きっと どこかで
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2004年06月14日(月) |
「光とともに」第9話 |
何回目からか覚えていないのだけど、発達障害のある子供と一緒に、ドラマを見ている。(テレビ好き、夜更かし好きなもんで。)
子供が一緒に見るようになって、2回目くらいの時「じへいしょうってなに?」と聞かれた。(子供は小学校四年生)ちょっとドキッとした・・。何故かというと、この子も、広い意味で、自閉症の仲間に含まれると言われているからである。ある程度は、きちんと教えてあげた。自分と近い部分があるなあと思ったかどうか。
私の説明はこんな感じ。「自分の思っていることをうまく言葉や態度にして表現することが出来ない人達なんだよ。だから、本人も、相手に自分の思っていることを伝えられなくてもどかしい思いをしているし、まわりの人も、その人が何をしたいのか、わからずに、手助けをしてあげたくてもできにくくて、もどかしい思いをしているんだよ。」これ以上は、この子には言う必要ないかなと。
今回は、光くんのモノマネをする女の子が、もう一人の主人公かな。
光くんは、何か動作をするとき、「光、〇〇します。」と言ってからでないと行動できない。それを、交流学級の女の子が、モノマネをしていた。担任の先生は、深刻に悩む。そして、光くんの在籍する「あさがお教室」へその女の子を連れてきて、光くんのその言葉に込められている意味を、説明する。なかなか、言葉も出ない、動作も遅れている光くんに、そこまでさせるのにどれだけまわりの人達が苦労しているのか、それを考えたら、モノマネできるようなものではないんだ、ということを、涙ながらに話す。それを見た女の子は、光くんのモノマネをやめる。「どうして?」と光くんの担任の先生が聞いたら、「それをすると悲しむ人がいるから」とのこと。
また、光くんの担任の先生は、今年度いっぱいで先生をやめ、障害児教育の勉強をするため、大学へ行くのだという話が知らされる。
モノマネ、何気なくしてしまうのだけど、それが、ある人にとって、どれだけ、傷つくことなのか、気がつかずにしてまったのだ。そういうことって、他にもあると思う。イジメも、そういうものかもしれない。相手がどれだけ苦しい思いをしているのか、見た目以上に本人は苦しんでいる。いじめた方は、それに気がついていない。いじめではなくても、ちょっとしたなにげない一言でも、傷つくことがある。
言い返したりすることが出来る状態ならいいが、それが出来にくい状態もあると思う。それが、その本人に対して出来ずにつらい思いをしているなら、それを吐き出す場所が必要だ。親に話が出来るなら親に話をすればいいし、日記でもいい。いじめられているなら、それを日記に書くことを私はすすめる。いじめられたことが原因で、自殺、病気、不登校、退職などした時、そういうことが、参考になると思う。
いじめられたからといって、やりかえす、という方法もあるけど、それは、最近は危険だ。暴力をふるった方が、悪者にされてしまう。
他の方法での仕返しを考えるのだ。仕返しできないなら、いじめなどされないような人間になればよい。いじめられてオロオロしているとよけいいじめられる。いじめなど何とも思ってない、というフリをするのも一つの方法。
でも、なんと言っても、いじめている人自身が、そういう意識をもたずにしていることもあるということだ。何気なくしていることが相手を傷つけていることに気がつかないというのが一番おそろしいなと思う。
ふざけて何かするのも、ほどほどに、ってところだろうか。
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