1年半振りに小説が少し読みたくなって(本当にこの1年半は読みたいと思った時は一度もなかったのだが)単行本で買って棚に眠っていたアフターダークを先日読んで、改めて村上春樹を読みたくなってきた。 村上春樹として僕が初めて読んだ「羊をめぐる冒険」の文庫本を再度買って読み始めた。もしアフターダークが僕に響かなければ動機も失われるわけだから、それは下馬評よりもがんばってくれたと思う。 羊をめぐる冒険の目次の第1章のタイトルを目にしてまず驚いた。「第1章 1970/11/25」と書かれたタイトルはちょうど僕の誕生日の7年前だったからだ。この偶然は当然僕の小説読動機にインスパイアされ俄然、読みふけることは致しかた無い。初読時はこの偶然に全く気づけなかったので粗かったなとしみじみともできた。 改めてこの歳の僕が読んでみると、初読時の24歳の僕が気づかなかった部分がヒットしたりする。例えばこんな部分だ。冒険に「僕」を巻き込んでいく右翼のナンバー2の言葉だ。(上巻100頁より) 「人は往々にして非現実に走ろうとします。なぜなら、その方が簡単そうに見えるからです。そしてある場合には非現実が現実を圧倒したかのような印象を与える場合も往々にしてあります。しかし非現実の世界ではビジネスは存在しません」 ふむふむと今ではうなずいてしまう。概念的で解りにくいがその背景にあるイグザンプルを考えるのはとても面白い。
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