TENSEI塵語

2002年10月01日(火) 気力? 齢?

10数年前までは、がむしゃらだったかもしれない。
東京のプロダクションに問い合わせたりしてチケットを手に入れて、
わざわざ東京までオペラに見に行くこともちょいちょいあった。
もっとも大変だったのは、団十郎襲名公演の時である。
(もちろん、団十郎よりも、共演の玉三郎の方が本命である)
チケット販売日前日に上京して友人宅に泊まり、翌朝、発売時間前に歌舞伎座に着いた。
ところが、まだ発売時間までかなり時間があるのに、ごった返している。
列に並んでしばらくすると、整理券を渡された。
800番台の数字が書いてあって、3時半ごろになるという。ヒョエー、である。
まだ朝の8時台なのに、3時半まで時間を潰すはめになった、、は、実はまだ甘かった。
3時半に歌舞伎座に戻って、列に並んで、買えたのは夜の11時前である。
窓口の様子が眺められるような位置になってやっと悟ったのだが、
ひとりで何枚も、何日分も仕入れていく人がいくらでもいるので時間がかかるのだ。
飢え渇いても、あきらめて立ち去るわけにはいかない。
新幹線の終電も終わるころになって、夜行に乗れるかも不安になった。
10時ごろ、団十郎が挨拶とお詫びに来て、間近に見たのだけが得だったけど、
玉三郎ちゃんも一緒に連れてきてほしかったな、、、と。
ようやく自分の番が来て、買えたのはA席でも補助席だった。
でも、この日を逃したら、補助席も手に入らなかったわけだし、
その補助席は、A席の右端よりはうんといい場所だった。
数時間立ちっぱなしだったけど(しかもその前にいろいろ歩き回っている)、
駅に走って、何とか大垣行きの夜行電車に間に合った(寝台などではない)。
予定外の事態だったけど、それで、翌朝、家に戻らずにそのまま仕事に出た。
これはもっとも悲惨な例だけれど、東京のコンサートに行くと大体こんなもんである。
あるオペラを見に行ったときは、2日がかりだったので、
欲張って日生劇場の幸四郎の「ラ・マンチャの男」も見て帰ったりした。
こういうことが億劫でもなかったし、楽しみでもあった。
この10年ほどは、岐阜や名古屋での公演でも億劫である。
よほど気に入ったものしか行けなくなって、年に2、3回である。
大切なものをかなり逃してしまっていることは、自分でもよくわかる。
仕事上、予定を立てにくいという面があることも確かだが。。。



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