2004年10月15日(金) ワルツを踊る猫
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て5ヶ月と3日目。
わたしはダンスを踊る猫と出会った。
その猫は真っ白い毛並みをふわふわと風になびかせ
二本足で上手にとても優雅に踊っていた。

猫が、二本足で、それもダンス。
わたしはその珍しい光景を食い入るように見つめてしまった。
ふとちらりと猫が視線をわたしへと流す。
宝石のような蒼色の瞳に見つめられ、わたしはぞくりとする。
猫はふぅと溜息をつくと、流れるように地面を蹴っていた足を止め
器用に二本足で立ったまま、わたしを見つめた。
どうやら、邪魔をしたらしい。

「何なの、あんた。」

その場を立ち去ろうとしたわたしに、突然冷たい声が飛んできた。
さっきまで踊っていた猫から。

「げ、またしゃべった。」
「猫が言葉を話せちゃ悪い?」
「いえ、話せる豚や鳥を知っているもので。慣れてます。」
「ふん。」

そう鼻息で返事をすると、猫は前足を使ってタオルで頭を拭きつつ
後ろ足で首付近を掻いていた(なんて器用なんだろう!)
わたしはどうしていいか分からず、その場で猫を見つめる。

「ところで」
「はぁ。」
「わたしのワルツどうだった。」
「ワルツ?さっきの?」
「そうよ、どう見たってワルツでしょう。」
「ワルツはペアで踊るものだと思っていました。」
「わたしは影と踊っていたの。」
「はぁ。」

白い猫はちらりとわたしに視線を投げると、あきらめるようにため息をついた。

「これだから知性の低いニンゲンは嫌い。」
「む。」
「芸術すら分からない。」
「む。」
「舐めとんか。」
「めっそうもない。」

猫は明らかに苛立ちながら、わたしを見つめる。
だがとつぜん、猫はうつむき、その表情にかげりを見せた。
とても美しい猫だからわたしは思わずどきりとする。

「まぁ、そうよね。わたしのワルツには足りないものばかり。」
「へー。」

つい適当な相槌を打ってしまうのはわたしの悪い癖だ。
猫は一瞬にらみかけたが、またすぐ瞳を伏せた。

「わたしのワルツには、世界がない。」
「世界。」
「そう、ダンスは世界。いつも世界を表現してる。でも、わたしは世界を知らない。」
「ふむ。」
「そして、あんたが言うように、相手もいない。」
「重大ね。」
「ええ。」

わたしはかける言葉が見つけられず、猫の吸い込まれるような蒼い眼をこっそりと眺めていた。
それから、柔らかそうな毛に包まれた手足も。
猫は大好きなのだ。わたしは思わずうっとりとする。
と、目が合った。よりにもよって鼻の下を伸ばしていたときに。
(マズイ、変態だと思われる!)とわたしは思い切りあせったが
猫は気にした様子もなく、それどころかわたしに顔を近づけた。

「ねぇ、ところであんたなにしてんの。」
「え、ちょっと幸せ探しの旅を。」
「やっぱり!小汚いから旅人だと思ったのよね。」

(小汚い!)
わたしは軽くショックを受けるが、猫は気にせず話し続ける。
かげりどころか、その目には輝きさえ抱いて。

「ねぇ!わたしも世界を触れたいの。一緒に旅をさせて。」
「げっ。」
「げって何よ、げって。いいじゃん、二人のほうが楽しいわ。」
「人じゃないし。」
「そんな堅苦しいこと言わないで。」

そう言って猫は、柔らかい尻尾をわたしの足首に絡み付けてきた。

「ず、ずるい!」
「ニャー。」

聞いたこともないほど、可愛い猫なで声で、彼女は鳴いた。

「ずるすぎるー!ペラペラ喋ってたくせにいまさら鳴くなんて!」

わたしの必死の抵抗もむなしく、
わたしの旅は一人旅からひとりと一匹旅へと変わった。
道は、果てしなく続いている。
わたし(たち)はふたたび、歩き始めた。

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匿名さんからのお題「ワルツ」より。





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