とは思うのだが、仮に「更生」した「中島らも」がここにいたとして、彼に作家としての魅力があるのか? と問われれば、残念ながら「ノー」と言わざるをえない。 世の中には、破天荒な生き方しかできない人、デタラメな生き方しかできない人、転落の道しか歩めない人というものはいるのだ。そしてそれが本人の選んだ道であったなら、他のなんぴとも口出しすることはできない。 ……今、言えることは、まだらもさんの脳が働いているのなら、これまでの一連の「事件」を、全て小説なりエッセイなりにまとめて、「作家」としてまた立っていただきたい、ということだけだ。
DVD『ジャングルはいつもハレのちグゥ FINAL』4、5、6巻。 マンガは前記の『なんてっ探偵』17巻と『八雲』8巻。
2003年07月22日(火) オタクの末路?/『吼えろペン』8巻(島本和彦)/『フロイト先生のウソ』(R・デーゲン)/DVD『マジンカイザー死闘!暗黒大将軍』 2002年07月22日(月) 角川+大映=…?/『楽勝!ハイパー▽ドール』vol.2(伊藤伸平)/『スレイヤーズすぺしゃる�魁,襪覆討�・へすてばる』(神坂一)ほか 2001年07月22日(日) 愚か者の舟/『ハッピーマニア』1巻(安野モヨコ)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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