2004年08月28日(土) 幸せを写すカメラマン
 

※8/21からの連載になっています。まずは21日の「メモ書き」からお読みください。

旅に出て10ヶ月と1日目。
わたしは広い公園でカメラを携えた青年に出会った。

わたしが昼食用に作った玉子とハムのサンドウィッチを
ベンチに座り、ふたりでむしゃむしゃと食べていた。
わたしはふと疑問に思った。

「あなたは誰。なぜあなたも食べているの。」
「ちょうど空腹で。美味しいね。」

わたしは他人である彼が自然にわたしのサンドウィッチを食べていることの
何の返事にもなっていないと思ったが、深く気にしないことにした。
それより、彼の隣においてある大きな黒いカメラのほうが気になった。

「カメラマン?」
「趣味でね。」
「ふぅん。どんな写真を撮るの。」
「おや、いい質問だ!」

彼はサンドウィッチを口に入れたまま
大きなかばんの中に手を突っ込むと
茶色の背表紙の太い本を取り出した。

「アルバム。」
「うん、見てごらん。」

わたしは彼の言うとおりに本を開く。
引っ付いたページがぺりぺりと剥がれていく。
見てすぐに、わたしは彼の写真に目が釘付けになった。

それは、けっして特別ではなく
普通に生活している人々の写真だった。
井戸の水を運ぶおばあさん、赤ん坊におっぱいを飲ませる若い母。
汗を流しながら木材を運ぶ男性。友達に手を振る学生。
どこにでもある。普段目にする。風景。
けれどわたしの心は確実に鷲掴みにされていた。

「いい写真だろう。」
「ええ。みんな、とても素敵な笑顔ね。」

写真の人々はどれも笑っていた。
たぶん青年がカメラを向けたから作った笑顔ではなく。
自然に出ていた、笑み。
身近にありすぎて気づかなかった自然な笑顔。

「ぼくはこういう幸せを集めるのが趣味でね。」
「へえ。」
「ぼくも幸せになるんだ。」

すぐ想像ができた。
カメラを向ける青年の笑顔が。
たぶん、同じように笑ってるのだろう。写真の向こう側で。
わたしは思わず微笑んでしまった。
とそのときパシャリと音がして、青年に写真を撮られたのだと気づいた。

「あ。」
「とても素敵な笑顔だったよ。」
「ひどい。モデル料を払って。」

顔を赤くしてそう言ったわたしに、彼は想像通りの笑顔を見せた。





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