詩のような 世界
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ママはいつも僕の手のひらをピシャリと叩くんだ
「そこはラじゃないでしょ!」って
本当はピアノなんか嫌いなんだ
あの白と黒の鍵盤の羅列を見ていると寿司にしか見えないよ
どこが「ド」でどこが「ソ」かなんて僕にはどうでもいい
ママは「この子は才能がないわね」って言う
口には出さないけれどわかるよ
顔にはっきりそう書いてあるからね
昨日の夜、窓の外から救急車のサイレンが聞こえてきた
近所で止まった
僕はすごく心配になったんだ
アマンダのお母さんが倒れたかもしれないと思って
おばさんは最近ずっと寝たきりだってアマンダが嘆いていたから
突然、ママが笑顔で僕を見た
「あのサイレンをドレミファソラシドで言ってごらん」
僕は涙が出そうになったけれど何とかこらえて
ぴーぽーぴーぽーと呟いた
ママは両腕を上げてお手上げのポーズをとった
「シーソーシーソーでしょ。練習が足りないのよ」
次の日は1日中ピアノを弾くはめになった
僕の両手は痺れ、スタッカートなんて死んでもできない
9時間経過した頃からママのヒステリー声がよく聞こえなくなってきた
甲高かった音が、低く、低く、地の底から湧きあがってくるような……
僕は頭が前後にぐらぐら揺れ始めるのを感じた
ママは目を見開いて僕に何か問いかけているけれどわからない
周りのノイズはすべて単調になった
涙目になったママが叫んでいる言葉に耳を澄ます
ひらめいた!
「ド」だった
ピアノの1番左にある「ド」
低くて地獄の底から生まれ来るような「ド」
殺される直前の人が出す呻きのような「ド」
「ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……」
と繰り返すママに、自信を持って僕は答えた
初めてママに誉めてもらえる
耳に入る雑音や空気の振動がピアノの音になったから
僕はもしかしてピアノの天才になってしまったのかもしれない!
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