あとに遺すもの。 - 2002年11月23日(土) ちょうど3週間前になりますが、 休日のはずの土曜日に会社に行った日。 社員である先輩のほかに いるはずのないアルバイトさんがいて。 事務系の仕事+社員の業務サポートをしてくれる ものっすごく有能で、可愛く、明るい人なんですが 月〜金勤務だし、残業や休日出勤なんて まずない仕事のはずなのに、どうして? 祖母が亡くなって しばらくお休みをいただくことになったので、 月初締めの報告書のことが心配で お願いして出勤させてもらいました、とのこと。 そんな事情をきいてるときに 彼女の携帯が鳴ったので、 おうちの方からでしょうから出ていいですよ、と言い 聞くとはなしに聞いていると、 「うん、私は今会社に来ちゃったけど、 お兄ちゃんがちゃんと手配してくれてると思うよ。 大変だけど、頑張ろうね」 電話を切って、父からでした、と微笑む。 ご家族が亡くなられて、自分も悲しい時に、 父親に「頑張ろうね」と声をかけられる、 そのやさしさと強さに打たれて、 「早々に切り上げて、おばあさまの所に 戻ってあげてくださいね」というのが精一杯だった。 そして月曜に病院によってから出社したら、 先輩たちが沈痛な表情で仕事をしていて、 ああ、おばあさまが亡くなったから、と思ってたら お父さんも亡くなって…と聞いた。 詳しいことは良く聞かなかったのだけど、 お父さまもずっと身体を悪くされてはいたらしく、 日曜日に突然息を引き取られたそうだ。 ただ、具合を悪くされていたとは言え、 ほんとうに思いがけないことだったらしい。 亡くなる前日の、「頑張ろうね」だったのか。 もうなにも言えなくて、ただいつも通りに 目の前の仕事を片付けることしか出来なかった。 彼女は先週から復帰して 笑顔で仕事をしてくれているけど、 きっと、お母さまを兄妹で支えて 悲しみのなか頑張り続けているのだろうと思う。 あの日、彼女がお父さまに言った、 「頑張ろうね」を聞いたのは 亡くなったお父さまのほかには私だけで、 先輩たちにも言っていなくて。 ずっと、胸の中に残っていて おそらく一生忘れられない言葉になると思う。 その言葉を発したときの彼女は とても美しくて、 ほんとうに、私は目を瞠ったのだ。 その美しさと、例えようもないやさしい声音に。 ほかの誰にも、私の言葉なんかでは 伝えられないのがもどかしいくらいに。 それが、父親に向けての言葉と表情であったことに 携帯を切った彼女から相手を聞いた私はほんとうに驚いて、 もちろん彼女には言わなかったけれど、 もし、同じ立場に立ったときに、 私に同じように出来るだろうかと考えながら ほんとに恥じ入るような気持ちでPCに向かっていたのだ。 どうしてその言葉が そんなにも心に響いたのか、 それは、今になってから思うことだけれど、 もし神様がいるなら神様のしわざだ。 翌日に命を終えるひとりの男性への 神様からのプレゼント。 ひとり娘がどんなに美しく育ったか。 彼があとに遺すものが いかに温かいものであるかを示す、ひとこと。 あとに遺される彼女本人も、 そんなにも早く、彼女を遺して、 旅立たねばならないとは知らなかったお父上も、 おそらくは全く意識していないだろうけれど。 ほんの偶然で そんな不思議で、尊い一瞬に 立ち会えたことを私はきっと忘れない。 ...
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