週5日制になって、休日が増えたのはありがたいけれど、 週5日間の日程がますます過密になった。 試験の成績処理期間も、頭がクラクラするほど短期間になってしまった。
きょうは試験最終日で、その最後の最後に3年生の古典のテストが終わった。 明日明後日の2日間でしっかり返し終わって、土・日で成績を出さなきゃいけない。 国語の採点はたいへんなのだけれど、待ってはもらえない。 1年生2クラス分は昨日終えておいたので、 3年生4クラス分を、きょうの11時半ごろから5時近くまで、 昼食をはさみ、時折の雑用に悩まされながら、一心不乱に採点していた。 全部終わったわけではないけれど、明日もう少しやれば終わるところまでにこぎつけた。
途中で、採点している赤ポールペンのインクがかすれ始めて、やがて書けなくなった。 スペアインクに取り替えたのだが、この瞬間に言い知れぬ感慨が心の中に湧くのだ。 古いインク棒は確かに空っぽになり、新しいインク棒は満タン状態である。 取り替えた直後から、またくっきりとした赤色が紙の上に記される。 その時の喜びは、確かに溌剌とした赤色に対する感動でもあるけれど、 もうひとつは、ちゃんと使い切ったという、古いインクに対する満足感でもある。
ボールペンをちゃんと使い切った、と真に実感できる事態を経験したのは、 教員になって、全日制高校で採点するようになってからである。 いや、実はその前にもあった。 受験勉強時代に、裏が白い広告をためておいて、そこにボールペンで書きながら、 英単語だの日本史の重要語句だのを覚えていた。 あのころも、しょっちゅうインクが切れてスペアに取り替えていたものだ。 あのころも、きちんと使い切った感動をそのつど味わっていた。
けれども私は生来だらしない性格なので、それ以外はたいてい使いかけでなくすか、 または、大掃除などするとなくしていたボールペンが何本も見つかり、 貯めておいたボールペンを使おうと思うころにはもう書けなくなっている、という、 そんなていたらくで、使い切るほど使うことは至難の業だったのである。 それだけに、使い切ったときの喜びが大きいのだろう。
|