4月になり、 あちこちで見られるのは母の日商戦。
あぁ、母の日。 どうしよう、と思う。 はっきりと認めよう。 この日が今年は面倒だと。
いつから始まったんだろう。 母の日も、父の日も、 クリスマスも、バレンタインも。 商業のペースに巻き込まれ、 それが普通になった頃に育ってきた。 だから、当然のイベントだと思っていた。 でも、この「当然」が曲者。 当然じゃないんだよね。 気持ちを込められるか、ってこと。
全く消極的な夫を 今年も説得しての母の日なのか。 自分のお母さんでしょ!と カードにひと言書いてもらうのも、 なんだか気が乗らない。
カードを送ったら、 お礼の電話がかかってきて、 野菜が届いたりして、 そのお礼の電話を私がかけるというのが これまでの流れになっているけれど、 この電話は嫌なんだよね。 今年は嫌なんだよね。 あぁ、何も片付いていないと気づく。 この嫌さ加減の大きさに、ね。
すごく激しく糸が切れてしまっていて、 まだ全然修繕できてないんだね。 繊維1本分くらいはつながっているのかな。
夫の地元の話題すら、 もう私からは振らない。 その県名もあまり口にしない。 そんな風になってしまっている。
母の日も、父の日も、クリスマスも誕生日も、 とにかく何もない家だったところに 私が勝手にそういうのを持ち込んだんだよね。 余計なことしたもんだ、と思ったりする。
あぁ、本当はこんなこと考えたくもないのに、 早く元の状態に戻りたいのに、 やっぱりダメなんだよね。 っていうか、戻れるわけないんだよね。
深いんだよ、思ったよりもうんとうんと、 自分でも意外なほどに。 怒りも、悲しみも、哀しみもね。 深すぎるんだよね。
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