それは、もう何年も喫煙室の机の上の雑多な物入れの中に放っとかれていた、 今ではもう使いようのない、金管楽器(アルトホルンかメロフォンのものか不明)の マウスピースが、誰かの手によって机の上に立てられていたことから始まった。 Yはそれをろうそく立てみたいだと言い、Kはそれを線香立てみたいだと言った。 Kは、さらにそれを逆さにして、漏斗かな、と言った。 もちろん、それは冗談ではしゃいでいるのだけれど、そこからさらにKが、 「漏斗ってのは、もともとあったことばなのか?」と言い始めた。 「外来語に字をあてたんじゃないかなぁ、、」と答えながら、私は、 いつもそこに置いて、漬け物石にはならぬ程度に利用している日本語大辞典を開いてみた。
意外なことに、外来語らしいことは少しも書いてないのである。 ずっと長い間、ロートが元で、それに漢字を当てただけだと思っていたのは、 ロート製薬のせいかもしれない。 (帰ってから語源辞典を調べてみたら、漏れる桝=斗、ということらしい)
で、漏斗の別名「上戸」も説明の中に書いてあったので、私が、 「僕ねぇ、小学生のころは、じょうろとじょうごがなかなかどっちかわからんかった」 と言うと、Kもそれに同意してくれた。 「じょうろ、ってのは、あれは、じょろじょろ出るからじょうろなのかい?」 などと言いながら、「じょうろ」を調べてみたら、また意外な驚きであった。 これは、ポルトガル語からの外来語なんだそうである。 それにしても、「雨のごとき露」とはうまい当て字ではないか。
「上戸」も調べてみて、またもや驚いたのである。 今まで、酒飲みを上戸と言い、飲めない人を下戸というのは、 上戸(=漏斗である)のように底なしに入っていくという意味で酒飲みが「上戸」、 飲めない人はその反対語として「下戸」というのだろうと決めつけていた。 (そんなことを誰に説明する機会もなかったので、調べる必要もなかったわけだ) ところが、実はそれは逆だったようだ。 酒飲み=上戸という言葉が先にあって、酒を徳利の口などに注ぐために使う漏斗を、 「酒を吸い込む」という意味で「上戸」とも呼ぶようになったようだ。
やはり、勝手な思い込みは禁物である。
帰ってから、語源辞典で「上戸」を引いてみたら、こうあった。 「古く、百姓の戸口を家族数の多少によって、上戸・下戸などといったが、 その戸口の規模に喩えて、酒を多く飲む人、酒好きの人を上戸、 酒が飲めない人を下戸と言うようになったという説がある」 「上戸は本来は酒に伴う癖のことをいう接尾語であったが、現在では、 単によく笑う人を笑い上戸、よく泣く人を泣き上戸ともいう」
とにかく、言葉の変遷とはおもしろいものだ。
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