9/27からの連載になっています。まずは27日の「いってきます。」からご覧ください。
旅に出て10ヶ月と2日目。 わたしは道端で探し物をしているピエロに出会った。
「こんにちは。」 「あっ、こんにちはってそれどころじゃなくって、あの、あわわ。」
ピエロは回りきらない舌でそう言うと 再び慌てながら道端にしゃがみこんだり、周りを眺めたりして 何かを探し始めた。 見るからになんとも間抜けそうな人である。
「なにを探しているの?」
そう聞くと、ピエロはようやくこちらを向いた。 陽気な化粧を施した顔。 だが眉毛だけ八の字に下がっていてなんともいえない情けなさ。
「実は、鼻を落としてしまったんです。」 「鼻。」 「ええ。」 「ちゃんと低いのがついてるわよ、あんたの顔の真ん中に。」
猫がわたしの代わりに失礼な一言を言う。 ピエロはわたわたと慌てながら、首を振る。
「ち、違うんです。ピエロの鼻です。真ん丸くて赤いの。」 「ああ。赤く塗ればいいじゃない。」 「だ、だめなんです。僕、極度のあがり症で。鼻がなくちゃピエロなんて。」
そう言うとピエロはぺたりと地面にひざをついた。 わたしと猫は顔を見合わせて、首をかしげた。
「あがり症のくせにピエロを?」 「そ、そうです。人の、笑顔が好きで、だから、その、僕が笑わせてあげれたら、幸せだと、その。」 「ふむ。」 「いつもは完璧なピエロの仮面をかぶってるから、人前でも平気なんです。」 「ほお。」 「あの鼻がなくちゃ、鼻が…、鼻、鼻…。」
そういってピエロは顔を覆ってしまった。 わたしはため息をついて、ぽんぽんと彼の肩を叩いた。
「鼻なんかなくたってだいじょうぶよ。」 「むりですよぉー。」 「鼻なんかなくたってあなたは立派なピエロだわ。」 「そんなお世辞いったって…。」 「じゃあ、どうするの?あなたを待ってるわよ。」
広場にはいつの間にか子供たちが集まっていた。 みんな、明るくて陽気なピエロの登場を待っている。 ピエロはとたんに震えだし、頭を抱えた。
「ど、どうしようどうしようどうしよう。」 「落ち着いて。」 「無理、無理、無理、無理。鼻…鼻…。」 「だいじょうぶ、鼻はあるわ。」 「だからこの鼻じゃなくて…」 「平気よ、あなたの鼻は元々とてもユニークだわ。知っていた?」 「え、そ、そう?」 「そうよ。にせものの鼻より可笑しいわ。ピエロになるために生まれたようなものね。」 「…そうかな。」
わたしはにっこりと笑った。 途端にピエロは崩れるほどの笑顔をこちらに向けて 「よーしっ!」と驚くぐらいの大声で言うと、広場に歩き出した。 その陽気な歩き方に、子供たちは大喜びで笑っている。 ふぅと息を吐いたわたしを、猫がちらりと見た。
「なに?」 「今の、洗脳?」 「人聞き悪いわね、信じるものは救われるって言って。」 「ふうん、ところであんた、さっき赤くて丸いスポンジのようなモノ拾ってなかった?」 「あぁ、まぁ、うん。」 「それ、ピエロの鼻じゃないの。」 「そうかもね。」
わたしがちっとも悪びれずそう言うと 猫はにやりと笑った。
「詐欺師。」 「人聞き悪いわね。強引に背中を押しただけよ。感謝してほしいわね。」 「あんたってなかなかやるわね。」
そう言って猫はまるで悪代官のように笑った。
広場には陽気な動きを繰り返す、弱気なピエロに子供たちの笑い声。 吸い込まれそうな青い空。敷き詰められた色とりどりのレンガ。 そして悪代官のようにほくそえむ、猫とわたし。
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