2004年10月20日(水) 星降らす少女
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て7ヶ月と7日目。
わたしは、見覚えのある帽子を見て絶叫した。

「な、なによ。うるさいわね!」
「あ、あれ、あれって、あれって、もしかしてー。」
「あんたいつもよりおかしいわよ。」

失礼なことを言う猫は放っておいて
わたしは帽子に向かって駆け出す。
パーティーのような帽子の先端には、くるくる回る風車のようなプロペラ。
被っていたのは、まだ幼い女の子だった。

「こんにちは。」
「あら、こんにちは。」
「わたし、その帽子知ってるわ。」
「あら、本当?誰かしら。」
「えっと、一番星の青年と、雲職人のおじさん。」
「あら、そのふたりなら知ってるわ。わたしその青年に憧れて、この仕事始めたの。」
「へぇー!」

わたしは輝くような瞳で彼女を見つめた。
彼女の隣には天高く伸びたはしご。

「じゃあね、仕事の時間だわ。」
「ええ、がんばって。」
「今夜は星降る夜になるわよ。楽しみにしていて。」

そう言って、彼女ははしごを上っていった。
わたしは大きく手を振る。すぐに彼女の姿は雲の上へと消えてしまった。
その夜、わたしは猫と大広場の噴水近くのベンチで空を見上げていた。

「何が始まるの?」

猫がしびれを切らしたようにわたしに問う。
わたしはふふふと笑って

「さぁ、それはあと少しのお楽しみ。」

とわたしが言ったとたん、遠くの空が輝き始めた。
空から、山へと星が流れていく。いくつもの流れ星。
きらきらと深い闇に光の滴を零しながら、流れていく星に
人々は、窓から顔を出し食い入るように見つめたり
恋人同士で肩を抱き合って、うっとりと眺めていたり
誰もが感嘆の声を上げ、静かに見入っていた。
もちろん、わたしと、その隣でぽかんと口を開けている猫も、例外なく。

「きれいね。」
「…あの女の子が降らせているのかしら。」
「きっと。」

わたしはにっこりと笑った。
とそのとき、ひとつの流れ星が、山ではなくこちらを目指して落ちてきた。

「あ。」

きらきらと無数の光を纏いながら、ゆっくりと星は落ちてきて。
高々とあげた猫の手に、ぽとりと落ちた。

「…これ、こんぺいとうだわ。」
「え。」
「見て。」

彼女がわたしに見せたそれは、まぎれもなく薄いピンク色のこんぺいとうだった。
よく見ると流れている星も、いろんな色をしていた。
白にピンクに緑に青に、それから黄色。
猫はまじまじとそれを見つめて、それから口の中へと放り込んだ。

「星を食べるなんてロマンチックね。」

とわたしは猫を見つめながら言った。
猫はもぐもぐと口を動かしていたが、すぐさま口からぽろっとこんぺいとうが落ちてきた。
あわてて猫はもう一度こんぺいとうを放り込む。
そして噛もうとして、すぐまた口から零れ落ちた。

「もー、きたねえな!ロマンチックぶち壊しよ!」
「しょ、しょうがないでしょ!前歯がこんなに小さいんだから!」

猫は米粒より小さな歯をむき出しにして、そうどなる。
わたしはその前歯の小ささに思わず腹を抱えて笑ってしまった。
そうやって、星降る夜はけっして暗い闇に包まれることなく
星の明るさのなか、更けていった。

次の日、朝早く街を出たわたしたちは再び少女に出会った。

「あ、見つかっちゃった。」
「あ、昨日はおつかれさま。」

そう言ったわたしに、少女は小さく笑った。

「本当は誰にも知られないよう姿を消すまでが仕事なの。失敗しちゃったわ。」
「あら、どうして姿を見られてはだめなの?」
「夢は夢のまま消える、それが鉄則でしょう?」
「そうなの。」
「そうよ。わたしはまた次の街へ行って、夢を降らしてそしてそのまた次の街へ。おばあちゃんになるまで世界中をめぐるのよ。」
「へえ。」
「その人が生きている一生で、たった一回見れるかもしれない夢を降らしているの。」
「残念だわ、もう一度見たかったのに。」

猫が悲しそうにつぶやいた。
わたしは少し考えて、にやりと笑った。

「でもわたしたちは旅人なの。もしかしたら違う街で、またあなたの夢を見られるかもしれないわ。」
「あら、ずるいわね。」

少女はにこりと笑って、くるりとわたしたちに背を向けた。

「でも、どこかで会えたらいいわね。楽しみにしてるわ。」

そう最後に残して、行ってしまった。
もしもう二度と見れなくても、あの夢を見た人はもう二度と忘れないだろう。
それどころか、きっと心に焼き付いている。
色とりどりに散っていくあの星たちを。

「夢は夢のまま、いい言葉ね。」
「そうね。」
「ねぇ、こんぺいとうでも買ってく?」

わたしの言葉に、猫はにこりと微笑んだ。





↑エンピツ投票ボタン

my追加
いつも読みに来てくれてありがとう。
※マイエンピツは告知しないに設定しています。