TENSEI塵語

2002年10月16日(水) ふつうであること

patamama さんが身障者関連のカキコをしていたので、レスしようと思ったけれど、
「おばさんAのひとりごと」らしいので、レスはやめてこちらに書いておこう。
・・・ホントは、レスを書き込もうとしたら、上下のアートネイチャーの広告が
あまりにも騒々しいのでイヤになってしまったのと、
寝るまでの時間が乏しいので、塵語継続の方を選んだのである。

吹奏楽部の顧問になってから、いろいろな場所で演奏する機会があったけれど、
養護学校との交歓会とか、市の身障者の会や作業所の催しでの演奏も多かった。
そのたびに身障者の子どもたちと交流の機会があったのに、
なかなかそこに十分入って行くことはできなかった。
どこでどう機嫌を損ねて泣いたり怒ったりするか、見当がつかないので、
何の資料も予備知識もないうちは、できるだけ密着しない方がいいだろうと思ったのだ。
小学校の時に、身近なところに心身障者がいてよく遊んだりもしてた経験から、
かえって用心深くなっているのだろうと思う。
何のかんのときれいごとを言っても、やっぱり彼らの相手をするのはいろいろと大変だ。

自分の子どもが生まれるときにとにかく願ったのは、
五体満足で生まれてほしい、それ以外は望まない、ということだった。
そうして、何の障害もなく生まれ、これといった大病もなく普通に育った。
下の子は今、不登校で、自宅ではちょっと珍しい趣味に興じているし、
上の娘は、どうも今ひとつさえない、ぼけぽけっとした子である。
この子たちは普通なのだろうか、どこか屈折してないだろうか、とも思うが、
そしてまた、我々の遺伝子がどうしてこんな風な成長を遂げるのか、不可解なのだが、
それでも、五体満足で生まれてきたときの感謝は忘れない。
確かにいろいろな苦労はあったけれど、ぜいたく言ってはいけないのである。
毎日普通の会話ができ、放っておいても自分で何とか生活できる、
それだけでも、実にありがたいことではないか。


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