TENSEI塵語

2002年12月28日(土) 年賀状作り

きょうの大仕事は年賀状作りだった。
数年前まで、プリントごっこでペッタンペッタンやっていたころに比べれば、
今は、レイアウトと設定さえちゃんとすれば、プリンターが勝手に印刷してくれるので、
すごく楽になったはずである。
けれども、億劫な仕事であることは間違いない。
ひとつは、ハガキ大にデザインするという作業も年1回のことで、
慣れていない、特殊な作業だからだ。
もうひとつは、年賀状自体の存在理由を疑っているためだろう。

アンサンブル・コンテストを12月の26日とか27日に開くようになり、
その運営を引き受けるようになってからのここ10年間ほどは、
どうしても、その仕事が終わってしまわないと年賀状に取りかかれなくなった。
だから、毎年28、29、30日あたりにあわてて作って投函するのである。
絶対に元旦には届かない年賀状を作っているのである。
アンコンの準備は、一般の教員としてかかえている仕事に加えて抱え込んでいる
膨大な量の仕事だから、確かに年賀状にまで手が回らない、とは言える。

けれども、それだけの時間がまったくないのかというと、そうでもないのである。
1日30分でも年賀状に余暇を使えば、とっくに終わっているはずである。
そうすれば、今ごろはもっと気楽に大掃除に精出していられるはずである。
そうわかっていてもそうしないのは、やはり億劫なためである。
日本の悪習のひとつだとさえ思えてしまう。

年賀状を、もう出さないことにしようと思ったことはたびたびある。
けれども、正月に自分のところに届いたものに返事を出さない勇気はないのだ。
正月に返事を出すためにあくせくするくらいなら、先に出しておこうということになる。
考えてみたら、こうして年に1度くらい、消息を伝え合うというのも、
なかなかいい風習ではないか、、、これもまた、正直な思いである。
そうは思っても、やはり、時間に追われていると、
何でこんなことにあくせくし、心を煩わせられなきゃいけないのかと思う。
同じ思いの人も少なからずいるんじゃないかな、と思うけれども、
相手が送ることによって自分も送る、というだけでなく、
自分も用心のために送ることによって、みんなも送らざるをえなくなる、、、
こんな悪循環の中で、年末年始を過ごしているわけなのだろう。

そんな風に、批判的な思いも抱きながら、これもまた、
自分と人との関係を見つめ直すひとつのいい機会かな、という思いも否定できない。
なかなか決定しきれぬ難問かもしれない。


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