ひぽこんコラム

2005年07月03日(日) 治したくはありません

PS:「義経」ご覧になってる方々!今宵の後白河法皇の眼にウオオなりませぬでしたか?あれはあれはマズいでしょ?いやもう。興奮だわさ。マジ狙われる義経様。いや〜〜ん。いや〜〜〜ん(興奮)。

 きのうは大好きなシリーズ「つれづれノート」の14、「川のむこう」を買ってきて深夜までずっと読んでいたので、おかげで今朝は肩コリコリ。
 このシリーズ、詩人の銀色夏生さん…そう女の子の人気の恋の詩などが多い人です。でもよく読むと情景描写とかがすごく美しい人です……が書いてる日記シリーズで毎年1冊ずつ出ていて、そして毎年今ごろ出るのですが、それを私はすごく楽しみにしてます。とにかく詩人の日記ですから言葉使いがテンポ良くて、もともと日記文学は大好きで「富士日記」とか超好きですが、しかしこれも本当にすばらしく。しかもどんどん彼女が「偏屈」になってきてて、それを隠さずに書いてる様が最高です!子供もワガママで、それを怒って殴ったりとか。でもってヘンテコな精神世界にはまってみたり、それを後悔したり、反省したり。いいことも悪いことも離婚のことも、登場する相手が傷つくであろうこともけっこうかなり露骨に書いてあって、彼女が色んなリスクを背負って書いてる所も好きですね。むろん、露出を前提に書いてあるのだからあるがまま!100%はありえないのですが、そこが日記文学と素人の日記の違いですが、そこのところが絶妙です。
 で。読んでいて最高!と今回特に思ったのが、彼女が人を家に泊めることができないということを告白してる下り。私もかなりそうで、全く気遣いすることなく一緒に居られる人なんてほんの数人。究極に言えばたった1人しかいない。だって家族だって辛いし…。
 そこでの記述は「人を家に泊めることができない。ふたりだけ、大丈夫な友達がいるが。泊めると長く家に一緒にいることになるので、どこでバッドな状態に突入するかわからず、早いうちにそうなったら困る。今日は私は、外へ逃げました。そういえば旅先(外国)でもそうだった。遠いところ(日本)から仕事でたずねてきた人がいたのに、用事がすんだら、その後に一緒にいるのが苦しくて、黙って行方をくらましたのだった。 あの苦しさを病気だと言われるなら、よろこんで認めよう。そのために逃すことになるかもしれないすべてのことを、よろこんであきらめよう」とありました。その通りですわ。私もその、人を泊めたくないと並んで、人には説明できないけど「耐えられない事」……それを耐えようよとすると心臓がバクバクしてもう気が狂いそうになること…がたくさんあります。そのいちいちを説明するのがイヤだから、面倒だから、滅多にわかってもらえないから、ついつい簡単に『頭が痛くなりました』とか言って逃げてしまうのですが、でもそれで大切なこと、素晴らしいこと、得することとを私が逃すことになっても構わない!と今は思います(昔は後悔たくさんしたけど)。それが性格だし。性分だし。もしかしたら病気だし。でもいいんだ。そんなん無理して「治す」とかしたくない。昔はなかなかそうは思えなくて、サクサクとわずらわしく思うことなくあらゆることを運べる人を見ては「うらやましい」、あるときは「ずるい」とさえ思ったけど、今は「人それぞれ」と思って、私は私の範囲内でやることにしてます。「どうしてそんなんなの?」と私の卑屈さんっぷりを心配するあまりに咎める人もいますが、仕方ないのです。それが私だから。
 そんなわけで、大いに共感したり笑ったりしながら読んでます「川のむこう」。でも読み終えちゃうのが悲しい。また1年待たなくちゃならないから。
 そうそう。日記文学では確か山田風太郎の「戦中日記」というのも面白いらしい。あの人の忍法モノとかは読んだことないですが、エッセイみたいのはすごく変人っぷりがこれまた面白かったので日記もいいはず。今度図書館で借りてこようっと。
PS・ショック!「川のむこうに」を最後まで読んだら、このシリーズ、今回が最後なのだそう。もう次がないなんて!こうして楽しみが減って行く。そしてみんないつか終わりがあるのね。がぁああああん。
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