ユキマークブック。...ゆき

 

 

Go!

時間の向こう側。 - 2002年10月19日(土)

鏡に映る彼の指が
私の髪を引っ張って、
思いきり良くそいでいく。

今日は珍しく
誰とも会わずにひとりきりで
大阪で1日を過ごすことにしていて
予定のある午後までの時間、過去へのタイムトリップ。

梅田から阪急に乗って関大前へ。
駅へ電車が滑り込む頃に
雨が窓に細い縞模様をつけて
駅前のコンビニで傘を買う。
ここは、以前はレンタカー屋さんだった。

駅前のニッショーはブックオフに。
私がいつも買い物をしてたスーパー。
衣笠は閉店。店先の挨拶をしみじみ読む。

雨の関大前を更に上へ。
懐かしくも胸が締め付けられる。
もう1年にもなろうというのに、
こうしてここへ来ると
どうしても前の恋人のことを思い出してしまうし。
未練というなら未練かも。
恋人に対する、というよりも、楽しかった日々への。

講義帰りに通ったゲーセン。
女の子ばっかりでぷよぷよ大会をよくやった。
最初に住んだおんぼろアパートもまだあって。
正門前のコピー屋がなくなって
甲賀流の支店ができてる。羨ましいぞ!

大学の中は静かで、慣れ親しんだ雰囲気はそのままに
図書館前から生協横を上がって
あ、1グラがほんとにない。これはさびしい…。
階段を上って法文学舎へ。
インフォシステムを動かしてみたり、変わってない。
第1学舎を移動する、6年前の自分がそこを走っているようで。
まるで幻覚のように。ありふれた映画のように。

法文坂が工事中で通れないので
そのまま構外へ出る。ここも良く通った。
関前通りから1本横道へ入り
恋人の行き付けだったフォージュロンの前を通って駅前へ。
そして、予約も何もなしに
彼の店へと向かったのだった。

「予約も何もしてないんですけどいいですか」と
入っていったら彼は困ったように、
「詰まってるんですけど、
時間を改めてっていうのは無理ですか」という。
「うーん、できれば午前中に」と答えると
カットだけなら、じゃあなるべく早めにするので
待っていてください、と入れてくれた。

カルテを作るので、と渡されたカード。
世田谷の住所と、03で始まる電話番号、
来店理由に「懐かしかったので」と記入して
裏返しに彼に返した。
ヘアカタログをぱらぱら見たあと、
読みさしの文庫本を読んで小1時間待つ。
相変わらずここは静かで
おしゃべりも少なく、音楽だけが流れていく。

シャンプーをしてもらって、乾かしてもらって。
彼が、テーブルに置いていた文庫本を持ってきてくれて
鏡の前に座った私に持たせてくれる。

「何年ぶりくらいですか」
「もう5年になりますね。久しぶりに、切ってもらいたくて」
髪を切りながら、相変わらず隣りの人のマニキュアのかかり具合、
予約の電話の受け付け、小さな椅子を滑らせて動く。
彼が戻ってくるのをまた本を読みながら待って。

伸ばしかけているから、先の痛んでいるところだけ切って、
あとはばさばさに見えないように、とだけ伝えて
鏡の中の彼の指を、手を、
昔のように見詰めていたら。

「前、垂水町に住んでた…?」

…うん、そうです。
「昔から、本が好きで、よく本ばかり読んでた」
「うん。結構いつも、本持ち込んでました」
「『彼氏がいつもすぐ帰ってしまう』
 『それは読書ばっかりしてるからじゃないのー』ってね」
「・・・よく憶えてはりましたね」
「それくらいの記憶力はね」

思い出してくれると思ってなかった。
ほんとに自己満足のつもりで来たのに。
びっくりして、そしてとても嬉しかった。

「東京はどう?」
「それなりに楽しい。絶対住みたくなかったとこやったけど」
「住んでなくても楽しいとこだと思うよ。
 年に2回ほど遊びに行くけど」

そして相変わらずおしゃべりはそれくらいで
前髪、長いままにしてかき上げてたでしょう、
だから変な癖がついてぱかんと割れちゃう…と
相変わらずのお小言を食らって
ちゃんとまっすぐにしてもらって。

帰り、カードをまた作ってくれて、
「また来て下さい。お待ちしてます」と
いたずらっぽく彼は笑った。

今度は予約してこよう、と思いながら
ちょっと嬉しいような切ないような気持ちになった。
雨の中、傘の下でさらさらと揺れる髪に
彼の指の感触が残るようで。

そして関大前に戻り、
大好きだったお店へお昼を食べに。
いつも座ってた席が空いてて嬉しくて、
ランチと食後のアイスミルクティーを頼む。
いつもの店、いつもの席、いつものオーダー。
美味しくて、変わらなくて、
いいタイミングでミルクティーも出てくるし。

珍しくマスターがカウンターから出てきて、
お皿を下げようとしてくれて、
「グレープフルーツ、甘いよ。食べない?」と
私が残してたフルーツを指す。
酸っぱいのが苦手なので残してたんだけど
甘いといわれれば頂きましょう。
そうして食べたら甘くって、
「美味しい」と笑ったらマスターも笑って。

帰りがけ、食器を洗うマスターに思い切って
「憶えてはれへんと思うんですけど、
 私卒業して5年ぶりに来て、
 久しぶりに食べさせてもらって嬉しかったです」と言ったら、
「そうだよねえ!
 卒業しはった人ちゃうかな、と思ってたんよ。
 よう食べに来てくれてはったよね!」
今どこにいてるの、と訊ねてくれたあとに、
彼はこう聞いてくれた。「どう?毎日楽しい?」
なんだかいろいろと大変なこともあるけど
意外と東京は楽しいところもあって
それなりに楽しく頑張れています、と答えたら
「それはよかった。頑張ってね。頑張ってね」と
笑顔で手を振ってくれた。

店を出て、本気で涙がこぼれた。
もしかしたら、リップサービスだったかもしれないけど
私にはほんとに憶えてくれていたんだとなぜか思えた。

決して、手の届かないところではあるけれど
あの場所で過ごした日々は消え去ってしまったわけではなくて
当たり前だけど私という人間の積み重ねの中に
確かに存在していて、今も息づいている。
そして、ほんの少しではあるけれど
あの頃触れ合った人々の中にも
私という存在が積み重なっていて
それは、思い出されることはないかもしれないけど
確かに存在している。

私が愛したあの場所で、
誰かしらのなかで私はちゃんと居続けているんだと
そう思ったら元気になれる気がした。
今までで1番悲しかった日にも
私はあの店でランチを食べてミルクティーを飲んだ。
そしてそれから5年後に
笑顔であの店を出ることが出来た。
そしてそれはまた
新しい積み重ねとなって
明日からの自分を支えてくれると思う。
いつでも、にこにこして帰りたい町が、私にはあるんだから。


...

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