悪魔の悲鳴 - 2001年05月24日(木) 雨。ここ3日ずっと降りっぱなしだ。ここの雨は重たい。今日は特に嫌な雨。濡れた道路を走るタイヤの音が、心臓をギリギリ引っ掻いてく。耳を両手で塞いでも、悪魔の悲鳴みたいな音が体中の皮膚から滑りこんでくる。ーなんでこんなとこにひとりでいるんだろう? 雨が嫌いなんて思ったことなかった。雨の多い街だったけど、傘がいらないくらい軽くて、優しくて、あったかくて・・・。帰りたい。帰りたい。あの街に帰りたい。待ってくれてる友人たちがいる。「早く帰っておいでよ」ってメールをくれる。きっとみんなで腕を広げて迎えてくれる。なのにわたし、なんでここにいるの? 会いたいよ。恋しい。なつかしい。淋しい。淋しい。淋しい。 淋しくて淋しくて、メールを送った。あの人の声が聞きたかった。 「お願い。電話して。お願い。お願い。お願い」。 毛布にくるまって胸を抱える。「帰りたい」。声に出すと、ブレーキが利かなくなった。帰りたい。帰りたい。帰らせて。お願いだから、帰らせて。なんでここにいなくちゃならないの? 待っても待っても何もないのに。もう、帰らせて。帰りたいよ。お願い。帰らせてよ・・・。帰らせて。帰らせて。帰りたいの。帰りたい・・・。心臓が痛くて、このまま死んでしまうんじゃないかと思った。チビたちがずっとそばについてくれてた。意識が遠のいていくみたいに、眠りに落ちていった。 電話が鳴った。何時? 8時半? 朝? 夜?「もしもしー? どうした? 淋しくなった?」。聞きたかった声。すぐに携帯にかけ直す。「どうしたの? 淋しかったの?」。おんなじこと繰り返してる。どうしたんだろう、わたし。また返事が出来ないよ。 「・・・今どこにいるの?」。やっと声が出た。「駅に向かう途中。」「これから仕事なの?」「そうだよ。ねえ、どうしたの? なんかあった?」。「声が聞きたかったの」。そう言おうと思ったら、違う言葉が出てしまった。 「帰りたい。帰りたいの。アノヒトと一緒に前のところに帰ろうと思ったの。」 黙ってる。困惑してる?「・・・そうか。でも今すぐじゃないんでしょ?」。なんで? なんでそんなに人ごとみたいに言うの? 人ごとなの? 「わかんない。もういやなの。いやになった。もういやだ。」 「ちゃんと話して。わからないよ。」 「・・・言えない。」 「なんで? 困らせないで。言ってくれなきゃ、ちゃんとわかってあげられない。いつも言うだろ?」 「・・・。」 「言ってくれないと僕はずっと心配するんだよ。あのね、症状がひどくてちょっと大変なんだ。」 おかあさんのことだ。 「仕事もいっぱいで、考えることがいっぱいで、体も心も休まらない。これ以上心配がふえると死にそうだよ。頼むから・・・」 いらいらしてる。いらいらしてる。やめて。やめて。お願い。 「わかってるよ。だけど、だけど、あたしだって死にそうなくらい苦しい。もうずっとずっとずっと。」 「・・・。」 「ひどいよ。あたしなんか・・・もう何日も毎日毎日いろんなこと考えて、考えて・・・考えて・・・」 また涙と鼻水の洪水。嗚咽が止まらない。 「ごめん。もう怒らないから。なんかあったのかだけ聞かせて?」 ひどいのは、わたしの方。あなたはおかあさんが大変なときなのに。わたしは心臓が痛いだけなのに。 「なんかあったわけじゃない。だからあたしの心配なんかしないでよ。」 淋しかったの。声が聞きたかったの。なんでそう言えなかったの? そしたら困らせずにすんだのに。ちゃんと普通に話ができたのに。あの雨のせい。悪魔の悲鳴のせい。悪魔の悲鳴がわたしの心臓を引っ掻いて、言葉になってわたしの口から出て行った。 メールの返事が来てた。「困ったコでちゅね〜。今電話かけてこれる?」なんて。バカ。 いっつもわたしひとり思いつめてる。ギリギリ引っ掻かれた心臓がまだ痛いよ。 -
|
|