2004年10月26日(火) 銀の目玉の魚
 

9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。


旅に出て9ヶ月と19日目。
わたしと猫は、大きな湖の近くにひっそりと暮らす人々の村に着いた。
年中霧に包まれているというその村は、石造りの家の壁面や
いたるところに不思議な模様替えが描かれていた。

「これは、なんの模様ですか?」

わたしが壁を撫でながら聞くと
たくさんの端切れを縫い合わせたようなターバンを巻いた女性が
にこりと笑って答えた。

「それは、わたしたちが崇拝するこの村の神ですわ。」
「神、さま。」
「ええ。」
「なんだか魚のように見えるわね。」

猫が言う。
女性は猫をちらりと見つめた。
あまり好意的ではない視線だなとわたしは思った。

「ええ、これは銀の目玉の魚の絵。」
「銀の目玉?」
「ええ、以前あの大きな湖の守り神だと言われれていた魚です。」
「守り神…。」
「今よりはるか昔、この村はもっととてつもなく大きな国だったといわれています。
その時、誤って銀の目玉の魚を食べてしまった。
それからこの国は災害に襲われ、恐れた人々は逃げ出しました。
その時残った数人が立て直したのがこの村です。」
「ふむ。」
「そして悟ったのです。神様を食べたわたしたちは、償いをすべきだと。」
「ほう。」
「だからこうやって、神様を描いた模様を描き、祭りをする。これ以上神様がお怒りにならないために。」
「うそくさ。」

猫がぼそりと呟いた。
女性は猫を睨む。猫も負けじと睨むものだから
わたしはあわててふたりの仲裁をするはめになった。

「もう、どうして喧嘩を売ろうとするのよあなたは。」
「だって、この村の人って全員わたしを嫌そうな目で見るんだもの。」
「それもそうだけど。」
「辛気臭いし、霧が鬱陶しいし、魚はないし。早く出発しましょう。」
「そうね。」

わたしたちは、足早に村から立ち去った。
まだ聞きたいことはたくさんあったが、面倒になる前に出てしまったほうがいい。

「それにしても、世界にはたくさんの神様がいるのね。」
「あら、あんたあんな話信じるの。」
「わたしが信じる信じないかは別として。」
「ばっかみたー…」

猫は呆れるように後ろを振り向き、そのまま止まってしまった。
不思議に思ったわたしは、猫が見つめる先をみる。
そこには遠く離れた石造りの村。
そしてその村を包んでいる霧に、目玉が見えた。
銀色に光る、目玉。

その霧は、尻尾を翻すと村を包むようにして丸くなった。
その後はただの形の崩れた霧だった。
けれど確かに銀色の目玉をした魚が、村を包んでいるのを見たのだ。

「…見た?」
「…あんたも?」
「…見た。」

わたしたちは固まったまま、目を合わせて
そしてどちらともなく笑った。

「ねぇ、あなたがあの村で嫌われる理由分かったわ。」
「え、なによ?」
「きっと昔魚を食べたのが猫だったのよ。」
「ふん、あんなまずそうな魚、土下座されたって食う気しないわ。」

そう言いながら猫は足早に逃げていく。
わたしはもう一度振り返る。
霧に包まれた、独特の文化を守る村。
そして彼らを見守る、銀の目玉をした魚。

「しばらく魚は食べれないわ」と言ったわたしに
猫は「ばかね、銀の目玉じゃなければいいのよ」と笑った。

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匿名さんからのお題「銀の目玉の魚」より。





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