天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

電話のキスはわたしにだけ - 2001年05月04日(金)

海を見に行った。
昨日は一日うちにこもって泣いてたから。夜も眠れずに泣いていたから。涙をいっぱいに含んで膨張した体中の細胞を、潮風にさらして陽に当てて乾かそう。ビーチの砂に重たくなった細胞から涙を全部吸い取ってもらおう。なんて、そんなにシリアスに考えたわけでもない。ただ海が見たかった。

ずっと海が見たかった。ここへ引っ越す前に住んでた街は海に囲まれた都会だった。春も夏も秋も冬も、一年中ビーチは生活の一部だった。巡り来るいくつもの季節をビーチの安らぎに触れて過ごした。夫と彼女とわたしと、ビーチが隣り合わせにあることが当たり前の生活だった。ここも海はそばにあるけど、あまりの違いに落胆してた。だから少し遠出して、きれいだと人がいう海を見に行った。

どこまでも蒼く蒼く広がる海。きらきらと銀色に光る水面。潮臭くない乾いた風ー。あの街のあれほど素敵なビーチを期待はしていなかったけど、長く続く海岸沿いのドライブは心地よかった。海はそれなりに蒼く光ってた。ビーチは人で溢れてた。あの人と来たいなと思った。

あの人の朝の7時に間に合うようにうちに帰った。約束の電話の時間。
「ビーチに行って来たの。」
「へえ。もう暑いの?」
「うん。暑いよ、とっても。」
「どのくらい? 半袖でも大丈夫なくらい?」
「タンクトップだよ。」
「え、そうなの? こないだまで寒い寒いって言ってたじゃん。」
「そうなの。先週までコート着てたのに、いきなり暑くなってタンクトップだよ。」

ちょっと肌を露わにしたわたしを想像してくれてるかな。

「でもまだ誰も水着なんか着てないだろ?」
「みんな水着だよ。あたしは着てないけどね、今日はちょっと見に行っただけだから。今度はあたしも水着着てく。」

ビキニ姿のわたしの胸、想像してくれたかな。

「あたしって自分の体、ジェニファー・ロペス並みだと思ってたんだけどさあ、」
「おいおい」
「もうねえ、あたしなんかよりもっともっとずうっとジェニファー・ロペスなひとがいたよ。」
「へえー。」
「かっこよかったー。あたしもああいうの目指すの。」

ビキニ姿のわたしの下半身、想像したかな。

あの人が仕事で来週アメリカに来る。わたしのとこにじゃなくて、全く反対側だけど。
「なーんか、忘れ物しそうなんだよね。なんかある? これ持ってかなきゃってもの。思いつく? 海外生活長い人として。」
「こっちに長いこと住んでるとかえってそういうのわかんないよ。あ、コンドーム。日本のはいいんだよ、丈夫で。」
「何言ってんだよ。ないだろ、必要。」
「友だちが言ってたよ、日本製の売ってたから買って使ってみたら、すっごくよかったんだって、薄くて。」
「バカ言ってないで、もっと実用性のあるもの言ってよ。」
「実用性あるじゃん。あ、あたしの写真。これ大事だよ、お守りだもん。持ってって。絶対だよ。」
「ははは。わかったよ。」

写真なんかあったかな。そういえば初めて会った日、インスタントカメラで一緒に撮ってくれたっけ。

「明日も仕事なの?」
「明日もあさってもだよ。行く前に片づけなきゃいけないこといっぱいあるんだ。連休返上。今度7日の朝に電話して。」
「6日の夜、電話したい。できないの?」
「行く前の日の夜は彼女と会わなくちゃいけない。」
「・・・。・・・ずっと一緒にいるの?」
「ずっとじゃないけど、泊まる。」

楽しかったおしゃべりが突然消えた。嗚咽がこみ上げた。 やだ。わたし電話する。 だめだよ。 いや。電話かけちゃう。 ちゃんとよく考えて。わかるだろ?  電話したらどうなるの?  もう終わりだよ。ばれないようにすることが第一なんだから。

声を上げて泣いた。 ごめん。でも嘘ついたってしょうがないだろ?  嘘ついてよ。 ・・・じゃあ、これからは嘘つこうか?  だめ。嘘つかないで。でもほんとのことも言わないで。

行く日の朝をきみにとってあるんだよ。ちゃんとそう考えたんだよ。だから7日の朝電話して。きみの声で起きる。ね?  そのあと彼女に電話するの?  しないよ。きみの声を聞いてそのまま行く。ほら、受話器耳にしっかりくっつけて。 ーそう言っていつものキスをしてくれた。何度もしてくれた。

「・・・彼女にも電話でキスするの?」
「したことある、かな。」
「だめ。しないで。彼女には電話でキスしないで。電話のキスはあたしにだけして。」

また嗚咽がこみ上げた。まるで駄々っ子だ。

「ねえ、あたしのこと好き?」
「好きだよ。」
「あたしが一番好きって言って。」
「きみが一番好きだよ。」
「・・・もう一回言って。」
「きみのことが、一番好きだよ。」

無理矢理言わせてるね。声がこわばってるように聞こえるよ。それでもいい。それでも嬉しい。電話を切って涙を拭って、鏡を覗いた。もう若くない、あの人にはきっと不釣り合いな、かわいくない泣き顔が映ってた。・・・彼女は21って言ってたっけ。




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