ユキマークブック。...ゆき

 

 

Go!

頑張ってね。 - 2001年07月22日(日)

昔から
「頑張ってね」という言葉がキライです。
この言葉、大体が、すでにめっちゃ頑張ってるひとに対して
発せられることが多い。

私の経験では
頑張ってみたけど駄目だった、とか
頑張ってもどうにもならないんだけどどうしよう、というときに
まあ、9割方、こう言われる。

もちろん
言っているほうは全然悪気なんかないんだろう。
でも、例えば人の悩みを聞いたり
落ち込んでいる人に対して言葉をかけるときに、
これほど無責任で、無神経な言葉があるだろうか。


大体、頑張ることってそんなに素晴らしいことかしら。
私自身は、「頑張る」という言葉からは
「身の丈に合わないことをなんとかしようとする」という
イメージが浮かんでくる。
そんな、横車を押すようなことをしないで
自分ができる範囲のことをしっかりとやる、
あるいはできなさそうなことならば、
まずはできるようになるための道筋を
順序だててクリアしていくほうがいいんじゃないん・・・
・・・そう、思ってしまう。

自分の力が100あるとして。
「頑張ってる」状態は100ではないよね?
おそらく120とか150とか。
あるいは、常に100か。
その状態って、ほんとにいいこと?
誉められるべきもの?

私は、100の力でできないことを
無理矢理やることがベストとは思えない。
誰か、100以内の力で、そのことをやれる人がやればいい。
そして、どうしても
同じことがしたいんだったら、
自分の力のMAXをあげるしかないと思う。

それは、「頑張って」できることではないでしょう。
もっと、経験や時間が必要だったり
センスや感性を磨かなければいけなかったり
あるいは、不可能な場合だってあるかもしれない。
そのためには、もっと冷静に
時間をかけて準備と実行を繰り返して行かなければいけないわけで、
その結果、前は120の力が必要だったことが
90の力でできるように、成長できていたりするんだと思う。

恒常的に、MAXをあげようというのは
ものすごくパワーのいることで、
休んだり、愚痴ったり、甘えたり、
切り捨てたり、奮い立たせたり、振り出しに戻ったり
考え直したり、気合い入れたり、泣いたり、
いろんなステップを踏まなくちゃいけない。
それを、「頑張る」って一言で、片付けちゃいけないんだと思う。

だから、極力、ひとに頑張ってね、とは言わないように
気をつけているつもりなんだけど、
困ったことに、「頑張ってね」と言ってもらうことが
パワーの源になっている人も、いるらしい。
私からすると
「そんな言葉には気持ちがこもってない!」と思うんだけど
人によっては、いろいろ言葉を尽くして励まされるより
「頑張ってね」と一言いわれたほうが嬉しいらしい。

世の中にはいろんな考え方があって、
確信犯的に適当な気持ちで「頑張ってね」って言ってる人は
多分、まあ、いないと思うんだけど、
でも、安易に使いすぎていないか?
それで、励まされた気持ちになっていないか?ということは
私は言い続けていきたいなあ。





...

Back!



 

 

 

 

INDEX
past  will

Mail Home