patamama さんが身障者関連のカキコをしていたので、レスしようと思ったけれど、 「おばさんAのひとりごと」らしいので、レスはやめてこちらに書いておこう。 ・・・ホントは、レスを書き込もうとしたら、上下のアートネイチャーの広告が あまりにも騒々しいのでイヤになってしまったのと、 寝るまでの時間が乏しいので、塵語継続の方を選んだのである。
吹奏楽部の顧問になってから、いろいろな場所で演奏する機会があったけれど、 養護学校との交歓会とか、市の身障者の会や作業所の催しでの演奏も多かった。 そのたびに身障者の子どもたちと交流の機会があったのに、 なかなかそこに十分入って行くことはできなかった。 どこでどう機嫌を損ねて泣いたり怒ったりするか、見当がつかないので、 何の資料も予備知識もないうちは、できるだけ密着しない方がいいだろうと思ったのだ。 小学校の時に、身近なところに心身障者がいてよく遊んだりもしてた経験から、 かえって用心深くなっているのだろうと思う。 何のかんのときれいごとを言っても、やっぱり彼らの相手をするのはいろいろと大変だ。
自分の子どもが生まれるときにとにかく願ったのは、 五体満足で生まれてほしい、それ以外は望まない、ということだった。 そうして、何の障害もなく生まれ、これといった大病もなく普通に育った。 下の子は今、不登校で、自宅ではちょっと珍しい趣味に興じているし、 上の娘は、どうも今ひとつさえない、ぼけぽけっとした子である。 この子たちは普通なのだろうか、どこか屈折してないだろうか、とも思うが、 そしてまた、我々の遺伝子がどうしてこんな風な成長を遂げるのか、不可解なのだが、 それでも、五体満足で生まれてきたときの感謝は忘れない。 確かにいろいろな苦労はあったけれど、ぜいたく言ってはいけないのである。 毎日普通の会話ができ、放っておいても自分で何とか生活できる、 それだけでも、実にありがたいことではないか。
|