TENSEI塵語

2002年12月04日(水) ボールペン

週5日制になって、休日が増えたのはありがたいけれど、
週5日間の日程がますます過密になった。
試験の成績処理期間も、頭がクラクラするほど短期間になってしまった。

きょうは試験最終日で、その最後の最後に3年生の古典のテストが終わった。
明日明後日の2日間でしっかり返し終わって、土・日で成績を出さなきゃいけない。
国語の採点はたいへんなのだけれど、待ってはもらえない。
1年生2クラス分は昨日終えておいたので、
3年生4クラス分を、きょうの11時半ごろから5時近くまで、
昼食をはさみ、時折の雑用に悩まされながら、一心不乱に採点していた。
全部終わったわけではないけれど、明日もう少しやれば終わるところまでにこぎつけた。

途中で、採点している赤ポールペンのインクがかすれ始めて、やがて書けなくなった。
スペアインクに取り替えたのだが、この瞬間に言い知れぬ感慨が心の中に湧くのだ。
古いインク棒は確かに空っぽになり、新しいインク棒は満タン状態である。
取り替えた直後から、またくっきりとした赤色が紙の上に記される。
その時の喜びは、確かに溌剌とした赤色に対する感動でもあるけれど、
もうひとつは、ちゃんと使い切ったという、古いインクに対する満足感でもある。

ボールペンをちゃんと使い切った、と真に実感できる事態を経験したのは、
教員になって、全日制高校で採点するようになってからである。
いや、実はその前にもあった。
受験勉強時代に、裏が白い広告をためておいて、そこにボールペンで書きながら、
英単語だの日本史の重要語句だのを覚えていた。
あのころも、しょっちゅうインクが切れてスペアに取り替えていたものだ。
あのころも、きちんと使い切った感動をそのつど味わっていた。

けれども私は生来だらしない性格なので、それ以外はたいてい使いかけでなくすか、
または、大掃除などするとなくしていたボールペンが何本も見つかり、
貯めておいたボールペンを使おうと思うころにはもう書けなくなっている、という、
そんなていたらくで、使い切るほど使うことは至難の業だったのである。
それだけに、使い切ったときの喜びが大きいのだろう。


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