妄想更新日記
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2002年08月25日(日) 誕生日2

私の誕生日8/24ってのは大体が「夏休みの宿題の追い込み真っ最中時期」で友達とかと誕生会とかやった記憶がありません。


不規則な勤務の父だったし(タクシー運転手)母と2人でしっぽりとお祝。兄弟も居ないし寂しいもんです。

でもあんまり寂しく感じなかったのは私自身も宿題の追い込みだったからだと思います。


中学高校生の時は要領もよくなってドリルなんかは丸写し。他は適当にやって「埋めてあればいい」って感じでやってましたね。

小学校も高学年になってからは友達の宿題丸写しで感想文とかそういうのだけ残してぎりぎりにやってました。

感想文も工作もポスターも自分は大好きだから自信があったからギリギリでいいやってなもんです。状況は逼迫してても本人は楽しんでやれるしね。

自由課題は「どんなのにするー?」と友達と相談して共同でいつもやってました。

低学年は結構まじめにやってた記憶があります。「宿題はやるもの」と思ってたしそれでイイと思います。今は変に「勉強だけが人生じゃない」みたいにいってる人もいるけど
まーそうなんだけど微妙に意味を履き違えてる人もたくさんいます。

義務と責任のなんたるかはちゃんとおしえこんでおいてイイと思います。

子どもは守り豊かに育てられる権利もあるけど大人はそうしなければいけない義務もあるけどこどもだって血税で立てられた学校で勉強できる事への義務は果たしておかないとねー。

「将来豊かな生活」を作るために必要な力をつけておくのは自分と社会の為ですもの。(そこで懐古主義者とか色んな思想の人たちのネガな言い分(敵作るな)は知ってはいますが賛同出来ない立場を大前提に)


まーこむずかしい事はさておき

覚えがあるのはうちは田舎で交通量が少ないのに、うちの中では「大通り」といわれ確かにトラックも走る交差点。分団で通う時押しボタンで車を止めて渡るのですが「それほどの交通量かい!」って感じでとまる車が可哀想なくらいの路。

「いっぺんどれくらい一日に車が通るのか調べよう。どうせ車なんか通らないからずっと喋ってよう」となって炎天下の中、凍らせた紅茶をもってお弁当作ってもらって丸一日座ってしゃべりまくり一台通る度に「正」の字をつけてグラフにしました。

ドッチが言い出したか覚えがないけど我ながらクリェイティブな自由研究だと思いません?(自画自賛)

喋っても喋っても時間が足りない...そんな子どもの頃です。っていうかこの頃から語り好きだったの!?思いきり喋り倒して笑いまくった覚えが強烈です。以外と私達が登校してからの8:30過ぎの時間帯ににびゅんびゅん車が通って「ッ喋る暇ないじゃんかよー」とそれもおかしくて笑ったり。





誕生日と言うのに息子の夏休みの宿題のチェックで忙しいアタイ。

「為になるテレビをみてどこら辺が為になったかかけ」


....うち、基本的にテレビあんまり見せないようにしてる家なんですけど。

「テレビにお守をさせるな!」って時代はどこへやら。今はビデオからゲームへ。

時間を決めてみればいいかなーと思ってるし実際録画してアニメはほとんど見てますよ。でも9:00に寝かそうとすると御飯やお風呂を急いでこなしてやっとこテレビが見れると言う感じ。食事中にてれびなんかつけてたら御飯はかどらないし待ってる時間もない。

明日は学校と学童で家に帰って昼寝すればいいジャンってせいかつじゃないものね...。

それぞれの家庭の事情は無視してこの宿題はなんなんじゃ。って感じ。こどもも困ってて。「じゃービデオやさんに行って「むしまるQ」かりて書こうかな」だって。(NHKのわくわく動物ランドみたいな番組)「伊藤家の食卓」でもみせておけば一発だろうけど...なんかねー。「宿題の為に見た番組」で勉強した事書いて意味があるんか?


「地図記号をつかって家の近辺の地図をかけ」



......習った地図記号、家の近くにほとんどないんですけど。唯一の学校も分団のはじっこだから結構な大きさの地図をかかないといけないんですが...三年生にはむずかしいんじゃ?

手伝おうと思ったらなんか書いてましたよ。縮尺のむちゃむちゃなのが。でも私としては「これサイコー!充分!」と思いました。がんばったよ。ほんと。


「家の近くにある不思議な事をみつけて大人に聞いてしらべろ」



子どもは不思議な事は即聞いてくるので「いつも思ってる不思議な事」なんてないコはないし「家の近辺でさがせ」ってそんな難しい...。


そしたら今日自転車で一生懸命くるくるまわってみつけてきました





「道路にかいてる?の形って何の印なの?」
















「....ごめん...かーちゃんもしらない」
















「.....。」















「......。」










ダメな親でスイマセン...。


どうやら「この先に横断歩道があるよ」って印らしいですね。

父えらい!






このようにですねー。いろんな宿題をこなすにはかなりの想像力がいるわけですよ。想像力が湧いてこないコは私のように人を上手に頼るとか(笑)でもそれも「そういう発想」はいるよねー。三人よれば文殊の知恵といいますが皆が皆想像力に欠けてると困りモンです。

テレビ否定でもゲーム否定でもないけど「なんにもないところから工夫して考えてつくりあげる遊び」の経験が不足してる。そういう社会状況にしておいて「自分で考えて研究しなさい」という発想力をもとめられる。

現代の子どもは矛盾いっぱいの事やらされてると思うなー。

息子が時々行く花屋さんで工作教室があるの。フラワーアレンジメントのような。

本当は材料だけ渡して「好きなように作りなさい」って言いたいんだって。

でも其れをやるとなんにも作れないんだって。工作が上手で好きでその才能をのばそうと親がここに入れたにもかかわらず「少しばかりの御題」がないとできないんだって。


もちろんうわーーっと湧いてできる子もいるけどね。




私達オタク(笑)なんか皆解ると思うけど無性に絵がばんばんかける時もあればいっさいがっさいかけなくなる時もあるよね。


「自由な発想」ってそうそう決められた枠内ではできないものだよね。

家ではすっごいいい工作つくる息子も学校ではさっぱりです。


「いろんな発想」がどんどん柔軟にできるってのはそれだけの色んなものがいるんだよ。


うちの保育園では行事のあとに絵を書かせるの。描けてもかけなくてもOK。

いっぱいその取り組みを楽しんだコは湧き出るような絵をかくし、かけないコは楽しんでいるようにみえても何かをつかんではいない。其れはもうきっぱりと差がでる。

いっぽうで湧き出る気持ちに技術が追い付かず「こんなんじゃないー」とキレる子もいる。其れはまた別の指導がいるんだけど技術指導は簡単。
でも感性の育てって積み重ねなんだよね。

チビは絵が下手で下手でずっと自信がなかったんだ。
水がきらいでぷーるぎらいだった2さいまでの彼
三歳の時泳げた絵は絶品。

沸き上がる気持ちの積み重ね。

そういう体験いっぱいしてこその「自由」だとおもうんだけどねー。

難しいです。


でもまーそうはいいつつ宿題やらないといかんしねー。せめてね。

内容はどうでも「やりとげる」ことと「先の見通しをたてて自分の力量をはかって物事をこなす」訓練にはなりますしね。

金はらってンだからべんきょうしとけ。自分のまわりにいる「ちょっとさー最後まで責任持ってやれよ」っていいたくなる大人にだけはならないで欲しいってのは親として願ってあたりまえですよねっ!?

いわれないうちに済ませて欲しいものだ。はじめの頃なんか「せっかく遊びに行く話してるのに嫌な気分になるから宿題の事はいわないでよ!」とかいうんでうよー!

でも私もそりゃそうだなーと思ってしばらくほっといたら本当に三日くらいでざーとやっちゃって後は手付かずじゃないですか。


うちは学童に行ってるから工作とかの家でやる系統のものは土日しか家で宿題やれないっていうのに!もうあと8/24、25、31、9/1の4かいしかないよ!「最後の日ににオトモダチからあそぼうって誘われてもいけないんだよ!いまのうちにやっておかないと。」と葉っぱをかけてようやく昨日あたりからぽつぽつはじめてますが集中がきれるのがはやくてさー一気にやれっちゅーの。工作と習字で丸一日ってどうなのよ。エンジンの係が悪い!しかも去年はやる気がなくていい加減なものをつくって「やればいいって宿題なんか身にならない!ちっともすてきじゃないわ!」と喧嘩した経過があるので今回はじっくりやってますわ。


私も自分をさしおいていいたいこといってますわ。Nちゃん笑ってるでしょ?これみて。





うちはあとテレビと思いで日記。







「いっぱい遊んだからそのうちの思いでなんか一つ書けばいいジャン。なんで書かないの”!?」





「....だから日記帳がいるから買ってっていったのに買ってくれなかったんじゃン。おかあちゃん。」















すいません....。




親がダメな親だと子どもはマトモに育っていいですねー...(反省しろ) 








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