2004年10月19日(火) みずたまり
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て6ヶ月と2日目。
わたしは、その土地に着いて早々、みずたまりに落ちた。
はまったのではなく落ちたのである。
時間はさかのぼって、20分前。

前日の雨はすごいものだった。
地面にはいたるところにみずまたり。

「ねー、出発明日にしない?やーよ、泥だらけになるなんて。」
「だめよ。ただでさえ、雨で丸一日宿で過ごしたんだから。」
「あーあ、わたしこの道通り過ぎたころには茶猫になってるわ。」

ぶつくさ言う猫を放っておいて、わたしは道を歩き始める。
と、一泊した宿の、ちょっとふとっちょの女主人が大声で

「みずたまりには気をつけるんだよー!」

と叫んだ。
わたしは大げさだなぁと思いながら

「ありがとうございますー!」

と叫び返した。
その20分後、わたしは大きな大きなみずたまりに
興味本位で足を突っ込み、叫ぶまもなく、おっこってしまった。
みずたまりの底には、大きな大きな穴が開いていたのだ。

「なにやってんのよ。」

上のほうから猫の声がぐわんぐわんと、壁に反射されながらわたしに届く。
みずたまりから落ちたその穴は、とても広くそして、結構明るかった。

「結構広いよー。落ちておいで。」
「あほか。そこで暮らしとけ。」
「えー。」
「わたしはちょっとその辺で昼寝でもするわ。」
「おーい。」

その言葉と、あくびを最後に猫の声は聞こえなくなってしまった。
わたしは仕方なしに、上に戻る方法を探してみる。
すると目の前に看板があった。
『みずたまり喫茶 コッチ→』
わたしは迷わず右に進んだ。

「いらっしゃい。おや、上の人かい。」

みずたまり喫茶の店主は、カエルのような顔をしていた。
わたしはおずおずと近づいて、カウンターのほうに腰掛ける。

「みずたまりから落ちたの。」
「雨の次の日はここと上がつながる扉が開くんだ。それをみずたまりで隠してるのさ。」
「へー。」
「たまにあんたみたいな間抜けがやってくるけどね。」

そう言って、カエル顔の店主は布巾でコップをきゅきゅっと拭いた。

「なにか食べるかい?たぶん口に合うものはないけど。」
「どんなものがあるの?」
「ミミズのスープに、芋虫のソテー、トカゲの尻尾のオーブン焼き…」
「ストップ、分かったわ。」
「おや、そうかい。」

店主はにやりと笑った。
どうやらあんまり歓迎されてないらしい。

「上へ戻るにはどうしたらいいのかしら?」
「あそこにはしごがある、あそこから戻るといい。」
「どうもありがとう。」
「いいや、もう落ちてこないように気をつけな。ここはあんたらから隠れるために作られた国。」
「そう。」
「あぁ、上手く共存しようぜ。」
「そうね。」

そう言って、わたしは店主に背を向けた。
よいしょとはしごを上りきると、おてんとさまの光が目に染みた。
まわりを見渡すと、木陰で猫が寝ていた。
近づくと、気配に気づいたのか薄く目を開ける。
そして気持ちよさそうに伸びをした。

「おかえり。」
「ただいま。」
「どうだった?」
「とても熱烈な歓迎を受けたわ。」
「ふうん。」
「世界について考えさせられる有意義な5分間でもあったわよ。」
「あ、そ。」

興味なさそうに、猫は立ち上がって歩き始めた。
わたしもその後をついていく。
この地面の下にだって、わたしの知らない生き方がある。
そしてきっと知らない形の幸せがある。

今度は手土産のひとつでも持って、みずたまりにとびこもう。
きっとカエル顔の店主は嫌な顔をして、わたしに泥水でも勧めるだろう。

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響さんからのお題「みずたまり」より。





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