![]() |
羽虫4 - 2003年03月10日(月) 『ソード、早く来て。じゃないと私、どんどん自分が嫌いになっちゃう』 見たくない現実や、知りたくない事実というものが、こんなちっぽけな事なのに、こんなに苦しいものだという事を、七海は、その時、まざまざと知らされた。 七海が談笑しながら教室へ戻っていく二人を見かけたのは、彼女が午後の授業の為に移動中の渡り廊下だった。家庭科の授業なので、周りには仲の良い女生徒ばかりで、七海は笑いながらにぎやかに歩いていた。 少し風はあるが快晴のきれいな青空に七海は目を細め、次の瞬間、それは大きく開いた。 その視線の先、屋上にある二つの人影を見つけて。 風にそよぐ長い金髪を見間違えるはずはない。その脇に立つやや小柄な人物が、本当の意味での本人ではないことに、彼女が気付かないわけはなかった。 ソード!!!・・・それに、イオスさん・・・・。 『ごめんね、七海ちゃん。本当はソードさんと代わってあげたいんだけど、僕も放課後はなるべく勉強しないといけないから・・・』 『ううん。気にしないで、双魔。私だって、受けようと思ってるトコ、結構、ギリギリなんだ』 そんな会話を交したのは、春休みの双魔の補習が終わった頃だ。進路指導の教師にかなり厳しく注意を受けたらしく、双魔はしょんぼりしながら七海に告げた。 仕方のない話だった。 ソードが授業に出てもサボるか寝るかで、双魔はちっとも勉強が進まないし、ましてや神無のように、優秀な家庭教師がいるわけでもなく要領も良くなかった。このままでは受験に失敗するどころか、落第までしそうな状態だったのだ。 もともとソードは授業など受けるつもりはなかったから、学校にいる間の肉体の所有権を双魔が持つことにはなんら問題はなかった。が、放課後となると別である。常に体力を持て余し気味のソードは、一刻も早く悪魔の身体に戻りたがっている。双魔の時間さえ許されるなら、その方法探しに集中したいのだ。それに七海とのこともある。 七海の告白から始まった二人は、翌月のソードの返事で確実となっていた。 しかし、現実には遅すぎたスタートと、迫る『その時』 七海は焦っていた。焦って告白した。 したけれど、何の解決にもならなかった。 想いは叶ったのに、どうして幸せじゃないんだろう。 進路の問題だけではない。『その時』はもしかしたら永遠の別れになってしまうかもしれないのだ。 しかし、七海は双魔にわがままは言えなかった。双魔の現実を思いやる優しさが七海にある。 精一杯の笑顔で、 『ほんと気にしてないから。でも、ほんのたまにでいいから、ほんの少しでいいからソードに会わせてね。ミニの状態でも・・・』 最後は、少し声が震えてしまった。双魔も辛そうに「ごめんね」を繰り返した。 「・・・どうして?」 渡り廊下の窓の前で立ち止まったままの七海の声に級友たちが気付いた。 「どしたの?七海ー?」 「七海?」 呼びかけたが、七海は立ったまま返事がない。 「私、いっぱい我慢してるのに。どうして?」 「七海??」 「どうして、簡単に会っちゃうわけッ!?」 「七海!?」 七海の異常な叫びに級友たちが駆け寄って、七海の肩を揺すった。 「七海!ちょっと、しっかりしてよ!!」 激しく揺さぶられて、七海の視線がようやく級友に定まる。 「・・・・あ?・・・あたし・・・・何、言って・・・」 ・・やだ。あたし。今、なんて事、考えちゃったんだろう・・・。 「七海・・・?大丈夫?」 友人の優しい声に身体の緊張が解けて、ぽろぽろと涙が零れてきた。 目を擦ってみたが、抑えられない。 「・・・ねえ、七海。保健室に行こう。センセーには気分が悪くなったって言っておいてあげるから」 ふるふると首を振る。 「・・・・・。授業、出なきゃ・・・」 「いいよー。こんなカオしてて、授業なんて受けられないって。ね?そうしよ?」 「・・・・」 「ホラ、とりあえず、涙拭こうか。ね?」 ハンカチを手渡された。 「・・・ありがと」 借りたハンカチにはシトラスの香りがした。級友の小さなお洒落なのか、それとも彼女の服のポケットに一緒に入っているだろうリップの匂いか。 その爽やか香りに七海は神経を集中させた。 今は何も考えたくなかったから。 結局、午後の授業を保健室のベッドの中で過ごした七海は、授業の終りを知らせるベルの音に目を覚まし、のろのろと起き上がった。 放課後にはソードに会える。 七海は保健医の会釈をし、教室へ向かった。 ******** 今回、一番気をつけたことは「七海を悪者にしない」ってことでした。 さて、よーやく折り返し地点?です。 次は放課後だ!! ...
|
![]() |
![]() |